第十五話『依存に時間は関係ない』
グランが王族の兄妹に対し不敬を働いたあの一幕は、一応落ち着いたと言っていいだろう。
あの後、グランの両親であるデネゴとアラネウスが国王陛下と王妃、ハルウォードに対し必死に頭を垂らしていたが、国王と王妃は寛容にもグランのハルウォードに対する不敬を特に何の文句を言う事もなくあっさりと許した。
寧ろ、リナリアの足を治してくれた事に感謝の言葉を返してくれるくらい、国王は性格の出来た人物であった。
因みに言うまでもないが、デネゴとアラネウスはリナリアに対してだけは謝罪の言葉も、頭を垂れる事もしていない。
あの二人は目に見える権力を持つ者にしか媚び諂う事はないのだ。分かりやすい権威主義者たちである。
「(ま、それは知ってたから良いんだけどよ)……リナリア様、甘味であればあちらのケーキなどはどうでしょうか?」
「は、はい! そうですね! 確かに、見栄えも良くて可愛いです!」
そして今、グランはリナリアと共に行動している。
理由はこうだ。あのリナリアの、もう少しお話しませんか? 発言のせいで、グランはリナリアと共に少しの時間を過ごさなければならなくなった。
ハルウォードもついて来ようとしたが、リナリアが断ったためそれは叶わず、今はグランとリナリアの二人っきりだ。
グランも本心ではものすごく断りを入れたかったのだが、侯爵という一貴族
が出来損ないとはいえ王族の意向に逆らえるはずもなく、渋々了承し、リナリアに賛同する羽目になった。
ま、これもグランがリナリアを利用しようと目論んだ結果なので、自業自得と言えばそうなのだが。
「(誰が見栄えの話をした? 俺は味の話をしたのだが?)ええ。取り分けますか?」
「い、いえ! 大丈夫です。使用人にやらせますから」
「そうですか(ちっ! 金持ちアピールしやがってよ!)」
お前も家に使用人いるだろうが。
内心でリナリアを毒づくグランを他所に、リナリアは片手を上げて使用人を呼ぶ。
控えていた侍女が無駄のない動きでケーキを取り分け皿に乗せ、リナリアとグランに手渡す。
「(はんっ! うちのシャーリーの方が上だな!)」
シャーリーが聞いたら大喜びだろうが、それはそれとして威張るな。
何故こいつはいちいち張り合おうとするのか。もっと何事に対しても無関心であればさぞかし生きやすいだろうに。
「(にしても、コイツ……)そういえば、リナリア様」
「はい?」
「リナリア様は生まれつき目が見えないという噂でしたが、それにしては周りの様子をよく理解できておいでですよね。それこそ、目の見える私よりも物の位置やらが分かっているように思うのですが……」
グランがそう口にすると、リナリアは何処か物憂げな表情を一瞬見せ、その後取り繕うように苦笑する。
グランがこれを聞いた理由はただ気づいた事を聞いてみただけだったのだが、どうやら何かしら訳があるようだ。
「(取り繕うならもっと分かりにくくしろよ……演技が下手にも程があるだろ)今も目を瞑っていたのに、侍女の位置を把握して呼んでいたように見えますし……こういうと探りを入れているように感じられそうですが、何故分かるんですか?」
そう、グランが知りたいのはまさにそれだ。
目が見えなくても物の位置が分かるという事は、触覚が非常に秀でているのか。それとも何かしらの技術があり、それを使用して物の位置を把握しているのかの二つに絞られる。
前者ではなく後者での場合、余程奇怪な技術でない限りは努力次第でグランも出来るようになるだろう。となれば、グランが予測している未来でいずれ来るであろう主人公との戦闘時までにその技術を身に付けておけば、それは役に立つ財産となる。
