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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
35/235

35 一過

 結構な騒ぎになってしまって、どうしようかと思っていた所での拓さんが来てくれた事で、少し安心できた分周りを見る余裕ができた。

 遠巻きに様子を窺ってはいるけど、野次馬のように集まったりはしていない。その様子にほっとして拓さんの顔を見上げる。


「耳は澄ましていても、あからさまな態度は皆しないからね。今の流れを見ていれば、どちらに非があるかはわかる事だし、主催である会長夫人が対応してくれるといってくれたからね。任せた方が穏便に済むんだよ」


 そう拓さんが優しく言い、ロビーまで出ると足を止め私を見る。


「それよりも、怪我がなくてよかった」

「大丈夫です。それよりも私のせいでお孫さんがケガをしなくてよかったです」


 そう思わず言うと、拓さんの瞳が一瞬だけ見開かれた後、ぽつりと呟く。


「・・・全く、君は()()()そうだ」


 良く聞き取れなかった私が軽く首を傾げると、ふっと張り詰めていたものを吐き出すように拓さんが笑った。


「何でもないよ。そうだ、お腹は空いてない? 上のレストランに予約を取ってるんだ」

「え、」

「もともと、顔見知りに挨拶を済ませたらすぐに退散するつもりだったんだよ」


 そう言いながら、拓さんは腕時計を掲げる。

 時間は二十時過ぎ、夕食と言っても十分な時間だ。


「えりさんは肉と魚、どっちが好き? 上のレストランはメインとデザートが選べるんだ。どっち好きかわからなかったから」


 指を絡め、再びゆっくりと歩き出した拓さんが私に聞く。

 最上階のレストランといえば、一面がガラス張りで景色が綺麗と評判の所で、ランチ・ディナー共に高めの料金設定だったはずと思い出す。

 香澄(かすみ)ちゃんと、ディナーは無理でもご褒美でランチ行ってみたいよね、と話した記憶もあるレストランだ。

 エレベーターで最上階まで上り、レストランで名前を拓さんが伝えると、直ぐに予約してある席へと通される。

 通された席は、落ち着いた内装が素敵な個室だった。

 ガラス張りの窓の外は日もすっかり沈み、夜の景色が広がっている。


「きれい・・・」


 思わず呟くと、ガラス伝いに拓さんと目が合い、微笑んだのが見えた。

 そのまま席へとエスコートしてくれた後、拓さんも向かい側へ座る。


「うん、綺麗だよね。今、こっちで借りているマンションも高層なんだけどね。景色はきれいだと思う」


 拓さんの言葉に思わず首をかしげる。


「だと思う? ですか?」

「あんまりゆっくり見れてないというか。帰っても今は寝るだけみたいになってるからね。カーテンも朝開けても出かける時には引いちゃうし」


 そう言いながら、拓さんは案内してくれたギャルソンに今日のメインを聞く。

 牛フィレと舌平目、どちらも蒸し暑い6月にぴったりの、少し酸味のあるソースが使ってある料理らしい。


「えりさんはどちらが良い?」

「え、と。私は舌平目にします」

「では、舌平目で」


 ギャルソンが「畏まりました」と頭を下げ室内から出ていくと、目の前の拓さんが柔らかく笑い、さっきの話を続ける。

 こっちに赴任してからは、昨年建設されたばかりの駅から徒歩圏内の、高層マンションに住まいを置いていると言う。

 家事も一通り自分でできるので、纏めて休みの日にやっていると言う。てっきりお手伝いさんか誰かいるんだとばかり思っていたから意外だった。


「ちょっと、びっくりしました」

「そう? ああ、そう言えばうちのメンバーはみんな一通りできるな。えりさんはご両親と一緒なんだよね?」

「はい、ずっと地元に住んでいるので」


 私が答えたところでアミューズブーシュが運ばれ、食事をしながらの会話となっていく。

 メンバーというのは司波(しば)さん達だろう。

 あの人たちが家事をしている姿が想像できるような、出来ないような。

 微妙な気持ちになったのが顔に出たのか、拓さんが小さく笑った。

 私がずっと地元だといった事に興味を持ったのか、子供の頃の事、家族の事、学生時代、そしてこの会社に入ってからの事と、拓さんから聞かれ、それに答えながら拓さんの事も教えて貰う。

