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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
54/235

54 墨滴

 真っ白で美しい絹の上に、一滴の墨が落ちてじわじわと広がっていく。

 ポトリ、ポトリと落ちていく毎に、白い部分が黒く染まる。

 じわじわと侵食していくようにな様子を、ただじっと見つめる。

 ああ、あの『花』はどのように染まるのか・・・。






 コンコン。


 立花が吉野由加里(よしのゆかり)の部屋のドアをノックする。


 コンコン。


 返事がない為、もう一度繰り返す。


「由加里さん、入りますよ」


 ドアノブのハンドルに手を掛けると、鍵はかかっておらず、すんなりと扉が開いた。

 ゆっくりと扉が開くと、吉野の室内はカーテンはすべて閉じられ、昼間だというのに真っ暗に近い様子だった。


「由加里さん?」


 室内に入った立花が、吉野の名を呼びながら暗い室内を見回し、目を凝らす。

 暗闇の中にいれば、少しずつ目が慣れてくる。

 ゆっくりと部屋を見回すと、部屋の一角にある姿見の前に吉野が座り込んでいるのに気がつく。

 吉野は鏡に額を寄せ、何か話しているが、何を言っているのかまでは聞こえない。

 立花は表情を変えず、その様子を見ながら静かに扉を後ろ手に閉めた。

 じっと吉野の様子を見つめていると、吉野の手に小さな紙片があるのが見えた。

 それを目にした立花の口の両端があがり、暗闇の中一歩踏み出す。


「・・・ああ、戻ってきたの?」


 床には絨毯が敷かれていて、足音はしない筈なのに立花の気配が分かったのか、室内を進む立花へと声を掛ける。


「・・・こんな暗い中で、何をなさっているんですか?」

「そんなに暗いかしら? ()()()()がいた場所はもっと暗く、澱んだ場所だったわ。・・・ここは快適ね」


 鏡越しに映る吉野の顔が、淡々と言葉を紡ぐ。

 しっかりとその言葉が立花の耳にも届いていたが、聞こえないふりをして吉野へと手を差し出す。


「お待たせいたしました。ご所望の『花』が、ご用意出来ましたよ」


 立花の言葉に、吉野の形の良い唇が弧を描き、立花の手を取りゆっくりと立ち上がる。


「今はどこに?」

「地下に」


 その言葉と共に吉野の手を取った立花は、空いている右手を鏡へと翳す。

 さっきまで暗い吉野の部屋を映していた鏡が、灯を最小限にまでに落としたワインセラーを映し出した。


「ふふっ」


 欲しかったものが手に入った子供のように、吉野が声を出して笑いながら見つめる先には、ぐったりとした様子で、ソファーの背もたれに体を預けている榴ヶ崎(つつじがさき)えりの姿があった。

