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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
83/235

83 愛でる

 入院四日目。

 今、私は病室で何故かヘアカットをされている。

 美容院と同じようにケープを巻かれ、病室に備えられている洗面台の前に居る。もちろん座っているのは車いすだ。


「もー、こんな綺麗な髪に! 大丈夫ですよ、綺麗に整えちゃいますから」


 そう言うのは、この前のパーティーで、私の髪をセットしてくれたサロンの美容師さんで、名前は今宮(いまみや)さん。隣には八坂(やさか)さんもいる。

 今日は左サイドの髪の毛を、一束ほど吉野さんに切られてしまったのを気にしていた拓さんが、八坂さん達を連れてきてくれた。

 昨日、(たく)さんから提案された時、退院してから行きますよと言ったのだけど、「僕が見ているのが辛いんだ」という甘い言葉を言われ、拓さんの提案に頷く事になってしまった。

 因みに今日、サロンはお休みではないらしい。カットに関しては病院の許可もとったと言う。

 その拓さんは、スーツの上着を脱いだ姿で、室内のソファーに座り書類を見ている。前には安定の成瀬(なるせ)さん付きだ。


「そうですねぇ、短くなった左に合わせて右側も切るようになりますが、良いですか?」

「はい」


 鋏ではなく、ソムリエナイフで切られた髪は、一掴みだけ毛先がバラバラに短くなっている。

 一番長いもので顎より少し上、短いもので口元ぐらい。

 今宮さんは、右側に三つ編みで纏めてあった私の髪の毛を、丁寧にブラシで梳きながら、鏡越しに私の顔を見て言う。


「榴ヶ崎様の体調が戻ったら、ぜひお店に来てください。ゆっくりと頭の先から足の先までお手入れをして、今回の疲れを取りましょう!」


 そう言いながら、八坂さんが拓さんの方へ視線を向けると、それに気がついた拓さんが書類から顔をあげる。


「ああ、それはいいね。その後、二人で食事でもしようか」

「あら、素敵! 近く、榴ヶ崎様にとても似合いそうなワンピースが入荷予定となっております。ご覧になりますか?」


 答えたのは私ではなく、八坂さんだ。

 その八坂さんの言葉に、拓さんが書類をローテーブルの上に置く。


「成瀬、この件に関して問題はないから、メールでそのように指示を」

「わかりました。あと、洋服を見るのはいいですが、榴ヶ崎さんの好みもありますからね。勝手に決めてはいけませんよ?」


 拓さんの言葉に頷いた成瀬さんだけど、その後に続く言葉に思わず私の口から「えっ?!」と声が出た。

 チラリと視線を向けると、いそいそと八坂さんが拓さんにタブレットを渡しているのが見える。


「相変わらずですねぇ、月森(つきもり)様は」


 私の慌てる様子を見た、今宮さんが笑う。


「笑い事ではないです・・・」


 それでも、今宮さんは微笑ましい物を見るような視線のままだ。


「少し全体も整えましょうね」

「はい、お願いします」

「お身体が辛いようなら仰ってください、休憩入れますからね」


 丁寧に私の髪をブロッキングして、毛先に鋏が入る音がする。


「本当に、大変でしたね」

「あ、でも四日経ったので随分楽にはなったんですよ?」


 今宮さんと八坂さんには、今回の事を掻い摘んで話をしたそうだ。


「でもまだ痛みもあるのでしょう?」

「はい。でも日にち薬ですから」


 お喋りをしながらも、今宮さんの手は休む事なく動いて、私の髪を整えていく。


「サイドは、そうですね。短くなったところに合わせてお姫様カットにしましょうか。榴ヶ崎様の髪は細くて柔らかいから、毛先が軽く内巻きになって可愛いと思いますよ」


 姫カットってアレだよね、可愛らしいアイドルや若手女優さんがしているのは見たけど、あれを私がやるんだ・・・。

 に、似合うのかなぁ。


「似合いますよ、絶対!」


 どうやら不安が口に出ていたみたいで、力強く今宮さんに言われて、勢いに負けて頷いた。


「では、サイドと前髪に入るので、少し目を瞑っていてくださいね」


 そう言われ、私は素直に目を閉じる。

 切れ味のいい鋏の音が耳元で聞こえて、一瞬、あの時の恐怖が頭をよぎるけど、今いる場所は病室で、切ってくれているのは今宮さんで、拓さんや成瀬さんも傍に居る。


 ―大丈夫、大丈夫・・・。


 リズミカルに顔の前で鋏が動くのを感じながら、そう心の中で言い聞かせる。

 そうしているうちに、鋏の音が止まった。


「そのまま目を閉じていてくださいね。落ちた髪の毛をブラシで落としますから」


 そう今宮さんがいうと、ふわりとしたブラシが頬に当たる。

 優しく丁寧にそのブラシで、顔についた髪の毛を落としてくれるのが気持ちいい。


「はい、出来上がりましたよ!」


 カタン、とブラシを置く音と共に、今宮さんの声が耳元で聞こえ、私はゆっくりと目をあける。


「ああ、似合うね」


