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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
73/235

73 奪回

 下ろされた扇から現れたのは、千年前の京の都で承香殿(しょうきょうでん)女御(にょうご)の傍仕えであり、泊瀬斎宮(はつせいつきのみや)での欣子内親王の暴走を煽った淡路だった。


「おまえっ!」


 当時、藤原咲子(ふじわらえみこ)の近衛として、何度か宮中について行った事のある、御劔(みつるぎ)達の記憶が蘇る。


「道理であの後、検非違使(けびいし)が泊瀬斎宮を探しても、欣子(よしこ)内親王の亡骸()()無かった訳か」


 あの日、源昭仁(みなもとのあきひと)迅雷(じんらい)颯水(はやみ)が泊瀬斎宮を立ち去ったあと、迅雷の言うように燻っていた火の手が上がり、瞬く間に泊瀬斎宮を炎に包んだ。

 丸二日燃え続け、鎮火出来た時には炭となった()()()()()()()()()となっていたが、何故かその敷地内の欣子が使っていた室は形が残り、その場に欣子の遺体だけが残っていた。

 その遺体は所々人の形を成しておらず、当時の検非違使や勤めていた者、聿子(いつこ)の証言と、昭仁の報告で幕引きとなったが、あの場には同じく雷霆(らいてい)の陣を受けたはずの淡路の姿は残っていなかった。


「あの時の一撃は中々効きましたよ。まさか『真実の鏡』を使われるとは私も思っていなかったので、油断しました」


 そう言うと、淡路の姿からまた姿が変わり立花の姿となるが、先程とは違いその顔に浮かんでいるのは冷たい笑みだ。


「それがお前の本性か」

「ちょっと久方ぶりですが。ああ、一応名乗っておいた方がいいかな? 初鷹(はつたか)、と呼ばれております」


 次の瞬間、初鷹はにぃっと口の端をあげると、素早い動きで腕を使い、空を切る。


 ドオオォォン!


 初鷹の手からは光の輪が浮かび、それが先程の倍はある衝撃を起こし、地面を揺らした。地面を削ったのか、遅れてぱらぱらと土粒が拓たちの頭上から降る。


「派手にやってくれたな」

「何が『人の世に馴染んでいるから、被害があると後々大変』だよ」


 司波(しば)が溜息をつき、桐生(きりゅう)が、数時間前に立花だった初鷹が自分たちに言った言葉を返す。

 成瀬(なるせ)が初鷹の瞬時の動きを読み、防御の術を使った為、二人だけでなく衝撃を受けた全員には傷一つもない。


「あの時も(やりあ)う気はなかったですから」

「じゃあ、何で現れた?」


 初鷹の言葉に、司波が反応し地を蹴る。


 ザッっ!!


 司波が手にした扇が空を切り、擦れ擦れのところで初鷹は(かわ)すと、後ろへと飛び、間合いを取る。

 司波の攻撃を躱した初鷹を見て、拓を除く四人の纏う空気が変わる。


「邪魔をするなら、俺が相手になる」


 空を切った扇をみて、ちっ、と舌打ちをした司波が、態勢を元に戻し初鷹を見てにやりと笑う。それを見た初鷹は、面白い物を見たとばかりに笑みを浮かべた。


「だから『あの時も』と言ったではありませんか。別に、今回も貴方がたと(やりあ)うのが目的じゃないんですよね。()ってみたいのは山々ですが」


 飄々と言葉を続けるが、初鷹の能力はかなり高い。千年前もだが、今も気配を感じさせなかった事。そして欣子内親王の魂を吉野由加里(よしのゆかり)として再生させた事。

 今の司波との一瞬でも、戦闘能力の高さが分かる。

 拓もだが、此処にいる御劔全員が感じた事だった。だからこそ、司波が一瞬で行動し、足止めをする為に放った言葉だが、それに続く初鷹の言葉は意外なものだった。


「ちょっと興味があったんですよ。あの『鍵』のお姫様を守る皆さんに。私は内親王様の()()()()()()()手助けを頼まれただけですから、この先は私には預かり知らぬ事。では、失礼」


