第十二話『私は、少なくとも女に望まぬ結婚をさせるような男に成り下がるつもりはない(キリッ!)』
以前は穏やかな昼下がりに訪れていたゲルバーグ公爵家。
現在は酷く曇った空の下で、顔に影を灯した二人の男がゲルバーグ家の屋敷の前に向かい合うように佇んでいた。
「やぁ、よく来てくれたねグラン君。待っていたよ」
「(黙れカァッス! こっちは二度と来たくなかったっつーの!)それはそれは、こちらとしても光栄です」
心にもない事を言うグランと、一度目とは違い必ずやグランをゲルバーグ家へ引き入れようと画策しているゲルバーグ公爵。
どっちもどっちな腹黒共だ。案外似た者同士なのかもしれない。
まぁ、グランからすればゲルバーグ公爵と一緒にされるのは屈辱だろう。
「さ、立ち話もなんだ。是非、屋敷に入ってくれたまえ」
「分かりました(おうおう、前とはえらく態度が違うのぅ。分かりやすい奴じゃ)」
何故急に年寄り口調になったのだコイツは。
ゲルバーグはグランを前の談話室へと案内し、お茶を出した。本当に以前とは違い、グランを立派な客として扱っている。
格の違いを見せつけられたからか、それとも――――。
「(どちらにしろ、婚約は断るつもりだし問題ないな)」
何か危険な薬が入っているのではないかと心配していた小物だったが、ゲルバーグ公爵が躊躇いなく自分と同じ茶を飲んだのを見て安堵して茶を飲み始める。
これでこの物語のラスボスになろうとしているのだから笑ってしまう。
「それで? 何故急に婚約の打診を受け入れようと思ったのですか?(どうせ俺が思ったよりもデキる奴だったからだろ?)」
「ああ。君からすれば不快かもしれないが、あの日君と話して君の才と器を認識した。君は今のゲルバーグ家に必要な存在だ。勿論、ジャーネルド公爵家の次男との婚約は断たせてもらうつもりだよ」
「(才と器、ねぇ……――――――良く分かってるじゃん!!)」
全く分かってねえだろ。こんな奴に才と器があるわけねえだろ。
「なるほど。それは、確かに不快ですね。わざわざ私と婚約を結ばなくても、そのジャーネルド家の次男坊と婚約をすれば『五公最弱』の汚名も取れるんじゃないですか?」
「いや、それでは駄目なんだ。今の婚約をそのまま進めれば、いずれ五公最弱と言われなくなる日も近まるかもしれない。だが、君なら――――我が家を、五公最強へと押し上げてくれる希望になってくれると、あの日に確信したんだ」
「(……思ってたより重い事にびっくりな件)」
表情も声質も目も、全てが真剣だった。
ゲルバーグ公爵は本気だ。本気でグランさえいればゲルバーグ家が安泰だと思っている。グランからすれば溜まったものではない。
もしこれで将来ゲルバーグ家が安泰していなければ、グランはゲルバーグ公爵からの期待を裏切る事となる。
そうなれば当然、落胆や失望もされるだろうが――――グランはそれに耐えられない。
孤高の悪役貴族を目指すグランが誰かに失望されるなど、あってはならないのだというグランの認識が壊れてしまうからだ。
故にグランは、この婚約を受けてしまえばゲルバーグ家の将来を約束してやらねばならなくなってしまう。
「(悪役への道のりも大変だってのに、お前の家の事情まで面倒見きれるか!!)私はともかく、その事にライシア嬢は納得しているのですか? 自分の家の事情で自分の大切な娘に不本意な決断を強いているのでは?」
「そ、それは……」
「――私は、少なくとも女に望まぬ結婚をさせるような男に成り下がるつもりはない」
狼狽えるゲルバーグ公爵に間髪入れずに言葉を投げるグラン。
ここで引いたら終わりだ! と意気込んでいる為普段よりも瞳が力強さを宿している。
その瞳で射抜かれているゲルバーグ公爵は、確かに気圧されていた。
「……故に、この婚約は断らせ――」
「グラン様!!」
「なっ! ライシア!?」
「(邪魔をするな!! 帰れや野生児ドS野郎! テメエなんざお呼びじゃねえんだよ!)」
いきなり部屋に飛び込んできたライシアに目を見開くゲルバーグ公爵とグラン。
