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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
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97 秋望(5)

 実は、と高昭(たかあきら)盈時(みつとき)が留守の間の事を話し始めた。

 咲子(えみこ)が臥せっている事で、盈時がこちらに帰らない事を不満に思っていた事、もし咲子が病で死んでしまった場合の、本邸の事や昭仁との繋がり。

 咲子を可愛がっている高昭には不快に思う話だ。


「最後には源様からの別宅への招待に、何故自分たちに声が掛からないのかと申されておりました」


 高昭が少し怒りを滲ませた声で告げると、盈時が溜息をつく。

 確かに源家と藤原家の繋がりは出来るが、あくまでも正妻の娘である、咲子を昭仁が妻にと求めた事で繋がった縁だ。

 昭仁は咲子自身が大切に思い、咲子を大事にする者達に対しては惜しみなく手を伸ばすだろうが、そうでなければ気にもしないだろう。


「父上様。私が口を出すのも如何なものなのかと思うのは承知しております。これを機に、本邸に関しては源様にお任せしてはいかがでしょうか?」


 正室である紗子(すずこ)が亡くなってから、側室である智子(さとしこ)が本邸に入りたがっているのは、こちらの邸宅に住んでいる者なら全員が知っている。

 本邸は大内裏にも近く、高位の貴族が多く住まう。

 反して、智子たちが住む屋敷は中位貴族が多く住まう場所だ。智子は、正室亡きあとは嫡男を産んだ自分が入るに相応しいと思っているが、元々本邸は紗子の生家から引き継いだもの。その血を継ぐ咲子の屋敷であると盈時も高昭も考えている。

 また、紗子が過ごした屋敷でもあり、母の記憶が殆どない咲子には唯一の母の思い出の場所でもある。

 高昭にとっても、大切な思い出がある場所だ。出来る事なら、咲子にとっての唯一の場所を残してやりたいと思う。


「咲子が源様の元に嫁げは、母上様はあの屋敷を放っておかないでしょう。咲子を大切に思ってくれる源様であれば、あの屋敷を咲子の為にと残してくれるのではと、私は考えるのです」

「それは父も考えていた所だよ・・・。あれは紗子のものであるから、継ぐのであれば咲子だ。だが、父や其方が智子に言い聞かせても、令史(さかん)殿に智子が泣き付けば、面倒なことになるのが目に見えている」

「あの屋敷は咲子だけでなく、私にも思い出の場所です。ただ、源様がご自身で用意する屋敷をというのであればまた考えなければなりませんが、それでもあの屋敷を好きにしてよいのは父上様であり、紗子様の娘である咲子です」


 きっぱりと言い切る高昭に、盈時は目を細める。


「ありがとう。其方がそう言ってくれて、父は嬉しいよ。さあ、そろそろ智子達も来るであろう。其方にはいらぬ気苦労を掛けてしまう」


 そう言うと、盈時は立ち上がり高昭の目の前へと進み、腰を落とすと高昭の肩に嬉しそうに手を置いた。






「姫様、紅葉が綺麗ですよ」


 浮島の膝で束の間眠っていた咲子を、浮島がそっと起こす。


「浮島・・・?」

「はい。よくお眠りでしたね。余程疲れていたのでしょう」

「本当は到着するまで眠ったままでとも思ったんですが、どうしても躑躅(つつじ)に見せたい景色があるのですよ」

「あ・・・。月白さま」


 普段なら、昭仁と一緒の時に昭仁を残して眠るなんて考えられなかったが、初めての市井と民との会話、そして昭仁が咲子に行った事が重なり、余程動揺していたのだろう。浮島に勧められるまま眠ってしまった事に、咲子が恥じらう。


「月白さま、わたくし・・・」

「良いのですよ、躑躅の可愛い寝顔を堪能できました」

「姫様、お疲れになっている時に無理はいけませんよ。まだ病み上がりなのですから。それに、姫様がお眠りになっている間、月白様といろいろお話できて有意義でございました」


