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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
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82 揺り籠

 僕が意識を失ったのは、人の子の時間で言えば一年程だという。

 目が覚めたと言う僕の様子を聞きつけ、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)神産巣日神(かむむすびのかみ)がやってきた。


「其方が目覚めたと聞いてな」


 高御産巣日神が、ぼんやりとする僕に声を掛ける。


「目覚めたばかり故、今日は顔を見に参っただけだ。ただ、いずれ其方かの口から先代と何があったのかを聞かねばならん」


 高御産巣日神の言葉は聞こえるのに、その言葉はまるでただの音のように、するりするりと僕の意識に残らず、零れては消え行く。

 その様子を見た神産巣日神が、小さくため息をつく。

 さっきから二人が声を掛けているが、僕の中では「言葉」と認識されない。

 まるで、頭の中に入るものを全て拒否するように。


「高御産巣日神よ、天之御中主(あめのみなかぬし)(のかみ)が目覚めたのであれば、また日を改めようぞ」


 神産巣日神の言葉に、高御産巣日神が頷く。

 横になる僕の傍から二人が立ち上がると、島に仕える神使が見送りの為、二人に付き添い、一緒に出ていく。

 その様子も僕はただ、ぼんやりと見ているだけだった。





 神の代替わり。

 本来であれば、代替わりの時期までに先代の力が徐々に弱まり始めると、次代が生まれその力が徐々に移行していく。

 完全に神としての力の移行が終わった時、天界の神々に知らせが届き、何処からともなく天界中に鐘の音が響くのだ。

 そして、先代であったものは霧散する。




 気がついたら「僕」はそこに居たんだ。

 真っ暗な、星も月もない世界。

「僕」は岩のようなものの上に座り、膝を抱え俯いている。

 それが一番最初の記憶だ。

 どのぐらいそこに居たのだろう。

 座り続ける「僕」の元にやってきたんだ。


「其方が『次代』か」


 何処からともなく表れたその人は、「僕」を見下ろしながら言う。


「なんの事?」

「其方は、我の力を引き継ぐ為に生まれし者だ」


 そういうと、その人は「僕」の頭を撫でる。

 だけど「僕」にはわからない。だって気がついたら此処にいたんだから。


「天之御中主神として継ぐ者として、其方は生まれた。ただ、予想外の場所ではあるがな」


 そう言うと、その人は真っ暗な世界を見回した。


「何もないだろう? 何もない、虚無(きょむ)の世界。ここはすべての始まりともいう、我の一部でもある場所だ」

「・・・『僕』はここで生まれたの?」


 何となく口にした言葉に、口の端をあげて目の前の人が頷いた。


「よくわからないよ」


 気がついたら此処にいて、一人でずっといたんだ。


「であろうな。我もなぜ、其方がここに生まれたのかわからぬ。其方は形は子供でも、生まれたばかりの赤子同然。我の力尽きるまで教えられることは教えよう」


 そう言うと「僕」へと手を差し出す。

「僕」はその差し出された手と、その人の顔へと視線をゆるゆると動かす。


「本意ではないかもしれぬが、これは定めと考えよ」


「僕」は頷くとゆっくりと立ち上がり、その人の手を取る。

 この暗い世界は、なんだか好きじゃない。

「僕」に差し出された手は、大きく、温かかった。





 その手を取ってからも、よく覚えていない。

 急に目の前が明るくなって、思わず目を反射的に瞑ってしまったから。

 まぶしい光が落ち着くと、さっきの世界とは正反対の明るい光が広がる。


「ここが、これから其方が住まう事になる、天界の天之御中主神の島だ」


 さっきの場所が漆黒の中だったけど、ここは光に溢れている。

 初めて目にするものばかりだけど、なぜかそれが「何か」はわかる。

 足の裏に触れている者が「地」。

 心地よく「僕」の髪の間を抜けていくのが「風」。

 ざわざわとその「風」が揺らしているものが「木」や「草」。

 不思議に思って、繋いだ手の先に居るその人を見上げる。


「其方は生まれたばかりであっても、力の継承はされておるからな。我の記憶の中から呼び出しておるのだろう」


 その言葉に、こくんと頷いて見せる。


 チチッ! ピューィ!


