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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
53/235

53 暗雲

 深く沈んだ意識が、ゆらゆらと浮上していく。

 その中で感じたのは、まず体が動かない事。

 重い何かが巻き付いているような不思議な感覚で、動かそうとするのも億劫に感じる。

 瞼も重く開ける事が出来ないのに、意識だけがゆっくりと浮上する感覚。


 ―そういえば、私何やってたっけ・・・?


 自分がついさっきまでやっていた事を思い出そう、そう思った時に、瞼のすぐ近くに人の居る気配を感じる。


「ああ、もう目が覚めたんだ。さすが『鍵』だな。でももう少し、眠って貰えると助かるかな」


 誰かがそんな事を言いながら、私の目元に手をかざす。

 見えている訳ではないから、多分、だ。

 その手のようなものの気配を感じた途端、私の意識は再び深く落ちて行った。



 M.C.Co.Ltdの資料室のある廊下で、榴ヶ崎(つつじがさき)えりは先程声を掛けてきた男に抱きかかえられ、そのまま目的だった資料室へと運ばれる。

 資料室の隣には、資料を管理する担当者の控室がある。

 大きなガラス窓とカウンターがあり、外部から資料室に人が入ると一目でわかる作りだ。

 男はえりを抱えたままガラス窓を軽く叩くと、中から壮年の男性が見こちらに向かってきた。


「こんにちは」

「おや、榴ヶ崎さん。今日はどうしたんだい?」


 壮年の男性は、男がえりを抱えて立っているのが見えていないのか、男に向かってえりの名前を呼ぶ。


「先日資料をお借りした際に、七階の資料が混ざってしまったらしくて」

「え、戻ってきた時に確認したんだけど。僕も見落としたかな。一緒に探すかい?」

「大丈夫です。手が必要だったら声を掛けますね」


 男の口から出る声は、えりの声だ。

 そう答えると、壮年の男性は男に向かい笑顔を向けると元の席へと戻って行く。

 その姿を見送ると、男は資料室入口のカードロックにえりの社員証をかざした。






 月森拓(つきもり)成瀬忍(なるせしのぶ)は、前日に東京での仕事を終え、東京駅より乗り込んだ新幹線のグリーン車の中にいた。

 金曜日の午前中。二人の居る車両には人も疎らだ。

 乗り込んで暫くすると拓が仮眠を取り始めた横で、成瀬はテーブルの上にノートパソコンを開き、昨日までの仕事の内容をまとめ始める。

 仮眠をとっている拓の前のテーブルには、紙袋が一つ置かれている。

 東京駅にある、女性に人気の洋菓子店のものだ。

 成瀬はパソコンの画面をを見つつ、視界の端に映る袋へとちらりと視線を向けた。

 視界に入る紙袋を見て思い出すのは、つい二時間前の拓の様子だ。

 事前に調べたと思われる菓子店をまわり、あれこれと悩んだ末に選んだ物の一つだ。

 拓の頭の中には、ただ一人の笑顔しかなかったのだろう。

 巡る菓子店の店員達に、男女問わず熱い視線を送られていたのも意に介さず、機嫌よくあれこれ選ぶ姿は成瀬から見ても微笑ましかった。

 かつて自分が守っていたものを、今の主である拓があの時の気持ちのまま変わらず心を寄せ、大事にしようとする姿に、自然と笑みが浮かぶ。

 普段はポーカーフェイスで、表情の動かない成瀬を見ている者達からすれば、それは驚くほど柔らかな表情だった。


 ―さて、これを公卿(くぎょう)様はどうやって姫様に渡すんでしょうね。


 その先の流れを思い、成瀬の口元が弧を描く。

 千年前にも、彼は愛らしい姫様を自分の手中に収めようと手を尽くしていた。その様子を思い出し、成瀬は口の端を微かに上げる。

 自分達が、愛すべき小さな姫様の傍仕えだった頃。颯水と呼ばれていた時代。

 とても遠く、でもつい最近の事のように鮮明に思い出せる記憶だ。


「成瀬」


 仮眠をしていた拓が目をあけ、隣の成瀬を呼ぶ。

 成瀬がパソコンに向いていた視線を拓へと向けた。


「気配が消えた」


 聞く人には冷静に聞こえる声だが、成瀬にはどこか焦りを含んだ声。

 拓からの言葉に成瀬が答えようと口を開きかけた時、成瀬のスーツの内ポケットに入っていたスマートフォンが震えた。

 取り出した成瀬が画面を見ると、そこには宗方哉也(むなかたとしや)の名前が映る。


「宗方からですね、出てきます」


 画面を確認した宗方が、電話に出るために席を立つ。

 比較的デッキ近くの席を確保していた為、電話を使える場所までは数歩の距離だったが、席を立つと同時に着信画面をスライドして、成瀬は電話に出る。

