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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
72/235

72 急駆

吉野由加里(よしのゆかり)の居る場所が分かりました。県境にある吉野家の別荘です」


 吉野永一郎の事務所から足早に出た月森拓(つきもりたく)成瀬忍(なるせしのぶ)は、目の前のスペースに停めてある車に乗り込むと、運転席に座る久我一騎(くがいつき)に伝える。

 助手席に座った成瀬が、スマートフォンを取り出しその住所を打ち込むのを確認すると、後部座席に乗り込んだ拓は、待機する司波稜梧(しばりょうご)へと電話を掛ける。


躑躅(つつじ)が連れていかれたと思われる場所が分かった」


 ワンコールもせず出た司波に拓が言う。


「今から成瀬が住所を送る。こちらより司波達の方が早い」

『わかった。着いたら陣を置く』

「頼む」


 拓がスマートフォンの通話を切ると同時に、久我が車のエンジンをかける。


「遠野女史の話では、吉野由加里の魂はあの時の雷霆(らいてい)の陣で砕け散ったのは確か。これは自分らもあの時確認してる。内親王は根の者と関わった為、その欠片すら黄泉に置けへんちゅう事で、魂の番人が根之堅洲國(ねのかたすくに)に埋めた。実際あの残りでは人間は作れへん。根の者でも、その欠片で内親王とは判断できひん位の物しか残ってへんかったと」

「それでも欣子内親王は作られ、吉野由加里として輪廻の輪に入った」


 久我の説明に、成瀬が呟く。


「で、遠野女史が言うには欣子内親王を再生させる方法は二つ。一つは根之堅洲國の上位の『そのものとも無し(ともがら)』。その主となる欠片を見つけて、まあ、いうたら泥人形を作るようなもんやけど、再生できる。もう一つが」

「先代の天之御中主(あめのみなかぬしの)(かみ)か」

「ご名答」


 久我の言葉に、拓が察しがついていたように名前を告げた。


「もともと、天之御中主神はんは創造神やさかいね。手に取る様にこの世界の事はわかる」

「しかし、今、先代の天之御中主神様は捕らわれの身です」

天之御中主神(あのお方)やったら、なんぼでも抜け道つくってそうや。それよりも姫はんへの執着や」


 天之御中主神。

 創造そのもの、宇宙の中心に存在し根源の神と言われる。

 箱庭の中が上手く成長しないと判断されれば、新しい『鍵』が選ばれ新たな箱庭が作られるが、その時に『鍵』を選ぶのが天之御中主神の役目でもある。

 遥か昔、榴ヶ崎(つつじがさき)えりが藤原咲子(ふじわらえみこ)であった時、彼女を『鍵』として選んだのも天之御中主神だった。

 通常の神々よりも特殊な能力を持ち、司る創造の力があれば「人を作る」事も可能だ。

 ただ、それはあくまでも箱庭であるこの宇宙を造りなおす時だけで、このような形で輪廻の輪に介入する事は許されていない。

 だが。


天之御中主神(あれ)の事だ。まだ諦めていないんだろう」


 そう拓が呟くと、車内の中が緊張感に包まれた。

 その後、三人は宗方が手配したホテルの一室へと向かう。

 司波達からの連絡を待つ間に、遠野瑞季(とおのみずき)から話を聞く為だ。

 ハイフロアにある部屋のドアを開けると、既に奥のソファーに遠野の姿があった。


「情報、感謝する」


 ソファーから立ち上がろうとする遠野を制し、遠野の向かいに拓は腰を下ろした。


「いいえ。今回はイレギュラーな事もあり、把握が漏れていた事、申し訳ございません」


 表情を崩さず、遠野が拓たちへと頭を下げる。

 遠野によれば、既に報告をしていた通り、内親王の魂が輪廻に戻った事は、あの消滅の状況からバグのようなものと考えられていた。

 だが、吉野由加里と内親王の同化が始まって、色々と分かった事があると言う。

 実際の吉野由加里は、肉体は人としての形成は出来ているが、魂は一、二割程度で、足りない部分は動かすための最小限のものを、根之堅洲國に埋まる他の者から寄せ集め、それでもできる空洞には根之堅洲國の闇が詰め込まれているという。

 それを聞いた久我の眉が微かに寄った。


「なかなかエグい状態やな」


 久我の言葉に遠野が頷き、続ける。


「この事から、今回の主は根之堅洲國だと考えられます。その為、今回は内親王の魂を捕縛し、完全な形で消滅をする必要がある事、欠片が少しでも残れば、再び根之堅洲國の者によって、今回のような事が再び起こる可能性があります」

「・・・成程」


 遠野の告げる言葉に、拓が考える。

 確かに、自分達の最優先はえりの事だ。

 千年前と同じく、呪詛を吉野が使用しているのであれば、それを解く事が第一となる。


「ですので、公卿(くぎょう)様も思う事はありましょうが、捕縛に留めていただきたいのです。それと立花という男。根之堅洲國の者だと推測できますが、少々気になる事がございます」

