8 欠片
「はぁー、美味しかったー」
あのあと、もう一度ガイドブックを開いて、四人で出雲大社近くのお蕎麦屋さんをぐるりと見て回り、四人の意見が一致した一店に入った。
決め手は甘味も充実している事。和のデザートもやっぱり攻めたい、お蕎麦だけだと夕食までにお腹が空きそうという、食いしん坊バンザイな理由。
「お蕎麦、美味しかった」
「こっちのお出汁って少し甘いんだね」
「和風パフェもお抹茶のアイスが美味しかったねぇ」
お店を出て、歩きながら食事の感想を言い合う。これから今回のメイン、出雲大社への参拝だ。
ガイドブックに書いてある参拝ルートを確認しながら「まずは稲佐の浜だね」という香澄ちゃんの声に三人とも頷いた。
稲佐の浜までは歩いて十五分ちょっとらしく、食後の散歩にはちょうどいい。
今回の旅行の事、会社の事。四人で楽しく話しながらだとあっという間に浜へ着いてしまった。
「うわーー! きれい!」
目の前に開けた砂浜と海に思わず四人が同じ言葉を発してしまう。一瞬の間の後、皆で顔を見合わせて笑ってしまった。
「よし、砂いただこう!」
香澄ちゃんが率先して砂浜へと進むと、砂の粒が細かいのか、歩くたび砂がサクッサクッと小さな音を立てる。
「ねー、折角だから弁天島の近くまで行ってみようよ」
「そうだね、近くの砂を分けて貰おう」
足元は歩きやすい靴だけど、普段砂の上なんて普段歩かないから、なかなか歩きづらい。
いつもより踏みしめるように歩くと、靴底から伝わる砂の感覚が気持ちよく、私が感じたようにみんなも思っているのか、砂の上を歩くのが楽しそうだ。東子ちゃんは早足になって、一足早く岩礁の前にたどり着いている。
「・・・はぁーーー、なんか」
「うん、圧巻だねぇ」
「弁天島って昔は海に囲まれてたんだよね・・・どうやって建てたんだろう」
東子ちゃんより少し遅れてたどり着いた三人でしみじみと呟く。
四人で高い位置にあるお社と鳥居に向かってご挨拶を済ませると、その場所の砂を分けていただく事にした。
さっと両手でサラサラの砂を掬うと、持参した小さなビニール袋へと入れる。この砂はこれから向かう出雲大社の素鵞社で奉納する為だ。
「そろそろ行こう」
好奇心いっぱいの顔で、弁天島を観察している東子ちゃんに声を掛けると、東子ちゃんはとワクワクした顔で戻ってきた。
「出雲大社! もう楽しみで仕方がない!」
弁天島でスイッチが入ったのか、東子ちゃんは有華ちゃんの腕を取ってサクサクと砂の上を歩いていく。いきなり腕を取られた有華ちゃんが、バランスを何とか保ちながら引っ張られて行くのを、私と香澄ちゃんはぽかんとして見送ってしまった。
「えりさん! 香澄さん! 早く行こう!」
足早に少し先に進んだ東子ちゃんが私たちを呼ぶ様子を見て、二人で思わず吹き出してしまう。
「誘って良かったね」
私の言葉に香澄ちゃんが「そうだね」と笑う。この後もしっかりと予定が詰まっているからね、と言う香澄ちゃんの言葉に笑顔で返した。
「あれ? 行きにこんなお店あったかな?」
稲佐の浜から出雲大社へと戻り、そろそろ勢溜の鳥居が見えるかな、と、いったところまで戻った時、ふと路地にある看板が目に留まる。
『銀細工 銀の狐』
木で出来た立て看板に、シンプルな文字。
行きの時にはなかった看板だ。
島根には石見銀山があるから、観光地に銀製品のお店があってもおかしくない。
銀製品ならアクセサリーとかもあるのかな? ちょうどお気に入りの髪留めがダメになっちゃって探してたのよね。あとで覗いてみようかな・・・。そんな事を思っていると香澄ちゃんが気がついた。
「あ、銀細工のお店なんてあったんだー、見に行く?」
「ううん、先にお参りしてからにするよ。そうでないと東子ちゃんが暴走しちゃう」
既に勢溜の鳥居に着いている、東子ちゃんと有華ちゃんがスマホで写真を撮っている様子が見える。相変わらず東子ちゃんのテンションは遠めでも分かる高いままで、遅れて到着する私たちに気がついた有華ちゃんが手を振ってくれた。
「だねぇ、あのテンションを止められそうもないね」
香澄ちゃんと、手を振り返しながら顔を見合わせ笑う。向こうにいる2人を待たせちゃ悪いよね、と笑いながら歩くスピードを速めて二人に追いつく事にした。
勢溜の鳥居をくぐったら、先まで続く松並木が見える。
まずは近くの祓社へお参りをして、その後は松並木の参道を参拝ルートを確認しながら四人で歩く。途中にうさぎの像があって、可愛さについ目がとまってしまうけど、まずはご本殿だ。
相変わらず東子ちゃんの勢いは止まらない。有華ちゃんが傍にいないと糸の切れた凧のように、一人で進んでしまいそうだった。はぐれてしまっても連絡手段はあるけど、せっかくの旅行だから一緒にまわりたいし、こんなにはしゃぐ東子ちゃんを見ているのも楽しい。
手水舎で浄めたらいよいよ神域だ。
「縁結びの神様だもんね、来年こそはいい出会いが欲しい」
鳥居をくぐる前に香澄ちゃんが呟くと、激しく同意と顔に書いた二人がこくこくと頷く。女子四人で出雲旅な所でお察しだ。
四人ともどうしても彼氏が欲しい!という気持ちまでではないけど、そろそろ周りから見れば妙齢なお年頃。いい出会いがあればそれはそれで嬉しい。考えたらここ一、二年はこのメンバーでの女子会やお出かけばかりだった気がする。それに出雲大社の縁結びはお仕事や人間関係まで幅広い。
「素敵な縁が繋がれば嬉しいよね」
ここまで来たら神頼みもあり。しっかりとお願いしようよ!と、四人ともわくわくとした気持ちで鳥居の前で一礼した。
時は遡って、四人が稲佐の浜から勢溜の鳥居まで戻ってきたころ―――
「無事に到着されたようで、安心いたしましたね」
『銀の狐』と書かれた看板の奥、のれんを少し上げ鳥居に向かう四人の様子を、微笑ましく見ている着物姿の女性が一人。
「貴方様がついていらっしゃいますから、危険な事はないとは思いますが」
上げていたのれんをもとに戻しながら、声の主は奥にあるテーブルセットへと視線を向けた。
その視線は笑みを含んだ柔らかいもの。
「まだ宵までにはお時間がございます。まだ方々もお着きになっていらっしゃいませんし、奥でごゆるりとお寛ぎください」