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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
71/235

71 黄泉路(5)

 絶叫と共に、欣子(よしこ)内親王がその場に崩れる。

「そのものとも無し(ともがら)」と魂が繋がりつつあった欣子には、まぶしく焼ける様な光だったのだろう。着物に焦げた痕はないというのに、欣子の顔や首、腕などがしゅうしゅうと音を立て、所々黒く変色している。


「その痕が内親王様が根之堅洲國(ねのかたすくに)に染まっているという証」


 表情を変える事もなく、寧ろ冷酷ともいえる顔で昭仁(あきひと)が欣子に言う。


「あ・・・、美しいわたくしの姿が・・・」


 呆然とした欣子の目が、昭仁の言葉と共に自分の両手を見つめると、驚愕で見開かれる。


「内親王様にこの術を教えたのは誰ですか?」


 冷たく響く昭仁の声に、欣子はがくがくと震える。


「この術は『人』ではかけられぬ術式が組み込まれています。これを内親王様に教えたのは誰ですか?」

「あ・・・、」


 欣子が首を振りながら後ずさりをすると、先程の咲子の飾りに纏わりついていた蔦がぽろぽろと炭となって落ちたように、欣子の腕や首、顔からぽろぽろと炭となった身体の破片が落ちる。


「あなたが行った事を、私は許す事は出来ません」

「ひっ・・・!」


 自分の命が消えてしまう、そう察したのか、欣子の喉が声にならない悲鳴を上げた。


「欣子内親王様」


 昭仁の背後から、聞き覚えのある声が掛かり昭仁は慌てて振り返る。


 ―気配を全く感じられなかった? !


 距離としては九尺(約3m )もない室の入り口に、淡路が不相応な微笑みを浮かべ立っていた。


「あ、淡路・・・っ!」


 救いを求めるように、欣子がぼろぼろになった手を延ばそうとする。


「あの時、念を押しましたのに・・・。『必ず、必ず成就なさいませ』と」


 そう言いながら穏やかに笑い、その微笑みに欣子の延ばした手が止まる。


「あ、淡路・・・?」

「せっかくここまで、大事に育てたというのに」

「まさか、其方が内親王に術を教えた者かっ!」

「あらあら、わたくしは内親王様の望みが叶えばよいと思うただけでございます。ただ、所詮、世間知らずな内親王様。最後の最後でこのような事になるとは」


 そう答えた瞬間、淡路の足元から黒い蔦が伸び、昭仁を素通りすると欣子の身体へと巻き付く。


「きゃああああぁぁ!」

「折角ですから、()()()()()は収穫しませんと」


 そう言いながら、淡路が不気味に微笑む。


月白(げっぱく)の君も申したではありませんか。『呪詛が失敗すれば、かけた者に返ってくる』と。そしてわたくしも内親王様に申したはずでございます。『代償は魂。内親王様、これにてお別れでございます』と」

「狙い初めから内親王の魂か!」

「月白様の『花』がそう簡単に手に入るとはわたくしも思っておりませぬ。ただ、欣子内親王様が上手く事を運べばそれもよし、と」


 表衣(うわぎ)の袖で口元を隠しながら、淡路が笑う。


「もともと、承香殿(しょうきょうでん)女御(にょうご)様も、それはそれは根之堅洲國の者には素晴らしい果実。あれほどに欲にまみれた魂もありますまい。ほんに上手く育ってくれたものです」


 機嫌良く笑う淡路が、そのまますうっと目を細める。


「できれば『花』も摘んで帰りたかったのですが」


 淡路がそう零した瞬間、昭仁が術を淡路へと放った。それを幾重もの着物を着ているにもかかわらず、軽い身のこなしで淡路が軽々と避ける。


「ちぃっ!」

「おお、怖い怖い」


 思わす昭仁が舌打ちをすると、淡路が幼子をあやすように微笑んだ。


「まあ、()()()()()()が傍に居るのであれば、此度は致し方ない、諦めましょう。『花』を摘むのは次の機会に。さあ、内親王様。根之堅洲國の者の糧となる為、参りましょう」


 先程まで苦しそうな声を出していた欣子は既に黒い蔦に巻かれ、一部が体に入り同化が始まってしまったのか、淡路の声に答える事はない。

 虚ろな目で淡路の言葉に反応したのか、ゆらりゆらりと立ち上がる。


「させるかっ!」


 昭仁の言葉と共に、昭仁が術を放つ。が、それを難なく(かわ)しながら淡路が軽く腕を振ると、風が刃となり昭仁を襲う。

 ぎりぎりのところで避けるが、狩衣の裾が切り裂かれる。


 ―鎌風(かまかぜ)かっ!


