表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
41/235

41 残夢(4)

 承香殿(しょうきょうでん)では、近衛からの報告を聞く欣子(よしこ)の扇を持つ手が怒りで震える。


「・・・断るですって?」


 癇癪を起こす寸前のような表情に、近衛の顔色が白く変わる。

 自分の仕える欣子親王は、美しくまるで大輪の牡丹の花のようだと例えられる華やかさを持つ。

 その花からの仕事とあって、近衛が自身も張り切って向かったのに、持って帰ってきた答えは敬愛する主を怒らせるものでしかなかった。


「あの、その場に東宮様が来られまして・・・。『相手の予定も聞かないままの誘いならば断わられる事も致し方ない』と」


 顔色を無くし俯き答える近衛の耳に、欣子の持つ扇が小さく音を鳴らす音が届く。


「あと、東宮様より『夜に男子(おのこ)を誘うなど、あらぬ噂となりかねないので控えた方が良いと。いくら子供でも末姫は内親王の身分があるので、そういった噂は宜しくない』とも・・・。そう言われますと私も何も言えず・・・」


 手をつき俯く近衛には見えないが、その言葉を聞いた瞬間、圭子(たまこ)の閉じた扇を持つ手が白く変わった。


 ―全く、東宮様も余計な事を。折角事を運ぼうと思っておったのに・・・!


 東宮の指摘はあながち間違いでない。

 まだ幼い欣子の事、貴族の(おなご)達が憧れる公達と周りから似合いと言われ、その相手と絵巻物のような時間を過ごすだけで、自尊心は十分満たされる。何事もなくても、その事を欣子が皆に自慢するだけで十分と圭子は考えていた。

 初めは皆で一緒に居ても、二人きりにする事は可能だ。

 噂が広がれば、帝自身も話をすすめなくてはならなくなるし、月影の若き当主も無碍にはできない筈だと。

 そう考え、欣子に文を書くように勧めたが、東宮から釘を刺されてしまい今後は無理にでも呼ぶ事はできなくなる。


 パシッ!


 癇癪を起した欣子が投げた扇が近衛の肩に当たる。

 力の弱い欣子が投げつけたものだから、たいして痛くはないだろうが、近衛は昭仁を連れて来る事が出来なかったという思いが強いのか、ますます身を縮め頭を下げる。


「欣子。そのようにしてはなりませんよ」


 圭子が柔らかく欣子を諫める。


「東宮様が仰る事も尤も。神嘗祭という事でこちらも配慮を欠いてのお誘いでしたからね。次回は前もってお尋ねしてからにしましょう」


 控えていた年若い侍女が、落ちた欣子の扇を拾い、淡路へと手渡す。


「でもっ、母上様! わたくしからの誘いですよ。父上様である帝に一番可愛がられているわたくしの誘いというのに・・・」


 怒りの感情のまま、欣子が圭子に縋りつく。


「そうね。でも月白の君もお忙しかったのでしょう」

「でも、でもっ、わたくしの夫となる方がそのようにつれない態度だと、悲しゅうございます」

「確かに急にお誘いしたとはいえ、帝の寵愛を受ける内親王様。お断りするにしても文一つ、お慰めの品もないのはいかがかと思います」


 そう言いながら、淡路が「お可哀想に・・・」と眉根を寄せると、年若い侍女たちも同意するように頷いた。

 欣子の裳着を終えてから、幾たびか欣子が文を送るが、返ってくるのは婚姻を控えた相手へと送るようなものではなく、形式的なものばかりだった。

 圭子や淡路が見ればわかる事だが、まだ幼い欣子は文の内容を理解していないのか、返事をが届く事で自分は特別だと周りに自慢をする。


 ―帝は上手く婚礼が進むといった口ぶりで「時期を待て」と仰ったけど・・・本当に?

  当主となって引き継ぐことも多いだろうと考えていたけど、もしかして月影の家は乗り気ではないのでは?


 七夕を過ぎたあたりから、圭子の中で疑心が生まれる。

 圭子をはじめ承香殿に仕える者、帝に近い者達はみな欣子が源昭仁(みなもとのあきひと)へ嫁ぐことが当たり前と考えているが、東宮の態度といい、源家へ欣子が嫁ぐ事を快く思わない者もいるのかもしれない。そう考え先手を打とうとしたが、失敗してしまった。


