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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
48/235

48 早鐘

 大切にしたい存在だと思っている。今、答えを欲しいとは言わない。

 まずは、えりさんの未来の隣にいる候補として考えてくれないかな。


 (たく)さんが、優しく微笑みながらそう言った。


「えりさんも急に答えなんて出せないと思う。会社の事や立場とかね。考えるなって言う方が無理だと思ってるよ。だけど、僕としてはそう言った理由だけで、えりさんを諦めたくないんだ」


 揶揄(からか)っているのではない、真剣に言葉を選んで伝えてくれているのを感じて、今ここで簡単に「はい」とも「いいえ」とも言えない私は、ただ、拓さんの言葉に頷く事しかできなかった。


「名残惜しいけど、そろそろ送らないとね」


 時計を見た拓さんが「行こうか」と立ち上がり、そっと手を差し出してくれる。

 見上げる拓さんの表情はいつもと変わらない、穏やかなもの。

 だけどほんの少し、私の中でも名残惜しいと感じてしまったのは、拓さんからの言葉のせいかもしれない。


「下で成瀬(なるせ)が待っている筈だよ。家まで送ろう」


 来た時と同じように、拓さんの差し出された手にのせた私の手は、拓さんの手に優しく絡めとられた。


 最上階からエントランスホールまでの間、他愛のない会話が途切れないのは、拓さんが気を使ってくれているからだろう。

 エントランスホールを抜けて外に出ると、目の前に成瀬さんと見慣れた車が停まっていた。


「楽しかったですか?」


 成瀬さんは、私の顔を見ると柔らかく微笑む。


「はい、とても。食事も美味しかったです」


 本当に、楽しかった。

 普段体験できないようなドレスアップをして、パーティーに参加して、美味しい食事。

 夢のような時間だったと思う。

 素直に応えると、成瀬さんが「それは良かった」と微笑んだ。


「成瀬、えりさんを自宅まで送ってくれるかい?」

「当り前でしょう。デートなら女性が自宅の玄関に入るまで、見届けるのが鉄則ですよ」


 手を繋いだままの私たちを見て、当たり前のように言う成瀬さんの「デート」という言葉で、さっきの拓さんの言葉と、手を繋いだままの状況を思い出し、思わず顔が赤くなってしまう。


「じゃあ、えりさん。行こうか」


 パーティーの前と同じように、拓さんが車の後部座席にエスコートをしてくれる。

 車に乗り込むと、成瀬さんは私の言う住所を聞きながら、ナビに入力を始めた。


「えりさん、そんなに簡単に自宅を教えちゃダメだよ」

「えっ?」


 隣から拓さんの声がかかり、思わず声が出た。

 だって、送って貰うのに住所伝えないとわからないんじゃないかなぁ、なんて思っていると、運転席から成瀬さんが呆れたようにため息をついた。


「・・・変な所で独占欲を出すのはやめて下さい」

「はい?」


 思わず疑問形で成瀬さんに返事をしてしまった私は、とても間抜けな顔をしていたんじゃないかと思う。

 そのままの顔で拓さんの方を見ると、にっこりと綺麗な笑顔を向けられてしまった。


「え、でも送ってもらうには住所必要ですし。あ、それに、タクシー」

「わかってるんだけど、素直にえりさんが成瀬に言うから、ついね」


「タクシーでも伝えますよ」と続けようと思ったら、拓さんから予想外の言葉を言われ、私は次の言葉が出ず口をぱくぱくとさせるだけになってしまう。

 そんな私を見て、拓さんの口元が弧を描く。


「いい加減にしないと、榴ヶ崎(つつじがさき)さんに嫌われますよ」


 再びのため息と共にかけられる成瀬さんの声に、拓さんがくすりと笑った。


「それは困るな」

「だったらこれ以上、榴ヶ崎さんを困らせないように」


 淡々と成瀬さんが拓さんを窘めるので、私は恥ずかしさで後部座席に体を縮めて座りなおす。


 ―成瀬さんは食事の時の会話を知らない筈なのに、まるで知っているような気がするのはなんでだろう?


