9 つなぐ
ガイドブックにある参拝ルートやお参りの方法を参考に神域をまわっていく。私は昔、両親に連れてきて貰っていたから、拝殿や神楽殿のしめ縄の大きさを知っていたけど、三人は初めてだったらしく、びっくりした様子で見上げている。
「写真では見たけど、実際見るとよりインパクトありますねぇ」
有華ちゃんの言葉に二人が頷く。その様子に思わず口の端が上がってしまう。
「神楽殿のしめ縄はもっと大きいよ」
私の一言で三人の表情が期待に満ちたものが加わり、まずはと拝殿へ四人でしっかりとご挨拶を済ませた。
拝殿のあとは八足門から大国主命様が鎮座する御本殿への参拝へと進む。
実は旅行の計画を立てた時に、八足門での特別参拝がある事を知ったけど、時間的に難しいねと今回は諦める事になってしまった。
順番に参拝を終えて、次は十九社の方に行ってみようと足を進める。
「へぇ、ここに全国から集まる神様が泊まるんだ」
「じゃあ、神様ホテルだね!」
細長いお社をみて、有華ちゃんが言った『神様ホテル』の名前が何となくしっくりきた。その後から十九社は『神様ホテル』と呼ばれ『神様ホテル』の内装という、想像と妄想を含めた会話で笑い合っていると、須佐之男命様を祭る十九社に着いた。
ここではさっき行った稲佐の浜でいただいた砂を奉納して、素鵞社で清められた砂をいただいて帰ると、安定のご利益が須佐之男命様からいただけるらしい。
お参りをした後、砂を奉納する。
その後は本殿西遥拝所、神楽殿とまわり最後におみくじを引いた。
「あーーーもうちょっと居たいよーー」
「このあと買い物もあるし、日御碕神社と日御碕も行かなくちゃいけないからね。明日早起きしてもう一回参拝する?」
よほど気に入ったのか、東子ちゃんが離れがたいと後ろ髪をひかれているのを、香澄ちゃんがなだめて神域を後にする。
「あ、私、お姉ちゃんに夫婦箸頼まれたんだよね」
勢溜の大鳥居まで戻ると、有華ちゃんが思い出したように言った。有華ちゃんのお姉さんは春に結婚したばかりの新婚さんだ。
「あっちにお箸扱ってたお店あったよね。私は限定スイーツ買って帰りたいなぁ。えりはさっきのお店行く? 東子ちゃんは?」
「私は旅館のお店で良いかなぁ、みんなとお店見て欲しいものがあったら買う感じでいいです。あ、でもお箸屋さんの近くにあった、小物屋さんは見たいです」
「やっぱりさっきのお店気になるから行きたいけど、みんなと逆方向なんだよね」
三人の希望するお店は神門通りの方向、私のさっき見かけた銀細工のお店は稲佐の浜方向だ。
全部まわるのは時間的に難しいなと思っていると香澄ちゃんが提案してくれた。
「あ、だったら別行動でもいいよ、えりの分の限定スイーツ買っておくし。買い物が済んだら連絡して。合流してホテルまで戻って、次の予定ね」
香澄ちゃんたちと別れて、一人、稲佐の浜方面へと足を進める。
確かこっちの方だったなと路地を覗くと、さっき見た看板が目に入った。
―あ、ここだ。古民家を改装したお店なのかな
表にはガラスと木枠で格子をかたどった小さめのショーウィンドウがあり、そこにいくつかの細工品が並んでいる。のれんのかかった入り口は解放されていて、中が土間づくりになっているのが見えた。
「いらっしゃいませ」
そっとのれんを上げて中に入ると、穏やかな歓迎の声がかかった。
お店の中は二十畳ぐらいだろうか。外観と同じく古民家づくりだけど、センスの良いランプや照明があり、和洋折衷といった雰囲気。元々はやっぱり土間だったよう。奥にダークブラウンのテーブルセットがあり、その奥は1段上がった畳敷きの座敷が見える。メイン通りに面していない為か、神門通りのお店のように買い物する人の姿はなかった。
「あの、見せて貰っても大丈夫ですか?」
自分ひとりの店内だったため、声を掛けてくれた女性に断りを入れる。
「ええ、ええ、どうぞ」
着物姿の女性は笑顔で答えてくれた。
その声にほっとして、のれんをくぐって中にはいると、たくさんの銀製品が目に入る。
興味の向くまま店内を見せて貰うと、アクセサリーやカトラリー類、小物などが並んでいる。
ピカピカに磨かれ光沢を放つ銀製品はとても綺麗で見入ってしまう。
ゆっくりと一つ一つを眺め、気になるものがあれば足を止めるという事を繰り返していると、アクセサリーのコーナーで、ふと足が止まった。
―この髪留め可愛い。
透かし細工にキラキラとした濃いピンクの石と青い光沢を放つ石がはめ込まれ、一本軸の簪を差し込んで留めるタイプのもの。簪の部分にも、繊細な細工と本体と同じ石が付けられている。
―ブルーの光がある方はムーンストーンかな?ピンクの石は何だろう、本体も簪も小ぶりで可愛い。
そっと髪留めにつけられている台紙を持ち、裏側にある値段を確認する。
―いっ、一万五千円っ! さすがにこの値段は普段使いにできないなぁ。純銀製恐るべし・・・。
ひっくり返した台紙の値札には一万五千八百円と記されている。思わず台紙を持つ指に力が入って、眉間にしわを寄せてしまう。
―でも可愛いし、ひとめぼれだし。ああ、でも一万五千八百円だと、普段使いには勿体ない気もするし。
このお店も素敵だし、何か一つは自分のお土産に買って帰りたい。そんな事を悶々と悩んでいる私は自分が思っている以上にこの髪留めに一目ぼれして、お店自体を気に入ってしまったのだろう。
真剣に、髪留めとにらめっこをしている私の横に、誰かが立った。
「気に入ったんですか?」
お店の中は私一人だったし、全ての意識が髪留めに向いていたから声の主をお店の人かと思った私は、髪留めに目をとめたまま向けられた声に答えてしまう。
「はい。細工が素敵で。ピンクの石とブルーの石もきれいだし。でもお値段が・・・」
そこまで言いかけてはっとする。掛けてくれた声は男性のものだったから。