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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
34/235

34 驟雨

 向かった先は、テーブル席。

 商談であったり高齢の方が一休みしたり、連れのご婦人達のの談笑スペースとなっているようだ。


「夫が高齢でしょう? 自分基準で座れるスペースを用意してるのよ」


 そう言いながら、夫人がくすくすと笑う。

 よく聞く立食などのパーティーは椅子に座るという事は少なく、場所があってもちょっとした足を休めるための場所だ。だけどこのパーティーは、会長の判断で座って話せる場所を用意しているらしい。


「男の人は立って話をするのは平気みたいだけど、やっぱり女性は腰を落ち着けて話したいわよね」


 会長夫人は上品でおっとりとしているけど、気さくな方のようで安心する。


「お気を使わせてしまって、すみません」

「いいのよ、楽しいものが見れたから」


 そう言いながら会長夫人が笑う。


「月森さんのあんな甘い顔なんて、今ままでに見た事がないもの」

「そう、なんですか?」

「ええ、そう。余程あなたの事が大切なのね」


 そう言いながら、楽しそうに笑う会長夫人は、まるで恋バナにわくわくとしている中高生のようだ。

 違うんですよ、と言えないのがなんだか心苦しい。


「普段こういった場に、一緒に来るのはほぼ成瀬(なるせ)さんや司波(しば)さんよね。年頃のお嬢さん達に彼らはとても魅力的だけど、でもお近づきになりたいお嬢さん達に、彼らはこう、釣れないのよね」


 会長夫人のおっとりとした言葉に、何となく「なるほど」と納得してしまう。

 このパーティーに参加する事になった経緯からしても、お察しだ。


「だから、まず女性を連れて居た事もだけど、特定の女性に甘い視線を向ける月森さんを見てびっくりしたわ。いつもは穏やかな表情を保っているけど、今日はとても表情豊かで」


 ふふふ、と、さっきの状況を思い出したのか、夫人が楽しそうに笑うので、つい曖昧に微笑んで誤魔化す。


「お二人で楽しそうですわね。私たちもご一緒しても良いかしら」


 声のする方を見ると、会長夫人と変わらない位の年齢のご婦人が立ち、その後ろに二十歳位の女の子が一人いる。

 会長夫人は二人に「あらあら」と嬉しそうに返事をしながら、私には二人は地元老舗酒造メーカーの社長夫人と、そのお孫さんだとと紹介してくれた。

 会長夫人が私の事をお二人に紹介する間、じっと相手のご夫人の影から女の子に見つめられ、視線が痛い。


 ―ああ、これはいわゆる拓さんに憧れている女の子からのクレーム? ある程度覚悟はしていたけど、まさか本当に遭遇するとは・・・。


 そう思いながら目が合った女の子に反射的に微笑むと、女の子が夫人の背中からずい、っと身を乗り出してきた。


「孫がどうしても月森さんのお連れの方と」

「あのっ! 私、お二人が入ってきた時からお似合いだと思っていてっ! ずっと目が離せなかったんですけど! そしたらおば様と二人でお話を始めたから、おばあさまにお願いしたんですっ!」