 昭仁は、右に左に避けながらも術を放ち続ける。


「ちょこまかと」


 攻撃をすれすれで交わしながらも自分に仕掛ける昭仁に、淡路が苛ついた声をあげる。

 その一方で、昭仁は頭を働かせ、手立てを考える。


 ―根之堅洲國の者であれば・・・っ! 先程の内親王にもあれは有効だった!


 一つの考えに至った昭仁は、淡路から放たれる攻撃をかわしつつ室の中を移動し、床に破邪の法を使って床に印をつけていく。


 ―避けるだけでは淡路に気付かれてしまう


 そう考えた昭仁は、攻撃を避ける前後に術を放ち続ける。


 ―あと二つ!


 ザッという鋭い音と共に、昭仁の耳を風の刃がかすめ、体制を整える勢いでまた一つ術を放つ。


「そろそろ、月白の君もお疲れではありませぬか?」


 にぃ、と口の端をあげ、淡路がその風貌に似合わない笑みを浮かべる。


「いくら攻撃をしても、月白の君ではわたくしに傷一つつける事も叶わない。力の差はおわかりでしょう? 折角『花』を今回は見逃すと申しているのですから、いい加減諦めになった方が良いのでは?」

「・・・っ! 月影の名において根之堅洲國と名乗る者を、みすみす逃すわけにはいかないのでなっ!」

「ならば、月影の家の名と共に消えるのも一興」


 昭仁に向かって放つ攻撃を、ぎりぎりで(かわ)す様子をみた淡路が、煽るように言いながら、次の攻撃を連続で放つ。

 鎌風の一つは昭仁の頬をかすめ、もう一つは足元の床を切り裂いた。

 その衝撃で体勢を崩した昭仁は床に転がる。


 ―しまった!


「久々に楽しませていただきましたが、わたくしも飽きてきました。ここで終わりとしましょうか」


 そう言うと、淡路が腕をこちらに伸ばす。


「流石は月影の当主。これ程の力があるとは正直思いませんでした。が、それもここまで。ああ、勿体ない事」


 そう言うと、淡路は空間にある文様を描き始める。


「折角ですから、もう少し『花』と過ごす時間を差し上げるつもりでしたが、残念でございます」


 にこりと微笑み、まるで世間話をしているような口調で淡路が続ける。


 ―あと、一つ・・・


 倒れた際に木片が昭仁の脇腹を掠り、無意識に手を当てる。その時、懐に入れていた堅いものが手に触れた。


「ああ、傷を負ってしまったのですね。折角の美しい顔もそのように裂いて。最後は余り傷つけず終わらせましょう。月白の君の亡骸を見た『花』はどのように嘆き悲しむか。ああ、もしかしたら欣子内親王様のように恨み辛みの念を抱き、根之堅洲國にご自身でお越しになるかもしれませんね」


 そう言いながら描き上げた文様が、ぱちぱちと火を放つ。


「行けっ! 赫炎(かくえん)よ!!」


 淡路の文様で浮かんだ炎がひと纏まりになると、まるで意志を持つ火の龍のようにうねり、地の底から響く様な轟音と共に矢となり、昭仁へと向かう。


「―っくっ! 私の命は躑躅(つつじ)の為にある! ここで其方に渡す訳にはいかぬっ!!」


 轟音とともに迫りくる巨大な炎の矢に、昭仁は懐から出した合わせ鏡を向けた。


 バァンッ!!

 ドォン!!


