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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
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38 残夢(1)

 延長七年-九二九年- 文月 京の都



欣子(よしこ)裳着(もぎ)からもう三か月というに・・・。帝はいつになったら、月影の若君との話を進めてくれるのかしら?」


 圭子(たまこ)は溜息ををつきながら、手元にある氷菓子をひと匙掬って口に運ぶ。

 裳着を行ったのは卯月の終わりの吉日。

 今は、七夕もとうに過ぎた文月の終わりだ。

 裳着の儀が終われば、直ぐにでも欣子と源昭仁(みなもとのあきひと)との婚礼を進めて欲しいと伝えていたが、帝からは「暫し待つように」との返事しかない。


女御(にょうご)様、内親王様が嫁がれるには色々と準備もあるのでしょう。いくら末席とはいえ、源家も皇族の一員でございますから。それに・・・」


 傍仕えの侍女である淡路(あわじ)が微笑みながら圭子のそばに控え、同じく氷菓子を口に運ぶ欣子を見る。


「帝も内親王を大層お可愛がりですもの。手元から離すのが惜しいのかもしれません」


 淡路は圭子に帝の手がついた際、世話係として帝が選んだ者だった。

 元々貧乏貴族の圭子には、そういった侍女などおらず、内裏に住むようになる時に帝が調度品と共に連れてきた。

 中宮をはじめ既に帝には側室もいる為、年若い圭子が困らぬよう、恥をかかぬように、と、昔から帝に仕えている侍女の中から古参の者を選んだという。

 年の頃は四十半ばだろうか。

 帝の幼い頃から仕えているというのもあって、帝の寵愛を受ける圭子と、その内親王である欣子に対しても、よく尽くしてくれていた。


「母上様? 私が月白(げっぱく)様の所へ嫁ぐ事は既に決められている事でしょう? だったらまだ欣子は母上様と一緒に過ごしとうございます」

「なんと愛らしい事を」


 欣子の言葉に圭子が手を伸ばし、欣子の髪を撫でる。

 その仲睦ましい様子に、淡路が微笑んだ。


「そうでございますよ。源家(みなもとけ)と言えば、月白の君が元服と同時に当主を継いだばかりと言います。まだ内々の事も落ち着いていないのでしょう。そんな状態の所に、内親王様が行かれてはご苦労が多い事でしょう」