「気になる事とは」


 拓の問いに、遠野が首を振る。


「まだこれは確証がないので申し上げられません。ただ、私の疑いが正しければ、公卿様達にはより一層、彼女の保護が必要となります」


 遠野と拓の視線が合う。


 ―遠野(かのじょ)の言葉に嘘はない。それに「疑い」と言ったが、8割がたは確証があるのだろう。


 そう考えた拓はふぅ、と息を吐く。


「わかった。吉野由加里の魂についてはそちらに任せる。ただし、こちらの最優先は躑躅だ。躑躅に何かあればそこは優先されない」

「勿論です。我らもまだ、『鍵』の目覚めは今ではないと一致しております。では、私はこれで」


 そう言うと遠野が立ち上がり、それを見た成瀬がドアへと向かう。


「こちら側は本来傍観者であるべきですが、この度の事は非常時と判断しております。何かあればご指示ください」


 遠野はそう言うと、成瀬が待つドアへと向かった。








 拓からの連絡後、桐生健(きりゅうたける)司波稜梧(しばりょうご)は受け取った住所へと車を走らせる。


「ここからだと1時間30分か」


 ナビに現れた到着までの予測時間に、ハンドルを握る手に力が入る。


「運転に集中する、もし邪魔するやつが出たら」

「わかってるよ」


 司波の言葉に桐生が普段見せないような、人の悪い笑みを浮かべる。

 吉野邸を立ち去ってから、二人はずっと追跡されているような目の気配を感じていた。

 久我や社内に残った宗方哉也(むなかたとしや)、今のように拓と連絡を取っても、何か仕掛ける訳ではなくただ、視線を向けられている。


「監視、かな」

「さあな」


 面白くなさそうに呟いた桐生の言葉に、司波は短く答えると、一般道から高速道路へと進んだ車のアクセルを踏んだ。




 吉野由加里が滞在している別荘地に、一番近いICから一般道へと降りる。

 あれから目は感じるが、変わらず何も仕掛けてくる様子もなく1時間が経過した。


「鬱陶しいなぁ」


 追ってくる視線が煩わしいのか、桐生が眉をしかめる。


「まあ、攻撃してこないなら時間のロスもない。放っておけ」


 ここから10分程度走らせれば、目的の別荘地に着くだろう。


「さて、もうすぐ着くがどこで旦那たちを呼ぶか・・・」

「へぇ、今回も中々」


 両側に木立がうっそうと茂る道を抜けた瞬間、司波の言葉が止まり、代わりに桐生が呆れたように笑う。

 少し高台になった場所にある屋敷の周辺を、黒い靄が覆っているのが目に入ったのだ。


「・・・仕方がない、ここで呼ぶか」


 司波はそう呟くと周りを見回した。


「『目』はどうする?」

「ここで邪魔されるのもあれだからな、目眩ましを頼む」

「了解」


 桐生は司波の答えを聞くと、術を唱える。

 目眩ましをかけられたと分かれば、攻撃があるかもしれないと、司波はそれを見ながら周りを警戒する。


「・・・あくまでも監視か。まぁいい、旦那達を呼ぶぞ」


 そう言うと、司波は素早く陣を敷く。

 青々とした草が茂る場所に淡く光が浮かぶと同時に、司波の足元に一匹の白狐が現れる。


「旦那達を呼んできてくれ」


 その言葉に、白狐が陣の中心へと飛び込み、次の瞬間姿が消える。


「『目』はどうだ?」

「ただ見てるだけだね」


 ふむ、と言った様子で司波が顎に手を当て考えていると、目の前の陣が淡く再び光を帯びた。


「お、来たな」

「だね」


 その言葉と同時に、まずは司波が放った白狐が現れ、次に拓、成瀬、久我の姿が現れた。


「あれ? 宗方は?」


 一人居ない事に気がついた桐生が、成瀬に問う。


「姫様が戻った時、色々手配の可能性がある為残って貰いました。それに可能性として社内に『道』を作られた場合厄介ですからね」


 M.C.Co.Ltdは吉野由加里が在籍していた為、そこに存在したという痕跡がまだある。

 そこを使われ、今いる別荘から逃げるという可能性も考え、宗方が残り界を張り警戒を続ける事となった。


「あと、遠野女史の指示で一部が動いています。宗方一人でも大丈夫でしょう」

「それは有難いな、姫さんの事だけに集中できる」


 成瀬の言葉に司波が頷きながら言う。

 次の瞬間、拓が何かの気配に気づき、間を置かず司波、久我、桐生、成瀬が同じ方向へと険しい視線を向けた。


 ドオーンッ!


 爆発音と衝撃が五人を襲い、一瞬で周囲に土煙と噴煙が舞う。


「不意打ちとは、根之堅洲國の者らしい」


 徐々に煙が薄れていくと、20mほど先に人影が現れ、その影に向かって拓が冷ややかに言う。


「久しぶりに会うというのに、冷たいですねぇ」

「・・・立花優明(たちばなひろあき)か」


 声の主が出す、くすくすと笑いを湛えた声に司波が反応した。

 煙の中から姿を現したのは、司波が予想した通り、吉野永一郎の秘書である立花だ。


迅雷(じんらい)君と不知火(しらぬい)君はさっき会いましたね。・・・ああ、でも迅雷くんが覚えていないもの寂しいですね。どうやら月白(げっぱく)の君も忘れているらしい」

「千年前の我らを知っているとは、当時の者か?」


 拓を庇うように一歩進み出た司波を制し、拓が立花に問う。


「・・・ああ、そうか。姿が違うからわからないのか」


 演技がかった仕草で、立花が言う。


「この姿ならわかるかな?」


 そう言うと、立花が自分の前にパンっと扇を広げる。

 周囲の煙が消えていくと同時に、ゆっくりと変化をしていく様子に、拓、司波、成瀬の目に驚きが浮かぶ。

 短かかった髪が白髪交じりの長い黒髪に。

 洋装が十二単に。

 そして、ゆっくりと扇が下げられると、そこに現れたのは千年前、欣子内親王を根の者に染めた、淡路の姿だった。










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