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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
84/235

84 憂い

 水曜日の午前中の診察で、明後日には退院して来週いっぱいまで自宅療養という事になった。

 洋服に隠れる部分の痣の中で、腿と右肩から肩甲骨、腰骨辺りが触れると痛いけど、我慢できるぐらい。

 右足首上に見た目は痛々しい青痣が出てしまうけど、ここも触れなければ大丈夫。

 痛みが完全に取れるまでは、あと一週間ぐらいかかるだろうけど、体調自体は落ち着いているので退院しても良いでしょう、と先生の診断を貰ったので、午後からやってきた(たく)さんと成瀬(なるせ)さんにその事を伝えた。


「そうですか。安心しました」


 成瀬さんが、ほっとしたような表情を浮かべる。


「毎日お二人には病院まで来ていただいて。本当にありがとうございました」


 相変わらず私はベッドの上だけど、ぺこりと二人に頭を下げた。

 すると、下げた私の頭を拓さんの大きな手が乗せられ、優しく撫でられる。


「えりさんが頭を下げる必要はないよ。元はと言えば僕のせいだ。それに、こうやって通うのも僕が安心したいだけだよ」


 その言葉に頭をあげると、優しく微笑む拓さんと目が合う。


「・・・はい」

「そうですよ。それに、COOは榴ヶ崎(つつじがさき)さんのお世話がしたい為に、いつも以上に仕事を進んで片付けてくれましたからね。私としても大助かりです」


 成瀬さんが、拓さんの後ろでさらりとそんな事を言う。


「・・・本当は僕一人で来たかったんだけどね」

「COOだけにしたら、面会時間終わるまで帰ってこないでしょう?」


 呆れたように言う成瀬さんの言葉に、拓さんがにっこり笑った。


「もちろん。折角のえりさんとの時間だからね」

「ええと、お仕事をしていただかないと、皆が困りますよ・・・?」


 拓さんが言うと、どこまで本気かわからない・・・!

 焦った私が思わず言うと、拓さんが可笑しそうに笑った。


「そうだね、えりさんとの時間の為にも、やる事はしっかりとやっておかないとね」


 くすくすと笑いながら言う拓さんを見ながら、そっと成瀬さんの方へと視線を向けると、成瀬さんの顔が能面になっている。

 ああ、これは成瀬さんを振り回したのだろうな・・・。

 なんだか本当に申し訳ない気持ちになってしまう。

 本当に、入院中は拓さんがマメに顔を出すので、今朝も担当の看護師さんにも「大事にされていますね」と揶揄(からか)われてしまった。

 実際、午前に来た看護師さんから、ナースステーションでは皆が拓さんの様子を見て、羨ましいという声が囁かれているらしいと聞いて、恐縮してしまったばかりだ。


「そうか、明後日に退院なら、来週ぐらいから吉野側との話し合いを始めないといけないな」


 拓さんが、ちらりと成瀬さんを見る。


「そうですね。あちら側の代理人からは、早めに話を進めたいと連絡があったようですね」

「えりさん」


 成瀬さんの言葉に頷いた拓さんが、私の名前を呼ぶ。


「辛かったら全部任せてくれていい。えりさんはどうしたい?」

「・・・私は」


 確かに訳が分からないまま、連れ去られて。

 怖い思いもしたし、多分自分が考えている以上に、心は怖いと感じている。

 それはカウンセリングの先生にもお話した。

 入院中は全て病室の中だけど、実はお部屋の間接照明はつけたままにしている。

 そして、昨日の髪のカットの時の髪の毛が切られる音。

 一瞬身体が強張った。拓さんや成瀬さんがいて、八坂(やさか)さんや今宮(いまみや)さんだったから、大丈夫だったんだと思う。

 カウンセリングの先生は、暫く不安を取り除くお薬を飲みましょうと提案してくれた。

 多分、拓さんや成瀬さんはこの事を知っているんだろう。

 だから、思い出す事に関わらなくてもいいと言ってくれる。


「私は、これ以上、何かして貰いたいという気持ちはないです。正直、関わるのが怖いんです。でも」

「でも?」


 掛けられたベッドカバーをぎゅっと握りしめる私の手を、そっと拓さんが包んでくれる。


「吉野さんが、今どうしているのかは、知りたいです」

「・・・そっか」


 入院した翌日、お見舞いに来てくれた拓さんに私は吉野さんの事を聞いた。

 拓さんは知らなくていいよ、と言ったのを当事者だから知りたい、と、無理を言って話して貰った。

 私が拓さんに運ばれてすぐ、吉野さんのお父さんが別荘に到着したそうだ。

 その時には司波さんと久我さんが、吉野さんを別荘の吉野さんの部屋の中に居るのを発見したけど、既にその時には吉野さんの心は壊れてしまっていたらしい。

 吉野由加里ではなく、自分は別の人物だと名乗り、錯乱した状態だったという。

 その後、吉野さんのお父さんが到着した時には、自分が誰で、何をしたのか全く分かってなかったそうだ。

 取り敢えず、かかりつけ医の居る病院へと運ばれたけど、既に心が壊れてしまった吉野さんには、治療する事が出来ず自宅で保護されていると聞いた。


「彼女は変わらず自宅にいる。心を病んだ彼女の扱いに吉野氏も困っているそうだよ」


 拓さんの言葉に、私は泣きそうになる。


「・・・だったら、吉野さんをちゃんとケアできるようにして欲しいです。吉野さんがやった事は、私も怖かったし、傷ついたけど。でも家に隠すようにするのではなく、吉野さんの為にも、専門の病院で治療を受けるようにして欲しいです」

