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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
47/235

47 曲水の宴(5)

 屋敷に戻った源昭仁(みなもとのあきひと)は、宴の衣装のまま前当主であった源倖人(みなもとのゆきひと)の元へと向かう。

 今日の宴の報告もそこそこに、昭仁が倖仁に頭を下げる。


「明日の朝、一番に、(みなもと)家として藤原盈時(ふじわらみつとき)殿へ使いを出します」

「藤原盈時・・・。目付殿か」

「はい、藤原家のつつじの花を迎え入れたく」

「ふむ・・・。目付殿の姫はまだ十、今年十一になると聞いたが」

「ええ、それも分かっております」


 向かい合う昭仁の顔には穏やかだが、瞳の中には明らかな強い意志が見える。

 それを読み取った倖仁はやれやれ、というようにため息をつく。


「既に決めたという事か」

「はい、あの姫を望みます」

「・・・わかった。では使いにはお主の文と共に儂の文も付けよう。・・・目付殿からすれば、お主の文だけでは慌ててしまうであろう?」

「助かります」


 高灯台の灯が、ゆらゆらと揺れる。


「それと、帝への文も必要であろう?」


 皇族、皇族に近い者たちは月影の力を欲している。

 呪い妬み嫉みなどをもとに行う、呪詛や妖による魔封じ等を扱える一族との繋がりがあれば、それだけで後ろ盾ともなる。

 富と権力、それに加え守護が手に入るのだ。

 朝廷からから来ている、末姫である欣子内親王との縁談も、そう言った面があるのだろう。

 どこかの、有力な貴族と繋がりを持たれるぐらいであれば、朝廷の傍に置いておけばよい。

 源家が断り続けても、帝や圭子が昭仁に拘るのはそこだろうと倖仁自身も考えていた。


 源家は婚姻に関しては政治的なもの、利害などは求めない。また、皇族や貴族も源家に強いる事はできないのは、太古の時代から決まりごとであり、それを強いる事で遥か昔には家が途絶えた貴族もある。

