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第十三話『待ちに待った社交界デビュー』

 グランとライシアが婚約を結んでから約三年が経った。

 あの日から三年。つまり、グランは今年で十歳になる。

 早いのか遅いのかは分からないが、グランが転生して五年が経った今、グランもすっかりこの世界に馴染んでしまっていた。

 故に、大抵の事ではそうそう気分が舞い上がったりする事も無くなってきていたのだが、


「(遂に遂にこの日が来たか……くぅううううううう!! 俺がどれだけこの日を待ち望んでいたか、貴様らに分かるか!?)」


 分かるわきゃねえだろ。


 と、こんな具合に今のグランはテンションが爆上がりしている。

 何故か? その理由は至極単純だ。グランが転生してからシャーリーやデネゴから常日頃から聞かされていた社交デビューの日がやってきたからである。


「(主役が俺一人じゃないのが不満だが。ま、俺のイケメンなこの顔とスタイルの前に皆ひれ伏すか!)」


 公爵家ならともかく侯爵家なのだからひれ伏す奴等にも制限があるだろ。

 

 とまぁ引く程浮かれているグランは今、王都に居る。

 王都にあるバハムート侯爵家の別荘で国王主催の貴族たちの社交デビューの場もといパーティーに出席する前準備をしているところである。


「グラン様、袖を」


「ああ(おうおう随分と豪華な服じゃのぉ。派手な赤色がよく映えているではないか! いい仕事をするようになったなシャーリーよ!!)」


 何様だコイツは。


 派手な装いの服に身を包み、鏡の前で自身に見惚れるグラン。

 自分に見惚れるなんてナルシストにも程があるのではないだろうか。

 因みに、この服はグランが自らデザインに口を出して作り上げられた服であり、その為グラン個人の思い入れがとても深い。

 もしこの服に砂でもかけられたりすればグランはガチギレするだろう。

 是非誰かやってみてくれ。


「グラン様、そろそろお時間です。デネゴ様とアラネウス様が屋敷の外でお待ちしております」


「ああ。じゃあ、行くか!(俺を見ろ愚民共!!)」


 堂々とした足取りで闊歩するグラン。その様は確かに傍目には大物感が出ており、ぶっちゃけ格好いいと言えるのだが心の声がそれを邪魔しているのだけが残念だ。

 合流したデネゴとアラネウスから多くの誉め言葉を貰い気を良くした後、グランは愉快な両親と共に王城へと向かった。


「これが、王城……(なるほど、デカいな。しかも装飾も凝ってやがるし、流石はゲームの世界。現実じゃ信じらんねえもんがありやがるな!)」


 グランは珍しく感動していた。

 転生してから今日まで碌な事が無かったが、それでもこうして前世では体験できなかった事が今できている。

 それはきっと万人に平等に与えられた機会では無くて、自身が恵まれていたからこそできる事なのだろう。

 そこまで思考を巡らせて、グランは、


「(やっぱ俺ってすげぇえええええええええええええええ!!!)」


 ますます調子に乗りましたとさ。


 感動の余韻に浸る間もなく、王城へと入る。

 実家の廊下よりも広く長い廊下に目を輝かせながら、王城の使用人に案内されながら先へ進む。

 やがて今日のパーティー会場となる広場の前へと案内されたグラン達は、一息吐いてからその扉を開けた。


「(ぎゃああああああああああああ!!! 目が、目がぁあああああああああああ!!)」


 グランは一瞬目を塞ぎそうになった。

 今グランの視界に映っているのは見事に自分を着飾っている貴族たちとその子供。しかも只着飾っているだけならば良いものの、髪色が皆色鮮やかなのだ。

 目が痛いにも程があるだろう。


「(もう! 派手なのは俺だけでいいんだよ馬鹿野郎どもがっ! テメエらはさっさと髪を黒に染めて出直してこい!)」


 最早理不尽だ。


 さて、既に到着していた貴族連中に混ざり王城内の広場に入るグラン一行。

 どうやら親同士で繋がりのある家との挨拶回りがあるらしく、グランはそれに付き合わされる羽目となった。


「(なんでこんな小物と俺が…………テンション下がるわぁ)」


 コイツも小物だ。


 というか、確かにデネゴたちと関りがある貴族は小者でプライドが高いだけの者も多いが、それでも貴族としては階位の高い者たちが多いのだ。

 それを知らないグランは単にモブキャラというだけで相手を小物として見ている。

 知らないは罪、とは正にこの事だ。


 そんなこんなで時間は過ぎていき、遂に本格的にパーティーが始まる事となる。

 会場に現国王と王妃、そして王太子が登場し、会場は一気に静まった。

 グランは己よりも目立っている王族たちに歯軋りしそうになりながらもなんとかそれを堪えていた。

 国王が会場の壇上へと立ち、会場に響き渡る声で言う。


「皆、今日は良く集まってきてくれた。我が息子と同年代の子供等よ、そなたらはいずれこの国を支える貴族となる選ばれた者たちである。故、これから入るであろうシベルク学園でこの国を支える事の何たるかを学んできてほしい」