 昭仁の言葉に次いで、浮島が満足そうに微笑み、その笑顔を見て昭仁が苦笑いを浮かべる。


「もう少し進むと目的の場所につきます。そうしたら少し散策をしましょう」

「はい」

「そろそろ、こちらに来ていただけませんか?」


 目元を甘く緩ませ、昭仁がそっと咲子の手を取る。


「先ほどは、私の傍に居ると胸がどきどきすると言われたので我慢しましたが、これ以上躑躅が私から離れているのは、私が寂しいのです」


 甘く請われ、咲子は恥ずかしそうに小さく頷くと、昭仁の隣へと座る。


「ほら、随分と山手へと進みました。浮島殿も申されましたが、紅葉が鮮やかですよ」


 昭仁はそう言うと、物見窓から見える景色を指す。


「ほんと・・・美しいですね」


 景色を目にした咲子の琥珀色の瞳が、鮮やかな色に染めた山の木々が広がる景色を見て、驚きと感動の色を浮かべる。


「わたくし、このような景色を見るのは初めてなのです」


 山の景色に目を留めたまま、咲子がぽつりと呟く。

 藤原家も山手に領地を持つが、紅葉が鮮やかな時期は智子たちが滞在する為、咲子は行く機会がなかった。

 父である盈時や、異母兄である高昭は一緒に行こうと言ってくれるが、自分が行く事で智子が不機嫌になってしまうのが悲しく、物心ついた頃から山手の領地には足を運んでいない。

 咲子が眠る間に、浮島に教えられた話だ。「だからこそ、姫様は源家の領地に誘われ、紅葉や市井を楽しむ事にはしゃぎ、疲れてしまったのでしょう」と。

 その呟きに、昭仁は咲子に優しい視線を向ける。


「そうなのですね。躑躅と一緒に来る事が出来て、私はとても嬉しいですよ」


 その言葉に、咲子がふわりと笑う。


「わたくしも、月白さまと一緒に景色を見れる事が嬉しいです」

「これから躑躅がやってみたい事や行ってみたい事、見たいもの、欲しいものがあれば私が全て叶えますよ」


 そう言うと、昭仁は横にい座る咲子をふわりと抱え、自分の膝へと乗せる。


「げ、月白さま!」


 慌てる咲子に、昭仁が微笑む。


「躑躅は毎年、この時期はどのように過ごして居ましたか?」

「この時期ですか・・・? 常寧殿様から内裏で紅葉を見ようとお誘いいただいておりました。お屋敷のお庭にも楓や紅葉があるので、浮島や御劔(みつるぎ)の皆とおやつを食べながら眺めたり、演奏をしたり」


 膝に乗せられて少しはにかみ、それでも昭仁の問いに思い出しながら咲子が答える。


「お気に入りの釣殿でですか?」

「はい」

「都での紅葉はまだ少し先ですが、色づいたら私も招待してくれませんか? 私はまだ秋の藤原邸を知りません。私も紅葉を眺めながら、躑躅の琴の音を聞きたいですね」


 昭仁の言葉に、咲子が嬉しそうに微笑む。


「先日より、お琴の指南を再開したのです。月白さま、聞いていただけますか?」

「勿論。躑躅の奏でる琴の音色は素晴らしく、とても癒されますからね」

「月白さまは、これから向かうお屋敷にはよく行かれていたのですか?」

「元服前から宮中で祖父の手伝いをしていましたから、子供の頃よりは行く機会は少なくなりました。別邸は四季折々景色が変わってとても良い所ですよ。夏はとても涼しいく過ごしやすい土地です」


