7 つぼみ
――うれしや、うれし。
花がひらく。
公卿様の優艷の花。
鈴と和楽器の音がするなぁとぼんやりと思う。ふわりふわりとした、体中が綿毛に包まれているような心地よさに、戻りかけた意識が深く落ちていくよう。
耳に届く歌声は優しく、でもとても楽しそうだ。
ああ、気持ちいいな・・・。
「えり、そろそろ一の鳥居だよ」
肩をとんとん、と軽くたたかれ、私の意識は一気に浮上する。
「あれ、私寝てた?」
いつの間にウトウトしたんだろう、もしかしてがっつり寝てしまっていたのか・・・。少し焦って答える私に香澄ちゃんが笑う。
「大丈夫、時間にすると十五分ぐらいかな、そんなに寝てないよ」
「なんか、ごめんね・・・不覚・・・」
「朝一で運転だったから疲れちゃったんですよ、きっと。このままお宿まで寝て貰っても良いかなぁって三人で話してたんですけど、折角の一の鳥居だしみんなで見た方が思い出になるねって」
助手席の東子ちゃんが後ろを向いて教えてくれる。
そう、この先には宇迦橋にある大鳥居がある。昔来たとき、真っ白で大きくて圧倒された記憶がよみがえる。
「あ、鳥居の先が見えてきた!」
運転席の有華ちゃんが嬉しそうな声を上げ、その声に反応するように三人の視線がフロントガラスの向こうへと向く。
街路樹として植えられている松の枝の間から、白い鳥居が見え、車が進むのと比例して大きな鳥居が姿を現した。
「うっわー、おっきい!」
はじめて鳥居を見た三人が、ほぼ同時に同じ言葉を口にするので思わず笑ってしまった。
「凄いね、青空に白い鳥居が映える!」
そう言いながら東子ちゃんがスマホのカメラを構え、数枚写真を撮る。
「鳥居の写真、欲しい」
運転中の有華ちゃんは、写真が撮れなくて残念そうだ。
「あーー、後部座席からだと上手く撮れないや」
「あ、こんな感じで撮れましたよ。この写真でよかったら後で渡しますよ!」
くるりと身体を後部座席に向けて、撮ったばかりの画像を、東子ちゃんが香澄ちゃんと私に見せてくれた。
「あ、凄い! いい感じにとれてる」
はしゃいでいるうちに車は進み、神門通りに入る。
鳥居の前より道路わきに植えられた松の木の間隔が狭く、アスファルトの舗装が石畳へと変わった。
「あ、出雲そばのお店が並んでる」
「縁結びだって」
両脇に並ぶお店の様子や外に出されたのぼりをみて、ますます四人のテンションが上がった。
「まずは旅館まで行って、そこからお参りと散策をしよう。お昼は出雲そばね」
香澄ちゃんが取ってくれた旅館の敷地内に車を停めたあと、予定よりも少しだけ早く到着したおかげで、ゆっくりとチェックインの手続きが出来る。
とは言っても、予約者は香澄ちゃんなので、私たち三人はロビーの椅子に座って手続きを待った。
香澄ちゃんと旅行に出かける時は、大抵旅好きの香澄ちゃんが手配をしてくれるので、毎回私は希望を伝えるだけで済んでしまう。本当に感謝しきれない。
私たちは、さっき東子ちゃんが撮った写真を見せて貰いながら、この後の予定について相談する。
「お待たせ」
声を掛けられ顔をあげると、香澄ちゃんと和装のスタッフさんがいる。
「色浴衣選んだら、荷物と一緒に部屋に運んでくれるみたいだよ」
「いらっしゃいませ。どうぞ、色浴衣はこちらにありますから選んでください。お荷物お預かりしますので、持ち歩きに必要なものがあればゆっくりご準備ください」
チェックインしたらすぐに出かける予定だったので、必要なものはサブバッグにつめている。私だけでなく、三人ともそのつもりで既に準備万端だ。
「大丈夫です、荷物お願いできますか?」
私が答えると、近くに居た洋装のスタッフさんが荷物を預かってくれた。
私たちは荷物をお願いして、和装のスタッフさんの後をついて行くと、色浴衣の置いてあるスペースへと案内された。
「わぁ、可愛い」
一番に声を上げたのは、着物が好きな有華ちゃんだ。
色とりどりの浴衣と帯が並び目移りしそうだなぁと、そんな事を思いながら浴衣の棚を眺めていると、一枚の色浴衣に目が留まる。鮮やかなピンクだけど紫みの強い躑躅のような色地に、白うさぎと花模様が描かれている。
「あ、それ絶対えりさんに似合いますっ! その浴衣だったら帯は赤とか可愛いですよ」
既に選んだのか、クリーム色に落ち着いた赤の花の浴衣と、帯を手に持った有華ちゃんがおすすめしてくれる。
「え、ちょっと可愛らしすぎない?」
「そんな事ないですよ、折角だから可愛い浴衣着ましょうよ」
ちょっと怯んだ私に、有華ちゃんは「だったらこれは?」と次の帯を勧めてくる。有華ちゃんの中ではこの白うさぎを着る事が決定らしい。
勧めてきたのは、さっきの赤い帯より少し落ちついたバーガンディのような色。
「あ、良いんじゃない? 似合うよ」
香澄ちゃんと東子ちゃんは選び終えたのか、色浴衣と帯を手にしている。
東子ちゃんは白地に水色藤色藍色で花が描かれていて、香澄ちゃんは濃紺に白と白に少し碧が混ざった色で、大きくユリが描かれたもの。二人ともよく似合いそうだ。
「それじゃあ、このセットで」
有華ちゃんのおすすめのセットをスタッフさんに手渡すと、笑顔で「畏まりました」と四人の色浴衣と帯を受け取り、荷物を預かってくれたスタッフさんと並んでクロークへと向かうのを見送る。
「チェックインも済んだし、まずはお昼食べに行こうか」
チェックインの時に、フロントで貰ったという三つ折りのガイドブックをだし、香澄ちゃんが言う。
ガイドブックには出雲大社は勿論、周辺のおすすめスポットも書いてある。
時間はお昼になるにはまだ少し早い時間帯。早めにお店に入れば、ゆっくりおそばを堪能できそうだ。
「観光は勿論だけどやっぱり食は外せないよね!」と、四人で顔を見合わせてくすくすと笑う。
やっぱり割子蕎麦かなぁ、暖かいお蕎麦も捨てがたいよねと、四人で話しながらロビーを出発した。