表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
88/235

88 桐一葉(1)

 延長八年 -九三〇年- 長月 京の都 


 源昭仁(みなもとのあきひと)迅雷(じんらい)颯水(はやみ)と共に泊瀬斎宮(はつせいつきのみや)の外に出ると、近衛(このえ)達が到着した所だった。

 泊瀬斎宮に来る前に、昭仁が東宮へと知らせをした為、手配をしてくれたのだろう。


「源様!」


 火の手が上がる泊瀬斎宮を振り返り、淡路(あわじ)の気配がないかと目を細めて探す昭仁に、近衛次将(このえじしょう)が駆け寄る。


「ご無事でありましたか!」


 東宮の元に、昭仁からの知らせが届いたと同じく、陰陽寮(おんみょうりょう)からも泊瀬斎宮内にて悪しきものの気配ありと知らせが届く。

 昭仁の文の内容は、欣子(よしこ)内親王が根の者と契約をし、躑躅(つつじ)に呪詛を掛けた事。その呪詛を解く事しか救う手立てがない為、急ぎ向かう事が書いてあった。

 陰陽寮からの知らせを受け、東宮は近衛を泊瀬斎宮へと向かわせる。その際、陰陽寮の報告と同じく、月影の家も動いている為、手助けをせよと命をした。


「東宮様より伺っております。此度の事は内親王様によるものと」

「間違いない。異形が溢れていた為、聿子(いつこ)殿含め助かった者は先の(ほこら)へと向かわせた。急ぎ迎えを」

「して、内親王様は・・・」

「根の者と手を組んだ為、助かってはいないはず」

「ではこの火の中に・・・」


 そう言うと、近衛次将が喉を鳴らす。


「いえ、東宮様も陰陽寮と源様の報告を受け、助からぬであろうと。亡骸(なきがら)の確認をせよと申し付かっております。それよりも今回、内親王様が御内儀様に呪詛を使ったと聞いております。その証があれば確認せよと。ここは我らに任せ、お戻りください」


