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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
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78 宿り

 吉野さんの別荘で、子供みたいに泣きじゃくった私を、(たく)さんは安心させるように抱きしめ、頭を撫でてくれた。

 その後、体中が痛くて動けない私を、拓さんが抱えてくれた事までは覚えている。

 多分、安心して意識を手放してしまったんだろう。

 次に目が覚めた時は、フカフカなベッドの上だった。

 ゆっくりと目を開くと、心配そうに私を覗き込む拓さんの顔が見えた。


「えりさん、気分はどう?」


 拓さんに聞かれ、思わず身体を動かそうとして、体中に鈍い痛みが走る。


「ああ、横になったままでいて。今、点滴も繋がっているからね」


 少し体を起こそうとしただけなのに、身体中に走った痛みに思わず顔を顰めると、拓さんが起こしかけた体を支えベッドへと戻してくれた。


「少しベッドを起こそうか。大丈夫?」

「すみません・・・」


 思わず言葉が出ると、拓さんが困ったように微笑む。

 どうやら私は、病院へと運ばれたらしい。


「えりさんが謝る必要はないよ。今回は謝るのは僕だ」

「・・・COOのせいではありませんよ」


 拓さんの言葉の後に答えるように、後ろから成瀬(なるせ)さんが顔を出した。


「お医者様によると、身体のあちこちにかなり重い、打ち身の症状がみられると言われていました。かなり心身ともにダメージが大きいので、ゆっくり休む方が良いと診断が出ましたので、このまま入院となるかと」


 成瀬さんの言葉を聞いて、自分の状況に驚いてしまう。


「あと、会社に残している荷物は宗方(むなかた)鷹田(たかだ)さんにお願いして、今こちらに持ってきて貰っています。榴ヶ崎(つつじがさき)さんのご自宅にも連絡しました」

「ご両親が到着したら、まずはこちらから経緯の説明をするよ。吉野議員は今回の事は全て知っているし、全面的に娘の非を認めている。えりさんの体調が落ち着いたら、吉野議員との話し合いになると思う」