 昭仁は咲子の事を聞き、咲子もまた昭仁の事を聞く。

 二人の仲睦まじい様子を見て、控えている浮島にも自然と笑みが浮かぶ。


「ああ、目的の場所に着いたようですね」


 昭仁の言葉と同時に牛車が停まると、そっと昭仁が自分の膝から咲子を下ろす。御簾の外から源家の舎人が到着したと伝え、目の前の御簾が開けられた。


「まあ、何て色鮮やかな・・・」


 目の前に広がる、赤や黄色に色づいた景色を見て咲子が感嘆の声をあげると、その咲子を見つめる昭仁の瞳が甘く緩む。


「ここから少し歩いた先に、私の秘密の場所があるのです」


 そう告げると、昭仁は車箱から降り、景色に見入っている咲子にそっと手を伸ばす。


「秘密の場所、ですか?」

「はい。この時期は私だけで行くのですが、ぜひ躑躅にも見せたいと思ったのです」


 差し出された昭仁の手に、咲子は自分の小さな手を乗せると、ゆっくりと車箱から降りる。


「暫し、二人で散策する」


 昭仁がそう言うと、舎人達がその場で控え、咲子についている御劔達も頷く。

 源家の別宅はまだ少し先だが、この周辺はすでに源家の領地だという。

 咲子が眠っている間、秋の景色を都でしか見た事がない咲子の為に、急遽昭仁が立ち寄る様に指示をした。

 源家の領地である為、咲子に危険が迫る可能性もほぼない場所だ。

 朱色や黄色に色づいた葉が、はらりはらりと落ちる中を、咲子は昭仁に手を引かれ進む。

 少し進んだ先には、大きく水の澄んだ池があり、その湖面には赤や黄色の葉が落ち、水鏡にも紅葉が映る。

 池には山間からの川の清水が流れ込み、心地よい水音が耳に聞こえ、その圧巻ともいえる様子に咲子の瞳が驚きで開かれた。


「この景色をどうしても躑躅に見て貰いたくて」


 言葉無く、景色に見入っていた咲子に昭仁が甘く微笑む。


「・・・月白さま、とても素晴らしいです・・・わたくしの為に、このような・・・」


 余程嬉しかったのだろう。

 瞳を潤ませた咲子が幸せそうに微笑んだ。


「・・・月白さまと、この景色が見られて咲子は幸せでございます」

「今年だけではなく、来年も、その先も」


 咲子の言葉に、昭仁が続ける。


「秋の景色だけではありませんよ。冬は冬で雪景色が美しいのです。春にはこの辺りも桜で一杯になり、花が咲くと蝶も舞います。夏は涼しく木陰が心地よいのです」

「それは楽しみですね」

「ええ。此度だけでなく、私は躑躅と一緒にこの景色を見続けていきたいのです」


 そう言うと、そっと昭仁は咲子の手を引き、腕の中へとその小さな体を収める。


「私が一方的に躑躅に焦がれ、求めました。それでもいいと思っていたのに、貴女も私に恋をしていると、あの夜に伝えてくれました」


 昭仁は、壊れ物を抱くように咲子の身体に両腕を回す。


「この先、どんな事があろうとも私の妻は貴女だけです。私が欲しいのは躑躅、貴女だけなのです。貴女だけを愛しています。この気持ちは生涯変わらない。躑躅が望むものがあれば、私が手に入れ捧げましょう」

「・・・月白さま?」


 昭仁の言葉を聞いた咲子が、とても小さな声で昭仁の名を呼んだ。


「わたくしは今でも、わたくしが月白さまのお傍に居て良いのか悩むのです」


 腕の中で続く咲子の言葉に、昭仁がそっと身体を離す。


「それでも、わたくしも月白さまのお傍に居たいと・・・、心が望むのです」


 俯き、震える声で伝える咲子の言葉に、昭仁が幸せそうに微笑む。


「なので、わたくしの願いは月白さまのお言葉で叶ってしまいました」

「では、私の願いを躑躅が叶えてくれませんか?」


 甘く請う瞳で昭仁が咲子に囁くと、咲子が首を傾げる。


「生涯、私と共に生きてください。私を愛していると言っていただけませんか?」


 その言葉に咲子は頬を染めると、おずおずと昭仁の腕の中に戻る。普段の咲子であれば、余程勇気を出しての行動だろうと思うと、昭仁の中で愛おしさが増し、喜びで胸が満たされる。


「わたくしも、月白さまを・・・」


 頬を染め、恥じらいながらも伝えてくれた言葉に、昭仁は甘く甘く微笑み、腕の中の咲子にそっと口づけた。











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