 激しい音と衝撃に、昭仁の顔が苦痛に歪む。

 昭仁が懐に入れていたのは、月影の当主のみが受け継ぐ呪具の一つだった。

 通常の鏡と言えば銅鏡だが、この鏡は水鏡のように美しくものを映す。いつ頃から月影の家にある物なのかも分からない程、代々受け継がれているもので、術や魔を払う呪具の一つと言われている。

 真実を映す鏡として伝えられているが、今は実際に呪具として使われるというよりは、当主の証とした役割が大きい物だった。

 これを使えば攻撃を反射できるかもしれないと思い立ったのは、先程の事。

 昭仁自身も、この鏡が役に立つのかは賭けだった。

 そしてその賭けは昭仁へと軍配を上げる。


「なっ、うわあぁぁぁぁ!」


 炎の矢が爆音と衝撃と共に鏡によって跳ね返され、それは真っすぐと放った淡路へと向かった。

 予想もしなかった反撃に、淡路は防御する事も出来ず真正面から自分の放った攻撃を身に受け、絶叫をあげる。


 ―いまだっ! 残り一つ!


 好機とばかり、昭仁が弾かれるように床を蹴る。

 ザッ、という音と共に目的の場所にたどり着いた昭仁は、破邪の法で床に印をつけた。


雷霆(らいてい)の陣っ!! 雷鳴よっ!!」


 昭仁の声に床につけた印が反応し、陣が浮かぶ。

 そこから大きな雷鳴と共にいかずちが浮かび、三尺五寸(約1.1m )ほどの塊となり、それが一瞬で消えたかと思うと、轟音と共に雷が淡路目掛け落ちた。

 ドオーンという地の底から響く様な音と、振動が野宮を揺らし、その振動に昭仁が思わず膝をついた。


公卿(くぎょう)様っ!」


 今の爆音を聞いて、外にいた迅雷(じんらい)颯水(はやみ)が室内に飛び込み、昭仁を支える。


「公卿様!」

「淡路と内親王は?」


 迅雷に支えられた昭仁が大きく息を吸うと、二人の姿を探そうと身を起こし、パリッパリッという火花と共に、室の中に煙と燻る炎の中、二人がいた場所へ目を向ける。


「淡路? 承香殿の女御の侍女か?!」

「あれは根之堅洲國の者だ、った」


 昭仁の言葉に、二人が目を(みは)った後、室内を見回す。


「この煙じゃ、確認できない。それにすぐ火の手が回る」

「・・・雷霆の陣を使った。躑躅の呪詛は消えたはずだ」


 昭仁の言葉に迅雷が頷き、颯水が自分の白狐に藤原邸に先に戻るように指示を出す。


「公卿様の判断は正しい。姫さんの呪詛を解く事が出来たなら良しだ、とりあえずここを出るぞ」

「浮島様に使いを出しました。まずは姫様の元に戻りましょう」


 二人に促され、頷いた昭仁はそのまま意識を手放した。






 どろり。

 纏わりつく様な重い泥のような感触に顔を顰め、ゆっくりと身体を起こす。

 手をついた、と思ったが、そこに形がある訳ではない。正確に言えば、地面と思われる場所に腕と思われるものを延ばした途端、それがぼろぼろと崩れて行ったのだ。


「長きの眠りでしたね。欣子内親王様」


 半分以上形が無くなった顔をあげ、声の方へと向ける。


「ああ、あの雷霆の陣は不意打ちでしたね。おかげで私はあなたの魂を見失ってしまったのですよ。まさか、根之堅洲國であなたの破片を見つけるとは思いませんでしたよ。おまけにあの呪符迄も持っているとは、私はついている」


 声の主は予想外の者を見つけた喜びで、弾むような声で続けた。


「さあ、あなたを輪廻の輪に戻して差し上げましょう」







月影の家に伝わる鏡は、いわゆる現代のガラス鏡、一般的な鏡です。

このお話は「世界=神様たちの箱庭」という設定で、何回か文明が進んでまた最初からというのを繰り返しているので、遺物というかオーパーツのようにイメージしていただければと。

実際に日本にガラス鏡が入ってきたのは室町時代の後半、16世紀の中頃との事。

それまでは銅など金属製の鏡が主流でした。

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