 そう言うと、初鷹は姿と気配を消した。本当に、監視と興味だけで動いていたらしい。


「どうしますか、追いますか?」


 成瀬が拓に問う。


「泊瀬斎宮と同じ、俺達では痕跡は追える可能性は低い。本来の目的が躑躅(つつじ)でないと分かったのなら、奴の事は()()()()()()()()()()


 拓の言葉に、久我(くが)が自分の使役の白狐を呼びだし、指示を出す。


「陣を通って宗方(むなかた)に」


 短い言葉だが、白狐は言いたい事が伝わったのだろう。地を蹴ると陣へと向かい、躊躇いなく飛び込んだ。


公卿(くぎょう)様は姫様の元へお急ぎください。我らは後から参ります。迅雷(じんらい)宵闇(よいやみ)は公卿様を」


 白狐の姿が消えた所で、成瀬が陣に保護の術を掛けながら言う。

 屋敷の(もや)は、少しずつ行動範囲を広げている。保護の術は向こうに靄が渡らないようにの保険だ。


「むちゃ振り」


 桐生がため息と共に、目の前に徐々に迫りくる黒い靄達に視線を向けた。


「おや、あれぐらいが払えないとは。随分と弱気ですね」

「んな訳、ない!」


 成瀬の言葉にムッとした顔で答えると、桐生は靄の方へと飛び出して行く。


「ここの保護は保険です。到達させるつもりはありませんので」


 成瀬はそう拓に告げると、自らも桐生の後に続く。


「さあ、躑躅を迎えに行くぞ」


 二人が向かったのを見て、拓が司波と久我にちらりと視線を向けると、三人が地を蹴る様に駆け出し吉野家の別荘へと向かった。





 陣を繋げた場所に、司波と桐生が到着した時には、靄として漂っていたものが、あの時と同じように少しずつ靄が固まり、形を作る。

 靄であれば形がない分、纏わりつくものを攻撃するので広範囲になるが、形を作るとなれば範囲は狭まる。


 バリバリバリバリッッ!

 ザッッ! シュッッ!


 扇に、自分の属性である雷を纏わせた司波が、目の前で形になった黒い異形を雷光で薙ぎ払い、久我が扇を振るごとに、細い銀糸の光が異形に巻き付き、切り裂く。

 黒い影のような異形も、屋敷に近づくほど密度が濃くなり、異臭を放ち、赤い目らしきものを光らせるものへと変わっていく。

 初鷹のように攻撃力は高くないが、次から次へと湧いて出る異形に司波が笑う。


「あれだ、なんて言うんだっけな、ゲームで流行ったやつ」

「ん? あぁ、死霊になるやつやったかいな?」

「噛みはしねぇけど、こいつらも大概タチが悪いっ! 根之堅洲國へ引きずり込もうとすっからなっ!」


 二人は、徐々に大きな塊となり攻撃をする異形を、手にする扇一本で仕留めていく。

 不意打ちを狙ったのか、司波は後ろから襲ってきた異形を躱し、振り向いたと同時に扇で突く。

 一方の久我も、前方から飛び掛かってきた異形に対し、躊躇いもなく扇を下から上へと振る。

 スーツ姿のままだが、それはまるで戦闘というよりも、舞を舞っているようにも見える姿だ。

 攻撃を受ける度、異形たちは断末魔のような叫びをあげ、霧散する。


「異形への攻撃は最小限でいい! 内親王を制すれば消える!」


 襲い掛かる異形を交わし、破邪の法を使い、術を放ちながら拓が司波と久我に言うと、二人が頷き目の前となった吉野の別荘の敷地へと向かう。


「公卿はん、内親王はこっちで抑える。異形の元を探せばそこにおるやろ!」

「姫さんの気配を探せ! 雷の光で五秒だけ抑える!」


 千年前に使った雷霆の陣は雷を司る。その力によってあの時泊瀬斎宮に湧いていた『そのものとも無し輩』たちと、根之堅洲國に染まった内親王を消滅させた。それならば雷の属性を使う事で、邪魔な異形たちを一瞬抑えることは可能だと司波は考える。

