31 お願い?
※ ヒロイン視点です。
五月も終わり近く。
外回りから戻ってきた月森COOと司波さん、桐生さんに冷たいお茶を出す。
うちの会社は来客等の場合は除いて、飲みたい人が個別で入れられるよう、各フロアにコーヒーカウンターとサーバー、ミニキッチンの設置がある。
五月の終わりとはいえ徐々に日差しも強く、月森COOをはじめ、外に出る事の多い営業チームの様子を見ていると、少し同情する。
外回りから戻ってきて、少しでもほっとして貰えればと思って、手が空けばこうやって帰社したみんなに希望を聞いてお茶を入れる。
「ああ、榴ヶ崎さん。ありがとう」
「悪いな」
「ありがとう」
最初に手渡した月森COOから順に、司波さん、桐生さんからもお礼を言われる。
なんて言うんだろ、営業チームのみんなは暑い中『外で戦ってきました感』があるのに、この三人は温度を感じない。
人一倍動いているのに、何故だろう。
「いいえ、私も丁度飲みたかったので」
笑顔で返して、自分専用のマグカップを机に置く。私の分は三人とは別に暖かい紅茶だ。
因みに成瀬さんは本社とのリモートでの打ち合わせ、宗方さんと久我さんは各チームとのミーティングの為、ここには居ない。
「ああ、そうだ」
月森COOがおいしそうにお茶を一口飲むと、思い出したように言う。
「榴ヶ崎さん。来週の金曜日の夕方から夜にかけて、空いてないかな?」
「ああ、アレって来週だったか」
月森COOの言葉に、司波さんが答える。
「来週の金曜日ですか? 予定はないですけど・・・」
「金曜日にパーティーがあるんだけどね。申し訳ないんだけどパートナーとして一緒に出てもらえると助かるんだ」
さらりと月森COOがそんな事を言う。
自分の中では残業か何かだと思っていたから、思わず「わかりました」と言いかけて固まってしまった。
「・・・パーティー、ですか?」
「そう。地元の企業のお偉方さんが集まるんだよ。いつもは五人の誰かと行くんだけど、五人共がどうしても嫌だと言い始めてね」
ため息とともに月森COOが苦笑いを浮かべ、司波さんと桐生さんを見る。
「やだよ、だって肩凝るし、料理が有っても食べられないし、ウザいし」
「あれは中々苦行だよなぁ」
「えぇ? 皆さんが嫌がるところに私が行くんですか?」
慌てて二人の言葉に返すと、私の眉が八の字になったのを見て、司波さんが困ったように笑う。
「あぁ。正確に言うと姫さんは害はないと思うぜ。・・・こう言っちゃなんだけど、俺らって優良物件な訳よ」
「あー、そうですねぇ」
「あっさり肯定した」
司波さんの言葉に思わず同意すると、桐生さんが笑いながらつっこんでくれた。
司波さんは冗談めかして言ったけど、本当にCOO室の皆さんは優良物件だと思う。だから冗談ではなく、かなり本気で同意をしたら、その様子に月森COOがふっと可笑しそうに笑う。
異動初日、正直に言えば月森COOにどう接するのが良いのかわからず、出雲の事を触れることができなかった。
月森COOからもあの時の事を触れずに毎日の業務が進んでいくので、もしかしたら覚えていないかもしれない、そう思うと何となく言いづらくなってしまった。
それだけ、私の中であの時の出来事はインパクトがあったんだと思う。
ある日、月森COOと二人で向かい合って備え付けのソファに座り、今後の打ち合わせをしていた時だった。
メモを取っていると向かいから視線を感じて、下げていた視線をあげた。その途端、月森COOと視線が合い、その切れ長の瞳を優しく緩ませた。
「気に入って貰えたみたいで良かった」
私にだけ聞こえる音量の声は、あのときと同じく柔らかさを含んだもの。
その言葉で、月森COOがあの時の事を覚えていてくた事が分かり、嬉しくて笑顔で頷き返す。
「はい、お気に入りなんです」
同じ様に声を潜めて伝えると、月森COOも口の端をあげ頷いてくれた。
あれからあの時の事や、この髪留めの事が話題になる事はなかったけど、随分打ち解けられたと思う。
辞令が下りた時点では、自分に出来る事を精一杯頑張るしかない、と、思っていた。