 会話も楽しく、次々と運ばれてくる料理も味は勿論、彩も華やかだ。


 ―ああ、なんだか心地がいいな


 緊張もしたけど、パーティーは普段できない経験だし、拓さんと食事も共有する時間も楽しいと感じる自分がいる。

 ドレスアップして、普段行く事のないような場所に行って、楽しい会話と食事。

 まるで夢のような時間だと思う。ふと、シンデレラの魔法ってこんな感じなのかな、と少女っぽい事を考えてしまった。

 だけど、楽しいと感じる時間はあっという間。

 全ての食事が終わったあと、最後の紅茶とワゴンに乗った十種類のデザートが運ばれてきた。

 しっかりとフルコースを食べたのに、目の前のカラフルで可愛らしいデザートを目にすると目移りしてしまうのは仕方がないと思う。


「どれにしようか?」


 そう拓さんに言われて、自然と眉が寄ってしまう。

 沢山の中でベリー類をたっぷり使ったものと、白桃の乗ったケーキが私を誘惑する。


「苺と白桃で悩んでしまって・・・」

「じゃあ、彼女にその二つを」


 くすりと笑って、拓さんはギャルソンにそう告げる。


「えっ」

「うん。悩んでいる様子も可愛いけど、決められそうにないみたいだから」


 ギャルソンは『畏まりました』と手早くケーキ二つをお皿に乗せて目の前に置いてしまった。

 二つのケーキは小ぶりだけど可愛くて、甘いものが好きな私の頬が自然と緩む。


「・・・ありがとうございます」


 お礼を言いながら、自分の表情が少し子供っぽかったかと反省して、慌てて緩んだ顔を真顔へと戻す。

 そして楽しいと感じる食事の間も、ずっと心に引っかかっていた事を思いきって口にした。


「・・・あの、吉野さんの事ですが」

「うん。今日の彼女の行動はマナー違反だ。彼女は招待されている父親と来ていただろうから、主催とM.C.Co.Ltdへ吉野家(よしのけ)から、正式に謝罪をするという形になるだろうね」

「そう、ですか」


 私の視線が自然と俯きがちになる。

 吉野さんは、拓さんとの結婚を望んでいると、あの時私に言った。

 彼女は心から拓さんを好きなのかもしれない。そうだったら、私の立場は吉野さんにとって、面白くないと感じるのは仕方がないとも思う。


「えりさんには、誤解がないように話しておきたいんだ」


 拓さんの真摯な声に、俯きかけた視線が上がる。


「確かに吉野さん、正式には吉野議員だね。吉野の家から見合いの打診は何度か来ていたよ。五年ぐらい前からかな。でもそれは全て断っているし、実際そういった席にまで一度も至っていない」

「・・・はい」

「それに、彼女は僕を好きな訳ではないからね」


 真剣な視線がふわりと緩む。


「彼女が見ているのは、自分を飾れる未来の社長夫人という地位と、彼女に並んで自慢できる容姿。自尊心を満たすのに丁度良かったんだと思う」

「そんな事は、」

「彼女は、自分に相応しいと思う地位と財力を求めている、自分の為にね。そして、それが叶う事だと信じている。彼女自身の考えなのか、そういった家庭環境だったのかはわからないけどね」


 まさか、こういった場でも行動するとは思わなかったけど、と呆れたよう拓さんが笑った。


「確かに、月森COOの立場は、生まれた時からのものかもしれませんが、それ以外にも月森COOが沢山努力して、築いてきたものだと思います。まだ一緒に働いて短時間の私が言う事じゃないかもしれないですけど。でも、その頑張ってるのを知っているから、司波さん達も月森COOの力になろうって思ってるんだと思います。それを見ないでそんな風に思うのは、月森COOに失礼です」

「・・・呼び方、COOに戻ってるよ」

「あっ」


 思わず感情的になってしまって、ずっと名前で呼んでいたのが、いつもの呼び方に戻ってしまった。

 そんな私を見る拓さんの視線が、甘く熱を帯びた気がした。


「やっぱり、あなたは変わらないな・・・」

「え?」


 真っすぐ見つめられて、その視線に七階フロアで初めて視線が合った時を思い出す。

 じっと私を見つめていた拓さんの視線が、熱を帯びたまま、甘く解けた。


「・・・僕はえりさんが好きだよ。大切にしたい存在だと思っている。今、答えを欲しいとは言わない。まずは、えりさんの未来の隣にいる候補として考えてくれないかな」









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