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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
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65 天と地(4)

 帝の指示で左近衛陣座(さこんのじんのざ)に呼ばれた勅使達は、帝は欣子(よしこ)内親王が斎宮となる事を了承した旨を伝えられる。

 帝は、欣子が斎宮を了承した事を伝えるだけで一杯だったのか、押し黙ってしまう。

 その様子を見た東宮が、急ぎ陰陽寮にて内裏内の斎王専用の便所(びんしょ)を何処とするのか、ト定(ぼくじょう)で出すように伝え、欣子(よしこ)圭子(たまこ)承香殿(しょうきょうでん)に戻り、支度が整い次第、儀を行うようにと告げる。

 いやだいやだと幼子のように駄々をこね、その場に留まろうとする欣子内親王を蔵人たちが宥め、呆然としたままの圭子を、左近衛陣座に呼び出された淡路が支え、二人が退出したと同時に僉議(せんぎ)は終了となった。


「ト定は直ぐにでも出るから、明日には通達、明後日には便所(びんしょ)へ移る事になるだろうね」


 梨壺に戻った東宮は、源昭仁(みなもとのあきひと)と共に用意された麦湯を飲みながら、今後の事を伝える。


「直ぐにでも、という事は既に通達しておいたという事ですか」

「勿論。これ以上先延ばしは出来ない状態でもあったんだ。僉議の後、時間を置かず進められるようにと内々に伝えてある。明日の朝には勅使から通達となるだろうね」

「成程」

「今回初斎院(しょさいいん)から伊勢下向までは、帝の一番上の姉、私にとっては伯母の聿子いつこ様にお願いした。今の斎宮教育係であり、今は命婦(みょうぶ)女儒(じょじゅ)の教育を担ってるが、中々礼儀には厳しい方だよ。末姫の再教育には最良だと思ってね」


 現斎宮は、帝の下から二番目の妹姫だ。その時の教育係が、帝の母違いの姉の聿子内親王だった。

 元々早くに夫に先立たれ、それ以降は夫一筋を貫き、斎宮や斎宮に仕える命婦、女孺の教育係を担っており、かなり厳しい人物だと噂される。その分教育を受けたものは一流の所作を身に着ける事が出来ると評判だ。

 昭仁も実際は会った事はないが、祖父の倖仁の口から出てきた事は記憶をしている。


「末姫は禊の儀の後、内裏での初斎院が始まるから、外に出る事は出来なくなるだろう。本来であれば一年程の時間だが、末姫の場合は華やかな世界が傍にない方が良いだろうから、数か月で野宮(ののみや)に行く事になる思う」


 東宮の言葉に、昭仁が頷く。


「今回の野宮は、裁定の時点で嵯峨野の広沢池と桂川の間と出たのでね。急ぎ建てている所だよ。皐月の終り頃には完成するだろう」

「随分と急ごしらえとなりますね」

「此度は斎宮の選定も異例だ。普段であれば、何か斎宮自身に穢れを纏う出来事があるか、帝の退位がなければ退下とはならない。現在の斎宮には全く問題はないからね。ほんと異例だよ」


 そう言い終わると東宮は一口、麦湯を口にする。


「さて、月白殿。確認だけど、先ほどの僉議での『吉備に引き籠る』というのは、無くなったと思う事でよいかな?」

「存分に務めさせていただきます」


 にっこりと微笑む東宮に、昭仁は一つため息をつくと居住まいを改め、深く頭を下げた。




 翌日、東宮の言った通りに、承香殿へ勅使が訪れる。

 初斎院の場所が定まり、今回は北西の端、襲芳舎(しゅうほうしゃ)となった。


「嫌です、そんな内裏の端なんて!」


 勅使からの言葉に、欣子が抵抗の声をあげる。


「そうです、このまま承香殿で行っても良いではありませぬか」


 欣子の言葉に、圭子も続ける。


「なりません。これは古来より決められし事。斎王専用の忌み籠りをしなければなりません。明日にはお迎えに参ります故、ご用意を」

「嫌です、わたくしは斎宮などになりたくない!」


 淡々と続ける勅使に、なおも欣子が拒否の言葉を続ける。


「いい加減になさりませ!」


 幼子のように駄々を続ける欣子に、ぴしゃりと厳しい言葉が掛けられた。


「・・・これは、聿子様」


 室の入り口を向くと、帝の母違いの姉であり、斎宮教育の為内裏へと訪れた聿子が立っている。

 勅使が礼をとると、聿子は室へと入り、欣子と欣子に寄り添う圭子へと向かい、座る。


「わたくしは、此度の欣子内親王様の教育係となりました、聿子でございます。今後、内親王様が斎宮として伊勢へ入られるまで仕える事となります」


 そう言い、頭を下げる聿子に二人は圧倒され、押し黙る。


「全て此度の事は神の御心。欣子内親王様には、国家守護である伊勢神宮にて務めていただきます。その為の教育には時間がいくらあっても足りません。このような時間の無駄は許されません。早急にお支度を」


 すい、と聿子が目を細め、欣子の姿を見る。


「ああ、そのような華美に纏うものも必要ありません。何より修練の場でございますから」

「だって、これは全て父上様がっ!」


 淡々と話を進めていく聿子に欣子が抗議の声をあげる。


「父上、ではなく帝とお呼びなさい。話には聞いていましたが、帝が随分と甘やかしたようですね。あなたは斎宮として選ばれたのです。これに異議を唱える事も、決め事に反する事も出来ません」