 そう近衛次将が言い終わると同時に、ガラン!、と大きな音を立てて泊瀬斎宮の本殿が崩れた。


「すまない」


 昭仁は近衛次将にそれだけを言うと、迅雷、颯水と共に都へと向け、駆けだした。

 そのまま人気のない、木立の茂る場所まで辿り着くと、迅雷と颯水が来た時と同じように狐の姿へと変わる。


「急ぎ屋敷に戻ろう」


 迅雷はそう言うと、昭仁に背に乗るようにと顔を向け、昭仁も地を蹴りその背へと身を乗せた。


「飛ばすぞ」


 迅雷の言葉に颯水が頷き、地を蹴る。


「急ぎますが、行と同じぐらいの時間は要します。暫く迅雷の背でお休みください。姫様の為にも」


 迅雷と並走する颯水が、昭仁に声を掛ける。


「落としゃあしねぇよ。安心しろ」

「わかった、頼む」


 その一言を告げると、昭仁は意識を手放した。





 藤原邸では、残された者達が咲子(えみこ)を守る為、奮闘する。


不知火(しらぬい)封土(ふうど)! 姫の(ねや)に異形を近寄らせぬように!」


 浮島(うきしま)の声に、呼ばれた二人は頷くと、近寄ろうとする異形たちを切っていく。

 浮島は帳台の周りに界を張り、咲子に纏う黒い靄を払うのは宵闇(よいやみ)が担っている。


「浮島様! 姫はんがっ!」


 宵闇の声で、意識が帳台の外へと向いていた浮島が、慌てて咲子へと視線を向ける。

 次の瞬間、ドクン!と咲子の身体が大きく跳ねた。


「姫様っ!」


 慌てて浮島が咲子の身体を抱きしめると同時に、帳台の外に居た不知火が、いきなり消えていく異形を見て呟く。


「消えた?」

「異形が・・・」


 封土も呆然と、目の前で霧散していく異形を見つめる。


「呪詛を止めたんや・・・」


 宵闇の言葉に、咲子を抱きしめた浮島がゆっくりと身体を離す。


「花が・・・」


 咲子の意識は戻らないままだが、咲子の胸元に浮かんだ黒い花と蔦が徐々に薄く消えていく。

 その様子を見た浮島と宵闇がほぅ、と、息を吐いた。



 その後、一刻も経たず、昭仁は迅雷の背で目覚める。


「丁度いい、もうすぐ屋敷につく」

「具合はいかがですか?」

「少し休んだおかげで随分といい。助かった」


 それから間を置かず、藤原邸の庭へと降り立った三人は、急ぎ咲子の居る北対へと向かう。

 その勢いのまま室に入った昭仁は、帳の開かれた帳台へと視線を向ける。


「呪詛は無事、解かれたようでございます」


 咲子の枕元に座る浮島が、昭仁の為にと場所を譲る。

 その言葉に弾かれるように、昭仁は咲子の傍へと進み、そっと眠る咲子の顔を覗き込む。


「まだ、お目覚めにはなっておりませんが、暫くすれば・・・」


 そう言いながら、浮島は自身の目元に浮かんだ涙を袖で抑えた。


「躑躅・・・」


 昭仁が、ゆっくりと咲子の頬に触れようと手を伸ばし、あと僅かとなった所。


 パリッー!パリパリッ!


