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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
50/235

50 深淵

 父の秘書である立花優明(たちばなひろあき)の運転する車に乗り、吉野(よしの)由加里(ゆかり)は父親の持つ別荘へと向かう。

 父親が税金対策と保養所の名目で、二十年以上前に購入したものだが、年齢を重ねていく毎に足が遠のき、吉野自身はあまり立ち寄らなくなった場所だ。

 近くには温泉のあるスパや、スキー場がある別荘地の一等地で、よく父親は利用しているという。


「由加里さんは、こちらで過ごすのは久しぶりだと聞いています」


 街中から徐々に緑が多くなっていき、空気が変わる。

 運転していた立花が吉野に話しかけた。


「・・・そうね、最後に来たのは十年前ぐらいかしらね」


 立花が鏡越しに様子を見ると、抑揚のない声で答える吉野は、怠そうにシートに身を預けている。


「由加里さん、途中でコンビニに寄って飲み物でも買いましょうか?」

「・・・いらないわ、早く横になりたいの」

「わかりました」


 億劫な様子で言われ、立花はそのまま頷く。




 パーティーの夜、父親と話した後の事は吉野自身よく覚えていない。

 イラついて酒を飲んだのだろう。

 目が覚めた時に、飲みかけのワイングラスと瓶、物が散らばった部屋の様子が目に入った。

 着替えていたので、酔ったまま行動したのかもしれない。

 そんな事をぼんやり考えていると、朝食の用意ができたと住み込みで働いている家政婦が呼びに来た。


「指示のありました別荘ですが、火曜日からでしたら向かわれても不自由なく滞在できるとの事です」


 入室を許可すると、慣れた手つきで家政婦は床に散らばった物を纏めながら、吉野に声を掛ける。


「指示? パパが?」

「いえ、昨夜お嬢様が言われておりましたので、本日朝一番に管理の者に連絡をしたのですが・・・」

「私が?」

「はい。・・・もしかしてお気が変わられましたか?」


 思い出せない吉野が黙った事で、吉野の気まぐれには慣れている家政婦が確認の為に尋ねる。


「・・・いいわ、火曜日から行くと伝えて」

「畏まりました。では、お洋服など先に送っておきましょう」

「あとで持っていくものを出しておくわ」

「今日の朝食はどうしましょうか」

「いらない、もう少し横になるわ。二時間したらコーヒーを持ってきて」


 そう言うと再びベッドに体を預ける。


 ―体が重い。飲み過ぎたのかしら。まるで重い何かを纏っているよう・・・。それに、嫌な夢を見た・・・。


 そう思いながら再び瞼を閉じた。




 吉野専用の高級国産車の後部座席で、吉野が何度目かの溜息をつく。

 あのパーティーの翌日から、すっきりとしない気分が続く。

 身体が重く、怠く動く事も億劫に感じ、その割に神経は過敏になっているのか、ちょっとした音が頭に響く。

 具合の悪い様子を見て父親が心配し病院を勧めたが、吉野は何でもないと言ってそれを拒否した。


 ―原因はわかっている、あの女のせい。


 薬を飲んでも治まらない頭痛は、吉野の神経を余計に苛つかせる。


 ―こんな調子で会社に行って、勝ち誇った顔を隠し、同情の眼差しをするあの女の顔を見るなんて絶対に嫌。


 あの時の、あの女を守るように庇った月森拓の顔と、それが当たり前のような顔をする女。

 周りの冷めた視線。

 こちらを窺うような囁き声。

 みんながあの女に注目をして、本来その地位を受けるべき自分は、別荘なんて場所に追いやられる。

 だけど皆の憐れむような視線に晒されるのは、屈辱的だと吉野は思う。


 ―まだ、方法はあるはずよ・・・。


 何かあの女のいる場所を奪う方法は、と考えていると、吉野の頭に自分によく似た声が響く。


『あんな女など、始末してしまえばよい』

 ―始末?  そうね。居なくなってしまえばいい。だけどどうやって・・・。


 頭に響く声は、自分中の願望だと吉野は思う。

 自分の中にある、悔しさと榴ヶ崎(つつじがさき)えりに対する憎しみが、その声として頭に浮かぶのだと。


 ―ああ、イライラして仕方がない。


 いつも楽しそうな顔をしている、あの女が呆然とする顔が見たい。

 絶望に打ちひしがれ、泣き叫ぶ顔が見たい。

 あんな女なんて不幸になればいい。

