第十一話『野生児ヒロイン参上』
グランの推理劇が幕を閉じ、デネゴとグランが去っていったゲルバーグ公爵家では、とある娘とその父親が話をしていた。
とある娘と父親と言っても、ゲルバーグ公爵家に居る親子なんて一組しかいないが。
「……ライシア。グラン君の事、どう思った?」
「――――正直、悉く予想を裏切られました」
「ああ、私も同じ感想を持ったよ」
元々、バハムート侯爵家などには露程も期待などしていなかった。バハムート家は侯爵という位を持つ貴族の中でもまさしく典型的な純系貴族だ。
プライドが高く、その癖目上の者には媚を売って擦り寄っていく。そういう肝心な時には何の役にも立たないのが、社交界で良く知られているバハムート家の評価だ。
そんな家の子供だ。どうせ両親に甘やかされて育った馬鹿が来るのだと思っていた。
――それを、あの幼い少年に見事に覆された。
「はぁ……。父親の方はただの馬鹿だったんだけどな」
「お父様、流石にそれは……」
「相手の方が可哀そう、かい? ライシアは相変わらずお人好しだね。人間的には素晴らしい性格だけど、貴族が集う社交界でこれから過ごしていくのだから、苦労しないかが心配だよ」
だからこそ、娘には頼りになる男と婚約させたい。ゲルバーグ現公爵はそう考えていた。
頼りになる、というのは性格的な話ではない。家柄や貴族としての強い発言権を有する等の背景的な強さだ。決してその者個人の強さなどを求めているわけでは無い。
しかし、凄まじい個人の強さを感じさせる少年が、この家に訪れて来てしまった。いずれは背景的強さも手に入れてしまうのではないか? と。そう期待させるに十分な強さを持った少年が。
――過大評価にも程がありますね!
「ライシア。――――グラン君と婚約して欲しいと私が頼んだのなら、君はどう答える?」
「無論、決まっています。――――その婚約、謹んでお受けいたします」
丁寧で潔い淑女の礼を持って、ライシアはそう言った。ゲルバーグ公爵は、ほんの少しだけ申し訳なさそうにしながらも頷いた。
*
ゲルバーグ家の屋敷の中。何とも女の子らしい作りの部屋が屋敷の隅に一つ存在する。
それは、何も意地悪でその場所に配置されたわけでは無い。その部屋の持ち主である少女自身がそこにして欲しいと頼んだからである。
その少女とは――――紅の髪に血のような赤い目をした少女、ライシア・ゲルバーグだった。
「――――ふっ」
自身の部屋に置いてある鏡を見つめ、ライシアは笑う。
こみ上げてくる笑いを耐えるよう、唇を嚙みながらも漏れてしまったような、小さな息だった。
「……グラン・フォン・バハムートかぁ……」
あの時、父に聞こえない程度の小声で、己に告げられたことを思い出す。
‟――その下手くそな演技、止めた方が良いですよ”
初めて、見破られた。
ライシアは、自身の演技がグランにバレた時――――歓喜した。
生まれてからずっと、ライシアは自身の親が望む自身の姿を体現してきた。物心ついた時から、一時も欠かす事なくである。そこには一体、どれだけの心労があり、どれだけの孤独があったのだろうか。
両親にも気づかれる事なく、使用人たちにも察せられる事なく、ずっと『ライシア・ゲルバーグ』を演じてきたのだ。
そんな少女の傍には信頼できる大人などおらず、心に寄り添ってくれる親もいなかった。正しく、誰にも見破れぬ虚飾を被っていた筈だった。
――それを、見破られた。
初めての事だった。初めて、本当のライシア・ゲルバーグを見つけてくれる人と出会ったのだ。
「あんの野郎ォ……ぜってえ逃がさねえ。地の果てまでも追いかけて私の傍に置いてやる」
牙を剝き出しにして笑う野生児ヒロイン、ライシア。今日この日、グランはある一人の狩人に目を付けられたのだ。
そして、その翌日。バハムート家では。
「(はぁ~~~。これまでにないくらい爽やかな気分だわ~)」
暢気に浮かれている男がここに一人。言うまでもなく、グランである。
あの公爵家訪問の後、デネゴに婚約を断られたと伝えて真っ直ぐ屋敷に帰ってきていたこの男は、ベッドでだらだらと寛いでいたのだ。
「(あの能面メイド兼シャーリーも今日は居ないみたいだし、久々に素の自分が出せるぜ!)」
出さなくていいわそんなもん。
と、こんな感じで順調に寛いでいたグランだったのだが、そんなグランの下へ一つの悲報が入ってきた。
「グラン! どうやらライシア嬢が、グランとの婚約を受けてくれたみたいだよ!!」
「はぁ?(はぁああああああああああああああああああああ!?!?!? どどどどどういう事だあのクソ女!? 俺への当てつけか!!?)」
グランは驚愕しながらも怒り狂っていた。随分と器用な感情を持ち合わせているものだ。
「ど、どういう事ですか? 私は確かに婚約は無しだと聞いたんですが?(あんの野郎ォ……そんなに演技を見破られたのが嫌だったのか!? ふざけんな! ならもっと上手に演技しろや俺みたいにな!!)」
「そんな話は後だ! 今は早くゲルバーグ家へ向かく準備を整えなければ! グランも準備して!」
「(テメエが俺に命令すんな!)」
こうなった時のデネゴの行動は早かった。すぐさまゲルバーグ公爵家へと向かう準備を整え、出発できる五秒前の状況を作り上げた。
この行動力と判断力を普段から扱えていれば良いのに、とグランは皮肉った。
――グランもその演技力を世の為に活用できれば良いのに。
「それじゃ、グラン。行ってらっしゃい」
「え? 父上は来ないのですか?(俺一人を生贄にしようってのか? ふざけんな! テメエも道ずれだボケが!)」
首を傾げ、不安そうにこちらを見る愛しき息子を見て申し訳なく思いながらも、デネゴはグランと目線を合わせて諭すように言う。
「済まないが、今回僕は着いていけないんだ。貴族同士の婚約というのは婚約を申し込んだ側が、一人でその申し込んだ家に行ってそこの親御さんに挨拶をしなければならないんだよ。これも貴族の風習なんだ、我慢してね」
「(つまりデネゴがハブられたって事か!)」
ちげえよ。貴族の風習って言ってただろうが。
「……分かりました。一人で行きます……」
口を尖らせ、不満そうにしながら吐き捨てる。こうして年相応の姿を見せる事でデネゴの父性を刺激し、円満な家族関係を築いていく為の布石である。
なんて可愛くない子供だろうか。
「ははっ。ごめんね、グラン」
「(はーい謝んのはいいけど頭撫でんのはアウトだぜ!!)」
コイツの打算だらけの演技の方がよっぽどである。
「――それじゃ、いってきます」
「うん。いってらっしゃい」
屋敷の前に止まっている馬車に乗り込み、再びゲルバーグ家へと向かうグラン。その胸中には、ある一つの決意があった。
「(あの女、殺す!)」
※殺せません




