第十四話『グラン君がやらかした!』
「(見たところあの盲目王女はお飾りの王族、侯爵家の俺から話しかけたところで誰も気にしねえだろ)」
盲目王女ことリナリアに近づいていく己を止める事はせず、悠々と歩いているグラン。
頭の中では既にリナリアと交友関係を結んだところまで想像しており、幼気な少女を意のままに操るという自身の理想の悪役像に胸を躍らせていた。
これでもしリナリアに拒絶されたらコイツはどうするのだろうか?
「リナリア様、少しお時間よろしいでしょうか?(良いよな? 暇だろお前?)」
颯爽と現れたグランがリナリアに声をかけたその時、パーティ会場全体の音が一瞬消えた。
そしてその直後、ざわざわとした話し声が上がってきたのだが、この時点でグランは自身がやってはならない事をしたのだと察した。
表面上はどこ吹く風のグランだが、内心では冷や汗だらだらである。
「(なに!? 俺何かした!? リナリアという王族の恥知らずに話しかけただけじゃん! あの女が飲み物ぶっかけた時ですらこんなざわついてなかったのに何で俺の時だけざわつくんだよ! 俺に恨みでもあんのか俺も今お前等に恨みができたわボケ!)」
落ち着きなさいよちょっと。
「え、あの……な、なんですか?」
「(クソっ、こんな筈じゃ……)これは失礼を。私はグラン・フォン・バハムートと申します。急に声をかけた事は謝ります」
「い、いえ! その事は全然だ、大丈夫ですっ」
頭を下げたグランを見てあたふたと手を振るリナリアを見て多少溜飲を下げたグランは早めにリナリアとの話を終わらせる為に即座に行動に出た。
「先程のあの女性とのトラブル、一部始終拝見させていただきましたが……その時、足を挫いた様に見えたので、少し心配になりましてね」
「え、あ、その……み、見間違いですよ……」
「(なわきゃねえだろ! 俺の観察眼舐めんじゃねえぞ!?)そうですか、すみません。お手数をお掛けしました」
「あ、いえ。心配してくれて、ありがとうございます」
頭を下げあって互いに苦笑する両者。片方は演技だが、それでもそこには和やかな空気が流れていた。
だが、それを見て貴族連中がざわついた。特に、王家を妬む貴族たちはその反応が顕著だった。
王家唯一といってもいい弱点である、リナリア・シベルク。そんな彼女に惚れた男などが現れるととても困った事になる。
その男が良家であれば尚の事、リナリアに手を出しにくくなるのは明白だ。
それに、今リナリアと談笑しているのはあのバハムート侯爵家の子息ではないのか。もしそうなら、伯爵から下――――いや、侯爵家の中でも随一の権力を持つバハムート家だ、同じ階位の侯爵家の者らでもリナリアには手が出せなくなる。
これは厄介だと貴族連中は頭を抱えた。
が、安心してくれ。グランにリナリアを利用すること以外の他意はない。
「見栄を張るのは、貴族王族共にとって大事な要素です。ですが、無茶をするのは、男性だけで良いと思いますよ?(やばい。またざわつきが大きくなったぞ! さっさと恩を売って用事を済ませなければ!)」
「え? む、無茶って――」
「ちょっとだけ失礼します」
王女であるリナリアの言葉を遮ってリナリアの額に指先を当てるグラン。
不敬オブ不敬で打ち首の刑直行だ。
「――――――」
「え!? きゃっ!」
グランが目を瞑り、何かを念じた瞬間にグランの指先から発生した黄炎と緑炎がリナリアを包み、色が混ざり合うようにして変色していく。
そして次の瞬間、燃え盛っていた炎が弾け、包まれていたリナリアの姿が露になった。
「え、あの! い、今のは……」
「――足の調子は、どうですか?」
「え? あ、足って――――あ、治ってる……な、なんでっ?」
「(んなもん俺が神業の如き素晴らしい治療術でお前の足を治したったからやろがい!!)」
「リナリア! 大丈夫かい!?」
リナリアが上げた悲鳴を聞きつけまたもや駆けつけてきた王太子、ハルウォード。
すぐにリナリアの傍に寄り添い、グランの視界からリナリアを遮るように立つ。
「(シスコン王子来たー! さぁ褒めろ! 俺がテメエのポンコツ妹に治療を施してやった事を褒めろ!)」
「貴様! リナリアに一体何をした!!」
「(なんでやねん!! どう見たってそいつに危害加えてなかっただろうが! お前の目は節穴か? もしやお前も盲目なのか? 勘弁しろよ役立たずな王族が更に増えたら負担が増えるのは俺たち貴族なんだぞ!?)」
傍から見ればグランが炎魔法で攻撃したようにも見えるのでハルウォードが間違えたのは仕方ないといえば仕方ないのだが、そんな事グランには関係ない。
グランを警戒し、リナリアを守るよう立ちはだかるハルウォードを内心で悉く罵倒するグラン。
性格が悪いというより器が小さいなコイツは。
「に、兄様! ち、違います。グラン様は、その、わ、私の足を……な、治してくれた、んですよね?」
