表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
85/235

85 言の葉

 金曜日の午前、退院手続きを終えた私はお母さんと一緒に、(たく)さんが手配してくれたタクシーに乗り込む。

 病院に通ってくれるお母さんから、行き帰りはタクシーを使うようにと拓さんから言われているとは聞いていた。

 これも最終的には経費として吉野さん側が支払う事になるという。

 お母さんは最初病院への往復にタクシーを使う事に落ち着かなかったみたいだけど、毎日決まった運転手さんが来てくれるので、気持ち楽にはなったみたい。

 そして今日の退院の送迎も、毎日送り迎えしてくれた運転手さんだという。お母さんが言うには、このタクシー会社はM.C.Co.Ltdと契約をしていると言う。


「退院、おめでとうございます」


 お父さんより少し年上だろうか。

 タクシー会社の制服を着た運転手さんが、私を見て頭を下げてくれる。


「ありがとうございます。あの、母を毎日送り迎えしていただいて、ありがとうございました」

「いえいえ、仕事ですからお気になさらないでください」


 優しい笑顔で返され、私も笑顔で返す。


「さあ、お荷物こちらですか? トランクに積みましょう」


 そう言うと、運転手さんは手際よく荷物を手に取り、タクシーのトランクに乗せた。

 後部座席に私とお母さんが乗り込むと、扉が閉まり、ゆっくりと車が走り出す。


 タクシーの中ではとても和やかな時間だった。

 主に母と運転手さんが世間話をしているのを聞きながら、タクシーの窓から見える景色を眺めていた。

 ほんの一週間程、外に出なかっただけなのに、久々に外に出た気になってしまう。

 街を行きかう人も、すっかり夏仕様だ。

 自宅のマンションについて、運転手さんにお礼を言い、お母さんと二人自宅へ向かう。

 玄関を入って、取り敢えず自分の部屋に入ると、ほっと力が抜けた。

 特別室のふかふかのベッドも良かったけど、自分の部屋が一番安心する。

 ベッドに腰かけると、そのままぱたんとベッドへ身体を預けた。

 退院はしたけど、来週の火曜と金曜は通院日だ。


「えりちゃん、久々に外に出て疲れたでしょ。お昼食べられる?」


 ドアをノックした後、ドアをあけながらお母さんが言う。


「ちょっと疲れたかな、お昼は今は食べたくないかも」

「じゃあ、少し休んでなさい。お腹空いたら何か作るからね」


 自分の部屋に帰って、緊張が解れたのかもしれない。お昼ご飯よりも横になりたい気持ちが大きい。お母さんの言葉に私は頷く。


「ありがとう。そうする。思っている以上に車の移動も疲れちゃった。体力落ちるものだね」

「ずっと病院の中だったもの。打撲も酷かったから安静は仕方がないわよ。焦らずゆっくり過ごせばいいわ」


 お母さんは私を安心させるように笑うと、部屋を出て行った。


「あ、そうだ。退院して家に戻った事、拓さんに連絡しておこう」


 そのまま意識が睡魔に襲われかけたところで、大事な事を思い出す。

 のろのろと起き上がって、バッグの中からスマートフォンを取り出し、通信アプリを立ち上げる。

 一昨日から追加となった「月森拓」の名前。

 吉野さんの話をした後、拓さんから「これからの事もあるから、連絡先を教えて貰えると助かるかな」と提案され、番号と通信アプリのアカウントを交換した。

 一覧の中に、拓さんの名前がある事が不思議な感じ。

 暫くじっと拓さんの名前を見続けた私は、よし、と変な気合を入れて名前をタップする。

 立ち上がったトーク画面に、文字を入力していく。

 一瞬、なんて書き始めたらいいんだろう、と、悩んだけど、無難に「お疲れさまです」と入れて、その後に無事退院した事、自宅に戻った事、火曜金曜が通院日である事を入力して、送信ボタンを押した。