 薄い氷が割れる様な音が響き、室内の灯が一斉に消えた。

 真っ暗になる室内に、御劔(みつるぎ)達が異様な空気を察して戦闘態勢を取る。

 次の瞬間、中庭の方角から暴風が吹きこみ、帳台の帳が揺れ、几帳が倒れた。

 それと同時に、聞き覚えのある声が響く。


『なぜ、その女子(おなご)なの・・・? なぜ、美しいわたくしをこのような姿にした・・・っ!』


 揺らり、と影が集まり、次第に人の形を作っていく。

 自慢の髪は乱れ、焦げ、真珠のようだと褒められた白い肌は所々焼け爛れている。

 そこに居たのは顔の右、口から上が爛れ、形を成していない欣子内親王の姿だった。


『なぜ、その女子だけが幸せになる。わたくしだけがなぜ浮かばれない。ならばその女子だけでも道連れに・・・っ』


 恨みがましい視線を向けていた欣子は、帳台に横たわる咲子の姿に気がつく。


『ああ、そこに。ふふふっ、其方だけ幸せにはさせない』

「怨霊と化したか」


 咲子を欣子の視界から隠すように、前に出た昭仁が冷たい視線のまま呟く。

 ちらりと昭仁を見たあと、迅雷と封土は頷くと、欣子へと攻撃を仕掛けた。


『どけぇ―!邪魔をするなあぁぁ!』


 欣子がボロボロになった腕を振ると、液体が飛び散り、その液体が落ちた場所が、ジュウッと嫌な音を立て、煙を出した。

 液体を躱した迅雷が舌打ちをする。


『その女子を連れていけぬなら、生涯消えぬ傷をつけてやろうっ!』


 そう言い、欣子がにやりと笑う。


「させるかっ!」


 不知火が扇を振り、火炎を欣子へと放つと、その火が着物につき燃え広がる。

 既に怨霊となった身には、熱さなど感じないのだろう。

 不気味な笑みを浮かべるだけだ。


『忌々しいその女子を渡せぇぇ!』


 禍々しい気に呼び寄せられたのか、他の怨霊たちが少しずつ集まってくる。


月白(げっぱく)様、この帳台には界が張られている為、あれらであれば入って来る事は出来ませぬ」

「躑躅を今暫く頼みます」


 浮島の言葉に昭仁は答えると、目を覚まさない咲子の頬にそっと触れ、帳台の外へと向かう。


「躑躅に手を出す事は、私が許さぬ」


 昭仁の声に、狂気を孕んでいた欣子の瞳に一瞬歓喜が宿る。


『ああ、そこに居られるのですね。月白様。さあ、あのような女子ではなく、わたくしを選んでくださいませ』


 揺らり、揺らりと歩みを進める度、欣子の身体から破片が落ちる。


『ほら、わたくしは美しく身分もある。月白様の隣にはわたくしが相応しい』

「怨霊となってもとは、執念やな」

『煩い、煩いっ!』


 形を成さない自分の姿を、うっとりと視線を向けながら言う欣子の言葉に、宵闇が呆れたように呟くと、癇癪を起し宵闇を睨みつける。


『そう、あの女子が悪い。わたくしは悪くない。わたくしの邪魔をするあの女子が悪い・・・』


 同じ言葉を繰り返す欣子の元に怨霊達も集まり、その言葉と共に地鳴りのような声を響かせる。

 その声に共鳴し、びりびりと床や柱、天井が鳴る。

 集まってきた怨霊たちが飛び交い、それを払うように御劔達が扇を振るうと、触れた者から塵となっていく。


「丁度良い。都に集まる怨霊を一気に片付けられます」

「姫さんも、公卿様と一緒に居られる時間が増えて喜ぶんじゃないか?」


 珍しく好戦的な笑みを浮かべた颯水の言葉に、迅雷が掌に雷を集める。それを見た欣子が怒りを二人に向けた。


『おのれ、邪魔をするなあぁ! 皆に傅かれ大事にされるのはその女子ではなく、わたくしっ! 怨霊共よ、あの女子をねらえぇ!』


 その言葉と共に縦横無尽に飛び交っていた怨霊たちが、ひと塊となり咲子の居る帳台へと向かう。

 だが、その前には昭仁がいる。


公卿(くぎょう)様!」


 そのまま昭仁を飲み込むように覆った怨霊たちが、中から昭仁の術の光によって飛び散り、消えていく。


「あのまま、塵となれば良かったものの」


 昭仁の言葉と共に、怨霊が消えたのを見た欣子が目を(みは)る。


『狙うのはあの女子、行きなさいっ!』

「皆はそのままで、手出し無用だ!」


 欣子の背後から次々と黒い塊が飛び出し、帳台へと向かうのを見て御劔達が反射的に動くが、昭仁がそれを制す。


「躑躅をあのように苦しめたうえ、まだ手を出そうとするとは」


 そう言った次の瞬間、蜘蛛の巣のようなものが昭仁の背後に浮かび上がり、咲子の帳台へと向かおうとした怨霊達が絡めとられる。


「散!」


 昭仁が、破邪の法と共に術を再び発動させると、その蜘蛛の糸たちは捕らえた怨霊たちをぎりぎりと締め上げる。


 ぎゃあああぁぁぁぁっ!


 怨霊たちが断末魔のような声をあげると同時に、細かく切り刻まれた塊が霧散していく。


「私が愛するのはただ一人、躑躅のみだ。美しさも聡明さも、心根も貴女とは比べ物にならない」


 冷たい目で、昭仁は欣子を一瞥する。


「怨霊など、我が月影には赤子のようなもの。そのような姿になってまで躑躅を狙うとは・・・」


 そう口にした次の瞬間、蜘糸が欣子の足元から浮かび身体を絡めとると、ぎりぎりと細かい網目が欣子の身体に喰い込み、糸が触れている部分がしゅうしゅうと煙を上げ始めた。


『わたくし、は、内親、王・・・。みな、が、わたくし、に傅き、わたくしの、幸せの、為・・・』

「何度言えばお分かりになるのか。『内親王様は月影の家及び、我が妻への関りはお控えください』と申し上げたはずです。お分かりにならなければ、その魂でお分かりいただきましょう」

『わたくし、の、幸せ、を、邪魔する、あの、女子をおおぉ・・・』


 その言葉を最後に、碓氷の割れるような耳に響く高い音と共に、欣子の身体が粉々に砕け散り、昭仁と御劔の前から消えたのだった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