「(ですよね? じゃねえよ! どう考えてもそうだろ! 足の痛み引いてんなら自分で治った事自覚できるだろうがよ!)ええ、その通りです。リナリア様に危害を加えた覚えはありません」
吃りながらも言葉を紡ぎ、ハルウォードの誤解を解こうとするリナリア。
ま、グランはそんなリナリアの言葉の内容には不満たらたらなようだが。
「……本当か?」
「本当ですとも。現に、リナリア様の肌には火傷の跡も――掠り傷でさえないでしょう?」
「どうだ、リナリア」
「は、はい。ど、どこも痛くないし……怪我も、ありません」
リナリアの言葉を聞いたハルウォードは、一先ずグランへの警戒は解いた。
未だ訝し気にグランを見ているのは、単に何故リナリアへ声をかけたのかを知りたいだけだ。
「(ジロジロと不躾に……無礼だぞ!)私がリナリア様に声をかけたのは、先程も申し上げた通り、リナリア様が足を挫いていたように見えたからです。他意はありませんよ」
「足を挫いた? リナリア、本当なのかその話は?」
「は、はい。さ、さっきあの女の人にぶつかった時に、つ、つまずいちゃって……」
「な、何故それを早く言わなかったんだ!?」
苦笑する交じりに話すリナリアに詰め寄るハルウォード。
恐らくは、あの女がリナリアに怪我をさせておきながらそれについては何も謝罪せずに去っていったのが許せなかったのだろう。
グランとは違い、義憤で怒れる男のようだ。
「(アホだなコイツ)そりゃ当然、言えないでしょう」
「――何?」
呆れたように己を見てくるグランを睨みつけるハルウォード。
眉間に皺を寄せてグランを睨むハルウォードは、容姿が優れているからこそ、その怒った顔には威圧感がある。
もっとも、グランには一切通用していないが。
「リナリア様が貴方にその事を言ったなら、貴方はどうしていたんですか? 怒りのあまり、あの令嬢を不敬罪で罰していたのでは? そうなれば、もうこの会場はパーティなんて空気では無くなってしまいます」
無表情かつ、相手を責めるような口調になるよう語句を強めるのは忘れずに。
グランは今、何も理解していないハルウォードを責めていた。
動機はただのストレス発散の為に、だが。
「それを防ぐ為に、リナリア様は足の痛みに耐えていたのです。つまり、貴方が怒るのを分かっていたから彼女は無茶をしていたんですよ。貴方がもっと冷静かつ慎重に物事を考えられる人物なら、彼女は無茶をする必要も無かったでしょうね」
「き、貴様……」
「――――妹を愛しているのなら、御自分の感情ぐらいは制御できるようになったらどうですか?」
因みにグランは制御できません。
と、そこまで言い切ったところでグランは気づいた。
会場がうるさい程の静寂に包まれている事に。
己と王族の兄弟を、会場に居た数多くの貴族たちが取り囲むように眺めている事を。
そして、目の前に立っているハルウォードがその身体を小さく震えさせている事を。
次の瞬間、グランは顔を青く染めてしまいそうになった。ここで青ざめるのはカッコ悪いので堪えたが。
「(やっちまったぁあああああああああああああああ!!! 無能で生意気な王子に腹立ってやっちまった! おいおいおい周りの貴族共見てたんなら止めろよ! お前等のせいで俺失言しまくっちゃったんだけど!? お前等のせいで俺最早バハムート家廃嫡決定事項なんだけど!?
つーかそこの国王と王妃! お前らが教育サボってるから俺がこうして説教しなきゃいけなくなったんじゃねえの!? え、違う? 違くねえわ全部テメエらのせいだお前等のせいだ世界のせいだ!!)」
責任転換もここまでくると清々しい。
「……それでは、私はこれで失礼させていただきます(マジコイツ等疫病神。俺の前から消えろマジで)」
未だ俯いて震えているハルウォードとその後ろに控えているリナリアに背を向け、その場を離脱しようと目論むグラン。
小心者のグランには王族に不敬を働いたという事実は受け入れられなかったみたいだ。
自分で暴走しただけなのに周りのせいにする辺り、やはり小者か。
「あ、あの! 待ってください!」
「(止めんじゃねええええええええええええええええええええ!!)」
その場を去ろうとしたグランを制止させるリナリアの顔は、先程よりも何処か喜色に染まっているように見えた。
もっとも、今まさに精神が崩壊しそうなグランはそんな事には気づいていないが。
「……何か?(ホントにさっ! もう今やっと離脱できると思ったのにさっ! そうやってさっ! 邪魔するのってさっ! 良くないと思うさっ!)」
語尾がウザすぎるのだがどうすればよいのだろうか。
「あの、ちょっとでいいので、お話とか、で、出来ませんか……?」
「……え?(……え?)」
リナリア・シベルク。
彼女の瞳は、まるで見つけた希望に縋るかのようにグランを見つめていた。