「あの・・・吉野さんは・・・?」

「彼女の錯乱が酷い為、吉野議員によって病院に運ばれたよ」

「そう、ですか・・・」


 私は声も、動く事も出来なかったせいで、自分の身体がどうなっているのかまではわからなかった。

 ただ、覚えているのは正気とは思えない様子の吉野さんの表情と、目の前にナイフが迫ってきた時の恐怖だけだ。

 こうやって、安全な場所に戻ってきたとわかっても、思い出すだけで体が震える。


「えりさん?」


 言葉と共に、拓さんの手が私の頬に触れた。

 その温かさに、強張りかけた身体の力が抜ける。


「気になると思うけど、まずは体を休めて。えりさんが思っている以上に、心も身体も負担がかかっていると思う」


 拓さんが私の気持ちを落ち着かせるように、優しくゆっくりと私の頬に触れながら言う言葉に素直に頷く。

 ほっと息を吐いたところで、廊下をパタパタと駆ける音が聞こえた。

 その音は段々と近づき、病室の前で止まると勢いよくドアが開けられる。


「えり———っ!」


 ドアが開いた瞬間、そこに立っていたのは香澄(かすみ)ちゃんで。

 はあはあと肩で息をしていたのが、私と目が合った瞬間名前を呼びながら私の元へと駆けよる。


「香澄ちゃん」

「心配した心配したっ! 無事でよかった・・・」


 香澄ちゃんは私に飛びつきそうな勢いだったけど、私の傍にかけられた点滴を見ると、眉を八の字にする。


「鷹田さん、大きな声は榴ヶ崎さんの負担になりますよ」


 香澄ちゃんの後ろから入ってきた宗方さんが、香澄ちゃんを落ち着かせようと声を掛ける。


「あ・・・、ごめんね、えり」

「ううん、心配かけてこっちこそごめんね」

「謝る事ないよ。宗方さんからちょっとだけ聞いた。大変だったね」


 私の置きっぱなしになっていた荷物を回収する為に、宗方さんが私と一番仲の良い香澄ちゃんに声を掛け、持ってきてくれたと言う。


「宗方さん、ありがとうございます」


 私が声を掛けると、宗方さんがにこりと微笑む。


「COO、そろそろ榴ヶ崎さんのご両親もお見えになると思います」

「そうだな。えりさん、先にご両親に説明させてもらうね。鷹田さん、えりさんの傍についていて貰えるかな」

「はい、勿論です!」


 拓さんの言葉に、香澄ちゃんがふんすと握りこぶしで答えるのを見て、自然と笑みが出る。


「ああ、やっぱり鷹田さんに来てもらって良かった」


 私が笑ったのを見て、拓さんが安心したように微笑むと、そっと私の頭を撫でた。


「あとでご両親と一緒に来るよ」


 そう言うと拓さんは成瀬さん、宗方さんと一緒に病室を出ていった。

 パタン、というドアの閉まる音と共に、香澄ちゃんとの間に一瞬の沈黙がおりる。


「・・・宗方さんから聞いて、本当にびっくりした」


 その沈黙の後、香澄ちゃんが大きな溜息と一緒に呟く。


「とりあえず、差支えない事だけって宗方さんが教えてくれたけど。吉野さんのやった事は許せないよ」


 香澄ちゃんが俯いて、怒りを含んだ声音で言う。


「・・・うん」

「えり、全然悪くないじゃん! 勝手に吉野さんが嫉妬して逆恨みして。社外の人を引きこんでこんな事までして!」

「香澄ちゃん」

「・・・怪我してるから、無事って言うのも変だけど。えりが無事でほんと良かった」


 最後の方は鼻をすする香澄ちゃんの言葉を、頷きながら聞く。


「簡単な事情を知っているのは、COO室の皆と、遠野(とおの)さんと私だけって宗方さん言ってた」

「遠野さんも?」

「うん。えりのロッカーの鍵を借りるのに、遠野さんが手続してくれたの。荷物に関しては私の方がえりも安心するだろうって」

「会社に出たら、遠野さんにもお礼言わなくちゃ」

「あ、そうだ!」


 私が落ち込んだのが分かったのか、香澄ちゃんが明るく話しを変える。


「さっきから引っかかってたんだけど」

「うん?」

「月森さんって、えりの事、名前で呼んでるんだね」


 その言葉に「え、あ、うん」という、言葉にならない返事を返してしまい、香澄ちゃんが噴き出す。


「その辺りも元気になったら聞かせてよね! 喉乾いてない? 何か欲しいものある?」

「うーん、そうだなぁ」


 いつもの調子に戻った香澄ちゃんにつられ、つい一緒に笑いが出てしまった。

 沢山考える事はあるけど、皆が心配してくれる気持ちが温かいから。

 まずは元気になろう、そう前向きに考える事にした。



 そうやって、暫く香澄ちゃんとゆっくりしていたら、ドアがノックされた。


「はーい」


 私に代わって答えてくれたのは、香澄ちゃんだ。

 その返事の後ドアが開けられ、拓さんの姿と、お父さんとお母さん、その後ろに成瀬さんの姿があった。


「えり。連絡を貰ってびっくりしたわ」


 病室に入ってきた二人は、拓さんから話を聞いた為か、お母さんは比較的落ち着いた声だ。どっちかと言うと、お父さんの方がオロオロして見える。


「うん、心配かけてごめんね」

「打ち身が酷いのもあるけど、暫く身体を休める為にも入院しましょうってお医者様から聞いたわ」

「・・・私、そんなに打ち身が酷いの?」

「そうよ。ね、お父さん?」

「まずは、身体を治す事だけを考えなさい。今回の事は月森さんの方で代理人として弁護士も用意して下さるそうだ」


 お父さんの言葉にびっくりして、思わず拓さんの方を見る。


「勿論、えりさんが当事者だから、どうしたいのか話しながら進めるよ。ただ、向こうも弁護士は立ててくるだろうからね。うちには腕のいい弁護士がいるから、全て任せて貰っても大丈夫だよ」