 源家は代々当主となる者は、妻を娶ると側室を持つ事はない。

 子が出来なくとも、源家の一族より優秀な能力を持つものを養子とする。

 血脈ではなく、能力を第一としている為、たとえ直系の子であっても能力が劣れば当主にはなれないのだ。

 国の安寧の為が使命ならば『生涯は愛する者唯一人(ただひとり)と共に』というのが、唯一許された源家当主の自由だった。


「帝への報告は、まず藤原殿に話を通してからだ。きっと藤原殿も姫も驚くであろう。あまり急ぐのではないぞ?」

「わかっております」


 そう言うと昭仁は立ち上がり、自室へと向かう。


「あぁ、もう一つ」


 (ひさし)へと出る寸前で、昭仁は立ち止まり倖仁へと向き直る。


「孫の婚姻について、面白がって茶々入れぬようにお願いします」


 昭仁に無表情のまま淡々と言われ、倖仁が早速手にした筆を持ったまま、昭仁を凝視する。

 倖仁は大らかで楽しい事を好む人間だ。おまけに先代当主、月影一族を長く率いてきた食えない人物でもある。

 先に釘を刺す辺り、本気でかの姫を手に入れる為に動くと宣言されたようで、倖仁は苦笑いを浮かべた。





 翌朝の開諸門鼓(かいしょもんこ)の音から二刻たった頃、藤原邸へ源家からの文を持った使いがやってきた。


「旦那様、源家から文が届いております」


 昨日は大きな宴が催された為、今日の公務は休みだ。

 多くの省が公休となるが、藤原盈時は内侍司での監督官という立場上、顔は出さねばなるまいと、いつもより少し遅めに起きると、支度を始める。

 昨日は遅くまでほかの貴族との付き合いとなり、屋敷に戻った時にはすでに咲子は寝ていた為、朝餉(あさげ)は一緒にと思い侍女に伝える。

 昨日の琴の披露について皆が褒めていた事を話し、自分からも褒めの言葉を掛けよう。そう思っていると、先程の侍女と入れ違いに別の者が文を携え、盈時に声を掛けた。


「源家から?」

「はい、直ぐにお返事をいただきたいとの事で、使いの方が外でお待ちでございます」


 侍女の言葉に、盈時は急ぎ文を開く。

 文は源昭仁からのもの、祖父の倖仁のものと二通ある。


「面会を希望したい為、本日こちらに足を運びたい・・・?」


 簡潔に書かれた文を読んだ盈時が、怪訝な顔をする。

 本来身分は源家が従一位、藤原家が三位になる為、藤原家が源家へ行くのが道理だ。それを源家当主である昭仁が、こちらへ来るという。

 何故かという理由は書かれていないが、こちらへ来ると言うものを断る理由もない。ただ、身分が上の源家を迎えるのであれば、それなりの準備も必要だ。


「ふむ。理由は書いておられぬが、お二人からの文だ、何か大事があっての事であろう。辰一刻には迎え入れる準備も出来よう」


 そう呟くと、文机へと向かい素早く返事を書くと、控えていた侍女に持たせた。






 薄暗い室内に開諸門鼓の音が響き、その音に反応するように欣子の瞼が震える。


「・・・っ、内親王様。お目覚めですか?」


 一晩中傍に控えていた淡路(あわじ)が、その様子に気付き欣子(よしこ)の枕元へと寄る。

 淡路の声に反応したのか、欣子の瞼がゆっくり開く。


「淡路?」

「はい、淡路でございますよ。急ぎ女御様にお伝えを。内親王様、どこか辛い所は御座いませんか?」

「まだ胸が苦しいわ・・・。あと頭が痛い・・・」


 淡路は、目が覚めた欣子の様子を、急ぎ圭子に伝えるよう指示を出すと、起き上がろうとする欣子の背に手を添える。


薬師(くすし)様はお身体が驚いた為の発作と。今日は1日横になってお休みくださいませ」

「・・・私は斎宮にならねばいけないの?」


 起き上がった欣子は、ぼんやりとした視線のまま、掠れた声で言う。


「そんな事は「欣子!」」


 淡路の答える声にかぶるように、圭子(たまこ)の声がかかり、声のする入口へと二人の視線が動く。

 間を置かず視界に入ってきたのは、慌てた様子の圭子の姿だった。


「母上様」

「ああ、可哀想に。倒れてしまうなんて」


 そう言うと、圭子は欣子を抱きしめる。


「薬師様からは、ゆっくりと過ごすようにと言われていたわ。暫くは几帳の中で過ごしましょうね」

「母上様・・・。何故、月白様はあのような歌を詠まれたのでしょう?」


 抱きしめられた欣子が、抑揚のない声で言うと、圭子がゆっくりと身体を離す。


「わたくしは月白様の元に嫁ぎ、大事にしていただけるのではないですか? 父上様は叶えてくれると仰いました」

「ええ、そうよ。帝にできない事はないの」

「では、わたくし以外の誰か女人が月白様を惑わしているのですか?」

「・・・ええ、そうね。今、帝がその相手を探しておいでなの」

「・・・承香殿(しょうこうでん)様・・・」


 欣子の問いかけ、淡々と答える圭子の言葉に、淡路が縋るような視線を向けた。


「やはり、そうなのですね」

「気落ちする事はないわ。そのような女人がいても、あなたほどの高貴で美しい姫に適うはずがないもの」

「どこの女でしょう。わたくしの場所を奪おうとする者とは」


 欣子の握りしめた手が、怒りで震えるのを圭子がそっと両手で包み込む。


「大丈夫、貴女の望みは母の望み。母の望みであれば帝は叶えてくれます。急ぎ、相手を探し手を引かせましょうね」


 圭子は、欣子を慰めるように背中を撫でながら言う。


「さあ、薬湯を飲んだら少し休みなさい」

「・・・はい」


 圭子は淡路に薬湯と欣子の世話を頼み、自室へと戻ると、まだ薄暗い室をゆらゆらと高灯台の灯が揺れる中、暫し思案をする。


 ―帝も、月白の君の歌の相手を探すとは言っていたけど、こちらからも動く方が良い。


「誰か」


 圭子の呼ぶ声に、淡路の補佐をしている侍女が現れる。


「お呼びでしょうか?」

「人探しに長けた者を連れてきなさい。隠密に動ける者が良いわ」

「畏まりました」






 その翌日の午前、帝の元に源昭仁から拝謁したいと申し入れがあった。

 帝が紫宸殿に向かうと、既に昭仁が控えている。


「・・・して、今日は何事だ?」


 帝の言葉に、昭仁が顔をあげる。


「此度、私の婚儀について決まりましたので、ご挨拶に参りました」


 穏やかに笑みを讃えていう昭仁に、帝の顔色が白く変わる。




 曲水の宴より、たった二日後の事だった。








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