 一気に消滅という手もあるが、現時点で『吉野由加里』が、えりにどういった呪詛をかけているのかわからない。下手をすると屋敷の中に居るえりも、自分の放った攻撃で傷つけてしまう可能性がある。


「姫さんへの影響を考えたら五秒が限界だ」


 司波はそう言うと、右手からボール程度の雷を帯びた球体を作ると空中へ投げた。


「久我! 目ぇ覆え!」


 司波の声の二秒後、激しい雷光が辺りを包み、その光を浴びた異形たちがじわり、と形を崩し霧散していく。


 ―躑躅、何処にいる?!


 大量の異形の臭いと気配に包まれていれば、微かに発するえりの清浄な気も、穢れでかき消されてしまうが、一瞬でも穢れが無くなれば辿れる自信はある。


 5、4、3・・・。


 拓は意識を研ぎ澄まし、えりの気配を探す。


「地下だっ!」


 雷光が収まると同時に、拓が声をあげる。

 次の瞬間、抑えられていた靄が一気に多数の異形を作り、三人へと向かう。


「ここと内親王はまかせぇ! 姫はんが無事なら何とでもできる!」


 拓へと向かう異形に扇を振り、久我が銀糸で異形を拘束しながら、声をあげる。

 自分達が守るべきものが手に戻れば、方法は幾らでもあるのだ。


「遠野女史からは『捕縛』て言われたけど、自分らの最優先事項は姫はんが無事である事や、言い訳は幾らでもできるやろっ!」


 人の悪い笑みを浮かべて言う久我を、同じく扇で応戦する司波が呆れた顔をする。


「まぁ、そう言う事にしておく。姫さんの事は旦那に任せたっ!」

「ほな、そう言う事で宜しゅう」


 好戦的な笑みを浮かべた二人は、その場に拓を置いて靄の元を追い、一気に屋敷奥へ姿を消す。

 その背中を追うように、異形を躱し拓も屋敷内へと進む。

 屋敷内は、外にいる異形の放つ臭いとは比べ物にならないような、死臭とカビが混ざった悪臭を放っており、思わず拓が眉を顰めた。


「成程、これが根之堅洲國の臭いか」


 神も人もそして、拓のように()()()()()()()()()も、足を踏み入れる事が出来ないのが根之堅洲國だ。

 一般的な別荘の作りとなっている筈なのに、内部はまるで別世界の様相になっている。

 所々屋敷としての面影はあるが、床は泥で埋め尽くされ、壁はごつごつとした岩肌が壁紙の間から出ている。

 空間はどこか歪でねじ曲がっているようだと、拓は様子を窺いながら思う。

 実際、先に入っていった司波と久我の気配も感じられない。

 また、あれだけ屋敷の外にあふれかえっていた異形の姿が一つも居ない。


「罠、である可能性は高いな」


 それでも先程見えた、間違えようもないえりの気が地下にあるのならば、そこに行くのみだと拓は思う。


「躑躅に手を出した事、後悔して貰おうか」


 そう呟くと、拓は誘うようにぽっかりと開いた、地下へと進む空洞へと足を進めていく。


 カツン、カツンー


 薄暗い階段を、拓の靴音だけが響く。

 階段は元々の石造りのままだが、壁は玄関ホールから続くごつごつとした岩肌に不似合いなモルタルの壁が続く。

 暫く下りると階段が終わり、階段と同じ石造りの廊下が続く先に、開け放たれた扉と、薄暗く落とされた照明の灯が見えた。







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