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第十六話『ずるい人』

 リナリアの目に映っているのはグランだけだ。

 たとえ目の前のグランを本物ではないと否定していても、その否定する対象であるグランがリナリアの意識から消える事はない。

 故に、今この場でリナリアを止められる者はグランただ一人だけである。


「(嫌なんですけど? つか何で逆ギレされてる俺がコイツの事止めなきゃなんねえの? 勝手に止まれよクソ女がっ!)」


 現在、グランのリナリアへの好感度は零を通り越してマイナスまで突っ切ってしまっている。

 そのため、グランはリナリアがどうなろうと然程気にはしていなかった。

 グランのせいでリナリアがこうなったというのに、実はリナリアよりも無責任なのはコイツの方ではなかろうか。


「(いやでもここで止めとかないとこの先のストーリーが本格的に狂っちゃうよな。最初から俺が役柄無視してるわけだし、ヒロインであるリナリアにまで役割放棄されたらこの物語は崩壊する、確実に)」


 この世界の物語が狂ってしまうのはグランにとっても不都合であるのは間違いない。

 何せ、死してまで演劇の舞台に立ちたいと願った結果辿り着いたのがこの世界なのだから、グランもこの世界に対して多少の執着を持っている。

 故に、リナリアを止める理由も理屈も揃っているのだ。


「(……今思ったけど、これ王族の馬鹿共が最初からリナリアを蔑む奴等を片っ端から粛清していってれば済む話だったんじゃねえの? 中途半端に助けるような事するからこのクソ女は無駄に罪悪感とか劣等感とか抱いちまってんだよ。マジでこれに関しては俺完全に巻き込まれだわ、完全に俺無罪冤罪だわ! 損害賠償後で請求しよ)」


 自分からリナリアに接触しておいてこれである。責任転嫁の上手い男だ、無駄な特技を持ちやがって。


「(さっきキレちまって敬語も使い忘れちまったし、もう不敬罪確定だぞ畜生っ……! それもこれも全部お前のせいだクソ女!)」


 ぶっちゃけほぼ全て自業自得なのだが、もう自棄になっているグランにその言葉は届かない。

 己の前で喚いているリナリアを強く睨みつけ、怒鳴った。


「――――黙れ!!!!!」


 前世で学んだ声量の出し方、声の響かせ方。それらの技術全てを総動員して出した大声は、リナリアの喚きを一瞬止める事に成功した。

 目を丸くして口を開けたまま動かなくなったリナリアに畳みかけるようにグランは言葉を紡ぐ。


「勝手な理想を押し付けてんじゃねえ! 俺が偽物? なわけねえだろ! 俺は元々優しくなんかねえんだよ!(少なくともお前よりは優しいけどな!)」


 声を荒げて叫ぶグラン。

 敬語も礼儀も弁えない大胆な不敬にその場にいた貴族たちは一斉に顔を引き攣らせた。

 だが、国王や王妃がグランを止める気配はない。ならばと、貴族たちも二人に倣ってグランの行く末を見守る形を取る事にした。

 早い話、触らぬ神に祟りなしという奴だ。


「人に頼って生きてもいい! 人に助けられながら生きてもいい! だが、人に依存した生き方はするな! お前のそれは、ただの怠慢だ! 甘えてんじゃねえぞこの怠け者がっ!」


「なっ――――」


「王族に生まれたならその役目を果たせ! 何が『誰からも無関心で、邪魔な存在』だ! お前がそうなったのは周りに甘えてきたお前の責任だろうが! 勝手に責任転嫁してんじゃねえ!!」


 顔を赤くして、表情を怒りの形相に変えるリナリアを見てグランはテンションを上げた。

 先程まで好き勝手していた相手に一矢報いたのだ、達成感を感じても可笑しくはない。

 だが、ここで止まれないのだがグランだ。


「お父様とお母様は特に何もしてくれなかった? 違うだろうが! テメエが助けを求めたら、あの人たちは助けてくれたんじゃないのか!? テメエが自分から助けてくれと声を上げれば、あの人たちは全力でお前を守ってくれるんじゃないのかよ!」


