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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
62/235

62 天と地(1)

 夕暮れの日に照らされた迅雷(じんらい)の表情は見えないが、何か大事な事を伝えに来た、そんな雰囲気が伝わる。


「人払いを」


 一言だが抑揚のない声に、先の従者がそっと源昭仁(みなもとのあきひと)の顔を見る。


「暫く二人だけに」


 そう言うと、牛車を囲んでいた昭仁の供の者たちはさっと気配を消す。


「・・・さすが月影の家の者ですね」

「して、何用だ? 姫に関わる事か?」


 感心したように迅雷が呟くと、昭仁が問いかける。

 藤原咲子(ふじわらえみこ)との婚姻を進めてひと月弱。藤原邸に仕える者たちは、皆姫を慕っている事が伝わるには十分な時間だった。

 その中でも近衛として傍に仕える五人は、貴族たちから「藤原邸の(つるぎ)」と呼ばれ「御劔衆(みつるぎしゅう)」と名付けられる程に、剣を含めた武術に長け、頭も良い。その上自分たちの主である咲子を大切に愛しんでいる。

 血の繋がりなどない筈なのに、まるで兄妹のような睦まじさだ。


「流石に勘が良いですね」


 不敵な笑みを浮かべた迅雷の視線は鋭いものだ。


「畏まった喋りはしなくていい」

「では、お言葉に甘えて」


 昭仁が視線を受け止め答えると、迅雷は一つ溜息をつく。

 それは自分の中の怒りを吐き出すようにも見えた。


「単刀直入に聞く。姫さんが側室になるって話は本当か?」

「・・・はっ?」


 迅雷の低く怒気を含んだ言葉に、思わず昭仁が目を見開く。


「話によっては、姫さんが泣く事になるならあんたを許さないし、御劔衆(俺たち)が姫さんを貰う」

「どう言う意味だ?」


 続ける迅雷の言葉に、昭仁の纏う空気が一変する。

 その様子に怯む事もなく、迅雷が言葉を続ける。


「まんまの意味だ。あんたが姫さんを蔑ろにするつもりなら、御劔衆(俺たち)にも考えがあるって事だ」


 怒気を含みながらも淡々と続く言葉に、今度は昭仁が怒りを吐き出すように息をつく。


「なぜ、いきなりそうなるんだ。大体、私には姫だけだ。姫だけを望み、全てを捧げる。なのになぜ姫を側室にしなくてはならないのか?」

「・・・今日、姫さんが面と向かって言われたんだよ」

「誰がそのような戯言を」

欣子(よしこ)内親王だ」


 迅雷の話によれば、今日常寧殿(じょうねいでん)へ出向いた帰りの渡殿で、いきなり欣子にそう言われたと言う。


「小声で、周りに聞こえないようにはしていたが、傍にいた俺は勿論、常寧殿の方様の侍女には聞こえただろう。はっきりと言ったぜ。『自分が嫁いだら正妻ではなく側室の身だ』ってな」

「・・・戯言を」

「ああ、あと、姫さんに自分の香を渡した。いずれにせよ側室だから、あんたが渡った時はこれを焚けってな。それが側室となる者の務めだ、とも言いやがったぜ」


 呆れたように言う迅雷の言葉を聞きながら、昭仁の瞳がすっと細められる。


「まあ、この話を聞いて、あんたが今猛烈に頭にきてるのは分かった。姫さんに対する気持ちもな。・・・香はこっちが処分しても良かったんだが、あんたが姫さんを大事に思ってんならそっちで処分しろ」

「言われなくても」

「・・・言いたくないが、随分と姫さんは落ち込んでる」


 剣呑とした昭仁を見ながら迅雷が言うと、驚いたように昭仁が顔を向ける。


「・・・なんだ、嬉しそうだな」


 昭仁の表情を見た迅雷が眉をしかめた。


「・・・いや、」


 そう呟くと、昭仁の口元が弧を描く。

 それを見た迅雷が嫌そうな表情を浮かべ、昭仁が口を開きかけたのを、呆れたような声でひらひらと手を振って拒否をする。


「・・・言わなくていい、聞きたくねぇな。ちゃんと姫さんと話して、安心させてやれ」

「・・・なぜそこまでする? 例えるなら、私はお前たちの恋敵みたいなものではないか?」

「恋敵? それはちょっと違うな・・・」


 昭仁の問いに、迅雷が宙を見つめる。


御劔衆(俺たち)は姫さんを守ることが務めだが、姫さんはその垣根を越えて家族として御劔衆(俺たち)に接してくれる。あんたは知らないだろうが、姫さんの所に身を寄せてすぐの頃、御劔衆(俺ら)を野犬から守ろうとしてくれたんだぜ、あのちっこい身体で」


 そう言う迅雷の瞳は懐かしさを含んだものとなるが、その言葉を聞いた昭仁の顔色が変わる。


「ああ、心配するな。()()()()傷一つつけてねぇよ。そうだな、姫さんが笑えば、御劔衆(俺たち)も嬉しくなる。姫さんが悲しめばそれを取り除きたいと思う。・・・そして、姫さんを傷つけるものは排除する」


 そう言い終わると、迅雷は好戦的な視線を昭仁へと向ける。


「姫さんは御劔衆(俺たち)に色んな感情を与えてくれた。だから、御劔衆(俺たち)は務めではなく姫さんを守りたいと思ってる。あんたが姫さんを傷つけるなら、容赦はしない」

「それは私とて同じだ。姫を傷つけるものがあれば許す事はない。初めて心から手に入れたいと思った人だ。だからこそ、ゆっくりと大切にとしてきたのに、こんな形で横やりが入るとはな」

