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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
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86 自覚

 夜九時を過ぎた頃、ベッドサイドにある棚に置いたスマートフォンが震えた。

 ベッドの上で雑誌を読んでいた私は、その振動にドキリとする。

 手にしたスマートフォンの画面には、(たく)さんの名前。

 少し緊張しながら、私は通話ボタンを押した。


「もしもし?」


 緊張で上手く声が出なかった私の声に、拓さんが電話の向こうでくすりと笑った。


『えりさん、こんばんは』


 機械を通す拓さんの声に、少しだけ不思議な感覚になる。


「お仕事、お疲れさまでした」


 会社で、拓さん達がいつも外から戻ってきた時に言う言葉が、自然と出た。

 だけど、電話の向こうの拓さんの返事がなく、変な間があいてしまった。

 あれ? 何か変だったかな?


「あの、拓さん?」

『・・・ごめん、なんだか自宅に帰ってからの電話でえりさんに言われるのが新鮮で』


 少しの間の後に、少しだけ拓さんの動揺したような声に、私はオウム返しをしてしまう。


「え、新鮮ですか?」

『うん、そう。なんだか凄く嬉しいって気持ちが大きくて、今日の疲れが何処かに行った感じ』


 拓さんの続く言葉に、今度は私の言葉が止まる。


『えりさん?』

「・・・あの、ええと、」

『本当、こうやって仕事が終わった後に、えりさんの声が聞けるっていいな、って思ったんだ』


 なんて返したらいいのかわからず、口籠っていると拓さんが優しい声で続けた。

 その優しい声に、私の中の緊張が消えていく。


「それなら良かったです」

『退院して、自宅に戻ってみてどう? 身体は辛くない?』

「はい、今日はのんびり過ごしたので大丈夫です」

『それなら良かった』


 そこから少しだけ、会社の様子や今日の拓さんの仕事の事、私の今日1日の事など話をする。

 耳もとで聞こえる拓さんの声に、ちょっとだけ安心する自分に気がついて、私は小さく笑う。


『えりさん?』

「いえ、なんだかずっと私、拓さんに心配され続けてるなって」

『それは心配するよ』


 そう言った拓さんの声にも、少しだけ笑いが含まれる。


『これを言ったらえりさん、気にするかもしれないけど。本当にえりさんが居なくなって生きた心地がしなかった。前にも言ったと思うけど、僕の視界からえりさんが居なくなるのは嫌なんだ』


