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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
閑話 其之一
77/235

77 藤原盈時の苦悩

※平安編の「曲水の宴」から「希う」の間、昭仁が婚姻の申し込みの為、藤原家を訪ねた時のお話です。

本編と比べるとかなり砕けているかと思います。

「姫を我が妻として娶りたいのです」

「・・・はい?」


 先日の曲水の宴で皆の話題となった青年は、私の顔を真っ直ぐに見た後、そう言って頭を下げた。

 年齢はまだ若いが従一位、参議という位を持つ、皇族に連なる方だ。

 その方が、三位である私に頭を下げるので意味が分からず、思わず間抜けな返事が出てしまった。


 この頭を下げる青年は、元服と同時に由緒ある源家の当主となった源昭仁(みなもとのあきひと)様だ。

 はっきり言って財もあり、地位もあり、おまけに都中の女子たちがうっとりと見惚れる美貌の持ち主。

 その方から、今朝の開諸門鼓かいしょもんこの音から二刻(1時間)たった頃に文が届いた。

 内容はさらりと「相談があるので藤原邸に立ち寄らせてもらえないか」と言うものだった。

 そう、先代当主の源倖仁(みなもとゆきひと)様の文もついていた時点で、何かあると考えるべきだった。

「何か大事があっての事だろうな」なんて思っていた、呑気な自分を叱りたい・・・。

 いや、確かに大事な話ではある。

 でも、もしかしたら、聞き間違いかもしれないと、恐る恐る尋ねる。


「失礼を承知で、もう一度、仰っていただけますか? どうやらよく聞こえなかったもので」

藤原盈時(ふじわらみつとき)殿と亡き正室殿との子である、姫を我が妻として源家に迎えたいのです」


 あー・・・。

 源様は笑顔で、しかもどこか自慢そうに見える顔でそう仰られた。

 聞き間違いではなかった。

 しっかりと、はっきりとそれも笑顔で「藤原盈時殿と正室殿との子である、姫」と言いましたよ。


「ええと、それは」


 背中になぜか、冷や汗が浮かぶ。


「我が娘、咲子(えみこ)を源昭仁様の妻に、という事でしょうか・・・?」


 分かっているけど、頭が、心が違ってて欲しいなーなんて希望的な気持ちも込めて、もう一度確認をしてみる。


「ええ、そうです」


 笑顔で! 

 言い切られた!!


「あの、咲子はまだ十で・・・」

「ええ、存じております。今年十一になると」


 確か、源様は今年十六になられるはず。

 まあ、確かに五つ程度の差ならあり得るのか・・・。のか?


「あの・・・」

「はい、なんでしょうか?」


 源様はにこやかに微笑む。

 まるで『何でも聞いて下さい、答えますよ』と言わんばかりだ。


「一体、どちらで咲子の事を・・・?」


 そう。咲子が公式な社交の場に出たのは、先日の曲水の宴が初めてだ。

 確かに咲子は亡き妻の紗子によく似て愛らしく、うちに立ち寄る貴族の皆からは「将来はどれほど美しい姫になるのか」とは言われていたが、まだ裳着も行っていない子供。

 適齢期の子息を持つ家では、まだそんなに噂になっていない筈だ。

 ・・・いや、宴での咲子を見て「いずれうちの息子に」なんてのもあったな。

 でも、源家のような名家が、ちょっと見ただけの目付の所の娘に興味を持つだろうか・・・?

 冷や汗をかきながら、頭の中で浮かんだ事を整理し、取り敢えず、なんとかその一言を口にする事が出来た。

 すると!

 目の前の美貌の公達がっ!