 その言葉を開始の合図として、貴族たちは動き始めた。


 挨拶回りを終えたグランはもう自由行動できるのだが、未だグランは他の貴族たちと挨拶を交わしていた。

 もっとも、挨拶を交わしているのは子息子女だけに留めているが。


「(今のうちに関係を広めておく事で此処に居る貴族共に俺の事を記憶に刻み込ませておくのだ!)」


 という心意気のもと、グランは挨拶回りを行っていた。


「ごきげんよう、グラン様」


「ん? ああ、ごきげんようライシア嬢(カーッ、ぺ! お前はお呼びじゃねえの! 帰れやこの野生児め!!)」


 この広い会場の中、愛しの婚約者を見つけて声をかけてくれたというのにこれである。

 コイツの性根はそこいらの溝川よりも濁っている。


「よろしければ、一緒に回りませんか? 王城のシェフが調理した甘味などが用意されているようですし」


「(ふっ、こんなところまで来て甘味とは、やはり子供か)そ、それはいいんですが――――その演技、止めなくていいんですか?」


 近くに人がいない事を確認してからライシアの耳元で囁くように言うグラン。

 その言葉に苦笑しつつ、ライシアも囁く。


「当たり前だろ? というか、こういうところでこそ皮被ってなきゃいけねえんだよ」


「それは……確かに(畜生! お前なんかこのパーティーでその皮剥ぎ取られればいいんだ!)」


 少なくとも今この世界でライシアの演技が見抜けるのはグランだけだ。

 故にグランの望みは誰に知られるまでもなく儚く消える事となる。


「それで? 一緒に回るのか回らないのか、どっちなんだよ」


「……逆に聞くが、ライシアは良いのか? 王族の方々に挨拶とかしなくても?」


「はぁ? 私はもう挨拶は済ませたよ。お前まだ挨拶しに行ってねえの?」


 呆れるようにこちらを見てくるライシアにグランの苛々ゲージはマックスまで上昇する。

 怒りで脳が噴火しないよう必死だ。


「もう大体の奴等は挨拶しに行ったんじゃねえかな。今王子の周りに群がってんのは媚売ってるだけの阿呆共だと思うぜ。王族への挨拶なんて、パーティ始まってすぐにするもんだからな」


「……父上も母上もそんなこと言ってなかったぞ(マジ使えねえアイツ等)」


「え、マジで? 普通貴族なら王族に挨拶するのは当たり前なのに……お前マジで親に恵まれてねえな」


「(ホントにな! マジ何のために要んのアイツ等!!)」


 何か親に責任を押し付けているグランだが、お前も精神年齢は大人なんだから自分で気づけ、と言いたい。


 それはともかく、思い立ったがすぐ行動のグランは早速王族たちの下へと向かうのだが、その途中で王族とその周りに集まる貴族の集団から一歩離れたところで彼らを諦観している一人の少女を見かけた。

 それも、目を閉じている少女だ。

 

 そんな彼女を見た瞬間、グランの動きが止まった。


「(……ヒロイン第二号じゃん。何してんのアイツ?)」


 そう、彼女こそこの世界においての主要メンバーの一人。名を『リナリア・シベルク』である。


『リナリア・シベルク』


 シベルク、と名に付いているので分かるとは思うが、王族である。

 生まれつき盲目で王城の人々、果てには貴族たちから疎まれていた彼女だったが、家族には愛されていた。

 特に、兄であるハルウォードからは溺愛されていたと言ってもいい。

 そんな優しき兄ハルウォードと家族たちに守られていたからこそ、彼女は不当な扱いにも耐えられていたのだ。


 が、ここで事件が起こる。王太子である兄、ハルウォードが死亡する事件が発生する。ハルウォードの身体から毒が検出された事から、他殺であるのは確実だった。

 犯人は貴族連中の誰かしかいないのだが、事件が解決する兆候は見えず、次第にリナリアは心を病んでいく。


――そんな彼女を救うのが主人公である男の役目なのだが、そんな事今のグランにはどうでもよかった。


「(なんで家族の傍に居ねえんだ? じゃねえと絶対面倒な事になるぞ)」


 グランの懸念は正解だった。

 一人になったリナリアを、王族を妬む貴族連中が放っておくはずもなく、まるで偶然を装うかのようにリナリアにぶつかり、その手に持っていた飲み物をリナリアにぶっかける女が現れた。

