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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
51/235

51 沈華

 画面に表示されたのは、雑誌版に載るであろう月森拓(つきもりたく)榴ヶ崎(つつじがさき)えりのモノクロの写真二枚だった。

 拓の顔はしっかりと写っているが、えりの顔は拓と向かい合っている為、後ろ姿のみだ。

 一枚は、拓がえりの頬に手を添えているもの。

 もう一枚は、拓がえりの耳元に顔を寄せているもの。


「なんなの、これ・・・」


 噂を作ろうと父親がカメラマンに依頼をし、吉野と拓が一緒にいる場面を何度か撮って貰い、色んな出版社に持ち込んだが、一度も公に掲載される事はなかった。

 持ち込んだ時の反応は良かったと、どのカメラマンも報告があるのに、実際は掲載される事はなく後日言い訳のような説明を貰う。


「誰が、こんなもの」


 吉野がスマートフォンを見つめ呟く。

 自分が望み、願う事はただ一つを除いては全て手にする事が出来たのに、なぜこうも月森拓に関する事だけ上手くいかないのか。


『だから、言ったであろう』


 頭の中であの声が響く。


『あの女が邪魔をする。わたくしとあの方の幸せを妬み、わたくしへの嫉妬の念があの方との未来を・・・。そしてそれは今世でも・・・。』

 ―あの方、そう。月森拓との未来をあの女が邪魔をする。


『邪魔なあの女が居らねば、あの方は本当に価値ある者が誰なのかわかるはず』

 ―そう、あんな取り柄のない女では得るものなんて何もない。でもどうやって排除する・・・?


『ここへ連れてくれば良い。閉じ込め、あの女に恐怖を与えればよい』

 ―恐怖?


『あれを使えば、あの女の魂を縛り、苦しめる事が出来る。あの方にも、あの女に仕える者達も手出しは出来ぬ』

 ―そう、あれを使えばいい。そうすれば未来永劫、私のものとなる。






 吉野はゆっくりと階段を降り、家政婦がお茶を用意しているだろうリビングへと向かう。


「由加里お嬢様、大丈夫ですか? お湯が沸いておりますのですぐにお茶を」

「・・・それよりも、立花さんは?」

「ワインセラーにいらっしゃいますよ」

「そう。私も見て来るわ」


 家政婦にそう言うと、吉野はリビングを抜け、廊下突き当りの地下室へ続く扉へと向かう。

 吉野は地下への階段に続く少し重い扉を開け、先へと進む。

 階段を降りると手前側と突き当り、二つの扉がある。

 手前は閉ざされているが、奥はあけ放たれて、人の気配がする。

 吉野は迷う事無く、突き当りの部屋へと進み、声を掛ける。


「ふうん、ここがワインセラー。子供の頃には気がつかなかったわ」


 吉野の声に驚く事もなく、ワインを手にした立花が振り返る。


「由加里さんはあまり別荘(こちら)は興味がなかったと聞いていますから、それで気がつかなかったのでしょう」


 穏やかに応える立花の声を聞きながら、吉野はワインセラーに備え付けてあるソファーへ腰かける。


「そうね。ここは嫌い。地味だし田舎だし。買い物もできないし遊ぶところもない。つまらない所」

「そうですか? 静かで人も少なくて良い所だと思いますよ」


 立花は穏やかに微笑み、一本のワインを手にする。


「由加里さんがお好きな、ライトボディのものですよ。白でしたら奥の冷蔵室の方にも揃えています。お父様はフルの方がお好みですからね、少し用意しました。今夜はこれなどどうでしょう?」


 そう言いながらワインをローテーブルへと置く。

 吉野は興味なさそうにワインボトルを見ると、手にしたスマートフォンをローテーブルに置いた。

 立花は見ても良い、と理解しスマートフォンを手に取る。


「これは・・・。先日のパーティーの」

「目障りだわ」


 呟いた立花の言葉に被せるように、吉野が吐き捨てる。


「ここにあの女を連れてきて」

「それは・・・」


 そう言いながら、立花は戸惑う表情を見せる。


「・・・この写真を見る限り、月森氏は彼女を大事にしています。どちらの写真を見ても、彼女の素性が分からないように配慮をしている。だけど、今までこういったスキャンダルが一切出なかったのに、出したという事は」