 厳しい律子の言葉に、欣子は圭子に縋り泣きはじめる。

 それを気にする事もなく、聿子が淡々と勅使へと指示を出す。


「ここはわたくしが担いましょう。あなた方は明日の準備へと向かいなさい」


 聿子の言葉に、先程まで欣子たちに手を焼いていた勅使が深く頭を下げ、承香殿を後にした。

 翌日、欣子は納得しないまま、襲芳舎へ移る事になった。







 今まで甘やかされ、我儘三昧で過ごした欣子は、相変わらず襲芳舎でも承香殿と同じように過ごそうとし、その度、聿子に厳しく窘められる。


「もう! こんなもの食べられないわっ! わたくしは水菓子をたくさん用意してと言った筈よ!」


 昼食にと用意された膳を見て、欣子が年若い女儒に向かって声を張り上げる。


「申し訳ございません。欣子様の食事はこちらが決められております。今までの穢れを払う為の食事との事・・・」


 女儒が頭を下げつつ、欣子へと言う。


「お前ごときの身分の者が、わたくしに指図するのっ?! 侍女であればわたくしの言う通りのものを用意しなさいよ!」


 今朝も食事ではなく水菓子だけが食べたいと言い出したが、初斎院では身体の中の汚れを払うという食事のみが出される為、その指示は叶えられず前日と同じような食事の並びに、水菓子は一つだけだ。

 癇癪を起されても、女儒は気にする事もなく頭を下げ出ていく。


「なんなの! わたくしのいう事を聞かないなんて! あんな侍女ばかり! 毎日毎日勉強、あれをしろこれをしろって煩いのよ! わたくしは内親王なのよ!」


 欣子はそう言うと、手にした扇を床へと投げつける。

 派手な音がするが、(ひさし)に待機しているであろう侍女が、室に入って欣子の機嫌を取る事もない。

 今仕えている者たちは、斎宮と共に伊勢へ出向き仕える予定の者達だ。

 聿子から教育を受けている為か、欣子の感情に振り回される事もなく、淡々と日々の業務を(こな)しているように見え、それが欣子の神経を逆なでする。


「わたくしの為に仕えるなら、わたくしの為に動く者が傍にいるべきでしょう?!」


 欣子は、怒りのままに投げつけた、床に転がっている扇に視線を向ける。


 ―こんな時、淡路だったら・・・。ああ、そうだわ。父上にお願いすればいいんだわ


 欣子は思い付いた考えに、一人微笑む。


「こんな目にわたくしがあっていると知ったら、父上様はきっと動いて下さるわ」


 目を細め、自分が過ごす室を見回す。


 ―こんな質素で地味な室に押しこめられているのを、父上様は知らないのかもしれない。自由がない事も、好きなように出来ない事も!


 膳へと視線をちらりと向けた後、欣子はそのまま廂へと向かう。


「内親王様、いかがなされましたか?」


 入口に控えていた女儒が、姿を現した欣子を見て驚きの声をあげる。


「下がっていなさい」


 女儒を見下ろすようにそれだけを言うと、欣子は廂へと一歩踏み出す。


「なりません、内親王様! 今は穢れを払う忌み籠りです! 室を出る事はなりません!」

「煩い! 父上様に会いに行くのよ! 邪魔をしないで!」


 引き留める女儒を振り切り、欣子は渡殿を進んでいく。


「大変でございます、内親王様が!」


 振り払われた女儒が廊下へと倒れ、慌てて声をあげた。

 欣子はその声に振り向く事もせず、帝がいる清涼殿へと足を進める。

 藤壺を過ぎたところで、内裏の侍女達の華やいだ声が欣子の耳に入った。


「今日は久方ぶりに目付の姫様が来られるんですってね」

「そう、なんでも大臣様方が、月影の当主の奥方様にご挨拶したいと」

「まだ奥方ではないからと、姫様は恐縮されて。それではと常寧殿の方様が内裏での面会をとお話されたようよ」

「まぁ! わたくしたちも暫くお目にかかっていなかったから、お顔が見れるなんて嬉しいわ」


 まるで、どこかの高貴な姫に会えるような、喜びを含んだ声で話す女儒達の様子に、足を止めた欣子の顔に怒りが浮かぶ。


「先ほど、到着の知らせが常寧殿に届いたようだから、そろそろお見えになるんじゃないかしら?」

「ちょっとぐらい、廊下の隅からお顔を拝見できると良いですわね」


 ―なぜ、わたくしではなく、あの女子が皆に傅かれているのっ!


 欣子は衝動的に足を清涼殿の方角から、常寧殿へと続く渡殿へと向ける。


「欣子内親王様! なぜこちらに!」

「いけません、内親王様!」


 欣子の姿を見た女儒達が驚いた声をあげるが、欣子は構わず進む。

 承香殿の前を半分過ぎたところで、供を連れ常寧殿へと向かう藤原咲子(ふじわらえみこ)の姿が欣子の視界に入る。


「欣子内親王様!」


 騒ぎに承香殿から出てきた淡路が、驚きの声をあげた。


「お前さえ、お前さえいなければ!」


 憤怒の表情で勢いよくこちらに向かう欣子を見て、咲子が驚き歩みが止まった。


「姫様!」

「あっ!」

「きゃあ!!」


 欣子の手が咲子に延ばされ、咲子と周りの悲鳴が内裏に響いた。










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