 グランは予想が的中して若干ドヤ顔だ。ウザい。


「あ~! 申し訳ありませんリナリア様~!」


「い、いえ。だ、大丈夫です」


「(いや大丈夫じゃねえだろ。その女をさっさと不敬罪で罰しろよ王女ならよ)」


 そう。普通ならばグランの言う通りに罰するべきなのだが、リナリアにはそれをする度胸がない。

 というか、相手を罰するという発想すら湧かないのだ。

 自身が王族の中でも劣っているという意識が、リナリアから自己肯定感を奪い去ってしまっている。


「リナリア! 大丈夫か!」


「に、兄さん……」


 リナリアの声を聞きつけすぐに駆け付ける王太子兼リナリアの兄、『ハルウォード・シベルク』

 艶やかな金髪に水宝石アクアマリンのような美しい瞳。グランをも凌ぐかもしれないその整った容姿にグラン内心大激怒である。

 嫉妬が酷いなコイツは。


「リナリア、どこか怪我は?」


「な、ない……です」


「(嘘だな。今ぶつかられた事で絶対足挫いてるだろ。他の奴は騙せても俺を騙せると思うなよ?)」


 と、内心でドヤ顔をかます男グラン。もう何なんだコイツは。


「ハルウォード殿下! 申し訳ありません、私の不注意でリナリア様を……」


「っ! 君がやったのか! 何処の家の者だ君は!」


「に、兄さん! わ、私は大丈夫だから……」


「(なんでそこで庇うような真似するかなぁ。見てて苛つくんだよ軟弱女が! せっかく兄貴が助けようとしてくれてんだから変な意地見せないでさっさとどうにかしてもらえ! じゃねえと俺が挨拶にいけねえだろうが!)」


 白々しくも身を縮めて謝罪の言葉を口にする女にハルウォードは噛みつくように睨みつけるが、それをリナリアが止める。

 グランのヘイトはリナリアに向け尋常でない程高まってきているが、それでも表情は無。

 コイツの表情筋は何とも繊細に作られているようだ。


「……分かった。君、リナリアに感謝しろ。リナリアが止めなければ君のこれからの人生は無かったのだからな」


「(殺す気だったんかい!)」


「はい、肝に銘じておきますわ」


「(何その分かりやす過ぎる嘘!? もしかして周りに伝えようとしてる? もしかして私嘘ついてますよアピールしてるのこのお馬鹿娘は?)」


 グラン失笑ものの白々しい笑顔を浮かべ、女はそのままハルウォードにお詫びに今度何か送らせてもらいますわ~、と声をかける。

 顔を顰めるハルウォードだったが、ここで騒ぎを起こしてこのパーティを台無しにするわけにもいかず、渋々そのままリナリアの件を水に流すながれになってしまう。

 もしグランであれば、リナリアの言うことなど気にせずに即座に女を打ち首の刑に処していただろう。


「(王太子っつってもこんなもんか。周りからの評価を気にしてちゃ何も出来ねえぜボンクラちゃんよ)」


 お前も周りからの評価気にしてんだろうが。


「(しかし、リナリアの箱入り娘っぷりというか軟弱っぷりは思っていた以上だな。そこいらのチンピラに金でも要求されたら普通に渡しそうなくらいだ……)」


 もう騒動がほぼ収まってきた頃、未だハルウォードに挨拶をするまでもなくグランは顎に手を当てて思考に沈んでいた。

 

「(リナリアのあの弱気で己を過小評価するアホな性格から考えて、傍に頼れる人間が現れれば多少なりとも依存するはず。ゲームでの主人公にも依存していた節が見られる台詞もあったしな。

 となると、その依存相手の言う事は余程の事でない限り聞いてくれるはずだ。もし俺がその立場に付けば国家機密レベルの貴重な情報を聞ける可能性もある。ついでに王家の力で好きなことできるかも!)」


 自分の欲の為に見知らぬ少女を利用するとかゲスすぎる。コイツの心を色で表すとしたら黒よりも黒くなりそうだ。

 

 と、そこまで思考を終えたグランは内心で下卑た笑い声を上げながら、今もハルウォードを取り囲む集団を一歩離れたところから見守っているリナリアのところへ向かうのだった。

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