「そ、そんなのある訳ない!! だって私はあの人たちにとって――――」


「お前はあの人たちにとって、唯一無二の娘なんだろうが!」


「――――――」


 リナリアは開いた口を閉じる事しかできなかった。

 グランが言った通り、自分から助けを求める事なんてした事が無かったから。

 何故それをしなかったのかと言えば、それは不安だったからとしか言いようがない。

 自分があの偉大な父と母の娘として胸を張っていいのか自信がなかったし、自分が誰かに助けを求めてもいいような存在なのかも分からなかったから。

 だからリナリアは、自分で助けを求めるような事はせず、誰かから助けられるのを待つような我慢前提の生き方を選んでしまっていたのだ。


 それをグランは、ただの怠慢だといった。


「――ふざけないで下さい!」


 自分がどれだけ苦労してきたのかも知らずに、いけしゃあしゃあと口を開いて己を非難するな。

 どれだけ苦しかったと思ってる? どれだけ辛かったと思ってる? 

 一体どれだけ、自分を王族に生んだ親と世界を憎んできたと思っているんだ!


「私だって辛かった! 苦しかった! 誰かに助けを求めれば良いなんて、教えてくれる人もいなかった!! わ、私だって、誰かを……信じたかった…………!」


 悲痛な顔で言うリナリアは、人々からの同情を誘う。

 グランの言った通り、リナリア自身が助けを求めれば彼女を好ましく思っている者はすぐに動いてくれるだろう。

 けれど、彼女はそれを知らなかった。


 それは、彼女にそれを教える人物が現れなかったから――――ではないと、グランは知っている。


「そんなもん、お前が最初っから自分を信じてりゃ済んだ話だろうが! 自分すら信じれない奴が、一体誰を信じれるってんだ!」


 私が悪いんじゃなく、教えてくれなかった周りが悪い!


