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第十七話『自業自得だというのに、これである』

 一度落ち着きを取り戻そうとしていたパーティ会場は、またもざわつきに飲み込まれていた。

 全ては一人の愚かな男のせいである。


「(いや、俺リナリアにとっては恩人の筈だし? 恩人を不敬罪になんてコイツが出来るはずないし、なんかご都合主義で不問になるだろ。なるよな? っていうかしろよ俺はお前の恩人だぞ!)」


 恩着せがましい奴だ、恥を知れ。


 リナリアは己に向けて頭を下げているグランに目を見開き、絶句したまま棒立ちしている。

 他の貴族たちも同様だ。唯一、リナリアの父である国王だけは目を細めてグランを見つめていたが。


「……とりあえず、頭を上げてください、グラン様」


「はい(言われなくても上げるっての! テメエの指示なんざ要らねえっての! 俺がお前に従ってるのは権力の差だという事を忘れるなよこの野郎)」


 権力の差で相手に頭を下げるのは傍目には時に情けなく映ったりするのだが、リナリアに対し明確な嫌悪を覚えているグランはリナリアの発言に難癖をつけるのに忙しくそれに気づいていなかった。

 間抜けというか馬鹿というか、妙なところで詰めが甘い奴だ。


「グラン様は私にとって、恩人なんです。だから、私にグラン様を罰する事は出来ないです!」


 リナリアは笑ってそういった。

 軽々しく王族の責務を放棄していながら、リナリアはどこか開き直ったように釈然とした様子だった。

 その事がまたグランの地雷を踏み抜いていく。


「(テメエ! まーた自分の役目を放っておくんか!? 何度言っても駄目だなお前!)」


 何度言っても駄目なのはコイツである。

 そもそもリナリアは以前と違い覚悟を決めてグランを罰さないという判断を下したのだ。

 無責任に役目を放るのとはまた違うだろう。


「……おい」


「ちょ!? ち、違います! 王族の役目を放ったわけじゃないので、その怖い顔止めてくださいっ!」


 声のトーンを低くし、眉間に皺を寄せて睨んできたグランにあたふたと事情を話し始めるリナリア。

 ひとまずリナリアの説明を受けようと、グランはその眼光を抑え、されど眉は寄せたままリナリアの方を向いた。

 何故王族よりも偉そうなんだコイツは。


「あの、さっきも言った通り、私がグラン様を裁くことは出来ません。これは王族である以前に、一人の人間として、恩を仇で返す真似をするというのはいけない事だと、思うからです」


 堂々と胸を張って、自身の意見を主張するリナリアには明確に成長の兆しが見えていた。

 それを促したのは、他でもないグランだ。

 そんな恩人であるグランを裁くなど、自分にも、この場に居る誰にもできる筈がない。

 リナリアは心底そう思っている。因みにグランも同様の思いなのだが、自己保身の塊であるコイツの心情は大体この思いが占めているので純粋なリナリアと比べるのは野暮というモノだ。


「(なんか成長した感が出てて腹立つな。これなら前の方が良かったわ、誰だよリナリア成長させたの)」


 お前だよ。


「……ですが、それは私が裁かれなくてもいい理由にはならないでしょう(十分理由になるけどな。王族の恩人たる俺が裁かれるとかあっては駄目な事だ)」


 この世界のシナリオを自分勝手に作り変えようとしている男が裁かれるというのは案外正当性が取れているように思えるのだがどうだろうか。

 さも納得のいっていないかのような表情をするグランに、リナリアもまた困ったように眉を下げた。

 王族として生きる事を決めたとはいえ、今の今までリナリアは守られてばかりの弱気な少女だったのだ。

 どれほどの不敬に対し、どれほどの罰を与えるべきかも彼女は知らない。

 そんなリナリアに、グランを裁けというのは難しいだろう。


「――ふむ、話は理解した。グラン・フォン・バハムートよ、貴公は些か生真面目が過ぎるようだな」


 そこに、威厳を感じさせる低い声が響いた。

 声を発したのは、シベルクの王――――ガルウォード・シベルクである。

 グラン達を囲むようにしていた貴族たちは慌てて道を開け、現れたガルウォードを通す。

 そんな威圧感のある王の後ろに続くのが彼の妻、アザリア・シベルクだ。


「あら、良い事じゃないですか? ハルちゃんとリナちゃんの同世代にこんなにもしっかりとした子がいるというのは」


 ガルウォードと違い、ふわふわとした和やかな雰囲気をしている彼女は、性格も貴族にしては比較的温厚である。

 もっとも、社交界では誰よりも規律を重んじるという事で有名だが。


「(げっ! 厄介なのが出てきやがった!)」


 引き攣りそうになる顔をグランは表情筋を酷使して無理矢理抑え込み、すぐに表れた王族夫妻の前に跪く。

 リナリアは現れた両親を前に、目を丸くしていた。

 が、すぐに淑女の礼をとり、王たる父とその妃たる母に敬意を示す。

 

「さて、リナリア。そしてグラン・フォン・バハムートよ、話は聞かせてもらったぞ。盗み聞きだと思われるだろうが、あのような大声で話されていては耳に入ってきてしまっても仕方あるまい?」


「はっ! おっしゃる通りです(っざけんな! 盗み聞きしたのには変わりねえだろうがボケっ! 国王だからってお高く留まりやがって!!)」


 貴族、というよりも騎士のような潔い返事を返すグランを、ガルウォードは興味深そうに観察していた。

 傍目には分からないように繊細な動作で行われる観察に、リナリアは愚かグランでさえも気づくことは出来ていなかった。


「ふふふっ。リナリアがあんなに大きな声で喋ってるのなんて初めて見たわ。あの時のリナリア、とっても怖かったわよ?」


「お、お母様っ! か、揶揄わないで下さい!」


 お茶目にそういうアザリアにリナリアは顔を赤くして叫ぶ。

 横ではそんな母娘の和やかなやり取りがされているというのに、グランの心境は酷く荒れていた。


「(もぉおおおおおおおおおおお!!! なんでここで国王が出てくんだよ!? リナリアが裁くからご都合主義の希望があったのに国王おまえが出てきたらそんな希望が絶望へと超速変化するんだよ! 空気読めよこの悪魔がっ!!)」


