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第十話『名探偵グランの推理劇』

 穏やかな日差しが差している昼下がり。デネゴとグランは共に馬車に乗り、ゲルバーグ公爵領へと向かっていた。

 刻一刻と迫る絶望の予兆にグランはますますテンションを下げていっている。


「(シンプルに会いたくねえ。だって嫌いだもん)」


 何ともシンプルな嫌悪である。ここまで真っ直ぐな嫌悪だとむしろ清々しいというものだ。

 因みに、グランは今緊張しているかの如く顔を強張らせているのでデネゴから生暖かい目で見守られている。これに対しグランは吐き気を覚えた、というかぶっちゃけ吐きかけてた。


「(見てくるんじゃねえよ、演技解けねえだろ!)」


 別に家族の前でくらい演技をやめてもいいだろうに。悪役としての見栄だけは黒曜石よりも固いようだ、厄介極まりない。


「お! 見えてきたね」


 馬車の窓から顔を出していたデネゴが声を上げる。釣られてグランも窓の外を見ると、手前にバカでかい壁が建っているのが見えた。


「(えええええええええええええ!! 領全体を壁で囲んでやがんのか!? どんだけ予算あったんだよ金持ちがっ!)」


 とか言っているが、バハムート侯爵領も領全体とは言えぬまでも街や田畑のある域までは壁で囲んでいる。つまり、グランも十分金持ちなんだからいちいち嫉妬すんじゃないよ! と言いたい。


 そんな事を言ったところでこの男がまともに取り合う筈もないのだが。


「ふむ……我が領に比べて作物が豊富に育っているようだね。土地が豊かなのかな?」


「(土地も人を選ぶって事か……)それについても、ゲルバーグ公爵閣下にお伺いしてみたいですね」


「うん、そうだね」


「(頭撫でんな!!)」


 そうして雑談に身を投じていると、案外すぐにゲルバーグ公爵家に辿り着いた。バハムート侯爵家の屋敷と比べるとやはり大きいのだが、それよりも目を引くのは屋敷の庭園だ。

 色とりどりの花々が植えられている庭園は幻想的で恐ろしく見栄えが良い。グランもデネゴもほぅ……と息を吐いてしまう程である。


「お待ちしておりました、バハムート侯爵」


 声のした方を見ると、そこにはデネゴよりも身長の高い渋い雰囲気を醸し出す男が居た。身長は百九十に達し、年齢は四十半ばといったところだろうか。

 熟れた男の色気は女性を魅了するだろう。デネゴとは違って。


「おお、ゲルバーグ公爵閣下! わざわざご丁寧にありがとうございます!」


「いえいえ、バハムート家の次期当主であるグラン君にまでお越し頂いているのです。こちらから出向くのが筋というものでしょう」


「ははは! 確かに、その通りですね! 家のグランは自慢の息子ですから!」


 仲睦まじく話しているように見える父親たちだったが、


「(うおい!! 俺ってゲルバーグ家の婿に入る形になるんじゃないの!? いや、普通階位が高い方の家に入るよね? だったらゲルバーグのオッサンが俺の事次期バハムート家当主っていうの可笑しくない? このオッサン初めっから俺の事見限ってやがるだろ! 畜生っ! なめやがってなめやがってぇええええ!!)」


 名探偵グランは見抜いていた。そして怒っていた。

 孤高な悪役貴族(になる予定)の自分が、侮られているという事実に。そして、自分の父がそれに気づいていない事にも腹が立っていた。この時、グランはデネゴの事を心底見下して生きていく事に決めた。

 要らぬ決意を固めるな。


「それでは、グラン君を早速ライシアと会わせたいんですが、良いですね?」


「はい、勿論ですとも! さぁグラン、行こう」


「――はい(マジで役立たずだなこのデブ)」


 公爵家の屋敷へと入り、ライシアが待つという談話室へと向かう。その途中、デネゴとゲルバーグ公爵は会話を弾ませていたが、グランからすればゲルバーグ公爵が暗に告げている答えにすら辿り着けていないデネゴに対する怒りを必死で耐える地獄の時間であった。

 

 そして、遂に談話室へと辿り着き、その扉をゲルバーグ公爵が開いた。


「ライシア。バハムート侯爵とグラン君が来てくれたよ」


「(おら、この俺が来てやったんだから土下座して感謝するんだよ!!)」


 先程まで募っていた苛立ちが爆発寸前のグラン。必死で耐える。


「――ライシア・ゲルバーグと申します。本日はよろしくお願いします」


「おお! これはお美しい御姫様だ!」


「(お前がはしゃぐな!!)これはご丁寧に。私はグラン・フォン・バハムートと申します。こちらこそ、本日はよろしくお願いします」


 ライシアに負けず劣らずの上品さと礼儀正しさをもって挨拶を交わす。その直後、自身がまだ挨拶を交わしていない事に気づいたデネゴは慌てて挨拶をしていたが、グランからすれば上品さの欠片もない失笑ものの動作だった。

 因みに、ライシアも内心でデネゴの事を馬鹿にしていたりもする。


「それではバハムート侯爵。これからは私とライシアでグラン君のお相手をしたいので、それまで屋敷の広場でご休憩頂けますでしょうか」


「え、あ。わ、分かりました……」


「(情けない! マイファザー情けない!!)」


 仲間外れにされた、と気分を落としたデネゴはトボトボと去っていくが、その後ろ姿及びゲルバーグ公爵との器の違いを見せつけられ、グランは自分の父親が心底情けなく思えてきた。