 淡路の言葉に圭子も「そうね」と頷く。


「それにしても噂にたがわず、月白の君は麗しい事」


 淡路の後ろに控えていた、年若い侍女たちが弾んだ声をあげる。

 この者達は、今後、内親王である欣子に仕え、嫁ぐ際には欣子と共に源家へと行く為にと、圭子が集めた者達だ。

 圭子のと帝が溺愛する内親王に仕えるのだから、と、家柄も良く見た目も美しい(むすめ)達を集めた。

 ただその分まだ年若く、落ち着きに乏しいのが淡路の頭を悩ませる一つだった。

 彼女たちも貴族の(むすめ)、この先嫁ぐことを見越してか、よくどこの公達が素敵だなどと噂話をしている。

 先日も宮中であった七夕乞巧奠(たなばたきっこうてん)の際に、各貴族の家から集まる年頃の公達を物陰から見てははしゃぎ、淡路に叱られていたのは記憶に新しい。

 欣子の降嫁先として名のあがる源昭仁は、承香殿に仕える侍女たちだけではなく、他の既婚未婚問わず、貴族の女性の中では人気が高かった。




 源昭仁は、「月影」を掲げる皇族に連なる源一族の当主。

 家柄から武は勿論の事、教養も高く見目も麗しい。

 肌の色は雪のように白く、肌に映える漆黒の髪は光の加減では青みを帯びる。

 緩やかに弧を描く眉と切れ長の目、すっと通った鼻梁、少し薄めの唇がバランスよく収まり、まだ元服したばかりの少年から青年へと変わる過程の、危うさと色気を放つ。

 貴族であれば、早くから相手が決まる事が多いが、特殊な家柄の為か相手も決まっておらず、年頃の娘たちが憧れる、物語の令息そのものの存在だった。

 圭子が帝に欣子の嫁ぎ先にと望んでからは、欣子内親王の嫁ぎ先として囁かれてはいるが、側室でもよいと繋がりを持ちたがる娘や、その家族も多い。




「そう、本当にお美しくて。まるで絵巻から抜け出たよう」

「あの方と姫様と並ぶと、まるでお雛様の様だと皆言っておりますのよ」

「あら、まだ父上様がお認めになった訳ではないのだから、早計だわ。まだお顔も合わせた事ないのよ?」


 侍女たちの華やぐ会話に欣子がつん、と澄ました顔で窘める。


「そんな事はありません。女御様によく似たお美しい内親王様を見れば、どんな殿方でも恋に落ちてしまいます」

「先日も、近衛府の者が内親王様のお出かけの際の警護の時に、あまりに内親王様がお美しいので恋焦がれ、思いを伝える為の文を寄越したではないですか」


 身を乗り出し、そう伝える侍女たちに、欣子が思い出したように頷く。

 実際、母である圭子の容姿を受け継いだ欣子は美しい。

 勝ち気で気位が高いが、内親王という立場もあって、それを付加価値と捉えるものも多い。


「そうね、そんな事もあったわね?」


 そう答えると、興味なさそうに欣子はまた匙を口へと運ぶ。

 侍女たちの言うように、熱のこもった文や和歌が届くのは日常的な事で、欣子自身適当に受け流している。


「これこれ、皆失礼ですよ。それに、そんな風に喧しく話すと姫様が食べられず、氷菓子が溶けてしまいます」

「もういいわ、淡路。下げてちょうだい」


 侍女たちを制す淡路にそう言うと、欣子は氷菓子の乗った椀を置く。


「あら、欣子。もういいの? 帝がこの暑さでも涼しくなるようにと、氷室から分けて下さった氷菓子よ?」

「だって、飽きてしまったのですもの」


 圭子の言葉に、欣子は何でもない事のように言う。

 夏の氷は非常に貴重なものだ。

 冬にできた天然の氷を、都より遠く離れた山の中にある氷室に保管し、夏になると涼を取る為に運ばれる。

 食べる事ができるのは、氷室を持つ事の出来る皇族や一部の貴族だけだ。

 それを簡単に「下げて」という欣子に、年若い侍女たちは目を丸くした。


「食べたくなったら、また父上様にお願いすればいいもの」


 平然と言う欣子の答えに、淡路が侍女に片付けるようにと指示を出す。


「そうね。また帝にお願いすればいいわ。ああ、そうだわ。昨日、帝から素晴らしいお飾りが届いたの。欣子も気に入るのがあると思うから、一緒に見てみましょう」


 無邪気に圭子が手を合わせ、思い出したように言う。


「前に欣子の為にと帝から贈られた着物に、新しく合わせるお飾りがなかったでしょう? 七夕の時に、新しい着物に去年と同じお飾りを合わせたと帝が聞いて、ご用意して下さったのよ。可愛い欣子が去年と同じ飾りをつけているなんて、と、言われて。沢山あるからどれが欣子に似合うか合わせてみましょう」


 その言葉に、淡路が静かに侍女を連れて出ていく。圭子の言う、帝からの贈り物を取りに行ったのだろう。


「帝は、欣子の婚姻については待つようにおっしゃったけど、行事で月影の若君と顔を合わせる事もあるでしょう? 今でも十分だけど、もっと美しく可愛らしくしておかなくてはね」


 出会った時と変わらず、無邪気に可愛らしく振舞えばいくらでも帝は圭子に甘くなる。圭子によく似た欣子の為であれば、それ以上に甘くなる。


 ―私の可愛い欣子が、他の側室が生んだ内親王達よりも、もっと価値のでるように。


 そう心で呟きながら、圭子はゆっくりと愛おしそうに欣子の髪を撫でた。








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