実際に配属になってからは、勿論私なりに頑張って来たけど、COO室だけでなく、七階にいる皆さんには本当に助けられている。
特に月森COOはさり気なく気遣ってくれて、本当に感謝しかない。
そんな事を思い出していると、司波さんが言葉を続けた。
「そう。一応お年頃で、うちの会社に勤めてて独身ってなるとな。そういう場所に行くと色々となぁ」
そう言いながら、段々と遠い目になる司波さんと桐生さんを見て、「ああ、成程」と納得してしまう。
うちの会社に勤めてて、出世頭で見た目も良い。おまけに独身の適齢期。
うん、優良物件といよりも、超お得物件ですよね。
きっと、うちの婿に!ってお話が多いんだろうな・・・。
「俺らだけじゃないぞ、もちろんCOOもそこに入るが、俺らほど気軽にとはいかないっていのもある。まあ、俺らだと何とかなりそうって思うんだろうな」
司波さんの言葉に、桐生さんがお茶うけに出したミニ最中を口にポイっと放り込むと、うんうんと頷いた。
「そう言うのを対応するのが、ずばり面倒くさい! で、姫さんが行ってくれれば、俺たちの負担も無くなるし、COOにもパートナーがいるって事で虫よけにもなる!」
どうだ、いい案だろう? と、言いたげにドヤ顔を見せる司波さんにため息がでた。
「私じゃ虫よけにもなりませんよ?」
「姫さんが無自覚なのは相変わらずだな。まあ、それは横に置いて、大事なのはCOOに決まったパートナーがいるって言う事を、周りに見せる事だからな」
「えー、それだと月森COOを希望してるお嬢様方に、私が嫉妬の視線にさらされるんじゃないですか」
なおも断る方向に頑張ってみるけど、司波さんがあっさりと否定し、桐生さんには何言ってんだこいつ的な視線を貰ってしまった。
「そんな簡単に姫さんに勝てる相手もいないと思うぜ」
「いや、それはどうかと思いますよ。同じ職場で働く者の贔屓目フィルターです。それに私パーティーに行くような洋服、持ってませんよ?」
結婚式のお呼ばれ用の服はあるけど、ちょっと違う気がすると思い、そこも断る理由になるかもと口にしてみた。
「それはCOOが用意するでしょ?」
「勿論」
口の中の最中が無くなったのか、桐生さんが月森COOの顔を見ながら言うと、月森COOは穏やかな笑みを浮かべながらも、あっさりと肯定をした。
「服だけじゃなく靴、バッグ、アクセサリー。ああ、ヘアメイクもだね」
「ええーー・・・」
「折角用意するって言うんだから、ありがたく受け取っておけ。まあ、時間外手当の代わりだな」
なんだか私の意志無視で、どんどん話が決まっている気がするし、司波さんなんて「いやあ、良かった良かった。俺らも助かる」とか言っている。
でも、そういう場って良いご縁とかあるんじゃないのかな。やっぱり家格というか。
「ああ、COOに縁談話とかってのを考えてるんだったら、その辺は心配しなくていいぞ」
司波さんに考えてる事を読まれたのかと思って、思わず目を瞬かせると、司波さんが声を出して笑った。
「姫さん、分かりやす過ぎるわ」
「うちの一族は、政略結婚は望んでないんだよ」
司波さん、エスパーですか? なんて思いながら、笑う司波さんを見ていると、月森COOが目元を緩ませて私に言う。
「うちは代々恋愛結婚を勧めてるんだよね。勿論、お見合いでも、ただ単に家の存続だけの為に婚姻をするっていうのは否定的なんだ。照れくさいんだけど、心から愛する人を守る気持ちを持つことができなければ、会社やそこにいる社員達を守る事も出来ないし、愛する人がいるからこそ頑張れるっていう考え方でね。実際、上の姉も兄も恋愛をして結婚してるんだよ。これを言うと、みんな驚くけどね」
そう言う月森COOの視線は、穏やかで優しい。
「だからその辺は心配しなくて大丈夫だよ。寧ろ、今後も榴ヶ崎さんがパートナーとして出てくれるなら、ほんと助かるんだ」
そう言う月森COOの視線が、出雲の鏡越しに見えた視線と重なったような感じて、思わず恥ずかしくなって視線を逸らしてしまった。