 お昼には少し早いこの時間。

 仕事をしているだろうから、既読がつくのはお昼休みかな、と、そんな事を思って、スマートフォンを枕元に置くと、一拍ぐらいの間の後にスマートフォンが震えた。


「え?」


 反射的に手を伸ばすと、画面には通信アプリの通知と「月森拓」の名前がある。

 タップして開くと、さっき送った私の文章の下に、拓さんからのメッセージがある。


【無理をしていない? 調子が悪かったら我慢しない事。午後から打ち合わせなんだ。夜8時前には自宅に戻るから、9時ぐらいに電話するよ】


 なんだろう。

 メッセージだけなのに、拓さんのいつもの甘い表情が浮かぶのは。

 スマートフォンを握りしめ、変にドキドキしてしまった私は、何か返さなきゃ、と焦る。


【ありがとうございます。気を付けて行って下さいね】


 やっぱり当たり障りのない、というか、とても素っ気ない返信を送ってしまい、一人落ち込む。

 すると、すぐに既読がついてポン、とメッセージが届く。


【ありがとう。行ってくるよ】


 文字だけのやり取りなのに、いつも拓さんが私に向ける優しい顔が浮かんだ。








「なんだ、楽しそうだな。いい知らせか?」


 スマートフォンの画面を見つめ、笑みを浮かべる俺の様子を見て、司波(しば)が言う。

 これから現地視察と、進捗状況の確認を兼ねて、開発地へ向かう所だ。

 丁度支度を終え、COO室を出ようかとなった所で、ポケットのスマートフォンが震えた。

 取り出し画面を見ると、躑躅(つつじ)の名前が新着メッセージとして表示されている。

 一昨日、やっと聞き出した躑躅の連絡先だ。

 そろそろ退院した頃だろうと、現地へ向かう車の中でメッセージを送ろうかと考えていたら、先に彼女から届いた。

 真面目で素直な彼女の事だ。自宅に戻って間を置かず送ってくれたんだろう。

 文章はどこかぎこちなく、悩みながら送ってくれたんだろうなという雰囲気が伝わってきて、思わず口元に笑みが浮かぶ。


「躑躅が自宅に戻ったようだ」


 その言葉に、COO室にいる皆がほっとした顔をする。

 成瀬(なるせ)は、俺と一緒に入院中の躑躅の様子を見ているが、司波たちは彼女の負担を考えて、彼女の好きな菓子を用意するだけで、病室には顔を出していない。

 躑躅の傍には、彼等の神使である白狐が一匹ずつ控えてはいるが、白狐達と成瀬からの報告を聞くのみだ。

 日に日に元気になる様子はわかっていたが、それでも躑躅が暗闇を怖がっている事、不安から寝付けず薬が出ている事なども一緒に報告されている。

 躑躅が表に出さない、心に抱えた傷について、彼等も心配していたのだろう。

 身内の居ない病室という空間よりも、扉一枚で安心できる家族がいる方が、躑躅も安心できるだろうというのが、皆が考えていた事だった。


「これで、少しは気持ちが楽になると良いけどな・・・」


 司波が溜息と共に呟く。


「姫はん、来週復帰予定やけど、別に急がへんでもええやん?」


 書類に目を通していた、久我(くが)が眉を下げて言う。


「そうだな。来週の火、金で通院が決まっているようだから、そこでどうするか判断だろうな」


 画面に文字を入力しながら、久我の言葉に答える。

 此処にいる全員が、あの時の躑躅の状況を見ているだけに心配なんだろう。


「ところで、結局()()()はどうなったんだ?」


 桐生(きりゅう)が思い出したように言う、()()()とは立花優明(たちばなひろあき)こと、根之堅洲國(ねのかたすくに)の者である初鷹(はつたか)

 筆頭番人である遠野瑞季(とおのみずき)からの報告によれば、番人側はかなりの手練れを用意していたにも関わらず、その攻撃と捕縛の最中、欣子内親王の魂は回収できたが、初鷹は追う番人の捕縛を逃れ、姿を消したという。


「番人たちが追ってはいるが、多分このまま逃げ切るだろう」


 初鷹は姿を消す際に、吉野由加里(よしのゆかり)に罪を全て被せる形で遺書を残し、「自死」という終わり方を作った。

 登山で有名な山の近く、車の中に「入れ物」であった立花優明を残し、一酸化炭素中毒死とした。

 死亡日時は、先週の金曜日。

 初めから吉野由加里の行動に合わせ、計画したのだろう。

 月曜日の新聞に小さくは載ったが、吉野の名前も出ず大きな扱いにもならなかった。

 このあたりは吉野側が手を入れたのだろう。

 こちらとしても、躑躅の事まで詮索されるのは本意ではない。

 ただ、遺書があった事で、吉野由加里の罪は確定となった。

 吉野由加里が、恋に仕事に思い通りにならず、自分の邪魔をする躑躅に害を加えようとした事。

 その内容もかなり悪質なもので、一部であったが立花優明のスマートフォンに音声として残されていたという。

 実際、この事に関しては、躑躅の代理人である弁護士からの報告だ。


「初鷹に関しては、筆頭からの希望もあり、我らではなく番人側で追う。但し、躑躅に接触があればその限りではない」


 そう言うと、皆の顔が躑躅の為に剣を振い、盾となる「御劔(みつるぎ)」の顔になる。


「じゃあ、そろそろ俺らは出かけるか」


 気持ちを切り替えるように、司波が言う。

 その言葉同時に、手の中のスマートフォンが震えた。

 画面には、躑躅からのメッセージだ。


【ありがとうございます。気を付けて行って下さいね】


 何気ない一文だが、躑躅からの気遣う言葉と共に、彼女が柔らかく微笑む姿が脳裏に浮かぶ。


『月白さま、気を付けて行ってらっしゃいませ』


 千年前も、今も、同じように告げてくれる彼女に愛おしさで心が満たされる。


【ありがとう。行ってくるよ】


 千年前と同じ気持ちで、躑躅への言葉を送信した。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