5 とある会話
司波さんの言葉に一瞬顔を見合わせる私達。
そして視線はそれぞれのトレイへと注がれる。
―そういえば、司波さん唐揚げ定食の増量食べてたな。そのスタイルの、どこに入って行ったんだろう。
多分、私達四人供、同じ思いが浮かんでいたと思う。
「・・・私は今日受付だからいつもより移動の分、休憩が短いから軽めにしたんですよ。でも日替わりしっかり食べてたら普通ですよ」
呆れたようになったのは許してほしい。
その言葉に司波さんは「そうか?」と首を傾ける。
「いや、食べねぇんだなぁとか思ってたから」
「・・・司波さんの胃袋と一緒にしちゃダメだろ?」
司波さんの言葉にかぶせるように桐生さんが言う。
「あー、悪い、悪い。じゃあ、午前の外回りでこれ貰ったんだけど食えないか?」
そう言いながら、司波さんがスーツのポケットから袋を取り出すと、私の方へ差し出すので、私は無意識に手を伸ばし、受け取ってしまった。
思わずぽかんとして、渡されたものと司波さんの顔を見比べていると「なんか有名なチョコレート屋のチョコらしいぜ」と笑う。目で開けてみろというので、袋を開けると4色の包装紙に包まれた丸いチョコが入ってた。
「あっ! これレガートのチョコだ」
隣に座っていた香澄ちゃんが、袋を覗いた途端、店名を当てた。
「桐生がこのチョコは甘いって言ってたからな、四人で食べてくれ」
だったら桐生さんが、と言いかけると「あ、俺もう食べたから」と先に言われてしまった。
折角の有名店のチョコだ。ありがたくいただく事にしようと皆で頷く。
「ありがとうございます、いただきます」
私が言うと他の三人も笑顔でお礼を言い、袋から出したチョコをそれぞれ選ぶ。
「さて、俺たちは午後の準備があるか、ら先に行くな」
チョコに夢中になっていた私達に声をかけると、二人が席を立つ。
「あ、ありがとうございました」
慌ててもう一度お礼を言うと、司波さんは朝の時と同じように、トレイをもっていない手を軽くあげて食器の返却カウンターへと歩いていく。
ざわざわと人が行き交う中で、並んで歩く二人の姿はやっぱり目立つなぁなんて、そんな事を貰ったチョコをほお張りながら、後ろ姿を見送った。
二十畳ちょっとはあるかという、社内の一室。
重厚なデスク二つと、それに合わせたようにソファセット。
壁にはいくつかの資料は並んでいるけど、まだ十分に空きがある。
きちんと必要なものは揃えられて、掃除も行き届いているけど、使用感のない一室だ。
廊下側のドア横には、IDカードをかざさなければ入れないロックが付いている。
ここは4月からはCOO専用の応接室になる予定だという。防音設備もしっかりと整っているし、セキュリティも問題ない為、たまにこの部屋を本社との打ち合わせに使用している。
これから、定期報告会という名の本社との打ち合わせだ。
正確に言えば、今回のプロジェクトの主となる俺や司波さん、本社にいるメンバーのとの会議となる。
ソファで司波さんと二人向かい合って座る形になるが、会話は司波さんがするから問題ないだろう。そんなことを思って、ソファの背もたれにだらりと身体を預けて力を抜く。
「・・・てゆーか、あんたどこからチョコなんて出してるんだよ」
俺の言葉に、司波さんがノートパソコンを弄りながら「うん?」とこちらを向く。
「あんなでかいやつ、あんな場所からだしたら不自然だろうが」
「大丈夫だろ? それに、気がついてお前が暗示をかけたんだろ?」
だから問題ない、と、司波さんが俺の顔を見てニッと笑う。
そう。取り出した場所が不自然に思われないように、目くらましを少し姫さん達にかけただけだ。
『それはどういった事でしょうか?』
やれやれ、とため息をつくとパソコンの画面から硬い声が聞こえる。
「ああ、ちょっと姫さんたちに暗示をかけたんだよ」
司波さんは俺から視線を外し、画面を見つめる。
「で、公卿の旦那は何してるんだ?」
「COOなら、今、重役会議ですよ。まだ長引いているようですね」
「相変わらずここでも忙しいことで」
画面にはきっといつも通り表情の変わらない、少し神経質そうな顔をした、銀縁眼鏡の男がいるはずだ。
「で、成瀬。そっちは?」
「やはり私利私欲に走る者はいますからね。多少横やりが入ってますが、予定通り春には久我、宗方を連れてそちらに行けますよ」
「ならいい」
「ところで先程の『暗示』とは?」
先程の言葉は聞き流せない、という意思が、声からも伝わってくるのを感じたのは正解だったんだろう。画面を見ている司波さんが軽く笑う。
「さっき昼飯の時、姫さんたちが神在月の予定を話してた。そこで黄泉比良坂の話題が出たんだよ。さすがに今の状態で行かれるのはマズいからな。ちょっと忘れてもらう暗示をかけた」
「・・・賢明な判断ですね」
成瀬がため息とともに言う。
「手品みたいな事をやるから、フォローが大変だったんだぞ」
思わず口から出た言葉に、成瀬が「手品?」とオウム返しをする。
「スーツの内ポケットからチョコ出しやがったんだぜ。普通あんなところから、あんな量が出るかよ」
姫さんたちに渡したチョコは一つが中々の大きさのあるボール状のものだ。冷静に考えても、あんなものが内ポケットに四つも収まってる訳がない。
「まあ、そこをお前がフォローしてくれたんだろ、ありがとな」
そう言うと、司波が俺の頭を適当なしぐさで撫でる。
「で、姫さんたちが食ったチョコには忘却の術をかけた。黄泉比良坂の事なんてすっかり忘れてるだろう」
「・・・成程。司波にしては的確な対応でしたね」
「しては、は余計だぞ。あんまり姫さんにはその手の類は使いたくはないんだけどな。まあ、あの地は良くないものも混じる。忘れて立ち寄らなければ問題ないだろう?」
「それよりも、黄泉比良坂を言い出したのは誰ですか?」
「姫さんと仲のいい、うちの部署のお嬢さんだよ。元は営業の別のやつから聞いたみたいだがな」
成瀬さんの言葉に司波さんが昼休みの出来事を話す。
「時期が時期ですからね、警戒するには越した事はないかと」
「姫さんに興味を持った、下等の妖がというのも考えられなくもないけど、その線は薄いと思う」
「十一月は特別だからな。あっち側からの干渉は低いと思うが、あの場に集まる連中は興味を持ってるだろう」
俺の言葉に続く、司波の言葉にふぅと成瀬がため息をついた。
「姫様にとって、この度出雲に行く事は必要な事でしょう。ただ、まだ目覚めていない姫様に対して、何かと介入をしたがるものが居るのも事実ですから」
成瀬の言葉に、俺達は頷く。姫さんだけでなく、既に俺達も出雲に呼ばれているのだから。
「今回の事、公卿の旦那に報告頼むわ。また何かあればこっちである程度処理しておく」
「わかりました、引き続きお願いします。勿論、会社の仕事もですよ」
成瀬の言葉に俺と司波は頷く。
俺達が此処にいる理由はただ一つ。
あの方を守る為だけに存在しているのだから。