 と、内心では忙しなく文句を垂れ流しているグランだが、表にはそんな感情を全く出していない。

 そんな剛胆なグランとガルウォードは今、まさに向かい合うような立ち位置になっている。片方が跪いているおかげで何とか目を合わせずに済んでいるが、ガルウォード剣呑な眼を見た瞬間、グランの硝子の心は再び崩壊してしまうだろう。

 今度は恐らく泣き崩れるという形で。


「グラン・フォン・バハムートよ、其方には感謝している。我が娘リナリアに対する優しき対応も、先程まで行われていた説教に関してもだ。だからこそ我は、貴公を罰しようなどとは思ってはいなかった」


「(えっ!? マジっすか!?)」


 グランの目が一瞬光輝いたが、それもまたガルウォードの次の言葉で潰えた。


「だが、貴公は厄介な程に生真面目で、頑固者だ。そんな男が、己を裁けと覚悟を決めて主張しているのならば、それに応えてやるのが貴公に対する礼儀というものであろう」

 

 グラン・フォン・バハムートは、愚かなぐらいに生真面目で、芯の通っている頑固者。

 ガルウォードは、グランをそう評していた。

 娘であるリナリアに初め近づいていた時は何を企んでいるのかと思い遠目から見ていたが、それもあの子供にしては堅物すぎる説教を聞けば分かる。

 グランにはリナリアに対する企みなど無く、寧ろリナリアを思いやっていてくれていたと、そう理解できたのだ。

 だからこそガルウォードは、グランに対し真摯に接すると決めていた。


「(上げて落とすんじゃねえよぉ……! クソっ、もうこうなったら平民としてストーリー本編に無理矢理参入するしかねえじゃねえか! 普段頼んでもねえのに甘やかしてくるデネゴとアラネウスもこういう時は絶対出てこねえだろうし……畜生っ!)」


 権威主義であるデネゴとアラネウスが手助けしてくれる事は最早皆無。

 そして、恩知らずにもガルウォードはグランを裁こうとしている。

 今まさに絶体絶命のグランは歯を食いしばってその怒りを堪えていた。

 

「(俺にとって悪魔の一族であるシベルク王族……こいつ等、マジでいつかぶっ潰してやる……!)」


「さて、ではグラン・フォン・バハムートよ、よく聞け。貴公の犯した罪に対する罰を、このガルウォード・シベルクが示そう」


「(示すな! 口を閉じてろよマジで! 閉じれないなら縫ってやるから!)」


 身を固くし、ガルウォードの言葉を待っていたグランと威厳ある声音で罰を宣言するガルウォードの間には、凄まじく重い空気が流れていた。

 それこそ、家族であるリナリアでさえも口を挟めない程にである。

 今、グランを庇護してくれる存在は誰一人として居なかった。


「――貴公はこれから、我が息子ハルウォードの護衛に付き、学園での生活を手助けせよ……。以上が、貴様に与える罰だ、グラン・フォン・バハムートよ」


「……は?」

「……え?」


 予想外のガルウォードの言葉にグランとリナリア、そしてその場にいた全ての貴族が唖然としてしまった。

 だが、真っ先に気を取り戻したグランがすぐに口を開く。


「そ、それはどういう事なのでしょうか? き、聞き間違いでなければ私が……(こ、これはまさか……!)」


「どういう事も何も、言った通りだ。貴公にはこれからハルウォードの護衛についてもらう。少なくとも、ハルウォードが中等部の間はな」


「(ご、ご都合主義っ!……か? これって、もし学園に通ってる途中でハルウォードが死んだら俺は責任を取らされて死ぬって事だよな? だとしたら、これからゲームのストーリー的に死ぬ予定にあるハルウォードの護衛に付くっていうのは……ど、どうなんだ?)」


 この先の未来でハルウォードが死ぬ運命にある事を知っているグランは素直に喜ぶ事も出来ず、考え込むような様子を見せた。

 そんなグランの様に、ガルウォードは思わず苦笑する。


「まぁ、貴公からしたら納得のいかない裁きだろうがな。だが、貴公ほどの存在を消してしまうのは些か勿体無い。故に、我が息子の護衛に付かせた。まさか、王族の意向に異論があるわけではあるまいな?」


 先程、王族の役目について大いに語っていた少年にこれを言うのは、中々に可笑しな話だと、ガルウォードはまた小さく笑った。


「(俺というイレギュラーが居るんだ、ハルウォードを死なせずに生かしたままストーリーを進めることだって出来る筈だ。話を少し変えたところで、ゲーム自体がぶっ壊れるなんて事はあり得ない。つまり、バグみたいなもんだ。それを作り出したところでストーリーに出来る限り関わらせない事なら可能、だよな? よし、イケる、イケるぞ!!)」


 考えを纏めるうちに気づかぬうちに寄ってしまっていた眉を緩め、ガルウォードと目を合わせ答えた。


「――御意に(とりあえず、生き残れた事だけでも良しとするか)」 


 かくして、行き当たりばったりであったパーティは幕を閉じる。

 一先ず生き残った事に安堵したグランは、その後両親であるデネゴたちからのお叱りを受け、より一層デネゴたちを嫌ったという。

 自業自得だというのに、これである。

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