第二十話『独りぼっちのグラン君』
お待たせいたしました。
入学式が終わり、一週間が経った。
学園へ入学した生徒たち――貴族の子息子女は、各クラスで自分と気の合う友人を見つけ和気藹々とした学園生活を謳歌していた。
流石に現代日本の学生たちのような騒がしさや青春劇や恋愛劇はないが、それでも彼ら彼女らは既にこの学園生活に対しての不満を持ち合わせてはいないだろう。
――まぁ、例外もいることにはいるが。
「(クソクソクソっ! なんで俺は未だに一人で昼飯食ってんだ!? 誰か俺を誘えよ俺は侯爵だぞ!?)」
そう、入学式から一週間が経った今、グランは未だにボッチだった。
*
グランはバハムート侯爵家の長男。つまりは次期侯爵だ。
通常ならば取り入ろうとする男爵家や子爵家の子息たちが取り巻きとして群がる事もある筈なのだが、グランに至ってはそんな事は少しも起こらなかった。起こる予兆もなかった。
理由は明白だろう。
先日のパーティーでは交流会では暗黙の了解とされていたリナリアへ声をかけるという行為。
そこから王族であるリナリアとハルウォードに説教をかまし、その末ガルウォードから目を付けられた。
この世界の一般的視点から見れば、グランという男は滅茶苦茶な非常識野郎なのだ。
そんな男と関わり合いになりたいと思う者は、少なくとも貴族の中にはいないだろう。
「(ふざけんなっ! 俺がああいう状況に陥ったのはお前等のせいだろ!? 何俺のせいにしてんだ責任転換かこの野郎!)」
それはお前だ。
「(このままじゃ、俺は確実にこの学園内で孤立する。早急に何とかしねえと……、あのシスコン王子の護衛っつう名目で俺はアイツと同じクラスだ。だがクラスの殆どの奴等はあのシスコン王子に取り入ろうと常に奴の周りに群がってやがる! 畜生畜生畜生……! いつか絶対に殺してやる!)」
激しい嫉妬心をハルウォードに抱いているが、グランが誰かに嫉妬するのは既に見慣れた光景だ。気にする事もない。
しかし、とグランは顎に手を当て、眉を寄せる。
そして、そんなグランの目線は彼とは線対称に窓際の席に座り、手元の本へと視線を注ぎ続けている『ヘルザ・メビリア』と向けられた。
「(ぶっちゃけ、このクラスで俺と同じくボッチなのはアイツだけだ。他の奴らが既にグループで固まっちまってる以上、アイツに声をかけるしかねえんだが……)」
珍しくも、グランが躊躇っている理由は単純である。
グランは、ヘルザのような無表情な人物が苦手なのだ。
表情の変化が僅かなため、感情の変化を見逃さぬよう神経を張り巡らせて集中しながら相手と付き合っていく必要がある。
そんな面倒な事を何故俺がせにゃならんのだ! というのがグランの見解なわけで、グランはヘルザを酷く嫌っていた。
「(だが、やんなきゃ死ぬ! 俺の理想の悪役像であるグランが死ぬ!)」
そんな嫌悪感を追いやって、グランはヘルザへと話しかけるのだった。
「ヘルザ・メビリア嬢、今時間宜しいだろうか?」
ヘルザの傍へと歩み、グランはクラスメイト達にちょうど届かないぐらいの声量で声をかけた。
以前パーティーで起きた経験を活かした結果だろう。
「(ふん! 俺は数多の凡人共とは違って成長できるんだよ!! テメエらと一緒にするな!)」
誰かコイツを殴ってくれないだろうか。
「……はぁ」
横目でグランを見てから、ため息を吐いてヘルザは本を閉じた。
如何にも面倒だと態度で示しているヘルザに対し、グランの怒りは一気にメーターをぶっちぎっている。
沸点が低すぎやしないだろうか。
「まずは要件を言って」
「(言われなくても自分から話すわ! いちいち苛つくなテメエは!)申し訳ありません。ヘルザ嬢が入学してからずっとお一人で過ごしておられたので、その事について少し気になっただけです」
表面上は和やかに話し、内心ではひたすらに難癖つけているグランを感情の籠っていない目で見つめるヘルザは、グランの言葉に対して心底不思議そうに首を傾げた。
「入学してから一人なのは、貴方も一緒じゃないの?」
「ぐっ!(うるせえ! その件について触れんじゃねえ!)」
図星を衝かれ、呻き声を上げるグランを面白そうにヘルザは見ていた。
そしてその視線に対しグランは心底不愉快な気分になっていた。
「(見てくんじゃねえよ不愉快だ死ね!)……何か?」