 拓さんの言葉に、この前のパーティーで言われた言葉を思い出す。

 本当に、あのパーティーから一気に色んな出来事があった。だけど、拓さんがいつも傍に居て、私に手を伸ばしてくれる。

 拓さんの私を目にした時の、優しく甘い笑顔。

 あの吉野さんの別荘で、私を助けに来て抱きしめてくれた時の、はじめて聞いた拓さんの少し震えた声。

 どれも私に向けてくれた、拓さんの心だ。


『・・・えりさん?』


 耳元で拓さんの優しい声が響く。

 柔らかく優しく、私を包んでくれる・・・。

 ああ、幸せだな。

 そんな事を思いながら私はいつの間にか眠りに落ちてしまった。





「で、気がついたら朝だったって事ね?」


 日曜日の午後に、お見舞いと称して家に遊びに来た香澄(かすみ)ちゃんに、私がやらかした失敗を言うと、呆れたように笑われた。


「うん。びっくりして携帯見たら、拓さんからメッセージが入ってて」

「うん、で。なんてあったの?」

 溜息と共に「寝てしまったのを察して切った」という内容だった、と、香澄ちゃんに伝える。

 拓さんからのメッセージは「寝ちゃったようだから、通話を切ったよ。また連絡するよ、おやすみ」とあったけど、そこは内緒だ。


「あー、やらかしちゃった・・・」

「でも、月森さん気にしてなさそう。というか、(むし)ろ、えりの寝落ちの瞬間を聞けてラッキーとか思ってそう・・・」


 香澄ちゃんの言葉に、抱えていたクッションに埋めていた顔を慌ててあげる。


「ラッキーって・・・」

「いやまあ、それは置いて。それより、えり?」


 私と目が合うと、香澄ちゃんがアイスコーヒーに手を伸し、ストローに口をつける。

 こくり、と一口飲むと、香澄ちゃんがもう一度私の顔を見る。


「ずっと、薬がないと寝られないって言ってたけど、昨日は電話しながら寝られたんだよね?」


 香澄ちゃんの言葉に、私は頷く。


「昨日は電話の約束があったから、薬は飲んでなかったの」

「うーん、それってさ。月森さんの声を聞いて、安心したからじゃないの?」


 そう言い終わると、香澄ちゃんが口の端をあげる。


「え、ど、どうなんだろ?」


 急に香澄ちゃんから言われ、私は答えに困る。

 確かに声を聞いて、安心したのもあるんだろうなというのは、自分でもわかっていたから。


「そっかー。えりの中でも月森さんは()()()になっちゃったかぁ」

「え、特別枠って?」

「だって、安心して眠れたって事はそう言う事なんじゃないの? まあ、私としてはえりが眠れるなら、月森さんに睡眠薬でも枕でもなって貰えばいいと思うけど」


 香澄ちゃんの言葉に、私の中ではプチパニックだ。


「やっぱりさ、よく眠れないって事は、それだけえりの心と身体が辛いって言ってると思うんだ」


 真面目な口調で香澄ちゃんが言う。


「えり自身が安心できるって、やっぱり月森さんの好意をえり自身がちゃんと受け入れて、信頼出来て、月森さんに対して、好意が芽生え始めてるからだと思うんだよね」


 そう言うと、また一口、アイスコーヒーを飲む。


「とりあえずさ、前向きに受け入れても良いんじゃないかな。月森さんは、えりに甘えて貰いたいみたいだし。甘えてもいいと思うよ」

「そんな感じで、いいのかな?」

「私はいいと思うけど。でもさ、えり。月森さんの事好きだよね?」

「うえっ?」


 香澄ちゃんに指摘されて、私は変な声を出してしまった。

 その反応に、香澄ちゃんが声を出して笑う。


「ああ、そっか。まだ無自覚なんだ。えりってさ、月森さんの話をする時の顔、恋する乙女だよ!」

「ええっ?!」

「入院してる期間のえりを見て、そう思った私の感想」


 そう言いながら香澄ちゃんが笑う。

 私は相変わらず、プチパニック継続中だ。

 そんな状況で、私の部屋の扉をノックする音が響く。一拍おいてドアが開き、お母さんが顔を覗かせた。


「楽しそうね。香澄ちゃん、今日はお夕飯一緒にどう?」

「わっ、良いんですか? おばさんのご飯久しぶり! 家にご飯いらないって連絡しよう!」


 お母さんの言葉に、香澄ちゃんが嬉しそうに返事をした。それを聞くとお母さんはドアを閉めて出ていく。


「そう言えば、月森さんにこれ貰ったんだよ」


 そう言いながら、香澄ちゃんが鞄から出したのは、タクシーチケットだ。


「えりの所から帰る時、遅くなるようだったら使うようにって。これってさ、えりの為でもあるんだよね。何かあったらえりが悲しむからって」


 そう言いながら、香澄ちゃんが笑顔を浮かべた。


「だからさ、月森さんは、ちゃんとえりの不安とかあれば、受け止めてくれると思うよ」


 香澄ちゃんの優しい言葉に、私も笑顔で頷いた。






 あれから拓さんは、仕事が終わって時間にゆとりがある時は、電話を掛けてくれる。

 月曜日の電話では繋がった瞬間、私は寝落ちした事を謝ると、香澄ちゃんの言うように拓さんは全く気にしていなかった上に「寝落ちする瞬間、眠そうな受け答えで可愛かったよ」なんて言われ、顔に熱が集まってしまった。