その勢いのままグランに抱き着いたライシアは、グランの耳元で囁くように言う。
「――ちょっと着いて来い」
「へ?(あれぇえええええ!? もしかしてコイツ演技止めてる!? まだストーリーに入ってないのに演技止めてる!?!? なして? どうして? バグ?)」
お前のせいだよ。
「ら、ライシア? グラン君を連れて何処へ行くつもりだい?」
「私の部屋で二人きりでお話ししたいのです。私がこの婚約を嫌がっているわけではないと、誠意を込めて伝えられるように」
「(ふざけるな! お前と話す事なんて「いい天気ですね」ぐらいだわ! さっさとこの手を放せ馬鹿野郎!)」
「そ、そうか。……確かに、婚約者同士で話し合いもせずに婚約を進めるというのは誠意が無かったな」
「(話したところで変わんないから安心しろ。んで、早くアンタの娘にこの手を放すよう言え)」
髭の生えている顎に手を当て、数秒考えてからゲルバーグ公爵は、
「うん、分かったよ。グラン君も、あと少しだけ我慢してくれると助かる」
「(おいおいおいおいおいおいおぉおおおおおおい!! 何流されてんの? 何流されちゃってるの? お前には意思がないのか? テメエに無くても俺には意思があるんだよ阿呆が!!!)」
と、散々内心では言ってるが、
「……分かりました。確かに、貴方にライシア嬢の気持ちを聞いてもそれには意味がない。直接聞く事で分かる事もあるでしょう」
「うん、そう言ってくれると助かるよ」
「ではグラン様、参りましょう」
っと、結局流された。流されているのはコイツの方だったようだ。どうせなら種子島まで流してしまえ。
「ふふっ。私、部屋に人を入れた事は無いので少し恥ずかしくなっちゃいます」
「そうですか(顔を赤くする演技は出来ないのか。まだまだ三流だな)」
照れくさそうに笑うライシアを見て演技の欠点を述べるグランであった。演技に対しては本当に厳しい男だ。自分には甘いのに。
屋敷の隅まで来たところで、ようやくライシアの部屋につく。
人気のないこの隅っこは、確かにライシアという少女の部屋が置かれるにふさわしい場所なのだろう。何せ、この場所ならば演技を続けている必要もなくなるのだから。
「それでは、入ってください」
「ええ、お邪魔させてもらいます(帰らせろ)」
先程からどこかご機嫌な様子で笑っているライシアを気味悪く思いながらも表情を崩さないグラン。この鉄仮面は余程じゃなければ壊れる事は無さそうである。
そんなグランを見つめるライシアの目はあの談話室を出た時から今現在まで、グランから視線を外す事をしていなかった。
まるで獲物を見つけた狩人のように、グランから決して目を外そうとしないライシアに呆れてとうとうグランは言った。
「一体いつまでその演技を続けるつもりですか?」
「――――ハハッ! やっぱ見破れるんだな、お前。ククッ、今の今まで誰にも気付かれなかったってのによぉ。自信無くすぜ」
「にしては、随分と楽しそうに見えますがね」
お淑やかな雰囲気が一気に音を立てて崩れ、凶暴な獣のような少女が表へ出てきた。
今はグランも落ち着いているが、前世でゲームをやっていた時は随分と驚いていたものだ。
こんなにも凶暴な少女がいるものか!? と。
――そこは今まで少女が演技をしていた事に驚けよ。
「ああ。私は今猛烈に気分が上がっている。グラン・フォン・バハムート、お前に出会った事でな!」
「はい?(こっちは気分下がってるんやが? こっちからしたらお前と出会った事自体がクソなんやが?)」
「……お前だけだ。この七年の人生で本当の私を見てくれてた奴は。お前だけが、本当の私を見つけてくれた…………」
本当に嬉しそうにはにかんで笑うライシア。
こんなに可憐な笑みを浮かべる少女を見て吐き気を覚えるグランは少し可笑しいのでは? と思わざる負えないだろう。
いくらゲーム内での性格が自分好みじゃなかったとしてもここまで嫌悪を覚えるのは些か不可思議というものだ。
――まぁ、単にグラン本人がイカれているだけなのだが。
「そんなに誰かに見つけて欲しかったんなら、演技を止めれば――」
「それは出来ない」