 見た事もないような、甘い笑顔を浮かべるではないかっ。


「去年の月見の宴に、姫は常寧殿にいらしたでしょう?」


 え、「いませんでしたか?」ではなく「いらしたでしょう?」


「大事な扇飾りを探していたのです。その際東宮様と一緒に常寧殿(じょうねいでん)周辺を探していた時、偶然姫を見かけたのです」


 あ、これは「人違いでは?」が使えないやつだ。

 そう察した私は素直に頷く。


「はい。確かにあの月見の時、娘は常寧殿の方様からのお誘いで、お伺いしておりました」

「私は姫に心惹かれ、それ以来、どちらの姫かと人知れず探していたのですが・・・。此度の宴で知る事が出来た為、早速お願いに参りました」


 それはそれは嬉しそうに源様に言われ、親としては悪い気はしない。

 咲子は愛らしく、聡く心優しい自慢の娘だ。

 容姿も美姫と称えられた紗子(すずこ)によく似ており、社交に出ればあっという間に、縁談が出るだろうとも。

 だがしかし!

 源家からなんて予想外だ。

 源家と言えば、別名月影の家と呼ばれる程、朝廷や上位貴族が一目置く、最高位貴族。

 こちらが画策したのではなく、その当主自らの申し出だ。

 本来であれば、縁が出来る事に、家をあげてのわっしょい状態になるのだろう。

 こちらは三位、目付という大任を担っているが、源家からすればしがない貴族。

 断るなんて事は出来ない、寧ろ「ありがとうございます!」と受け入れるのが当たり前なのだろう、とは思う。

 思うのだけれど。


「あの・・・」

「何でしょうか?」

「私も、曲がりなりにも朝廷での務めを担っておりますれば、『月影の家』については多少なりとも存じております」


 私が恐る恐る伝えると、源殿は先程の甘さを含んだ微笑みから、穏やかなものへと変わる。


「私は亡き紗子の忘れ形見として、咲子を愛しんで参りました。私は父として、あの子が悲しむ姿を見たくはありません。あの子はまだ幼い。いずれ地位の高い源様に、他に良い女人が出来た時の事を思うと・・・」


 こんな気持ちは、貴族としては捨てなければならないものかもしれない。

 実際、私自身も「跡継ぎの為」と押し切られる形ではあったが、側室を迎えた。

 あの時、紗子に「わかっています」と言われたが、一瞬見せた悲しそうな顔が忘れられないのだ。

 紗子の家格が高い為、紗子は正室ではあったが、相手が源家であれば、藤原家より身分の高い貴族から正室にと話は幾らでもあるだろう。

 歳早くからなにも知らず嫁ぎ、挙句側室として追いやられてしまうのであれば、余りにも咲子が不憫だ。

 俯き、一気に伝えると、穏やかに微笑んでいた源様の笑みが消える気配がする。

 ああ、拙い。怒らせてしまったかも。

 でも、咲子の為にはここは譲れないのだ!


「・・・義理父上(ちちうえ)様は、姫の事を本当に愛しんでいらっしゃるのですね」


 え、なに。

 いきなり、義理父上って呼ばれた?!


「ご安心ください。私は姫以外を娶るつもりはありません。我が源家は妻はただ一人。唯一だけを生涯愛し続けるのです。ただ、こうやって言うだけならと思われるでしょう。ですから、今日は私が姫のどこを気に入り、愛しいと思い、共にしたいのかをお話させていただこうかと思い、参ったのです」


 そうきっぱりと源様は言うと、咲子の事についてこれでもかという程話し始めた。

 その時間、なんと二刻(1時間)近く・・・。なにこれ、何の拷問?

 確かに娘を褒められるのは嬉しい。自慢の娘だから!