 そんな子供染みたリナリアの言い訳を、グランは容赦なく否定する。


「自分は傲慢に生きる価値が無い、とか阿呆みたいな事言ってるからそうなるんだ! 傲慢に生きた事もねえ癖に何言ってんだこの馬鹿!」


「な!? わ、私は馬鹿じゃ――」


「王族に生まれたお前に傲慢で在る価値が無いなら、一体この国の誰が傲慢で在ればいいんだよ!」


 リナリアは、自分に自信がない。

 ならば、自信がつくように説得してやればいい。


 言うは易し。生半可な言葉でリナリアの心情が変わる事なんて都合の良い事が起きるわけがない。

 だからこそ、リナリアを真に理解し、リナリアの持つ感情と本音を全て引きずり出した上で説得してやる必要があった。

 リナリアが成長できるようにするには、それしかなかったのだ。


 そして偶然にも、グランはそれを実践している。

 リナリアの『依存』と『憎悪』を引きずり出し、そしてそれを現在進行形でグランは否定している。

 その上で、グランは無意識下であるがリナリアに対しこれからどのように生きていけば良いのか、その道を示していた。


 グランの演劇人として演技力によって醸し出される説得力と、偶然発生した道を示す親切心が合わさって言葉となり、リナリアへと向けられる。

 そんなものが向けられれば、誰だって揺らいでしまう。


「わ、私は……!」


「お前は、リナリア・シベルク! この国で最も傲慢に生きて良い人間の内の、一人だ」


 そして、これだけでは足りない。

 この偶然にも出来上がりそうな感動シーンを前に、グランはどうすれば良いのかを演劇で培った直感で察していた。

 強張っていた顔を緩めて、グランは、


「――――そんで、俺の友達だ。だから、そんな下向いた生き方すんな」


「っ――――――」


 ずるい。


 リナリアは、顔を上げた先にあるグランの優し気に笑っている様を見て、心底そう思った。

 初めは、説教されているのだと思った。

 今までの己の人生を否定された気がして、その時は逆上してしまったが、それによって吐き出した言葉も全て言い返されて、黙らされた。

 そして、励まされた。

 お前は傲慢に生きていて良いんだと、真っ直ぐな目でそう言われた。

 お前はそんな辛い道を歩かなくてもいいんだと、遠回しに慰められた。


 そして、何故そこまでして己にそれを伝えてくれたのか。

 その理由が、友達だからだと、そう言われた。


 本当に、本当に本当にずるい人だ。

 そんな風に言われたら、嫌でも信じたくなってしまう。

 自分がもっと上を向いて歩いて良いのだと、もっと周りを頼ってもいいのだと、思ってしまう。

 目の前にいる少年と、友達で居ていいのだと、思ってしまうから。


 本当に、ずるくて酷い人だ。

 頬を伝う涙を感じながら、そんな酷く優しい笑みを向けてくる赤髪の少年を静かに見据える。


「――――グラン様は、ずるくて、酷い人ですっ……お、女の子を泣かすなんて…………!」


「泣き笑いで言われても説得力ねえよ。さっきまでの俺を見習え(だよな! 感動したよな! 俺も俺も! いやー、流石俺って感じの名演技だったわぁ。我ながら惚れ惚れしちゃう!!)」


 涙を流して笑うリナリアの頭に、グランはそっと手を置いた。

 その顔は、さっきまでのリナリアと一緒に行動していた時とは違って、歯を剝きだして笑う童の笑みだった。

 きっと、こっちの方が素なのだろう、さっきよりもずっと子供らしい自然な笑みだ。

 その笑顔を、リナリアは愛おしく思ってしまう。

 だからこそ、グランが作っていた仮面の笑みよりも安心できた。


「もう、大丈夫だよな」


「――はい、もう大丈夫です」


 清々しさすら感じるリナリアの笑みは、もう影は差していなかった。

 それを見て、グランはまた満足げに笑う――――まぁ、演技なわけだが。


「はっ! さっきまで散々喚いてた癖に、良い顔しやがるなぁ(この厚顔の恥知らずめ!)」


「ふん! 良いんですよ、私は王族ですから切り替え上手なんです!」


「ははははっ! 調子出てきたじゃねえか!(あ? 調子乗んなやカス!)」


 この一連の騒動で未だリナリアに情の一つも沸いていないグランには戦慄を覚える。

 人心があるのだろうかコイツは。

 和やかに話し始めた二人に、やっと会場の空気が緩んだ。

 貴族たちも緊張が走っていた空気が消散し、ようやく肩の力を抜けた様子だ。

 

「(お前等は何もやってねえだろうがっ! なんで緊張してんだよ! 何? 被害妄想なの? 被害妄想系男女なの君ら? お前等のせいで被害受けたのはこっちなんですけど!?)」


 被害妄想系男女ってなんだ?

 と、内心でグチグチ言っているグランはまるで嫌がらせのようにようやく収拾がつきそうだったタイミングで口を開いた。


「(俺を差し置いて和むな下民共!)それじゃ、これが王族としてのお前の初仕事ってなるわけか」


 ニヒルな笑みを浮かべてリナリアへ真っ直ぐ向かい立つグランの言葉に、リナリアは首を傾げた。


「え? 初仕事って何の――――」


「リナリア様」


 真剣な口調、声、顔を持って、グランは言った。


「私はリナリア様に対し、多くの不敬を働いてしまいました。どうか、私めに正しき裁きをお与えください」


 上品で優雅な礼を持って、グランはに裁きを請うた。


「(お前マジで打ち首に処したら殺すからな? 俺お前の恩人だからな? 金ならデネゴが払うから最低でも国外追放にしてくれ!!)」


 内心はビビりまくりの小物グランであった。

それにしても、リナリアのグランへの好感度が爆上げされているであろうこのタイミングで裁きを請うのは些かずる過ぎやしないだろうか。

 


 


 


 


 

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