 ぶっちゃけグランもデネゴに負けず劣らずの小物なのだが、それはそれとして置いておこう。


「さて、では早速始めようか」


「はい、お願いします(まるで面接だな)」


 試験管は幼い少女と経験豊富な大人。手ごわいにも程がある。


「ライシア、グラン君に何か聞きたい事はあるかい?」


「いえ、特には……」


「うむ、無いようだね。それでは、私の方から幾つか質問させてもらうけど、いいかい?」


「はい、分かりました」


 そこからは無難な質問と答えの応酬だ。グランの日々の過ごし方や好きな食べ物等々。子供に対して自己紹介を促すようにゲルバーグ公爵は質問を続けていた。

 そして、面接が始まってから二十分が経った頃。ゲルバーグ公爵は深く息を吐いた。


「私から聞きたい事は以上かな。もう帰ってもらってもいいんだけど……」


「……(んだとゴラァ!!)」


 散々無駄な面接に付き合わされた挙句、君には興味がないのだよ、と暗にそう告げられたグランの反応は――――沈黙だった。

 この二人の反応は簡単に予想できた流れで、そしてそれに対する答えは持ち合わせているが、それを言うにはグランの怒りは募りすぎた。せめてこの生意気な親子に泡を吹かせてやらねばグランはゲルバーグ家から帰れそうもない。


「一応聞いておこうか。グラン君、君の方から私たちに聞きたい事はあるかい?」


 その言葉を聞いた瞬間、グランは湧いて出る赫怒を抑えながらも歓喜していた。

 グランは今日、この瞬間だけを楽しみにこの場に訪れて来ていたのだ。


「……そうですね、では一つだけ。――――何故貴方達はバハムート家からの婚約の申し出を受け取ったのですか?」


 その言葉に、ゲルバーグ公爵は一瞬顔を強張らせ、それを目敏く見つけたグランは片眉を上げて続けた。そして、ひたすらに笑みを堪えていた。


 ゲルバーグ公爵家ならば、婚約相手など探せば腐る程いるだろう。となれば当然、選り好みを始める筈だ。顔が良く、権力を持っていて裕福な貴族との婚約。それが成せれば、今後もっとゲルバーグ家の権力は強まっていくだろう。


――五公最弱、なんて呼び名が捨てられる日も近くなる。


「(プライドの高い貴族が最弱なんて呼ばれたら耐えられんだろうなぁ~)加えて言うなら、御しやすく弱気な性格の相手がいい。その方が、傀儡として操るのも簡単でしょうからね」


「っ……」


「そこに、がある程度当てはまっていたから貴方達は俺を受け入れようとした。にも拘わらず、俺は門前払い。その理由は?」


「……そ、それは――」


「そう。俺よりも良い相手が見つかったから、ですよね?」


 遂に、ゲルバーグ公爵の顔が引き攣った。

 グランが言った事は図星も図星、大図星だ。それを明確に読めれ看破された。自分の娘と同い年の子供が、だ。

 しかも、ゲルバーグ公爵が考えていた婚約条件を見事に見抜いていたのにも拘わらず、それを一切気取らせる事なくこの茶番に付き合っていたというのが驚きだ。それはつまり、己が十歳にも満たない子供の掌の上で踊らされていたという事の証明になってしまうから。

 

 グラン・フォン・バハムートは、未だ社交界にも出ていない身でありながら貴族の思考回路を良く理解している。ゲルバーグ公爵にとってこれは、完全なる予想外だった。


「(クヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! なんて愉快な顔をしやがるんだこのクソ爺!! 益々興が乗ってきたぜ!)」 


 グランのフィーバータイム、加速!


「予想するというなら、相手は――――ジャーネルド公爵家の次男坊ってところですか?」


「な、何故それをっ!? 何処で聞いた!」


「どこで聞いたも何も、普通に考えれば分かりますよ。その条件に合致する人物で、俺よりも都合がいい人物なんて中々に絞られますからね(原作情報だなんて死んでも言えない)」


 嘲るように小さく笑うグランに、ゲルバーグ公爵は呑まれていた。

 目の前の幼き少年に、どこか不気味さを感じ、恐ろしさを感じ、同時に己を凌駕する才と器の大きさを感じたからだ。

 今、自分の目の前に居るのは間違いなく傑物である。ゲルバーグ公爵はそう確信していた。


――うーん、見事に勘違いしてますねぇ。


「全部、正解ですか?」


「……ああ。素晴らしい頭脳を持っているね、グラン君」


「どうも(当たり前だ!! テメエのような小者とは格が違うんだよバーカ!)」


 そして続けて何かを告げようとしていたゲルバーグ公爵の言葉を遮り部屋を出ようとしていたグランは、忘れてた、と未だ談話室のソファに腰かけているライシアの方へ振り向く。


「ライシア嬢。一つだけ言いたい事が」


「え? な、何ですか?」


「――その下手くそな演技、止めた方が良いですよ」


「え」


「それでは、失礼させていただきます(ケケケケケ!! 面白いもん見られたぜぇ)」


 名探偵グランの推理劇、これにて終幕。


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