「「うるさいっ!!」」


 一瞬吉野の声に別の声が重なり、立花がスマートフォンから視線をあげ、吉野を見る。


「ここに連れてきて恐怖を植え付ければ、自分から近づかなくなるでしょう? あの女が嫌がれば月森拓だって無理やり留める事は出来ないわ」

「由加里さん、それは」

「だから何?」


 吐き捨てるように言う吉野の足元の床に、吉野と視線を合わせるように立花が膝まづく。


「あの女の存在そのものが目障り。守られる事が当たり前の顔をした、あんな女には勿体ないのよ! あの場所は私の為のものなの、私が隣に立ってこそ価値があるの」

「しかし、そう簡単にあの男がこの女性を諦めるでしょうか」

「馬鹿ね、だからあの女から離れていくようにすればいいのよ。・・・そうね、脅して、痛い思いをして、暫くここで監禁すればいい。精神的に追い詰めて、それでも言う事を聞かなければ、その後は県外でも連れて行けばいいわ。逃げられないように借金でも背負わせるとかね。ああ、家族を引き合いに出しても良いかも」


 まるで子供が楽しい事を思いついたように、吉野が弾んだ声で言う。


「でも、ここには」

「あの家政婦がいるわね。でも私がここにいる間は、地下には入れないようにすればいいだけ。そう、そんなに長い時間でなくていいもの」


 うっとりと計画を語る吉野に、立花は目を伏せる。

 普通に考えれば無謀な話だ。


「彼女が家に帰らないとなれば、警察に通報するでしょう。月森氏も動くかもしれません」

「だから、私ではなくあなたが動くのよ。私は病気療養中だもの。月森拓もあの女もあなたの事は知らない。あなたが上手くここにあの女を連れてくればいいわ」


 それでも首を縦に振らない立花へ、吉野がイライラとした声音で言う。


「黙ってあなたは私の言う事を聞けばいい。ここに連れて来る事さえできれば、どうにでもなるのよ。だって私は切り札を持っているんだもの。上手く行けばあの女の存在自体が、この世界から消えてしまう、切り札」


 考えるだけで楽しい、と吉野がうっとりと微笑み、宙を見る。


「・・・わかりました。お手伝いします」


 俯いた立花が、ため息と共にポツリと呟く。


「本当? じゃあ、私を手伝ってくれるお礼は何がいいかしら。パパに頼んで第一秘書にでもして貰う?」


 機嫌良く言う吉野の言葉に、俯いた立花の口元が微かに弧を描く。


「私は・・・あなたの(こころ)が欲しい」

(こころ)・・・フフッ」


 吉野が面白いように笑う。


「あなた、私の事が好きだったの? あははっ 身の程知らずも良い所ね。たかだかその程度のスペックで私を望むなんて」


 心底おかしいものを見たというように、吉野が笑う。


「あははっ、ああ、おかしい。まあ、そう思うのも仕方がないけど、私の横に並べるのは月森拓だけ。でもそうね。あの女が月森拓から離れたら、少しぐらいあなたを見てあげてもいいわ」


 ―バカな男。私の為に働きなさい。


 言葉の影でそう思いながら、吉野は女王然として立花に手を差し出すと、視線を落としていた立花がその手を見つめた。

 ただ見つめるだけの立花に、吉野は尊大な様子で手を取れと顔を傾けると、立花が吉野の手を取り、立ち上がる。


「由加里さんの希望通り、彼女をここへと連れて来るようにします。・・・ただし少し準備の時間は必要です。誰にも気がつかれないようにする為にも、タイミングも必要ですから」


 そう言うと、立花は吉野に熱っぽい視線を向ける。


「・・・仕方ないわね。タイミングはあなたに任せるわ。でも長く時間がかかるのはダメ。ああ、そうだわ、成功したらパパにはしっかりとあなたが良くしてくれたと伝えるわ」


 吉野は立花が触れている手を弾くように振り解く。


「まずは、上手くあの女を連れてきなさい」


 そう言うと、吉野は立花から取り上げるようにスマートフォンを掴むと、ワインセラーから出ていった。

 吉野の気配が完全に地下から消えたのを感じた立花が、ふっとため息をつく。


「やれやれ、あのお嬢様は自分が()()()()()()のか、全くわかってないとは」


 そう言う立花の顔は、真面目で人のよさそうな表情から、一変冷めた表情に嘲笑を浮かべる。


「まあ、()()()()の所望とあれば、叶えない訳にはいかないでしょう」


 先ほど吉野に進めたワインボトルを手にすると、立花も吉野の後を追うように一階へと向かった。









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