グランはそう考えた上で、リナリアに話を聞いていた。
相も変わらず、自分の利益になる話には飛びつく奴である。
「い、意外と簡単ですよ……? 空気中に漂う魔素を感じ取って、それで物の位置を把握するんです。練習すればきっと、グラン様にもできると思います」
と、リナリアは口にした。
リナリアはいとも簡単だ、とでも言うかのように述べたが、リナリアが今も実践しているであろうこの所謂、『魔素感知』は非常に高度な技術である。
それこそ、世の魔法使いの中でも数人しか扱えない程の会得難易度で、努力とそれ以上の才能がなければ成しえないモノだ。
どれだけ難しいのかを説明するなら、空気中に漂う酸素を感知しろ、と言うのと同じようなものだ。
どれほど桁外れな才をリナリアが持っているか、理解できるというものだろう。
それを知ったグランはそれはもう嫉妬して嫉妬して嫉妬していた。
「(こ、ここここここここここいつぅううううううううううう!!! 自慢か!? テメエは自慢してんのかこの目無し能無しの疫病神が!! 私には才能があるからこれくらい余裕ってか? カッー! テメエの自慢なんざ聞きたくないっての! っつか、俺にもできるって? 出来るわきゃねえだろぶっ殺すぞ! 自分に才能があるからって俺の事を馬鹿にしやがって! 前々からクソだと思っていたが性格までクソだったとはな! お前なんか利用価値も無いわボケ!)」
落ち着けっつの。
「それは、もしや『魔素感知』と呼ばれる技術なのでは?(あ~! こんなクソ女利用しようとしなくて正解だったわ~!)」
負け惜しみにしても幼稚過ぎだろう。精神年齢何歳だコイツ。
「え? え~と……お、おそらく? そうだと思います」
「(テメエ! やっぱり自慢だったか! 死ね!)そ、それは凄いですね! 世界でも有数の選ばれた才有る者にしか扱えない高等技術ですよ! 素晴らしい!」
グランは大声で、会場の貴族連中にも聞こえるようにリナリアを褒める。
狙いは一つ。己を馬鹿にした(勘違い)リナリアに貴族連中からのヘイトを集めさせる為である。
だが、その結果はグランにとって予想外のものだった。
「おい、聞いたか? リナリア様はあの歳で『魔素感知』を使いこなしていると」
「そんな馬鹿な! 世の魔法使いが何年間にも渡って修行した末に手に入れる技術だぞ!?」
「リナリア様は王族の恥さらしだと思っていたが……とんでもないな」
「こ、これってやばいんじゃない!? 私あの子に紅茶かけちゃったんだけど!」
「アンタ、死んだわね」
と、意外にも好印象というべきか、リナリアに対する嫉妬も貴族連中は示さなかった。
それどころか、今までの非礼をリナリアに詫びるべきかどうか悩んでいる奴もいる。
今後、リナリアに対して取り入ろうとする貴族は増える事になるだろう。
「(死んだのは俺の心だよ馬鹿! ホントに使えないなお前等! マジ何なの? リナリアが優秀だと分かった途端にこれかよ腰抜け共がっ!)」
グランが他の貴族たちと相容れる事は果たしてあるのだろうか。
「そ、そんな大したことじゃないです! た、ただ私は目が見えないから、ほ、他の人よりも頑張らなきゃって思っただけで……」
「(コイツはコイツで卑屈だしよぉ……このストレス製造機め)いやいや、それは謙遜しすぎでしょう。謙遜も、いき過ぎれば傲慢へと変わってしまいますからね。リナリア様のはまさにそれです」
「ふぇあ!? わ、私! そんなつもりじゃっ」
「分かってますよ。リナリア様は人を思いやれる人ですからね(涙目になるくらいなら無様に泣いとけよ……。それなら俺のストレスも少しは解消されるのに)」
最低か!?