 開いた視界に入ってきたのは、鏡越しに私の後ろに立つ拓さんの笑顔と、今宮さんのやり切った感が滲む満足そうな顔だ。

 鏡の中の私は、今までチャレンジしたことのなかった、サイドが所謂「姫カット」と呼ばれる髪型で、少し居心地が悪そうにも見える。

 元々緩い癖のある髪質のおかげで、今宮さんの言ったように毛先がふんわりと内巻きになっている。


「・・・似合い、ますか?」

「うん、似合っているよ」


 不安になって、鏡越しの拓さんに向かって言うと、穏やかに、でも満足そうな笑顔を向けてくれた。


「ええ、本当に。よくお似合いですよ」


 さっきまで拓さんの居たソファーの、向かい側に座る成瀬さんもそう言ってくれる。


「新しい髪型って不安になっちゃいますよね」


 今宮さんがふふふ、と笑いながらフォローをしてくれた。


「えりさんはどんな髪型にしても、愛らしいから大丈夫だよ」


 今宮さんと顔を見合わせて笑うと、後ろから拓さんがとんでもない爆弾を落とした。


「あ、え、あ、ありがとうございま・・・す?」


 あわあわとお礼を言う私を見て、拓さんが楽しそうに笑った。


「あら、当てられてしまったわ」


 呆れたように笑う今宮さんの声に、思わず顔が赤くなってしまう。今宮さんは手際よくケープを外し、切った髪の毛が私の身体や椅子に落ちてないか確認をすると、車いすを少し移動してくれた。

 ケープのおかげで身体や車いすには落ちた髪の毛はついていないようだけど、床にはカットした髪の毛が散らばっている。


「あ、お掃除・・・」


 そう言いかけた途端、私の身体がふわりと浮いた。


「え?」

「ベッドまで運ぶよ」


 すぐ横に拓さんの顔があって、思わず言葉が止まる。

 拓さんが病室に居ると、移動はほぼこのお姫様抱っこだ。ベッドから車いすに移動するだけでもこの状態で、過保護過ぎるのではと思う。


「あの、自分で動けますよ?」


 ゆっくりとベッドにおろされた私は、思わず拓さんに伝える。

 それに昨日も今日も、仕事の途中で抜けてきてくれたのでスーツ姿だ。

 上着は脱いでいるけど、それでも私を運ぶと、綺麗にクリーニングされたシャツに皺が寄るのが心苦しい。

 それに、成人女子を持ち上げるのも重いと思うし・・・。


「榴ヶ崎さんが気にする事はありませんよ。COOは榴ヶ崎さんに触れたいだけですから」

「よくわかっているじゃないか」


 パソコンに向かっていた成瀬さんが、呆れたような声で言うと、拓さんがふっと口元を緩ませる。


「だから、えりさんは僕に運ばれたらいいよ?」


 なんだか、よくわからない言い分だと思う。

 けど、「それはちょっと」なんて言い出せないような、少しだけ圧のある笑顔を向けられ、私はこくこくと首を縦に振る。

 そっと拓さんの後ろにいる成瀬さんを見ると、成瀬さんも頷いているのが見える。


「榴ヶ崎さんがいる事で、COOの仕事が凄く捗るんですよ」


 だから、諦めて下さい。そんな言葉を、成瀬さんから追加で貰ってしまった。




 あの後、道具を片付け、掃除をした八坂さんと今宮さんは病室を出て行った。

 出ていく前に、八坂さんからグリーティングカードを手渡される。

 箔と型押しが施されたおしゃれなカードで、開くと一枚の硬質なショップカードが入っている。


「これは榴ヶ崎様専用カードです。ご来店の際はこちらを掲示くださいね。もちろん私がいれば問題ないですが、席を外している事もありますので。いつでもご予約なしでお越しいただけますよ。サロンだけではなく、当店全てでお使いいただけます。もちろん、お支払いは月森様ですので」


 カードを受け取った私は、ぼんやりとカードを見つめていたけど、最後の八坂さんの言葉で正気に返り、慌ててベッドサイドにある椅子に腰かけた拓さんの顔を見る。


「・・・えっ? いえ、そんなっ、あの、拓さん?!」

「今回の事があったからね、なるべく僕の信頼している所を使って欲しいんだ。もちろん、えりさんが好みじゃないって言うなら、別のところを探すけど」


 さらりと衝撃的な事を言われ、私は言葉が出ず「え」とか「あ」とかそんな言葉しか出ない。


「当店は、百貨店にも負けない品揃えですよ。サロンとしても一流と自負しております。とりあえず、お守りとしてお持ちください」


 八坂さんが、有無を言わせない笑顔で〆てしまった。

 ああ、これは何を言ってお断りしようとしても、無駄なやつだと悟った私は、とりあえず受け取る。

 そう、受け取っても使わなければいいんだ!

 そう思っていたのだけれど。



 その後、元気になった私が一向にお店で使用しないのを、拓さんがしょんぼりとした顔で言うので、結果定期的に使う羽目になってしまった。

 後日、再開した香澄ちゃんとの食事会で、イケメンがしょんぼりするのって結構良心が痛む、と言うと、想像をした香澄ちゃんに涙を流しながら笑われてしまったのは、別の話。








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