 周りに配慮を怠らない成瀬にしては、急いた行動だった。


「何があったんですか?」


 相手を確認する事もなく、成瀬が電話の向こうに問いかける。


『姫様の気配が社内から消えました』

「なっ!」


 電話の向こうの宗方が、焦ったような声色で言う予想外の言葉に、成瀬が言葉にならない声を出す。

 M.C.Co.Ltdの敷地内には、えりを守る為に界を張っている。会社内で彼女に何かあればその術が働き、異変に気付く事が出来る。

 また、出雲でえりが手にした銀細工のバレッタには、拓の付与した印があり、彼女に何かあれば拓自身が知る事が出来るようになっているものだ。


「社内から消えたとは?」

『姫様の気配が突然、無くなりました。今、久我(くが)さんが司波(しば)さん達に連絡を取っています』

「今日の姫様の様子は・・・」

『十四時過ぎまでは社内にいましたが、少し前に資料室に行くと言って。先ほど姫様の気配が社内から完全に消え、行くと言っていた資料室と旧書庫にも姿がありません』


 宗方の言葉に、成瀬が思案する。


「成瀬、そのまま二人には躑躅(つつじ)を探すように。今日、司波達は外だな。連絡が取れ次第会社に戻る様伝えろ」


 いつの間にか成瀬の背後にいた拓からの指示が入る。慌てて振り返った成瀬は頷き、その内容を宗方へと告げる。


『わかりました。今、白狐達にも姫様の気配を追わせています。何かわかり次第すぐ連絡を入れます』

「こちらが動けるようになるのは、予定通り十五時過ぎですから、それまでお願いします」


 言い終わると同時に成瀬が通話を終了し、拓へと顔を向ける。


「姫様が社内より消えたそうです。公卿様の方は?」

「ぷつりと躑躅の気配が途切れた。何者かが躑躅に接触したんだろう」

「しかし、社内には界が結ばれている為、容易には・・・」

「だが、実際気配が消えた」

「印の方は?」

「同じだ、社内から消えた様に途切れた」


 そう告げる拓の表情は落ち着いたものに見えるが、瞳に怒りを湛えている。


「どちらにしても俺達はこの状況では動けない。あちらにいる久我達に任すしかない」


 本来であれば、真っ先に駆け付けたいだろう拓の言葉に、成瀬が大きく息を吸い込み、吐き出した。


「・・・申し訳ありません。取り乱しました」


 成瀬の言葉に、拓が口の端をあげる。


「我が腕の中から攫われたのであれば、無傷で取り戻すまで」

「ええ」


 拓の低く冷たい声音に、成瀬が目を伏せた。








 その頃、久我は自分の使役である白狐達を使って、社中のえりの気配を辿っているが、一向にえりの痕跡を辿れず、普段の涼しい表情に焦りの色が見える。


「だめだ、どこにもおらへん!」

「何度か連絡したけど、司波さん達には繋がらない。お前たち、急ぎ姫様がいなくなった事を迅雷(司波)不知火(桐生)に伝えて」


 宗方は成瀬との電話を終え、久我と交代して司波たちの電話を鳴らすが、コール音の後には無情な留守番電話に切り替わる。

 普段人として生活をしている為、白狐達を伝達に使う事は極力避けているが、今は緊急事態だ。

 お互いの連絡手段として使わない白狐が現れたとなれば、彼らも急を要すると瞬時に理解できるだろう。そう思い、宗方は自分の使役である白狐を放つ。


 千年前のあの日。

 目の前で大事に守り、幸せを見守り続ける大切な存在を、突然奪われたあの時の恐怖心が、久我と宗方を襲う。

 大切に守ってきた心優しい、小さな姫。

 自分の運命を知らず、ただ幸せに過ごせる事だけを願って守り続けた。

 彼女を守り、心から愛し求め、共に過ごしたいという思いだけで、人としての転生を放棄した、かつての源昭仁である月森拓と共にある事を、御劔衆と呼ばれた仙孤も選択し、その為に長い時間を過ごしてきた。


「落ち着け、冷静になるんや・・・」


 久我が自分に言い聞かせるように呟く。


「そうですね、もしかしたら見落としがあるかもしれません」


 久我の言葉に、宗方も大きく息を吸う。


「もう一時、白狐を使って社内を辿ります」

「こっちは姫はんの今日の行動を確認するわ」


 二人で今後の行動に確認をしている所で、COO室のドアが鳴る。

 えりの気配が消え、それを捜索するにあたって、フロア内に気取られぬように術を施していた為、外部から接触は出来ないようになっていた筈だった。

 ドアの音に二人が反応すると、扉を開けたのは遠野(とおの)だった。


「お時間、お取りします。至急お二人の耳に入れたい事が有ります」


 遠野の言葉に、二人の視線が鋭くなった。








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