「うん、わかったよ。ちゃんと伝えておく。あとは?」

「あとは、何もないです。私が今まで通りの生活に戻れたら、それでいいです」


 私の言葉に、拓さんが困ったように笑う。


「えりさんの気持ちはわかったよ。そこはえりさんの希望だからね。じゃあ、あとは任せて貰ってもいいかな?」

「はい、お願いします」


 私が泣きそうになったのが伝わったのだろう。

 拓さんの手が、優しく私の頬に触れる。


「・・・ああ、泣かないで。えりさんを今、抱きしめられないから」


 優しく目を緩ませて、頬に触れていた拓さんの右手の親指が私の目元を拭った。

 拓さんの言葉に、思わず私の顔にも笑みが浮かぶ。


「恥ずかしいので、抱きしめなくていいですよ?」

「それは残念」


 照れ隠しで可愛くない言葉を言うと、拓さんが楽しそうに笑った。


「そろそろ、私の存在を思い出していただけると嬉しいのですが」


 成瀬さんの呆れたような、でもどことなく楽しそうな声に、思わず私が「ぴゃっ」と変な声を出してしまう。


「ああ、ごめんごめん」


 拓さんが成瀬さんに謝罪の言葉を言うけど、殆ど棒読みだ。


「まあ、宜しいですが。榴ヶ崎さんが退院すれば自宅療養ですから、約十日間会えませんからね。目を瞑りましょう」


 棒読み謝罪に返すように言う成瀬さんの言葉に、拓さんが考え込む。


「榴ヶ崎さんは日中お母様がいらっしゃるんですよね?」

「はい、母は専業主婦なので」

「でしたら、心配はありませんね」


 成瀬さんが穏やかな表情で私に確認をする。


「ご家族が一緒であれば、安心でしょう。明後日は何時ごろ退院を予定していますか?」

「午前中にはと。毎日母が来てくれているので、荷物も少ないですし」

「わかりました。では会社の方にはそのように伝えておきます。COO、宜しいですね?」


 私と成瀬さんが話している間、何かを考えていた拓さんに、成瀬さんが声を掛ける。


「その様に。ああ、そうか。十日間会えないのか」


 拓さんがぽつりと呟く。


「COO?」

「いや、十日は長いなぁって。いっそ、えりさん僕の所に」


 拓さんが思いついたように、にこりと笑って私の顔を見つめる。

 え、拓さんの所?


「はあ、何をいきなり」


 思いっきり頭に疑問符を浮かべていた私の顔をみて、機嫌よく拓さんが微笑んだところで、成瀬さんの呆れた声が掛かる。


「COOのマンションに榴ヶ崎さんをなんて、無理に決まっているでしょう?」


 次に続く成瀬さんの言葉に、私の思考が止まる。


「大体、日中仕事をしている間、榴ヶ崎さんが一人になってしまうではないですか」

「いや、そこはリモートでも」


 機嫌良く言う拓さんの言葉に、私の思考回路は止まったままだった。

 結局、拓さんの案は成瀬さんのお小言共に却下となった。




「全く、何を考えているのですか」


 えりの病室を後にした二人は、パーキングエリアへと足を進める。

 途中、外来に来たと思われる人たちから振り返られる事が何回もあったが、そんな視線にも慣れた二人は気にする事もなく進む。


「十日なんて、実感させたのは成瀬だろう?」


 くすくすと笑いながら拓が言うと、成瀬が何度目かの溜息をつく。


「あまり、姫様を困らせないでください」

「許されるなら、直ぐにでも攫いたいぐらいだが」

「・・・手順はちゃんと踏んでくださいよ」

「わかっているよ。さて、躑躅(つつじ)の希望は叶えなくてはな」

「その程度で許されるのですか?」


 拓の言葉に成瀬が怪訝な顔をする。


「それ以外は任されたからね。躑躅の希望は叶えるよ、もちろん。それ以外は()を傷つけられた月森拓として、吉野にはしっかりと償って貰う」

「畏まりました。では、手配をしておきます」

「頼むよ。あと、躑躅には連絡を入れずこちらに回すようにとも伝えておいてくれ」


 拓の言葉に、成瀬が口の端をあげ頷いた。






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