 ―この子の幸せは、私の幸せ。その為にも、何としてもこの縁を繋がなくては。


 そう思う圭子は、柔らかな微笑みを浮かべ、欣子の顔を覗き込んだ。


「大丈夫ですよ、欣子。この母が其方の幸せを叶えてあげる。あなたには母と、帝がついているのですら」






 ◆◇◆◇◆






 ―一体どこの姫だろう・・・。


 常寧殿(じょうねいでん)に居たのだ。ある程度の上級貴族だろう。

 そう考えながら昭仁(あきひと)は立ち木を潜り、常寧殿の庭先から玄輝門(げんきもん)近くまで戻ると、別れた時と同じ場所に東宮の姿があるのに気がつく。


「見つかったかい?」


 昭仁の姿に気がついた東宮が言う。

 一人後宮へと入る昭仁を心配していたようだ。


「はい、無事に。白猫は常寧殿の庭先におりました」


 そう言いながら、昭仁が懐から扇を取り出す。

 引きずられた為に扇は傷だらけだが、飾り紐に目立ったは傷はない。


「飾り紐は・・・無事のようだね。でも扇が台無しだ。お詫びに一つ送らせてもらうよ」

「いえ、飾り紐が無事ならそれで」


 東宮妃の飼い猫の行った悪戯に、夫である東宮も責任を感じたのか扇について申し出たが、昭仁は首を振る。


「ところで兄上。ずっとここに?」

「いくら内裏に出入りの自由のある月影の者でも、共も連れずに後宮にというのを、誰かに見られたらまずいだろう? ついさっき承香殿の者にも言ったばかりだからね。私がいれば言い訳はできる」

「・・・お気遣いありがとうございます」


 穏やかな笑顔で東宮が言うと、昭仁は頭を下げる。


「さて、大切な飾り紐も見つかった事だ。どうだい、そろそろ皆夜の宴に移る。梨壺(なしつぼ)で飲みなおすというのは?」


 そう言った東宮の表情は、その為に待っていたんだとばかりだ。

 昭仁はあの場で東宮に会わなければ、飾り紐が見つかり次第屋敷に戻ろうかと考えていたが、別段予定があった訳ではない。

 大事な飾り紐を無事取り戻したのは、東宮のお陰でもある。


「喜んで」


  そう考えた昭仁は東宮の誘いに笑顔で答えると、少し離れて控えていた供の者を東宮が呼ぶ。


「これから月白(げっぱく)殿と梨壺での飲みなおす事にした。内膳司(ないぜんし)に伝えて貰えるかい?」

「畏まりました」

「さて、一旦門を出て歩こうか。少し遠回りだけどその方がいいだろう」


 東宮はそう言うと、入ってきた玄輝門へと向かう。

 暫く歩いていると、何か考え込むような様子だった昭仁が顔をあげて東宮を呼んだ。


「ところで・・・兄上」

「何だい?」


 昭仁の方を向いた東宮と目が合った途端、昭仁が目を逸らす。


「・・・いえ、」

「君が言い淀むとは珍しい」


 普段なら目を逸らす事もなく、堂々とした立ち振る舞いをする昭仁だが、今日に限っていつもと違う様子に東宮がおや、といった顔をした。


「言いたくない事であれば、それでも良いが・・・」

「いえ、・・・本日は、常寧殿にはどなたかがお越しでしょうか?」

「さて・・・。常寧殿では暁子(きょうこ)が何人かの女人(にょにん)だけで月見をすると言っていたが。誰が来ているかまでは聞いてはいなかったな。どうかしたかい?」

「いえ、大したことではございません」


 ―あの少女は・・・


 昭仁は、先程常寧殿の廂から姿を見せた、愛らしい少女の事を思う。

 見た記憶のない少女だ。

 ふわりと風がそよぎ、柔らかそうな髪がなびいた時に見えた横顔は、まだあどけなさが見えた。

 白く柔らかそうな肌に、化粧をしていないのにほんのり染まった頬と唇。

 年の頃だと十二ぐらいかと昭仁は思う。

 誰にも見られていないと思って白猫に話しかける姿が愛らしく、大人しく腕の中に納まる白猫を伴い奥へと入ってしまうまで、つい見入ってしまった。

 その様子を思い出すと、知らずに昭仁の口元に笑みが浮かぶ。

 そんな珍しい様子の昭仁を見て、東宮は首を傾げた。






 神嘗祭も終わり、静かな日々が戻った神無月。

 帝の元に陰陽寮から知らせが届く。


「此度の斎宮に、欣子内親王様が選ばれたとの事でございます」


 その言葉と共に、渡された文を開いた帝の手が震える。


「これは・・・まことか?」

「はい。それにより、早々に欣子内親王様には野宮(ののみや)に移っていただくご用意を」

「・・・暫し待つ事は出来ぬか?」

「帝?」

「あれの事だ、直ぐに受け入れる事は出来ぬだろう。・・・暫し猶予が欲しい」


 溜息と共に帝が呟くと、傍仕えの文官が頷く。


「では、内々では進める事とし、関係各所には通達を致します」


 その言葉に、帝はこれから起こるであろう嵐の事を思い、深くため息をついた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