 時間は負担がかからないように、と、十五分から二十分程度。

 私の体調を必ず気にかけてくれる。

 火曜日の通院日の夜は、金曜日の通院に、拓さんも付き添う事を提案してくれた。拓さん曰く「えりさんはちょっとぐらいなら大丈夫って無理しそうだから」と言う理由だ。

 そして金曜日。

 病院の予約時間は十時三十分。九時四十五分に拓さんからマンションに到着したとメッセージが入り、私は急いで来客用駐車場へと向かう。

 拓さんは白い乗用車に身体を預けていたけど、私の姿が見えると私の方へ足を進めた。


「おはよう」

「おはようございます。あの、付き添いをして貰って良かったのですか?」

「大丈夫、今日の午後までに終える仕事は済ませてあるよ。さあ、乗って」


 拓さんは私の傍に来ると、私の手を取り指を絡め、そのまま車まで行き助手席のドアを開けた。私が乗るのを確認するとドアを閉め、運転席へと乗り込む。

 いつもは成瀬(なるせ)さんの運転だから、拓さんが運転席に座っているのは新鮮な気持ちだった。


「えりさん、そんなに見られると緊張するよ」


 思わず見つめてしまった私に、拓さんが困ったように笑う。


「あ、すみません。拓さんが運転する姿を見るのが新鮮で」

「いつも仕事の時は成瀬だからね。僕も運転は好きなんだよ」


 そう言いながら、拓さんが優しく微笑む。

 ああ、なんだか新鮮だけど素敵だなあ、そんな事をぼんやり考えてしまい、その気持ちに途端恥ずかしくなって一人内心焦る。


「そっか、新鮮だと思ってくれるんだ・・・。じゃあ、えりさんが元気になったらドライブに誘うよ」

 一瞬だけ私を見た後、前を向いて目元を緩ませて言う拓さんに、私は赤い顔のままこくんと頷いた。





 病院では診察後に先生からは、無理をしない事を条件で、出社しても良いと返事が出た。

 まだ痣が残っているので、次の通院は二週間後。但し痛みや変化があれば直ぐに来て下さいと言われ、今日の通院は無事終わる。


「そろそろお昼だね。えりさん、ランチに行こうか。海岸沿いに久我(くが)のおすすめの店があるんだ」


 パーキングに停めてあった車に乗り込むと、拓さんが提案してくれたので、私は笑顔で「はい」と返事をする。

 そのまま車で向かったお店は、ガラス張りの店内と海に面したウッドデッキのあるお店。

 お勤めの人がランチに立ち寄る、というよりは、お休みの人がゆったりとランチやお茶をするようなお店で、店内もそんなに混んでいない。

 涼しい室内の席を選んだ拓さんに連れられ、店内の一角に座ると、ガラスの向こうの海が、夏の日差しにキラキラとしているのが目に入った。


「ここはランチも美味しいけど、食後のデザートやコーヒー、紅茶がおすすめだって言ってたよ」


 笑顔の拓さんにすすめられるまま、私はランチの後のレアチーズケーキと紅茶を選ぶ。拓さんはコーヒー。

 その代わり、ランチは「食べられなかったら、僕が食べるから大丈夫だよ」と言われ、シェアできるサンドウィッチをメインにした軽い物を選択した。

 美味しい食事とデザート。目の前にいる人はいつものように、私の為に時間を作り、目元を緩ませ蕩ける様な笑顔を向けてくれる。


 ―ああ、やっぱり、私はこの人の事が好きなんだ。


 自分の中の気持ちに気がついてしまったから。

 勇気をだして、ちゃんと気持ちを伝えよう。

 私の頼んだランチのサンドウィッチを二人で食べながら、この心音が拓さんに聞こえませんように、と願うばかりだった。










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