第二十一話『噂』
グランがソレイル寮の中庭で竜巻の如き剣舞を踊っていた日の翌日、シベルク学園では魔法の実習授業が行われていた。
「ふっ!」
一瞬で氷の壁を作り上げたハルウォードに周りの貴族たちが騒ぎ立てる一方で、グランはそんな喝采を浴びているハルウォードに内心で唾を吐きかけていた。
それと同時に、掌に自身の身体を流れる魔力を集中させ、収束させ、纏わせる。
「(あんなちゃちぃ魔法よりも数段上の大魔法を見せてやる! よく見とけや愚民共!)」
そうして魔力を纏わせた拳を、グランは目の前にいるヘルザへと向けて突き出した。
「『陽炎紅蓮拳』!」
厨二心溢れる技名を叫び、拳に纏わせていた魔力を一気に開放する。
「っ!」
グランの拳から放たれた光の炎で構成された馬鹿デカい拳はそのままヘルザの方へと向かっていった。
迫りくる光拳にヘルザは咄嗟に【陰】と【水】の魔力による魔法で壁を張った。
「くっ……」
二重に施された結界はグランの光拳を完全にではないが、確かに防いでいた。
所々服が破れ、傷を負っていながらもヘルザは結界を張った体勢のままでそこに立っていた。
「す、済まないっ! 加減を間違えた!(ふははははっ!! 見たかこの俺の実力!)」
「……大丈夫、大した怪我はしてない」
「そ、そうか。それは何よりだ(んだとコラ! 俺の魔法が大した事ねえって言いてえのか!?)」
言いがかりも甚だしいな。
表面上では心配そうにヘルザを見つめていたグランは、ヘルザは少しだけ頬を染めている事に気づいた。
幾ら表に出る感情が薄くともヘルザは女の子、服が破れた状態でいるのは流石に恥ずかしいのだろう、身体を自らの両の腕で抱いて、グランから目を逸らしている。
つい先ほどまでグランの大技に目を見開いていた周りの生徒たちも、今はヘルザが何とも煽情的な姿になっている事に気づき、男は鼻の下を伸ばし、女はそんな男たちを軽蔑した目で睨んでいる。
「(こんな奴の肌に何を興奮するんだ?)」
常人よりも性欲のコントロールが並外れて精度の高いグランはヘルザの露わになっている肌には微塵も心躍る事は無かった。
老人かコイツは。
と、内心では思いつつも、一先ずの好感度稼ぎの為、自分の着ていたジャージで、露わになっている肌を隠すようにヘルザを包んだ。
「……ありがとう」
「元はといえば俺のせいなんだから、礼を言う必要は無いぞ(お前がちゃんと防がなかったのが悪い。俺のせいにするな)」
グランの紳士的な振る舞いに周りの女生徒たちが感心している中、ヘルザはグランから包んでもらった身体をジャージごと抱いて、
「……暖かい」
と、息を吐いた。
「(さっきまで俺が着てたんだから当たり前やん)」
無粋な事を内心で思うグランであった。
*
その日から毎日、グランのヘルザと過ごす学園生活が始まった。
「グラン、そこの術式が間違ってる。魔法陣にはちゃんと規則性がある、覚えて」
「(るっせえ! 魔法陣なんて魔力量の少ない平民しか使わないんだから覚える必要性ねえだろ!)ああ、分かった」
また、実習の授業では。
「ヘルザ、もっと魔力の放出量を増やした方がいいんじゃないか? その方が魔法の威力も上がる」
「……でも、この術式ならこのままの方が効率がいい」
「必ずしも術式を使わなければいけない訳でもないし、一回ぐらい術式無しで魔法を発動してみたらどうだ?(果たしてお前にできるかどうかは知らんけど)」
何とも無責任なグランの言葉だったが、それでもヘルザからすれば変化球の如きアドバイスだった。
未だ迷いはあったが(ヘルザ視点からすれば)友達であるグランの言った事を信用し、ヘルザは術式を用いずに魔法を発動した。
「……凄い」
「だろ?(ほれ見た事か! 俺の言う通りだっただろ!?)」