と、内心ではこうもリナリアを毒づいているグランだが確かにその心は疲労していた。
先程の貴族連中から注目の視線を一身に浴び、その上で王族というこの世界においての最上位に位置する一族の兄妹を相手取るというプレッシャー。
そして、今まさに行われているリナリアとの会話。
その全てがグランの精神にクリーンヒットし、罅を入れていった。
「(このままじゃ不味い! 俺の心が不味い! 話を変えなければ!)そういう点では、リナリア様には他人よりも自分をもっと大事にしてほしいですがね。そうすれば、王太子殿下も少しは安心するでしょう」
朗らかに笑ってリナリアを見るグラン。如何にストレスに苛まれていようとも、グランのその鉄壁の虚像が剝がれる事はないのだ。
「じ、自分を大事に、ですか……」
「ええ。リナリア様は、少し卑屈すぎますよ。もう少し傲慢に生きても、罰は当たらないと思いますよ?(耐えるんだ俺! 心を無にしろ!)」
グランの言葉を聞き、考え込むリナリアを他所にグランは己を必死に律していた。
が、そこに思わぬ攻撃が入ってきてしまった。
「……いえ、私には……傲慢に生きて良い価値なんてありませんから」
そういって悲しそうに笑うリナリアの顔は、痛々しかった。
それは、今まで彼女をぞんざいに扱ってきた権威主義の貴族連中ですらも一瞬リナリアを憐れんでしまう程に。
おそらく、今後リナリアが貴族から不当な扱いを受ける事はないだろう。
彼等も、リナリアが王族として相応しい才があると知った以上、むやみに手出しする事は出来ない。最早リナリアは、王国随一の魔法使いになれる才を秘めた原石と化してしまっているから。
だが、そこに全くもって賛同できていない物が居る。
いうまでもなく――――グランである。
「は?」
グランは今世紀最大にキレていた。
理由を言うのなら、今の今まで蓄積されていたストレスが爆発したと考えるのが筋だが、爆発したきっかけは先程のリナリアの言葉だ。
眉を寄せ、目を吊り上げたグランの顔は、先程のハルウォードとは比にならない程怒りに満ちていた。
「え? あ、あの……今、なんて?」
「『は?』つったんだよ。聞こえなかったのかクソ女」
「え…………え?」
まるで人が変わったように己を罵倒してくるグランに思わず呆然としてしまったリナリア。いや、リナリアだけではなく周りの貴族連中も、だ。
人が変わったというか、単に内心の一部分を出してきただけだが。本当はもっと罵倒されているぞ。
*
どういう事だ? リナリアは非常に焦っていた。
リナリアにとって、グランは唯一貴族の中で自分とまともに接してくれた人物だ。
それがリナリアにとってどれだけの救いであったのか。グランはおそらく、理解していないのだろう。
グランがいなければ、この輝かしいパーティの最中でも、リナリアが楽しいと思える時間はなかった。リナリアが来て良かったと思える事はなかった。
それだけ、リナリアはグランに感謝していた。
リナリアが躊躇ってしまう事を、グランは代わりに言ってくれる。
リナリアが困っていた時に、グランは助けに来てくれる。
リナリアが落ち込んでいた時は、グランは励ましてくれる。
グランが今日やってきた全てが、リナリアの心を救っていた。
にも拘らず、これは何だ? 何故グランは怒っている? あの心優しいグランは、どこに行ってしまったんだ?
この赤髪の男は――――一体誰だ?
