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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
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81 神議―かむはかり―

 今の箱庭(宇宙)よりも、遥か昔。



 綿毛で選ばれた「次代の鍵」は「鍵」としての時期が来るまで、天界の神々に大切に、大切に保管される。

 鍵の使命は新しくこの宇宙という箱庭を作る事。

 その機会が訪れるまでは、人の子の輪廻の中で静かに暮らす。

 箱庭の中は知らないだろう。

 自分達の世界が、何度も進化し、壊れ、再生している事を。


「つまんないなぁ」


 天之御中(あめのみなか)主神(ぬしのかみ)という存在に選ばれて、どのぐらい経ったのだろう。

 他の神々には興味はないけど、僕が選ばれてからは、すでに両手の数ほどの「鍵」の選択は行った。

 造られた箱庭の時間は様々。

 箱庭自体が形にならなかったもの。

 人の子も、それ以外もうまく成長できなかった箱庭。

 急激に進化し過ぎて収拾がつかなくなり、神々で強制終了となった箱庭。

 大樹のようにゆっくりと成長し、やがて終末を迎えた箱庭。

 他の神はそれを見守り、時には人の子や、その箱に生を受けた者達に手を貸す事もある様だ。

 僕のやる事は、「次代の鍵」を選ぶ事だけ。

 これは天之御中主神という、創造主の力を持つ者にしか与えられない力だ。








「ふむ・・・。此度の箱庭はあまり良いとは言えぬな」


 天界で神々が集まる神議かむはかりの場で、箱庭の様子を観察していた国之常立神(くにのとこたちのかみ)がそう呟く。

 約二千年前に造られた今の箱庭は、幾度となく争いを繰り返し、安定した時期の方が少ない。

 破壊活動と争いで、箱庭自体も限界を迎えている。


「このままでは、維持は難しいかと」

「では、天之御中主神が既に選択している『鍵』を新たに」


 それに応える思金神(おもいかねのかみ)の言葉に、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)が水鏡に手をかざす。