 穏やかに言う拓さんの言葉に、私は頷く。


「ありがとうございます」

「月森さんからも謝られたのよ。えりをこんな事に巻き込んでしまって、って。でも話しを聞くと月森さんが悪い訳でもないしね? ね、お父さん?」


 話を振られたお父さんはプイッとそっぽを向いてしまった。

 それを見てお母さんが笑う。

 え、一体どんな話をしたんだろう?


「・・・とりあえず、えりは元気になるまでこちらでお世話になりなさい。毎日母さんが寄るから」


 ちょっと不機嫌そうな顔をしたお父さんの言葉に、私は首を傾げながらも頷く。


「私も、会社終わったら寄るよ」


 香澄ちゃんも笑って言ってくれる。


「では、お二人には、えりさんの入院手続きがあるので、別室へ移動をお願いできますか? COOは社内報告があるそうですので、今日は一旦会社に戻ってください。鷹田さんは、」

「あ、私もう少し居てもいいですか? 勿論、えりが疲れないようにします」


 テキパキと指示を出し始めた成瀬さんに、香澄ちゃんが答える。


「そうね、戻るまで香澄ちゃんが居てくれると助かるわ」

「わかりました、そうしましましょう。ではお二人はこちらに」


 お母さんの言葉に、成瀬さんが頷いて二人を促して病室を出ていく。


「じゃあ、僕は一旦会社に戻るよ。何かあったら連絡をして。また明日顔を出すから」


 ドアが閉まるのと同時に、拓さんが目元を緩ませ私の顔を覗き込んで言う。


「鷹田さん、あとは宜しくね。帰りは成瀬に言うと良いよ」


 黙って私と拓さんの様子を見ていた香澄ちゃんが、拓さんから話を振られ、首振り人形のようにこくこくと頷いた。


「あとで担当医から説明があると思うから、ちゃんと言う事を聞くようにね」


 そう言うと、拓さんが私の頭を撫でてから病室を出て行った。

 それを見送った後、視線を感じて香澄ちゃんの方を見ると、期待感に満ちた顔をしている。

 うーん、何処まで説明するべきか。

 私は誤魔化すように香澄ちゃんに笑ってみせた。






 拓と宗方がM.C.Co.Ltdに戻ると、司波(しば)久我(くが)桐生(きりゅう)に遠野がCOO室で待機していた。


「欣子内親王の魂に関しては、番人の手で中央管理へと送り、厳重に保管となりました」


 拓がソファーに座ったのを確認して、遠野が言う。


「中央管理か。この先、欣子(よしこ)内親王の魂を出す事は無理って事だな」

「はい。中央に送る際に確認したところ、魂にはヤドリの種が埋め込まれていました。これが根之堅洲國(ねのかたすくに)の目的かと」

「なるほど。魂の中で養分を蓄えそれを持ち帰る、か」


 千年前のあの時、淡路(あわじ)は「実った果実を狩り取る」といった。

 遠野が言うには、根之堅洲國の者は人の魂に「種」と呼ばれるものを埋め込み、その中で悪しき心を養分とし、育ったところで魂を狩る。

 大抵の魂は、その種の成長に耐える事が出来ず、精神を病むか自らの命を絶ってしまう事になるが、まれに悪しきものに染まる事が心地よく、身を落とす魂もある。その落ちた魂が「実った果実」と言われるものではないか、と。


「今代では、根之堅洲國にはまだ『主』となるものが現れておりません。その為に、『果実』と呼ばれる魂を集めている可能性があるかと」


 遠野の言葉に、拓を中心とした皆の視線が険しくなった。







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