*
グランは今、非常にキレていた。
理由は、先程のリナリアの言葉にある。
‟……いえ、私には……傲慢に生きて良い価値なんてありませんから”
この言葉によって、崩壊寸前だったグランの心は罅割れてしまったのだ。
ずっと堪えてきていたストレスと赫怒が溢れ出てしまったのだ。
そのきっかけがリナリアの発したこの言葉からくるグランの感情――――世にも珍しいグランの義憤である。
演劇を狂気的に愛しているグランは、役柄を放棄する者を許さない。
前世でも役に沿った演技が出来ない者には鉄拳をお見舞いしていた事もある程、グランは役柄というモノを大事にしている。
――そしてグランにとって王女という役の柄は、『傲慢』だ。
王族とは傲慢に生き、そして堂々と人々の頂点に立っていなければならない。そうでなければ、威厳も風格も生まれないからだ。
RPGゲームの王様が弱気だったなら、勇者は魔王討伐なんて危険なものには行きたがらない。
乙女ゲームの王子が軟弱であったなら、その王子が皆が見ている前で悪役令嬢との婚約を破棄などするわけがない。
故に王と、その家族である王族は『傲慢』でなければならないのだ。
確かにゲームでのリナリアの役割はそんな傲慢お嬢様キャラではない。
しかし、今グランが怒っているのはリナリアがゲームのキャラとかけ離れていたからではない。
この世界においての王族の役割も責任も背負おうとしないリナリアに対し、グランは怒っているのだ。
それを陰ながらサポートしようとしてやったわけにも拘わらず、リナリアが役柄を理解しようとせずに放棄したために、グランはキレていたのだ。
相も変わらず、妙なところでキレる奴である。
「いいか? よく聞け。お前は腐っても王族だろう? ならば、それ相応の生き方をしなければならないんだよ。俺たち貴族が領を統べるのと同じだ。アンタ等も俺たち貴族を統べる者としての威厳を――」
「誰ですか?」
意気揚々と話し始めたグランの言葉を、リナリアが遮る。
「あ? 誰って、さっき名乗っただろうが! 俺はグラ――」
「グラン様を、何処にやったんですか?」
また、遮る。
「――何?」
そして、ここまでくればグランも気づいた。
リナリアの様子がおかしい事に。
グランに暴言を吐かれた衝撃からか、それともただずっと立っていて疲れただけか。
リナリアの足取りはふらついていた。ゆらゆらと身体を揺らしながらグランに近づいていくリナリアの瞳は黒く濁っていて、不気味さが漂っていた。
「お前、何を言って――」
「私のグラン様を! 何処にやったんですか!!」
ヒステリックな女特有の高い声で叫ぶリナリア。
その声は会場全体に響き渡り、またもやグランとリナリアは周囲の注目を集める事となった。
前と違うのは、二人とも周囲に向ける意識はなく、目の前の相手を不快そうに睨みつけているという事か。
「グラン様は、私の事を『お前』だなんて呼ばない! グラン様は、私をそんな目で見たりしない! いいですか? グラン様は私の足を治してくれたんですよ? 他の誰も――兄様ですら気づいてくれなかった私の怪我に気づいて、周りから疎まれている私を助けてくれたんです。一人でいた私を! 周りから嫌われて、嫌がらせされて、いじめられて……そして苦しかった私の事を、あの人だけが優しくしてくれたんです! 兄様は周りからの評価を気にして、私が紅茶をかけられても相手を不問にした。お父様とお母様は特に何もしてくれません。誰からも無関心で、邪魔な存在なんですよ私は!!」
狂ったように泣き叫び、その綺麗な金髪を乱しているリナリアに、グランは気圧されていた。
いや、グランだけではない、その場にいる人間の全てがこの狂ったリナリアに気圧されている。
自分に酔っているリナリアは、さらにさらに言葉を紡ぐ。
「でも! グラン様だけは違った! 権威主義の貴族たちからの評価など気にせずに、誰も近づかずにいた私の下に助けに来てくれた! 私が愚かな兄様の愚行を止めようと画策していた事に気づいてくれた! 私が弱音を吐いて落ち込んでいた時、優しい声と目で励ましてくれた……私にとって、初めて私に優しくしてくれたのがグラン様なんです」
頬を赤く染めて、まるで恋する乙女のように瞳を煌めかせるリナリアは傍目から見れば美しい。
グランも傍から見ていればさぞかし心の中で罵倒していたのだろうが、今は傍からではなく近くから直視しているので罵倒している余裕はない。
「だから、貴方じゃないんですよ。貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない貴方じゃない!
貴方じゃ――――貴方みたいな酷い人とは違うんですよグラン様は!!」
そう言って喚き散らすリナリアの顔は先程の弱々しく庇護欲の湧いてくるような可愛らしいものではなかった。
自分の欲望を思う存分掃き出し、怒りを放ち、謙虚を止めたリナリアの顔は、血涙を流す山姥のように凶悪だった。
最早今のリナリアを止められる者はこの場にはいないだろう。
国王も王妃も――――ハルウォードですら今のリナリアの眼中には入らない。
つまり、今のリナリアを止められる者はたった一人しかいない。
「(……………………俺ですか?)」
はい、お前です。