 映ったのは、人の子達が逃げまどい、その場に馬に乗った男たちがなだれ込む様子。

 馬上の者達は、手当たり次第に手にした剣を振るい、粗末な建物やそこに住まう者達が育てた作物を踏み荒らす。

 その中、一人の男が弓矢を構える姿を捕らえる。


「この者が次代の『鍵』となる者か」

「まだ、人の子としての生は二十年程残っているかと」


 宇比地邇神(うひぢにのかみ)の言葉に、思金神(おもいかねのかみ)が淀みなく答えた。


「これ以上は、箱庭自体が持たぬであろう。『次代の鍵』の今生が終わり次第、輪廻の輪から外すといたそう」


 淡々と進む神議を、僕はあくびを堪えながら耳を傾ける。

 僕はいつも始まりを選ぶだけだ。

 別にこの場に居なくてもいいのでは、と思うけど、毎回、神産巣日神(かむむすひのかみ )に連れられてこの場にいる。

 何度、こんな事を繰り返しただろう。

 造っては壊す。

 または、自ら壊れていく。

 僕からすれば、くだらない、と思う。

 どうせ人の子達は同じ事の繰り返しだ。


「・・・無意味」


 ぽつりと呟くと、隣にいた神産巣日神が小さく笑う。


「なぜそう思う?」

「同じ事を繰り返してるだけにしか見えないから」

「そうか? 箱庭はその都度成長が違う。長い箱庭であれば五千年は続くものもある」

「それでも最後には、終末を迎える」

「それは仕方がない。命には始まりと終わりがあるのは(ことわり)だ」


 僕の言葉に、神産巣日神が微笑む。

 僕ら「神」と呼ばれる者達には、人の子のような命はない。

 ある意味神の名も役目のようなもので、時期が来れば先代から次代の神に役目を引き継ぎ、消滅するだけだ。

 輪廻と言うものも存在しなければ、始まりも終わりもない。

 それに。


「『鍵』に選ばれる人の子だって迷惑な話だ。自分の運命も知らずに、人の子の輪廻から外され『鍵』となる」


 僕の言葉に神産巣日神がふぅむ、と考える様子を見せる。

 僕はずっと不思議だった。

 神々が、この箱庭を造り、壊すという作業を淡々と行っていく事を。

 同じ事を繰り返し、繰り返し、繰り返し。

 延々とそれが続く。

 その事に一体何の意味があるのだろうと。


「天之御中主神は、箱庭を眺めた事はあるかな?」


 唐突に神産巣日神に言われ、僕は首を横に振る。


「何度か見たけど、興味はないよ」

「そうか。人の子の生涯もだが、箱庭の寿命も我らと比べれば、短く儚い。そして、生まれるものに意味のないものなどないのだよ。それは人の子も、箱庭も、我らも」


 そう言い、神産巣日神は穏やかに微笑んだ。






「そうか、天之御中主神がそのような事を」


 神産巣日神の言葉を聞き、高御産巣日神が呟くと、隣で思金神が溜息をつく。


「して、天之御中主神は?」

「いつものように、神議が終わったと同時に、高天原を去りました」

「そうか・・・」


 高御産巣日神、神産巣日神、そして天之御中主神は造化の三神と呼ばれる。

 一番初めに天之御中主神が生まれ、次いで高御産巣日神、神産巣日神と続いたという。

 遥か昔の事、既に初代の三神も消えてからかなりの時間が経過している為、どのように誕生したのかまでは、簡素な記録と微かな繋いだ記憶のみだ。

 天之御中主神は根源、全ての創造を司る神として『次代の鍵』を選択し、高御産巣日神、神産巣日神は、物を生み出しそれらを生成、発展させていく力を司る。


「意味のない事か」


 高御産巣日神の言葉に、思金神が怪訝な顔をする。


「天之御中主神は箱庭の為の鍵を選ぶ事は出来るが、その箱庭の成長には関わる事が出来ぬからな」


『鍵』を選ぶ事に神の意思を反映する事は出来ない。あくまでも『次代の鍵』を選ぶまで。

 それは創造神という、特殊な立ち位置の神が介入する事で、箱庭が神の意志で造られたものとならない為であるという。

 神は司る者であって、支配するものではない。

 それが天界に住まう者達の、暗黙の約束事だった。


「無意味だと思っていても、天之御中主神として選ばれ、天界に存在するのであれば、役目を全うするのは致し方なき事かと」


 思金神の言葉に、神産巣日神が微笑み頷く。

 思金神は知恵と策を司る。

 感情に動かされることなく落ち着いている為、どことなく冷たくも感じる事があるが、根は名の通り思慮深い。


「だからこそ、『天之御中主神』として選ばれたのであろうよ」


「次代の鍵」に興味を持たず、箱庭を「意味のない事」という。

 それぐらい冷めていないと全うできないのだろうと、高御産巣日神が頷くと神産巣日神が続けた。


「それと共に、私は天之御中主神の姿が変わらない事が少々気になります」


 天界に住まう神々は、それぞれの持つ役目を引き継ぎ、継承していく。

 当代の天之御中主神は数えて三代目となり、継承したのは思金神と同じ頃。

 思金神の姿は青年といった風貌だが、天之御中主神はそれよりも十近くは若く幼い風貌だ。

 年の頃なら十二、三歳。

 思金神も天之御中主神も、同じ年頃に選ばれ同じ様にこの天界で過ごしているのに、思金神は過ごす年月と共に風貌も変わっていくが、天之御中主神は選ばれた時のまま変わらない。


「本人が意図して変わらないのか。それとも何か原因があって変わらないのか」


 神産巣日神の言葉に、高御産巣日神、思金神共に押し黙る。

 天界に住まう者達は、徐々に天界に馴染み、心身共に天界に住まう者となる。

 それは黄泉(よみ)であっても、根之堅洲國(ねのかたすくに)であっても同じだ。馴染むまでは変化に、時間差のようなものが個々で現れはするが、馴染めばその場の者として時間は進む。


「・・・それはわからぬ。天之御中主神はなんと?」

「幼い姿である為見下される事、天之御中主神と気が付かない神々もいる様です。まあ、本来あまり他の神々と交流がありませぬ故、本人はあまり気にもしていない様子ではありますが」

「もしかすると、天之御中主神の持つ力故、なのかもしれません」


 神産巣日神の言葉に、思金神が続ける。


「神々によって継承までの時間は違いますが、当代の天之御中主神は今までの方々よりも力が大きく、在位が長いのかもしれません。故に変化が遅いのかと・・・。あくまでも私の憶測で御座いますが」

「なるほど」

「当代を連れてきたのは、先代本人でありましたね」


 遠い昔、先代の天之御中主神が天界に連れてきたのが当代だった。


「『我の力は急速に衰えるであろう故、連れて参った』とだけいい、ある日突然言ったように消滅してしまった」


 神産巣日神の言葉に、その時の状況を思い出したのか、高御産巣日神が目を細める。


「先代は何も言わず、で、あったからな」


 先代と当代の天之御中主神の代替わりには謎が多い。

 突然、天界に天之御中主神の代替わりの知らせが飛び、鐘の音が鳴る。

 慌てて高御産巣日神、神産巣日神、宇摩志阿斯訶備比(うましあしかびひ)古遅神(こぢのかみ)天之常立神(あめのとこたちのかみ)別天つ神(ことあまつかみ)達が天之御中主神が、住まう島に向かうと、当代の少年だけがぽつんと残されていたのだ。

 その時の事は当代もよく覚えておらず、何があったのか不明のままだ。

 別天つ神たちの姿を見て、その場に当代が倒れ、そのまま人の年月として一年程眠ったままとなったのだった。








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