4 ランチタイム
あれから司波さんの言った通り、十時ちょっと過ぎに上総建設の担当さんがやってきて、書類を渡すことが出来た。
その間にも、色んな業者からアポや連絡の繋等の通常の受付業務をこなし、いつもよりちょっとだけ忙しい午前を過ごした。
休憩時間になり、食堂兼休憩ルームのフロアへ向かっていると、社内バッグに入れたスマホが震える。
バッグから取り出し確認すると、香澄ちゃんから『席確保してるからゆっくりおいで』という、ありがたい連絡だった。
それでも今日は朝に話した、来月の出雲旅行事の話をする約束があると思うと、自然と足が速くなる。
食堂に到着すると、オーダーカウンターは想定内の混雑具合で、既に決めていたメニューをさっと社員証に組み込んであるIDで清算する。
今日は、移動の時間も含めて休憩が少し短くなるからと、手軽に食べられるサンドイッチのプレートにした。
手軽な分、注文から手渡しまでも時間が短い。
プレートにはきれいに並べられたサンドウィッチと、サラダケース、フルーツにヨーグルトのかかったミニデザートに飲み物が乗り、ほんの数分で手元に渡された。それを受け取りフロア内を見回すと、窓際の六人掛けの席に香澄ちゃんたち三人の姿が見えた。
「お疲れー」
近づく私に気がついて、香澄ちゃんが声をかける。空いていた香澄ちゃんの横にトレイを置きながら腰掛けると、テーブルの中心には今朝表紙だけ見せて貰ったガイドブックが広げられていた。
「お疲れさま」
席に着いた途端、無意識にため息が出た。何だかかいつもよりパタパタした気がするのは、気のせいではなかったはず。
「あー、そっか。今日は後輩ちゃんとの組だったね、まだ慣れないからフォロー大変だったよね」
「うん、でもみんな通る道だからね。経験者としてはフォローして、今後独り立ちして貰わないとね」
今日一緒に担当した子は、九月から受付業務を始めた子だ。
入社して新人研修を終えて総務に配属後、一通り慣れた頃に受付当番業務は始まる。
ローテーションだし、毎日入るという訳にもいかないから、慣れるのには時間がかかるのは仕方がないと思う。
それに頑張って取り組む姿勢が見えるから、フォローできる所はフォローしてあげたい。
「まだちょっと勝手がわからなくてあわあわしてるけど、慣れたら大丈夫だと思うし。よし食べよう」
気持ちを切り替えるようにいただきます、と手を合わせて、まだ湯気の立つ紅茶のカップを手に取った。
三人は少し早く席に着いた分、トレーの中身は1/3程減っている。
「あ、そうそう。えりが来る前ににね、二人にどこに行きたいかって聞いてたんだけどね」
サンドウィッチをぱくりと頬張ると、香澄ちゃんがガイドブックに手を伸ばす。
「はいはい! 須佐神社行ってみたい!」
「日御碕の夕日きれいみたいですよー」
「やっぱり八重垣神社は外せないよねぇ。でも、足伸ばして美保神社行ってみたいなぁ」
有華ちゃん、東子ちゃん、香澄ちゃんの順でそれぞれが行きたい場所を言う。開いた本の中の地図を眺め、それぞれが言うスポットを香澄ちゃんが指で追いながら、予定を組み立てる。
「あ、そういえば。うちの営業の先輩が、出雲には黄泉の国とこっちの世界を繋ぐ場所があるって言ってたなぁ」
「え―、何それ」
東子ちゃんが思い出したように言った言葉に、香澄ちゃんが興味ありという感じで先を促すようにいう。
「あぁ、黄泉比良坂の事か?」
東子ちゃんが答えようと口を開きかけた時、朝一で聞いた声が右上からかかった。
「あ、ここ座っていいか? うまい具合にに人分あいてる場所がなくてな」