「貴方も一人なんだ」
「……違いますが?」
「……ふふっ、分かりやすい」
「(そりゃそういう仕草をしてるからな!)」
誤魔化そうとするグランに対し、ヘルザは何処か親近感を抱いていた。
ぶっちゃけ言うなら、ヘルザもグランには多少の興味を持っていたのは否定できないだろう。
それでも声をかけなかったのは、単純に面倒くさかったのと、彼女が人見知り気味だったからだ。
だが、グランが声をかけてきたこの状況なら、その問題は解決したも同然だった。
「……それで? 貴方は私にどうして欲しいの?」
「(黙れカス、この会話の主導権は俺の物だ勝手に奪うな!)別に、して欲しい事があって声をかけたわけじゃありませんよ。単純に、一人だったから心配しただけです」
嘘つけ。
「……ん、分かった。とりあえず信じる」
「(とりあえずじゃなく心から信じろや!)」
他人に自分への信頼を強制するなんて傲慢にも程があるのではないでしょうか。
ヘルザも初対面の人間を最初から信じられるほどめでたい頭ではないし、グランの感じている不満は何とも相手の都合を考えぬ身勝手なものだ。
そしてそれを自覚していないグランには呆れを通り越して一種の恐怖を抱くべきなのかもしれない。
「じゃあ、また明日」
「はい(ちっ! 気に入らねえぜ!)」
椅子から立ち上がり、去ろうとするヘルザに道を譲るように身体を横に傾けるグラン。
そんな紳士のような様に感心しながらも、譲られた道を通り過ぎたヘルザは、ふと思い出したようにグランへと振り向いて、
「それと、敬語はもういい。なんとなく、貴方には似合わないような気がする」
と、何とも的を得た事を言い残していった。
『敬語はグランに似合わない』
これほど納得せざるを得ない言葉が他にあるのかどうか、探してみたいものである。
*
「(気に入らねえ気に入らねえ! あの見透かしているような言動が途轍もなく気に入らねえ!!)」
時刻は真夜中。
月明りに照らされているソレイル寮の中庭で、木剣を振るっている男が一人いた。
言うまでもなく、グランである。
宙に向かって木剣を振っているグランは、あの美しい青髪のヘルザを空想しながら、剣速を加速させていっている。
「(忌々しいったらねえぜあの女! こっちが下手に出てたら調子に乗りやがって!!)」
常に他人を見下し、自尊心を増大させ続けている男が言う事ではない。
そうして、残像が見えてくる程に剣速を上げ、剣を振る度に風切り音が鳴り、ソレイル寮の中庭は最早竜巻が巻き起こっているような有様になっていた。
近所迷惑にも程があるのではないだろうか。
「おい! うるさいぞグラン・フォン・バハムート!」
ソレイル寮の男子棟の窓からハルウォードが顔を出し、叫び声を上げた。
ふと女子棟側を見れば、窓の向こう側からリナリアやライシア、ヘルザもグランの様子を窺っていた。
そりゃ、こんな騒音がなっていれば寝られるはずもないだろうよ。
王族であるハルウォードが言えばグランも自身の怒りを無理矢理抑え込むだろうと、思ったが、グランは声を上げたハルウォードの方をキッと睨みつけて、
「あ、手が滑った(死ね元凶! 元はと言えばあのパーティーでお前等兄妹に巻き込まれたのが原因なんじゃ!)」
振るっていた剣をその勢いのままハルウォードの方へと投げつけた。
「ちょっ!? 危ないだろう!」
が、ハルウォードは【水】と【風】を掛け合わせた【氷】の属性魔力を使い、氷の壁を作り上げてその剣を防いだ。
爆音と立煙を上げて、両方の剣と魔法はぶつかり合い、双方砕け散った。
「ふぅ…………グラン! いい加減にし――ってあれ? 何処に行った?」
顔を覆っていた腕を払い、再び中庭へと目線を戻した時には、グランは中庭から立ち去っていた。
窓から中庭へと飛び降りて首を回すハルウォードを他所に、グランはソレイル寮の自分の部屋へと戻っていた。
一瞬で部屋に戻ってきた同居人にグランと相部屋を共にしていた男は唖然としていた。
が、すぐに現実へと意識を戻して、グランに声をかけようとしたが、
「――もう夜中だから、静かにしような?」
口の前に人差し指を立てて黒い笑みを見せてくるグランに声を失い、そのままいそいそとベッドに入っていった。
「(はぁ。またやっちまったぜ!)」
後日、ハルウォードにこってり叱られたという。