グランの言葉を遮り、ライシアはグランを睨みつける。
確かに、自分の目の前の男は自分が何故演技をしていたのかの理由も訳も何も知らない。それでも、軽薄に演技を止めろと言われるのだけは許せなかった。
それは、ライシアの生きる意味を否定してしまう事に繋がってしまうから。
「……すみません。貴方の事情も考えずに、下手な事を口走りそうになってしまいました。謝罪します」
「……いいよ。元々、お前は訳も知らないんだし、仕方のない事さ」
「(だよな!? なのになんでお前今キレたの? なんで俺に頭下げさせたんだよバーカアーホ!)」
目の前で素直に頭を下げたグランを見てライシアは思う。
やはり、目の前の男は貴族らしくない、と。
貴族は簡単に頭は下げない、プライドの高い奴等だ。それだけに、基本的に相手を見下す傾向にある。
だというのにも拘わらず、このグランという男は自分に向けて頭を下げた。それも、非があるのはこっちの方だというのに、だ。
「(変な奴……。ま、嫌いじゃねえけど)」
グランなら言うだろう。お前にだけは言われたくねえ! と。
「……聞かねえの? 私が演技してる理由」
「(いや知ってるし)はい。そこには、ライシア嬢にとって大切な何かがあるのでしょう? ならば、まだライシア嬢と出会って一日しか経っていない私がその理由を聞くというのは道理に合わない」
グランの言葉を聞いたライシアはその目を見開いてグランを見た。
自分が背負っているであろう何かに配慮して、理由を聞かないでおいてくれた。だから先程も、素直に頭を下げたのだろう。
グラン・フォン・バハムートは、プライドが無いというわけではない。
それでも自分に対して配慮してくれているから、グランはずっと気を遣ってくれているのだ。
その事に気づいた時、ライシアは自然と自分の頬が緩むのを感じた。
「…………お前、良い奴だな」
「そうですか? このぐらい当然だと思いますがね(当たり前だろ! だって俺が転生した理由知ってる?『友人庇ってナイフで刺された』だからね? こんな聖人染みた善人が他に居るかってんだ舐めなよカスが!)」
確かに死んだ理由は真っ当な物だが、それを誇ってしまうと途端にその高尚さが薄れてしまうので止めた方が良いのではなかろうか?
「ふっ、気障な奴」
「耳が痛いですね(んだと? この野生児がっ!)」
肩を竦めて苦笑するグランに、いつの間にか見惚れていた自分がいた事にライシアは気づいていた。
昨日から沸々と燃えていた何かが自身の心を燃やし尽くそうとしているように感じた。
ライシアは、もう止まらない。
「なぁ、やっぱり私の婚約相手はお前しかいねえよ」
「……へ?」
じりじりと近寄ってくるライシアを間の抜けた顔で見るグラン。
その頬に流れている冷や汗は何らかの悪寒でも感じたからなのだろうか。
「――私と、婚約してくれ」
堂々と、そして男らしく。ライシア・ゲルバーグは言い切った。
そして、グランは、
「(嫌に決まっとるやん! なして俺のような善人がお前みたいな自分を偽って人を騙す阿呆と結婚せにゃならんのだ!! 前世から人生やり直してこい!)」
自分の事を棚に上げて何を言っているんだコイツは。前世から人生やり直すべきなのはコイツの方だろう。
それにしても、これだけ近寄ってきている相手に未だ生理的嫌悪を抱けるのは流石というべきか。
とはいえ、ゲルバーグ公爵に『ライシア嬢の気持ちを考えろ』的な事を言った手前、悪役貴族としての見栄を気にするグランがこんなにも堂々とした告白を断るわけにもいかず、
「――――分かりました。その婚約、謹んでお受けさせて頂きます」
と、渋々了承する事となったのだ。
「その敬語も、もう解いていいぜ。婚約者同士なんだからよ、親しくやっていこうぜ」
「……そうだな。なら、お言葉に甘えさせてもらおう(お前と親しくとか吐き気を催すわボケ)」
グランとライシア。同じく赤毛の髪を生やした二人の男女は、果たして末永く付き合っていけるのだろうか。
まず間違いなく言えるのは――――グランの精神的ストレスが増えるであろうという事だけだ。