 甲高い音がして、「僕」は思わず身を竦める。


「あれはこの島に住まう鳥の鳴き声だ」


 思わず腕にしがみついた事で、落ち着かせるように「僕」に説明してくれる。

「鳥」と言うものを理解していても、実際の鳴き声を聞くのは初めてだ。


「ああ、まずは皆に其方の存在を告げねばならぬな」

「ここで『僕』は、何をすればいいの?」

「それについてはこれから話そう。まずは我が『当代』の天之御中主神である。『次代』の天之御中主神よ」


 その人は「僕」の視線まで腰をかがめると、そう呼んだ。

 その後、「僕」はその人に抱き上げられ、別の場所へと連れていかれた。


「そうか。そこに居るのが『次代』か」


 その場所で、銀の髪をした背の高い人が「僕」を見て言う。


「まだ、赤子のようだな」


 銀の髪の人の隣で、髪を頭の高い位置で結った人が言う。


「生まれたばかりであるからな」


 当代の天之御中主神と名乗ったこの人の背に、「僕」は隠れたままそっと顔を半分だけ出す。

 はじめて会うこの人たちは、高御産巣日神と神産巣日神と名乗った。

 どちらもこの天界に住まう神という。


「さて、『次代』よ。疲れたであろう。暫し眠れ」


 そう言うと、その人は僕の額にそっと触れた。途端、「僕」の意識は深く暗闇の中に沈んでしまった。





「・・・(いささ)か、早計ではないか?あれでは、何もわからぬ状態ではないか」


 眠りに落ちた「次代」をみた高御産巣日神が眉を(ひそ)めながら、天之御中主神へ言う。


「仕方あるまい、我の終わりは思っていた以上に早いかもしれぬ」

「それは・・・?」


 淡々と言う、天之御中主神の声に神産巣日神が返すと、天之御中主神は膝にあった両手の平を見つめ、呟く。


「わからぬ。『次代』が生まれたのはつい三月前だ」


 その言葉に、目の前の二人が驚いた表情をする。


「まて、本来の代替わりであれば、『次代』はまだゆりかごの中ではないか!」


 高御産巣日神が、驚きの余り大きな声を出した。

 普段、穏やかな高御産巣日神にしては珍しい事だ。

 高御産巣日神の言う『ゆりかご』。

 神の代替わりの際に、次代の神が生れ落ちると、ある程度の力の移行が進むまでは、蚕の繭のような中で過ごす。これが『ゆりかご』と呼ばれる。

 代替わりは、今まで引き継いできた神の役目とその力、そしてある程度の「神としての記憶」も引き継ぐ。

 これが「継承」と呼ばれるものだ。

 それは、『ゆりかご』の中でゆっくりと引き継がれるのが通例、でどの神々も変わらない。


「それに、此度の『次代』は虚無の島で生まれた」


 天之御中主神の言葉に、高御産巣日神と神産巣日神が息を呑む。

「次代」の神が新たに生まれる時は、天界にある「呱呱(ここ)」と呼ばれる場所だ。

 呱呱とは、その名の通り産声の事で、代々新たな神が生まれる場所だった。


「『呱呱』ではなく、虚無とは・・・」

「天之御中主神を引き継ぐものであれば、それもおかしくは無かろうが・・・」


 高御産巣日神の言葉に、神産巣日神が答える。


「だが、今まで『虚無』で生まれた者など聞いた事などない」

「・・・天之御中主神、あの赤子は確かに『次代』で間違いないのだな?」


 確認するように神産巣日神が問うと、天之御中主神が頷く。


「『次代』が生まれ出た時、代替わりの兆候が出たのだ。実際、『次代』に我の力は移動しておる」


 その言葉に、皆が押し黙る。


「此度の代替わりは、我も分からぬ。が、『ゆりかご』を持たず生れ出た『次代』にも何か意味があるのだろうよ」


 沈黙の中、天之御中主神が言う。


「どちらにせよ、生れ出た『次代』には我が『ゆりかご』の代わりとなるしかあるまい」


 天之御中主神の言葉に、二人は顔を見合わせ溜息をついた。

 その後、『次代』の天之御中主神については、次の神議(かむはかり)で伝えると天之御中主神が言う。

 今、育てている箱庭が順調である事、次の「鍵」についての選定も既に終えているというのが理由だった。


「急ぎ、神議を行う事でもあるまい」


 天之御中主神が言う。

 神議は何かあれば随時行うが、そうでなれば定期的に行うもののみだ。


「それに、『次代』について、暫し様子を見たいというのも我の中にもあるのだよ」


 天之御中主神の言葉に暫し、高御産巣日神と神産巣日神は顔を見合わせ思案したが、最終的には天之御中主神の言葉に頷いた。







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