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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
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49 静寂

榴ヶ崎(つつじがさき)さん、おはよう」

「おはようございます」


 何となく、いつもより早く目が覚めた私は、いつもより早い通勤時間で会社へと向かった。

 COO室に入ると、いつも一番に出勤してくる宗方(むなかた)さんが声を掛けてくれる


「金曜日、楽しかった?」

「はい、とても」


 笑顔で答えると、宗方さんが笑顔で頷いた。


「そう、それなら良かった。色々あったって聞いてたから、ちょっと気になってたんだ」


 そう言いながら、宗方さんはガラス越しに見える吉野さんの机へと視線を向ける。

 宗方さんの言葉で、あの日の夜の吉野さんの顔を思い出す。

 好かれていないとはわかっていたけど、あんなに悪意を向けられた事はやっぱりショックだった。


「吉野さんの家からしばらく休むと連絡があってね。表向きは病気療養の為の休職になったみたいだよ」

「そうですか・・・」

「病気療養と言ってるけど、まあ、謹慎かな。・・・今回の事は、榴ヶ崎さんは気にしなくていいよ」


 その言葉に、私は視線を落として頷く。


「吉野さんが欠けると遠野さん達は困りますよね・・・」

「そうだね、彼女たちも優秀だから居るメンバーで回すことはできると思うけど、長引くようなら一人追加した方が良いかもね」


 その辺りはCOOが考えてると思うから、と宗方さんが優しく言う。

 そうしていると、ぱらぱらとフロアにも人が入り始めた。

 ガラス越しの私や宗方さんを見て、朝の挨拶を送ってくれる様子は、いつもと変わらない日常だった。




 ◆◇◆◇◆




「えり、なんか疲れてる? 」


 食堂で待ち合わせをしていた香澄(かすみ)ちゃんが、私の顔を見るなり心配そうに声を掛けた。


「え、そう見える?」

「うん、いつもとちょっと違う」


 こういう時の香澄ちゃんは鋭い。

 大丈夫だよ、と笑うと、とりあえず食事を先に済まそうと二人でオーダーカウンターへと向かう。


「そう言えば、吉野さん。暫く病気療養なんだってね」


 トレイを受け取り、空いた席に座ると香澄ちゃんが言う。

 吉野さんの事は、今朝の宗方さんの言った通り病欠として伝わってるみたいだ。


「うん、そうみたい。私も今朝、宗方さんから教えて貰ったの」

「総務にも通知が来て、みんな驚いてた。でも入院するわけじゃなくて自宅療養っぽくてさ。二課の人たちがお見舞いって話をしたら、課長が事前にお断りされたって言ってたよ」