 でも「婿予定」に蕩ける様な顔で娘について言われ続けるのって、かなり父親として辛い。


「あの、源様・・・」


 再び、恐る恐る声を掛けると、上機嫌で話していた源様が「何か?」というような顔を向けた。

 これ、止めなかったらずっと喋ってたのだろうか。

 父親としては嬉しいけど辛いし、ずっと喋られたら話が進まない。


「・・・源様の、娘に対する気持ちはわかりました。ただ、私は咲子の気持ちも大事にしたいのです」


 私の言葉に一瞬源様は目を丸くしたが、その後「ああ、そうですね」と言いながら微笑んだ。


「このようなお話をいただき、ありがたくお受けするのが本来でしょう。でも、裳着も済ませていない子供であるが故、政略結婚のような形はさせたくないのです」


 不敬だと怒りを買うかもしれない。

 でも、咲子を大事に思う私の気持ちは伝えなければ、と勇気を出して一気に伝える。


「ふむ。義理父上様が心より姫を愛しんでいらっしゃる気持ちはわかりました」


 そう言うと、源様はお怒りになる事もなく、穏やかに微笑まれる。

 いや、さらりと再び、義理父上呼びしてるし。


「はい。大事な娘でございます。ですので、まずは即婚儀ではなく、娘との逢瀬を重ねて、娘の気持ちを大切にしていただきたいのです。それともう一つ。婚姻は裳着が済んでからでお願いしたく思います」


 そう言って頭を下げると、源様は「わかりました」と頷く。


「いきなり婚姻と言っても姫も戸惑うでしょう。私の事を姫に知ってもらう事も大切ですね」


 ああ、良かった。案外話の分かる方、というか。咲子に関しては寛容な方らしい。

 もし、どうしても咲子が嫌だと泣くのなら、地位を返上して領地に戻っても・・・。


「ああ、義理父上様。心配なさらないでください。姫に私の事を好いて貰う努力は惜しみませんから」


 え、なんで。なんで心の中分かったの?!

 というか、義理父上呼び確定・・・。


「そうですね。まずは明日の申二刻にもう一度こちらにお尋ねして、姫とお会いする事は出来ますか?」


 艶やか、という言葉がぴったりな笑顔を向けられ、私は頷くしかなかった。




 源様がお帰りになられてから、咲子への指南が終わった浮島をこっそりと自室に呼ぶ。


「浮島、すまないね」

「いかがなさいましたか?」


 自室に呼び出された浮島が、怪訝な顔をする。

 私は大きな溜息と共に「実は・・・」と、今日訪ねて来られた源様の事を話し始めた。


「まぁまぁ。それはそれは」


 半分愚痴のように伝えると、浮島は可笑しそうに笑う。


「笑い事ではないのだよ」

「ええ、ええ。でも姫様はこのわたくしがお育てした(ぎょく)の姫。例え東宮妃となろうとも、大丈夫でございますよ」


 そう。きっと咲子はどこに嫁に行っても大事にして貰えるだろう。それぐらい、教養高く聡い。

 ただ、あのおっとりとした咲子が、あの貴公子に振り回されてしまうのではないか? と心配になるのも事実だ。


「お話を聞く限り、源様は姫様を大切に思っている様子。おっとりしているからこそ、源様が惹かれて止まないのかもしれません。月影のお勤めについては姫様は触れなくても良い、と仰られたのですよね?」


 あの貴公子は、ただ自分の傍に咲子がいるだけで良いというのだ。社交も咲子が嫌な思いをするのであれば、自分が何とかするとも。

 なにやだ、最高位貴族の権力、コワイ。


「それと、源様は咲子が嫁ぐ時には、浮島も御劔達も一緒にと仰せだ」

「あらまあ、それならば私共は反対する理由は御座いません」


 そう言うと、浮島がころころ笑う。

 なんだかんだと、浮島も御劔達も咲子を溺愛しているのだ。相手が咲子そのものを望み、咲子を大切にし、尚且つ自分たちも一緒であれば反対する理由もないという。


「わたくし共が一緒であれば、大丈夫でございますよ」


 うん、まあ、そうなのだけれど。

 やっぱり咲子自身、気苦労を負ってしまうんだろうなと考えると、親としては気が重くなってしまうのだよ。

 それが相手がどんなに見目が良く、地位と財力があったとしても。


 さて、明日の朝餉(あさげ)で咲子にどのように話をしようか。

 悩み過ぎて禿げそうだと呟くと、またしても浮島に笑われてしまった。








世のすべてのパッパに捧げます。

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