「精々励め。・・・さて。俺は屋敷に戻るが、あんたはどうする?」

「もちろん、姫に会いに戻るに決まっている」





 藤原邸では、昭仁を見送った咲子が釣殿でぼんやりと月を眺めている。


「姫様、いかがされましたか?」


 声を掛けてきたのは浮島だ。

 少し一人になりたとい傍仕えを母屋に帰した為、心配して浮島に咲子の様子を伝えたらしい。

 月を見上げていた咲子の視線が、池に映る月へと動く。


「浮島、月白(げっぱく)様の隣にわたくしは居ても良いのでしょうか?」

「何を仰います。あんなにも月白の君のお心は姫様だけに向いておりますのに」

「・・・そうでしょうか・・・?」


 そう言うとそっと、咲子は右手を自分の胸元に添える。


「わたくしは月白様との身分が随分と違います。もし、月白様に他にお好きな方が出来たら? そう考えると、何故だか気持ちが沈んでしまうのです」


 上り始めた月の淡い光が、咲子の伏せた瞳に長いまつ毛の影を作る。


「私はいつからこんなに欲張りになってしまったのでしょうか。父上様も浮島も、御劔(みつるぎ)の皆も、屋敷の者たちも居て。でも月白様のあのお優しく微笑まれるお顔が、別の方に向くのは寂しいと思ってしまったのです」


 小さくため息をつく咲子を見て、浮島が柔らかく微笑む。


「それはいつの間にか、姫様のお心の中で月白の君が特別な存在になったからでしょう」

「特別・・・?」

「姫様には初めての感情で戸惑ってしまっているのですね」


 そう言いながら、浮島がそっと咲子の手を取る。


「人はそれを『恋』と呼びます。姫様は月白の君に恋をされたのですね」


 俯いていた咲子の顔がゆっくりと浮島を見る。その瞳は零れ落ちそうな程、驚きが浮かんでいた。


「その姫様のお心を、月白の君にお伝えなさいませ」

「そ、そんな、このような我儘、・・・呆れられてしまいます」


 優しく微笑みながら言う、浮島の言葉に咲子が小さく首を振る。


「何を仰います。姫様のお心を知れば、呆れるどころか月白の君はお喜びになりますよ、ええ」


 優しく浮島は微笑むが、咲子は不安げなままだ。すると、浮島が何かに気がついたように、咲子の肩越しの向こう側へと視線を向けた。


「さあ、姫様」


 咲子が不思議そうな表情を浮かべ、浮島が促す方へと振り返ると、二人の人影が池の中島を抜け、ゆっくりとこちらに向かって来るのが見える。


「迅雷と、月白様?・・・どうして?」


 思わず咲子は呟くと、浮島と話していた内容を思い出し、恥ずかしさで慌てて俯いてしまう。


「姫、夜分に申し訳ありません。どうしても姫に伝えたい事が有り迅雷殿にお願いしました。そちらに行っても宜しいですか?」


 釣殿の傍まできた昭仁の声は穏やかだ。咲子がゆっくりと顔をあげると、浮島が励ますように取っていた手を優しくさする。


「・・・はい」

「大事なお話がある様ですね。では、わたくしと迅雷は少し離れておりましょう」


 咲子の了承の言葉を聞いた浮島は、すっと立ち上がり母屋の方へと歩き出す。

 浮島がいなくなった事で、咲子の表情が不安げなものへと変わる。


「姫? 傍に行って、お顔を見せていただいても?」


 昭仁の声は、変わらず優しい。咲子は俯いたままこくんと頷いて見せる。

 衣擦れの音がして、ふわりといつもの昭仁の香りが咲子の鼻をくすぐり、先程まで静かだった咲子の心臓の音が大きく鳴るのを感じ、思わずぎゅっと目を閉じてしまう。


「姫?」


 もう一度呼ばれ、咲子はそっと目を開き少しだけ俯いた顔をあげると、左頬に温かいものが触れた。それが昭仁の右手だと気がつき、驚いて思わず顔をあげてしまう。


「ああ、やっと顔が見えました」


 間近に昭仁の顔があり、その表情はいつものように甘さを含んだもので、咲子は思わず涙を浮かべる。


「月白様・・・」

「どうしましたか?」

「もし、もしも・・・他にお好きな方が出来たらわたくしにお話し下さいますか?」


 咲子の言葉に、昭仁が驚いた顔をする。


「なぜ、あなたはそんな酷い事を私に言うのですか?」


 零れ落ちそうな咲子の涙を、その長い指で拭いながら、昭仁が続ける。


「言った筈です。私はあなたに恋をしたと。生涯を共にしたいと。あなたを手に入れる為なら、私はどんな事もできるでしょう」

「わたくしは・・・。月白様のお心が別の方に向くのは寂しいと思ってしまいました・・・」


 咲子の言葉に昭仁が一瞬驚いたような表情の後、甘く解ける。


「嬉しい言葉です。私だけが恋い慕っていると思っていましたから」


 ゆっくりと昭仁の腕が咲子を抱き寄せ、壊れ物を扱うように優しく抱きしめる。


「このような気持ちは、我儘ではありませんか?」

「我儘なんてとんでもない。幾らでも」


 昭仁の言葉に咲子がぽろぽろと涙を零す。


「・・・わたくしも、月白様に恋をしています」


 その言葉を聞いた昭仁が幸せそうに微笑む。


「姫の事を『躑躅(つつじ)』と呼んでも良いですか? 聞けば常寧殿の皆や東宮様は『躑躅の姫』と呼んでいると。私だけの呼び名を許して下さい」


 甘く蕩ける様な声でそう言われ、咲子は腕の中で幸せそうに頷いた。







やっと「躑躅つつじ」と呼ぶ事が出来ました。

咲子ちゃんが恋心を自覚したので、これから昭仁さんは遠慮なくぐいぐい行くかと。

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