そう言いながら、トレイを持った司波さんが私の隣と斜め向かいにあいた席を指を差す。
今日は遭遇率高いなぁ、なんて、私はのんびりと口に入れたサンドウィッチを咀嚼する。
「あ、どうぞどうぞ。それにしても珍しいですね。お二人がここでお昼なんて」
「今日は午後から支社で打ち合わせなんだよ」
一番早く反応した香澄ちゃんが、笑顔で司波さんへの返事を返した。
仕事柄、香澄ちゃんも二人とは面識もあり、比較的気軽に会話ができる間柄だ。
私たちの返事を聞いてから、二人は空いている席に座った。
「で、さっきの話な」
桐生さんと共に軽く手を合わせ、食事を始めた司波さんがさっきの続きを口にする。
「あの世と現世をつなぐ場所ってやつだろ?」
「黄泉比良坂って言ってましたっけ?」
東子ちゃんが司波さんが言ってた地名を反復すると、その地名を頼りに香澄ちゃんと有華ちゃんがガイドブックの地図で場所を探す。その様子をちらりと見ながら司波さんは箸を止めた。
「そう、古事記にあるイザナギが先立った、最愛の妻イザナミを連れて戻る為、黄泉比良坂を通って黄泉の国を訪ねていったってやつだな」
「あ、聞いたことある!」
「まあ、神話としては有名だよな。で、その黄泉比良坂が出雲にあるって訳だ」
「へえ、なんか興味あるわぁ、ちょっと怖いけど」
「まあ、そう言う曰く付きの所は、足踏み入れないのがいいけどな。興味本位で行くとこじゃねぇから」
「えー、そういうって事は幽霊とか出るんですか?」
司波さんが教えてくれた情報に、香澄ちゃんが好奇心を覗かせ、幽霊とかホラーが苦手な有華ちゃんが嫌そうな顔をする。
「色々心霊現象があるっていうのはよく聞くけどな。まあ、本当かどうかわからねぇが、その土地の地名ってのは、それなりの理由があってつけられたってのが多いんだよ」
「え、じゃあ物騒な地名とかそういう事があるって事ですか?」
「全部が全部って訳じゃねぇだろうけど、興味本位で行く事によって、集まるっていうのは定番だな」
そう言い終わり、お皿の唐揚げをぽいっと口の中に放り込む司波さんの様子を無言で見た私達は、四人で顔を見合わせ、真ん中にある地図に目を落とす。
「せっかく楽しい旅行なのに、ホラー体験を態々しに行くっての物好きだと思う」
がっつりとかつ丼を食べていた桐生さんが、食後のデザートなのか生クリームの乗ったプリンのふたを開けながらぼそりと呟いた。
「そ、そうだね・・・」
その言葉に、再度四人で見合わせて「ここはナシね」と心の中で会話をする。
「まあ、結構日本全国を調べると、色んな郷土史があって面白いんだよ」
微妙な空気になった所で、司波さんがそんな事を言う。
「伝承とか、由来とか。まあ土地開発の調査でそういった所まで頭に入れておくと、結構役に立つんだよ」
「え、司波さんが調べるんですか?」
「俺も調べるけど、その手が得意なのは、桐生だな」
そう言ってにやりと桐生さんを見て笑う。
桐生さんは、プリンの最後の1口を食べたところで視線を感じたのか、こちらに視線を向けた後に頷く。
「こう見えて調べ物は得意だからね。土地の成り立ちとか面白いよ」
「ところで、姫さんもだけど、四人ともそんなもんで腹いっぱいになるのか?」
桐生さんの言葉に感心していると、司波さんは私のトレイを見たあと、他の三人のトレイを見て不思議そうに呟く。
確かに今日の私のお昼は軽めだけど、3人とも日替わりランチだから、至って普通の量だと思う。
そう思って、司波さんの顔を思わずまじまじと見つめた。
「いや、そんなもんで足りるのかと思って」
私達の視線に、司波さんがちょっと困ったように笑って言った。