 正常な思考であれば、姿見にワインセラーが映るなどありえない事だが、吉野の中では立花がえりを連れてきたというという事実しか、意識が向いていないようだ。


「ああ、楽しみ」


 えりの姿を目にした吉野が、うっとりと呟いた。






 カツンという音と共に、硬質な床にえりの履いていたパンプスが落とされる。

 だらりと投げ出されたようになっている手足に、白く抜けるような肌は、まるで人形のように見えるが、呼吸によって微かに動く胸元で生きている人間だとわかる。


「ふうん、残念。傷一つないじゃない」


 冷めた目で、えりの様子を見る吉野が言う。


「私には加虐趣味はないもので」


 くすりと立花が笑うと、吉野はつまらなさそうに目を閉じたえりの顎を持ち上げる。


「・・・立花、あなたはだあれ?」


 そう言うと、吉野はえりの顔から手を離すと、上目遣いに立花を見上げる。


()()()()に縁のある者かしら・・・? それとも、月影の家に恨みでもある者かしら?」

「さあ? 何の事でしょうか? 言ったでしょう、あなたの(こころ)が欲しいだけだと」


 一瞬、吉野の声に別の女の声が被るのを聞いて、立花の口もとが笑みの形を作る。


「まあ、いいわ。私は目的を果たすだけ。ねぇ、この女を目覚めさせて」






 M.C.Co.LtdのCOO室のドアを開け、入ってきたのは遠野瑞季(とおのみずき)だ。


「申し訳ないんですが、今取り込んでいまして」

「業務の事なら、後にして貰えると助かる」


 遠野の姿を見て、久我一綺(くがいつき)宗方俊哉(むなかたとしや)が時間が惜しいとばかりに冷たく答える。


「榴ヶ崎さんが攫われたのではないですか?」


 二人の態度に顔色を変える事もなく、淡々とした声で遠野に告げられ、二人の顔に警戒心が浮かぶ。


「なんで、は、野暮やな」


 一瞬の間の後、久我がため息と共に遠野に答えた。


「遠野の言うように、姫はんが会社から消えた。本来ならあり得へん事や」

「つい先ほど、公卿(くぎょう)様から指示があり、動いている所です」


 隠しても無駄と判断した二人は、必要最低限の情報を遠野へと告げる。


「・・・では、こちらからも」


 一刻も早く、えりの行方を掴みたい。その為であればどんな些細な情報でも欲しい。

 そう考えた二人は、事務的に言葉を告げる遠野へ、先を促すように頷く。


欣子(よしこ)内親王(ないしんのう)と、吉野由加里の同化が始まったようです」

「ちょいまて! 欣子内親王(あれ)の魂は、あの時に公卿はんが砕いたはずや!」


 遠野の言葉に、宗方、久我の表情が驚いたものに変わり、我に返った久我が声を荒げた。


「そうです! あの時にほぼ、欣子内親王(かのじょ)は形すら無くなった筈です。今世の『吉野由加里』はバグのようなものと、そちら側での判断で・・・!」

「はい、その為の『注視判断』でした」


 淡々と答える遠野を、呆然とした表情で二人が見つめる。


「今の欣子内親王の魂は寄せ集め、全てが揃っていない()()ぎの状態です。あの時、公卿様が殆ど消滅させて、蘇るほどの欠片は残っておりませんでしたから」


 遠野の言葉は、実際あの現場にいた久我や宗方も鮮明に覚えている出来事だ。

 かつて月白(げっぱく)の君と呼ばれた月森拓(つきもりたく)が、ただ唯一愛しんだ妻を排除する為、闇に属する「そのものとも無しともがら」と内親王が契約をし呪いを発動させ、その身を月白の君によって滅ぼされた出来事。

 その現場にいた御劔衆(みつるぎしゅう)の五人は、再生できない程に消滅していく欣子内親王の姿を目撃している。


「誰かが『吉野由加里』の中にある、欣子内親王の魂を目覚めさせた可能性はあります。ただし、そのような高等な術は、我らでもできません。でも・・・」

「あいつらなら、出来る可能性があるって事やな」

「『そのものとも無しともがら』ですか・・・」

「はい。それともう一人」


 久我と宗方の呟きに、遠野が付け加える。


天之御中主(あめのみなかぬしの)(かみ)様もです」


 遠野の告げた言葉に、二人の喉が鳴った。






 その頃、司波(しば)桐生(きりゅう)は、珍しく勤務中の自分たちの前に現れた白狐に怪訝な顔をする。

 打ち合わせをしている一室の出入り口に控え、ソワソワと落ち着きがない白狐の様子に、司波が内ポケットに入っていたスマートフォンを取り出す。

 こういった場面では電源を落としている為、電話が鳴る事はあり得ない。


「すみません、会社から至急の連絡の様です」


 ちらりと電源の入っていないスマートフォンへと視線を落とすと、司波が苦笑いを浮かべ、先方へと頭を下げる。


「どうぞ、電話に出られてください」


 快く答えてくれた相手にお礼を言い、司波が席を立つ。


「桐生、すぐ戻る」


 こくりと頷き、先方への商談を引き継いだ桐生が話し始めるのを横目に司波はドアへと進み、控えていた白狐と共にドアの外へと出る。


「なんだ、宗方の使役じゃねぇか。何かあったのか?」


 白狐が、誰の使役かすぐわかった司波が、要件を訪ねる。


『ひめさま、いなくなった。たいへん、たいへん!』

『どこにもいないの、みんなさがしてるの!』


 幼い子供のような言葉で白狐達が司波の周りを飛び跳ね、伝えるのを聞きながら、司波がスマートフォンの電源を入れる。

 ずらりと並ぶ宗方や久我からの着信履歴を目にし、そのまま一番最後にある宗方の番号をタップすると一コールもせず宗方が出た。


「どういう事だ?」


 司波の声が低く響く。


『社内で姫様の気配がなくなりました。公卿様の印も同じです。久我と僕の使役を動員してますが、足取りがつかめません』


 宗方の言葉に、司波が舌打ちをする。


『それと、今、遠野女史から今回の事に関連があると思われる報告がありました』

「・・・手短に言え」


 宗方から伝えられる内容に、司波の表情に怒りが浮かんでくる。


「わかった、殆ど商談は終わってる、上手く切り上げてこれから動く。旦那と成瀬(なるせ)が戻ったら迎えに行け。こっちも何か掴んだら連絡する」


 時間が惜しいとばかりに電話の向こうに伝えると、司波は通話を終える。

 怒りを吐き出すように大きく息をつくと、心配そうに見上げる白狐を見下ろし、安心させるように白狐達を撫でてやる。


「心配しなくていい、ちゃんと姫さん見つけてくる。ご苦労さん、宗方のところに戻れ」


 そう言うと、司波は商談をしていた個室へと足早に戻った。









天之御中主神あめのみなかぬしのかみ

「創造」そのもの、宇宙の中心に存在する根源の神

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