 夫人の言葉に被せるように一気に言い切った女の子は、目をキラキラとさせて、座っている私の手を取りそうな勢いで一気に言葉を続ける。

 想像していたものと違う言葉と勢いに、思わず気持ち身体が引いてしまったのは許して欲しい。

 そんな彼女から伝わってくるのは、純粋な好意。

 それなのに謙遜するのは申し訳ない気がして、素直にお礼を伝える。


「そんな風に言っていただけて嬉しいです。ありがとう」


 そう返事をすると、目の前の女の子がぱっと笑顔になった。

 お二人も座って話をしようとなり、会長夫人の隣にはご友人の婦人、私の隣にはお孫さんという並びになった。

 夫人は会長夫人と仲が良く、観劇やお茶などをよく一緒に行っていて、お孫さんは地元の女子大に通っている大学三年生という。


「え、じゃあ、今日のえりさんが身に着けているものは、月森さんが全て用意されたんですか? 素敵!」


 色々質問攻めにあいながら会話を続けていると、彼女が私のワンピースと靴が可愛いと褒めてくれ、その流れからどこの物かと聞かれた。

 正直に拓さんが準備したものでわからないと告げると、益々目をキラキラとさせて言う。


「そうね、とってもよくお似合いだわ。月森さんはえりさんの事をよくわかっているのね」


 会長夫人の言葉と共に三人からほのぼのした視線を貰い、拓さんとの着替えからここに来るまでの出来事を思い出して顔が赤くなる。


「あ、ありがとうご、」


 三人の視線が温かく恥ずかしい気持ちもあったけど、会長夫人の言葉の通り拓さんが私の為に、色々と手配をしてくれた。

 それは本当に嬉しかったから、私は褒めの言葉に素直にお礼を伝えようと、口を開いたのと同時に強い口調の言葉が耳に届く。


「なんでここにいるの、貴女が」


 明らかに、このテーブルにもけられたものだと感じて、びっくりして声の方を向くと、そこにいたのは吉野さんだった。


「・・・お疲れさまです」


 つい口から出てしまったのは、会社で交わす際の言葉で、言ってしまった後に失敗した、と思う。

 私の反応が、吉野さんの思っていたものとは違ったのだろう。イライラとした感情を隠そうともせず、吉野さんが再度私に問う。


「どうして貴女がここにいるのよ」

「貴女こそ、いきなり何なんですか?!」


 吉野さんの言葉に答えたのは、私ではなくお孫さんだった。

 彼女の中ではいきなり会話に割り込み、とげとげしい言葉を放つ吉野さんの方が、失礼な相手と思ったのだろう。


「貴女には聞いてないわ」


 見下すような視線に、お孫さんがムッとする。


「こちらの方は、今日、主人が招いたM.C.Co.Ltdの月森拓さんとご一緒にいらしたのよ。貴女は確か、吉野議員のお嬢さんね?」


 会長夫人は動じる事もなく、私の事を吉野さんに伝える。


「どうして?! 月森さんは普段女性を連れてこない事で有名なのに」

「そうは言っても・・・ねぇ? ご一緒に入場されたのはみんな知っていてよ?」


 吉野さんは会長夫人の問いには答えず、私を睨みつけながら呟くと、会長夫人はおっとりと首をかしげながら、周囲へと視線を走らせる。


「―っ! 何なの! そんな着飾って! あんたがあの人に連れてくるように頼んだんでしょう? 場違いって気づきなさいよ」

「場違いなのはあなたでしょう? 今日えりさんが着ているものは、月森さんが用意したものなのにそんな風に言うのはとても失礼だわ。大体人の会話にいきなり割り込んで、挙句そんな横柄な物言いをして」


 私の隣に座るお孫さんが、強い言葉で吉野さんを刺激する。その言葉に吉野さんの顔が怒りで赤く染まった。


 ―あ、ダメだ!


 怒りで震えていた吉野さんの手が振り上がるのが見て、慌ててお孫さんの身体を引いて彼女を庇う。


「えりさん」


 衝撃が来ると身構えていたのに、想像していた痛みはなく、代わりに私の耳に届いたのは拓さんの柔らかい声だった。

 その声に、ゆっくりと庇っていた体を起こす。

 顔をあげると、手を振り上げたまま呆然と拓さんの方を見る吉野さんと、少し目を細めてこちらに来る拓さんが視界に入った。


「あ・・・」


 吉野さんが何かを言おうとしたのを、そのまま拓さんは反応せず横を通り過ぎ、私の傍で止まる。


「えりさん、待たせてごめんね?」

「いいえ、だ、大丈夫です」


 そう言いながら、まだ腕の中にお孫さんがいた事を思い出し、慌てて彼女の体を起こす。


「ご、ごめんなさい、大丈夫?」

「大丈夫、です・・・。えりさんは?」

「私は平気です」


 彼女の顔を覗き込みながら言うと、目が合った瞬間ほっと詰めていた息を吐いて答えてくれた。


「月森さんが来てくれて丁度良かったわ。ここはお開きね」


 私たちの様子を見ていた会長夫人が、柔らかく言う。


「でも・・・」

「貴女のせいではないわ。ここは私が対応するから大丈夫よ」


 私は随分と情けない顔をしていたんだと思う。

 慰めるように言ってくれた会長夫人の言葉と同時に、拓さんが私の目の前に手を差し出す。


「ただいま、えりさん」

「・・・おかえりなさい、拓さん」


 そう答え、そっと差し出された拓さんの手に自分の手を乗せると、拓さんはゆっくりと私を立ち上がらせる。


「ごめんなさいね。私が月森さんからお預かりすると言ったのに、こんな事になって」

「いえ、こちらこそ・・・」

「会長夫人のせいではないでしょう? それにえりさんも皆さんと一緒に居た事で、随分とリラックスしていたようですし」


 なんて言葉を続けて良いのかわからず、私が言葉を濁すと、すかさず拓さんがフォローを入れてくれた。その様子に夫人二人が顔を見合わせ微笑む。


「やはり月森さんは、えりさんの事を()()()()()()()()()()()()。ああ、そうだわ。今度美味しいケーキを食べに行く話していたのよ。是非えりさんもいらして。お誘いは、そうね。月森さん経由で構わないかしら?」


 可愛らしく首をかしげて言う会長夫人に、拓さんが笑う。


「わかりました。いつでもご連絡ください。では、失礼します」


 拓さんの言葉に私もテーブルにいる三人に、お辞儀をして返す。


「さあ、行こうか」

「え、まだお仕事の話は終わっていないでしょう? それに」


 ―このまま立ち去ってもいいんだろうか?


 そう思う不安が顔に出ていたんだろう。私の顔を見て、安心させるように拓さんが目元を緩ませる。


「もう大方終わったし、大丈夫だよ」


 そう言いながら来た時と同じように、私の手を引いて拓さんが歩き出した。

 拓さんは、目の前にいる吉野さんのに全く視線を向ける事はない。

 拓さんに手を引かれ、思わず一瞬だけ吉野さんの方へと視線を向けると、少し俯きがちになった吉野さんの表情には、怒りが浮かんでいた。








驟雨しゅうう 急に降り出してまもなくやんでしまう雨の事

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