 思わず赤くなってしまった頬を両手で抑えて、ゆっくりと深呼吸をして、さっきから煩い心臓の音を落ち着かせようとする。

 視線を感じてちらりと横を見ると、拓さんが機嫌よく私を見て微笑んだ。




 ◆◇◆◇◆




「こちらのマンションですね?」


 成瀬さんは確認しながらマンションの敷地内に車を進め、来客用の駐車スペースに車を停めた。

 本当はもうちょっと手前で停めて貰っても良かったんだけど、折角だからと敷地内まで送ってもらう事になった。

 うちのマンションは住人用の駐車場は建物の奥側で、来客用や送迎用の駐車スペースはエントランスから二十メートル程度手前にある。

 スペースからエントランスまでは石畳の小径となっている作りだ。


「ありがとうございます」

「エントランスホールまで送るよ」


 そう言うと、拓さんは車を降り私のドアを開けてくれた。

 今日は何度こうやってエスコートして貰っただんだろうな、と、ぼんやり思う。


「ああ、こちらを」


 成瀬さんも降りてきて、助手席から大きなペーパーバッグを取り出した。

 それを拓さんが受け取り、そっと私の背中に手を当て進むように促す。


「あ! 成瀬さん。ありがとうございました」


 慌てて成瀬さんに頭を下げて、送って貰ったお礼を言う。


「いいえ、問題ありませんよ」

「成瀬はそこで待ってて」

「はいはい、わかってます」


 まるで成瀬さんに制止を飼梳けるように拓さんが言うと、成瀬さんがやれやれといった顔をする。


「じゃあ、行こうか」


 拓さんの促す言葉で、もう一度成瀬さんにお辞儀をして、私は拓さんと並んで歩きはじめる。


「あの、その袋は?」

「えりさんが今日着替える前に身に着けていた物だよ。纏めるようにお願いしてたからね」

「あ、ありがとうございます。そうだ、この洋服や靴、どうしましょう?」


 拓さんの言葉で、改めて自分が身に着けているものをどうすればよいのかという事に気がついた。


「うん? それはえりさん用だからそのまま貰って」

「えっ!」


 さらりと驚くような言葉を拓さんが言うので、思わず立ち止まって拓さんの顔を見上げる。


「そんな、貰えません」

「でも返されても、僕が着る訳にはいかないし」

「それはそうですけど・・・」

「えりさんの為だけに選んだからね」


 そう言われ、思い出す。

 着ているワンピースもボレロも、ヒールのパンプスでさえ(あつら)えた様にぴったりだった。


「好きな人にプレゼントを選ぶって楽しいよね」


 悪戯が成功したような笑顔の拓さんに、私は溜息と苦笑いしか出ない。

 拓さんは私を好きだと言って、私の好むデザインや似合うものを選んでくれた。

 あんなに日々忙しい中にも拘わらずだ。

 今日も私が喜ぶ事を考え、パーティーの最中も私が困る事がないようにと気遣ってくれた。

 そして、その拓さんの気持ちが嬉しいと感じる自分がいる。


「じゃあ、今日はここまで」


 エントランスホールに入るドアの前で、拓さんが手にした紙袋を私に手渡す。


「前からの予定だけど、月曜から週末まで僕と成瀬は東京出張だから。何かあれば久我(くが)達に相談したらいい」

「・・・はい」

「次に会うのは十日後だね」


 エントランスの灯に照らされた、拓さんの顔がふわりと笑う。


「じゃあ、」

「あのっ・・・」

「うん?」


 思わず口から出た私の声に、拓さんが優しく聞き返してくれる。


「・・・今日はありがとうございました」

「お礼を言うのは僕の方だよ?」

「あの・・・。拓さんから、食事の時に言われた言葉ですが・・・。私はまだ正直どうすれば良いのかも、自分の気持ちもよくわかりません」


 自然に私の右手が自分の胸元を押さえる。


「だけど、自分の気持ちも。拓さんが私に向けてくれる気持ちも。ちゃんと向き合って答えを出したいと思ってます。それまで少し時間を貰う事になるかもしれないですが・・・」


 そこまで伝えたところで、私の右側が漆黒に包まれる。

 右肩に感じる微かな重みと、ふんわり暖かい熱と、微かな、懐かしく感じる甘い香り。


「えっ・・・」

「ありがとう」


 右肩に乗っているのは拓さんの頭だ、と、理解して一気に心臓が煩くなってしまう。


「あのっ」

「・・・今はその言葉で十分だよ」


 焦って動けない私が視線だけ拓さんへと向けると、漆黒の髪の間から拓さんの甘く解けた瞳がこちらを見上げた。







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