ヘルザの術式で発動したものよりも数段上の威力の魔法がヘルザの掌から発動され、ヘルザは目を丸くし、グランは満足気に笑う。
「ヘルザなら出来ると思ってたんだよ(やっぱ俺ってすげえ!)」
「……そう」
グランが笑ってそう言うと、ヘルザは照れ隠しのように淡白に返答した。
けれど、その口元は隠しきれない笑みが零れ出たように弧を描いている。
「(もっと感情を込めて返せよ!!)」
しかし、そんな事には気づかないグランは一気に気分を落とした。
そんな風に互いに良い影響を与え合い、――片方は怪しいが――グランとヘルザは遅ればせながら学生としての生活を謳歌していた。
もしも、グランとヘルザがこっちの世界で高校生として生まれてきていたなら、これで良かったのだろう。
しかし、ここは貴族の通うシベルク学園。
そんな場で異性の相手と不必要に仲良くなりすぎるというのは、何か問題を生んでしまうという事を、グランは知らなかったのだ。
「――グラン、ちょっと来て」
いつものシベルク学園での教室の昼下がり。
ヘルザを食事に誘おうと席を立ったグランは、そのヘルザに先に声をかけられた。
いつもは滅多に自分から人に声をかける事はないヘルザのその行動に、グランは首を傾げたが、すぐに了承して教室から出ていくヘルザの後ろをついて行った。
――背中に突き刺さるクラスメイト達の視線を感じながら。
*
場所は滅多の人の来ないソレイル寮の中庭だった。
以前に問題を起こした場所に訪れるという事で顔を顰めたグランだったが、何とか堪えて今その場に立っている。
それに、ヘルザが暗い表情をしている事も気がかりだった。
「(いつもは無表情で分かりにくいのに、今日だけは分かりやすく落ち込んでるからな)」
表情を真剣なものへと変え、グランは口を開いた。
「――何があった?」
自信が悩んでいる事を察し、単刀直入に問うてくるいつも通りのグランに、ヘルザはほんの少し表情を緩ませて、その問いに答えた。
「私たちの学年、いやもしかしたらこの学園内全体でかもしれないけど。……私とグランが、不純な交遊をしているんじゃないかって、噂が出回ってる」
「何?(はぁああああああああああああああああああああああああああ!?!?)」
表面上は眉を寄せるだけに抑えているが、内心では大驚愕しているグラン。
ヘルザはそんなグランの内心も露知らず、話を続ける。
「理由は単純、私とグランが学園が始まってからずっと一緒にいたから。しかも、私たち二人とも婚約者がいるから、それも相まって、ますます『不倫』としての噂が大きくなってる……らしい」
「(恋愛脳のクソガキ共が! アイツ等はいちいち色恋にしか話を持っていけないのか!? ほんっと下らねえな!)そうか……ところで、その話は誰に聞いたんだ?」
グランがそう聞くと、ヘルザは一瞬言い難そうにしてから、その名を言った。
「……私の婚約者の『ロンソード・ジャーネルド』……ジャーネルド公爵家の次男で、凄く太ってる人」
「ああ、あの(クキャキャキャ! アイツが婚約者なのかお前! 可哀そうだなおい!)」
こんな時でも他人の不幸を見れば笑顔になれる。
コイツはある意味幸せ者だな。
「それにしても、よくそんな噂を教えてくれたもんだな。普通なら、噂になっている事すら教えずに婚約を解消されてもいいものを」
「……うん」
グランがそう呟くと、ヘルザは無表情のまま淡白に、事務的に返事を返す。
「だが、そういう話なら、取り敢えずは距離を置くしかないな。俺にはヘルザしか友達がいないんだが……それも、何とかするしかないか(最悪、ハルウォードと組むし)」
人知れず巻き込まれそうになるハルウォードであった。
グランが苦笑交じりにそういうと、ヘルザも少し口端を上げて――儚げに見えるような笑みを浮かべて、首を縦に振った。