「そう、なんだ」

「ほら、吉野さんのお父さんって次の国政選挙に出るって話だから、課長がそういった部分もあるんだろうって」


 だからこそ、あの出来事に吉野さんのお父さんは焦ったのかもしれない。


「そう言えば、今日から月森(つきもり)さんと成瀬(なるせ)さんは関東へ出張でしょ? 届け出が来てたから、今週の受付担当がイケメンみられなくて残念って言ってた」


 香澄ちゃんから不意に(たく)さんの名前が出て、思わず口に含んだお茶が気管に入りそうになって少し咽る。


「えり、大丈夫?」

「う、うん、大、丈夫・・・」


 私の様子を見ながら、香澄ちゃんが心配する。


「やっぱりどこか調子悪いとか? やっぱり今日の帰りのご飯、やめておく?」

「ううん、そんなんじゃないから大丈夫・・・」


 ふぅ、とを息をついて香澄ちゃんの言葉に何とか答える。


「それならいいんだけど・・・」

「だって、今日行く所ってずっと香澄ちゃんが行きたいって言ってて、予約が取れたところでしょ?」

「そう! 個室になってる所だから、ゆっくりご飯食べながら話できるよ」

「私も楽しみにしてたんだよ」


 そう言って笑うと、香澄ちゃんも安心したように笑ってくれた。




 ◆◇◆◇◆




 お昼休みが終わって七階に戻ると、朝一で支店長とミーティングを行っていた久我(くが)さんが戻っていた。


「姫さん、お帰り。今日の司波(しば)桐生(きりゅう)の帰社予定、変更な」


 私の姿をみると、久我さんがフロアのホワイトボードの二人の予定表に書き込みながら教えてくれる。

 今日は、司波さんと桐生さんは朝から現地へ行っていて、帰りは十六時と聞いていたけど、どうやら長引くらしい。

 ホワイトボードには久我さんの綺麗な字で十八時と書き直された。


「二時間も延長、疲れて帰ってきますね。二人共」

「ああ、姫さんは定時に帰ってええよ」

「え、でも」

「二人が戻ったら、COOがいあらへん間の打ち合わせもあるからね」


 そう言いながら、久我さんがマーカーを置いた。

 私は出勤してから、何度目かの溜息をつく。

 同じ様に今日何度目かの視線を向ける先は、空いたままの吉野さんの席だ。


「営業や流通から何かあったらこっちに回してな。ああそうや、姫さんには言っとこか。一応吉野さんの代わりを手配中。直ぐの事にはならへんけど、心配せんでええよ」

「それって・・・」

「まあ、気にせんとき」


 久我さんが元気づけるように、私の頭にポンポンと手を置いた後、COO室へと促す。

 朝の宗方さん、今の久我さん、さっきの香澄ちゃん。

 皆、優しい人ばかりだ。

 久我さんが言うように、私が気にしても仕方がないのかもしれない。

 まだ少しモヤモヤは残っているけど、私は気持ちを切り替えて、午後の仕事にとりかかった。




 ◆◇◆◇◆




「で、どうだった?」


 お昼休みに話していたお店は会社から歩いて行ける距離、三か月前にオープンしたお肉とチーズフォンデュが楽しめるお店だった。

 予約名を香澄ちゃんが告げると個室に案内され席につく。

 オーダをし終わると、香澄ちゃんが少し体を乗り出して目を輝かせる。


「うん?」

「金曜日のパーティー! 月森さんと行ってきたんでしょう?」


 興味津々な様子の香澄ちゃんに思わず笑ってしまう。

 拓さんと司波さんに参加の打診をされた時、香澄ちゃんには仕事帰りの予定を立てる流れで、金曜日の事を話していたから、報告を楽しみにしていたんだろう。


「色々びっくりする事はあったけど、楽しかったよ。会場にいたのは一時間ぐらいかな?」

「え、短くない? 色々交流とかあるんじゃないの? そういう場って」

「うーん、色々あったんだよね・・・」


 個室という事、相手が香澄ちゃんだという事で、私も少し気が緩んでしまったのかもしれない。

 料理が来るまでの間、掻い摘んで流れを香澄ちゃんに話す事にした。


「でもそれって、状況を見てない私が聞いても吉野さんが悪いって思うよ? あ、これ美味しいよ、食べてみて」


 テーブルに並んだ料理の中から、まだ私が食べていないグリルのお肉を、香澄ちゃんが薦めながら言う。


「うん、そうなんだけど。吉野さんも月森さんの隣に私がいたから怒ったんだと思うし、ね」

「それでもないない。だって、えりが参加したのだって上司の司波さん達のお願いだし、吉野さんの八つ当たりだもん。そっかー、それで吉野さん会社休んでるんだ」

「たぶん、そうだと思う」


 私がため息をつくと、香澄ちゃんが私のお皿にローストビーフを乗せる。


「ほら、食べて。今回の事はえり、悪くないじゃない?」

「宗方さんと久我さんにもそう言われた」

「じゃあ、気にしなくてもいいと思う」

「そうかな?」

「そうだよ!」


 久我さん達の言葉もありがたかったけど、やっぱり一番仲のいい友達にそう言って貰えるとほっとしてしまう。


「それに、月森さんもそう言ってくれたんなら、気にしない方がいいと思う」

「・・・うん、ありがとう」

「どういたしまして!」


 私がお礼を言うと、香澄ちゃんが笑って頷いてくれる。


「それで?」

「なにが?」

「一時間で会場出て、終わりだったの?」


 香澄ちゃんが、にやにやと人の悪そうな笑顔を浮かべる。


「・・・最上階のレストランでご飯食べました」

「うっそーー! もしかして、月森さん予約してたとか?!」

「ソウミタイデス・・・」


 思わず片言になって答えると、香澄ちゃんがひゃー―っと仰け反る。

 いつかは香澄ちゃんと二人で奮発してランチに行こうって言う話をしていた場所だから、香澄ちゃんも行った事はなくても、お料理の評判もサービスもよく知っているレストランだ。


「すごーい。さすがっ! お礼にあのレストランを予約しておくって。やっぱりイケメンはやる事が違うわ・・・」


 変な所に感心している香澄ちゃんに、食事の時の様子や送って貰うまでを、根掘り葉掘り聞かれてしまう。

 さすがに告白された事や、お洋服一式をプレゼントされたなんて言ったら大変な事になりそうだったので、その辺は省略だ。


「さすがだよねぇ・・・やる事がイケメン過ぎるわ」


 デザートに入った頃には、すっかり香澄ちゃんの中で『拓さん=色んな事含めてイケメン』と認識されてしまっていた。







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