 あの女が手に入れようとしているものは、本来は全部が私のものだもの。


 そんな事を考え、窓の外の景色を睨みつけるように眺めている吉野を、ミラー越しに盗み見る立花が微かに笑った。




 一時間半程度車を走らせると、窓の外の景色は街の様子から緑の多い景色へと変わる。

 もう少し先の時期、夏や年末年始であればもっと人が多い別荘地だが、今はシーズンでもない為、ぽつりぽつりと見える建物はひっそりとしている。

 中には老後をゆっくりと過ごすという人もいるのだろう。

 たまに人の気配のある建物もあるが、殆どがカーテンが閉められた状態だ。


「シーズンでないとそんなに人は居ないものね」

「そうですね。でも吉野の別邸は普段からお父様が使われますからね、過ごしやすいと思いますよ。それに今回、由加里さんが長期に滞在できるようにと、支度をしたようですから」


 答えが欲しかったものではなかったのか、立花の言葉を耳にしながらも、吉野は外の景色を見つめたままだ。


「由加里さん、そろそろ着きますよ」


 立花の言葉通り、五分もしないうちに大きな門構えの敷地に車が入る。

 到着した別荘は別邸と言っていい程の手入れをされており、庭木は整えられ普段から人が住んでいる雰囲気がある。

 車が敷石の上を進む音が聞こえたのか、中から別荘管理兼住み込みの家政婦が出てきた。


「まあ、お久しぶりでございます。由加里お嬢様」


 家政婦は、吉野の顔を懐かしそうに見ながら言う。


「由加里さんは体調が宜しくないようですから、まずはお部屋に」

「ご指示のあったように、整えております」


 立花が吉野の荷物を持ち、吉野を中へと誘う。

 家政婦は立花の事を見知っているのか、親しげに声を掛け、また立花も良く家の中の様子を分かっているのか、迷う事無く二階への階段へと向かい、用意されている部屋へと足を進める。


「よく知っているのね」

「ええ、お父様の付き添いで何度か。ご友人を招かれての、小さなパーティーなどもこちらで行っておりますから」

「・・・そう」

「そう言えば、こちらの別宅には地下に大きなワインセラーがあるんですよ」


 人の良い笑みを浮かべて、立花が続ける。


「いくつか由加里さんの好みの物も用意してありますから、あとで確認してみて下さい」

「・・・そう、わかったわ」

「ワインセラーと一緒に、地下には防音シアターもありますからね」


 そう言いながら、立花が吉野の為に用意された部屋へと入り、荷物を置く。


「流石に、家政婦の方と由加里さんだけでは、セキュリティはしっかりしてあってもお父様も心配なんでしょう。僕は一階の客間を使うように言われてます。何かあれば、内線でも直接携帯でもお知らせください」


 立花の言葉を聞きながら、吉野はゆっくりとベッドへ身体を倒した。


「・・・わかったわ。少し横になりたいの。一時間後に下に降りるからお茶を用意するように言っておいて」


 吉野の言葉に立花が頷く。


「由加里さんが好きな茶葉もありますから、それを用意するように伝えましょう」


 そう言い、立花が部屋を出て行き、扉が閉まるのを確認した吉野はそのままの姿勢で目を閉じた。




 目を閉じて暫くすると、枕元に置いていたスマートフォンが震えた。

 その振動が枕に伝わり、吉野の意識がゆっくりと深い眠りから引き上げられる。

 ぼんやりした意識でスマートフォンを見ると、あれから三十分も経っていない。

 吉野は何の通知だろうと画面をタップすると、ポップアップで出たのは購読している週刊誌のデジタル版の速報の知らせだった。

 吉野自身は興味がなかったが、政治、経済、人間関係など、ざっと話題を知るには丁度良いと、父親からの指示で経済紙を含め、いくつかのデジタル紙を購読しているが、吉野自身は余り目を通す事はなかった。


 ―くだらない


 そう思い、画面に現れたポップアップを消そうとタップすると、間違って触れたのか見出しが立ち上がった。



 有名財閥のイケメン御曹司、婚約者内定か?! 睦まじくパーティーに参加する二人!



 目にした瞬間、吉野の指先の血が引くような感覚と、反対に心臓が大きく鼓動し、血が沸騰するような相反する感覚が襲う。

 吉野は震える指で画面を開くと、そこにはデジタル版週刊誌に載った、あのパーティーの夜の二人の姿があった。








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