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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
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29 禍心

 可愛い私の欣子(よしこ)、あなたは子供たちの中で、一番帝から愛されてる。

 だから、一番良い所に嫁ぐのが当たり前なの。

 最高の暮らしをして当たり前なのよ。貴女は帝の寵愛を受けた私の娘だから。


 吉野の深く沈んでいく意識の中、呪文のように繰り返す女の声が聞こえる。


 ―そう、()()()の言う事は正しいの。





 延長7年-929年- 卯月 京の都



「本当に、欣子(よしこ)の髪は美しいわ」


 欣子の髪を梳きながら、欣子の母である圭子(たまこ)が言う。

 毎朝、圭子は自慢の娘の髪を梳く事を日課とし、誰よりも娘を華やかに飾り立てる事を楽しんでいた。

 圭子は元々は更衣として宮仕えをしていたが、現在の帝に見初められ、寵愛を受け女御の身分となった。その後、懐妊となり内親王となる欣子が誕生した。

 元々、帝とは親子ほどの年の差がある。

 華奢な体躯と、儚げな容姿に纏う色香を纏う危うげな印象は当時と変わらず、内親王が誕生し、裳着(もぎ)の儀式を迎える現在も、その寵愛は揺るぐ事なく続いている。


「裳着の日取りを占ってもらわなければ。腰結(こしゆい)は誰にお願いしましょうか。衣装も帝にお願いして、立派なものを用意して貰いましょう」 


 鏡越しにうっとりと微笑む圭子に、勝気そうな瞳を輝かせて欣子が嬉しそうに頷く。


「貴女はお子達の中でも、最も帝に愛されている内親王ですもの」


 圭子の言葉通り、帝は溺愛する圭子の子である欣子には、取り分け甘い。

 欲しがれば与え、願えば叶える。

 圭子と欣子の我儘に、臣下や貴族たちが振り回される事が多々あるが、それでも帝の一声で皆が従うしかなかった。

 余りの様子に、中宮や中宮の子である東宮が度々苦言をいうが、一向に改善する事はなく、また帝の寵愛を笠に贅沢に暮らす。

 口さがない貴族達の間では、圭子自身の身分が低かった事もあって「当代一の悪女」とまで囁かれているが、本人は全く意に介していない。

 欣子の髪を梳く為に今、圭子が手にしている櫛も、虹色の光沢を放つ貝を使った美しい細工の物で、これ一つで平民家族が一年楽に暮らせるというものだった。


 ―贅沢に暮らせる地位と財があるのに、何が悪いというの? 私は『選ばれた』。ただ、それだけ。


 そう思い、『選ばれなかった』者達の言う事等、気にも留める事なかった。




 今でこそ、帝の寵姫として暮らすが、圭子は裕福でない下級貴族の家に生まれた。

 裕福ではない故に、その暮らしから抜け出したくて伝手を頼り、宮中へ働きに行く事を望んだ。

 本来であれば、家柄だけでは更衣も難しかったが、持って生まれた儚げな容姿に纏う、影を含んだ色香が目に留まり、宮中勤めとなった。

 圭子自身、自分の武器は容姿だと良く理解をしていた。

 宮中であれば、この容姿で誰か有力な貴族が自分を見染めてくれるかもしれない。そう思っての宮中勤めだったが、まさか帝の目に留まるとまでは思っていなかった。

 帝の手がつき、あっという間に寵姫となり、更衣から女御となった。

 圭子は帝が望む、見た目通りの儚げで無垢、でも色香を含む女を演じ、寵愛を自分だけに向けるように画策する。

 懐妊すると、帝から承香殿(しょうきょうでん)を与えられ、沢山の貴族が圭子へと頭を下げるようになった事で、世界が変わった。

 下級貴族の娘であった自分に皆が媚び、機嫌を窺う。

 欲しいものは与えられ、希望すれば帝が叶えてくれる。

 懐妊後、月日と共に大きくなる腹を見て帝は男子(おのこ)を望んだが、圭子自身は男子など望んでいなかった。


 ―既に中宮が男子を産み、東宮と決まっているのに、男子を産んで何になるのか。


 男子を産んだとしても東宮が即位し、自分より随分年上の帝が退位後に崩御をすれば、後ろ盾のない自分達親子は没落してしまう。

 最悪、権力争いに巻き込まれ、親子ともども命を落としてしまうかもしれない。

 折角掴んだ今の地位を、権力争いに巻き込まれ、失う事が何よりも恐ろしいと圭子は考える。


 ―ならば女子(おなご)を授かればよい。


 有力貴族の子息に嫁がせれば、内親王の母として嫁いだ先が後ろ盾となり、今のような生活が維持できる。

 そう思い、子が生まれるまで神仏に願った。これは自分自身の命運をかけた賭けだと。

 産気づき、祈祷の大声と弓の弦の音の続く長いお産の後、響く産声と侍女の「内親王様でございます」という声に圭子は賭けに勝った、と安堵した。




「裳着が終われば欣子の嫁ぎ先を決めなくてはね。欣子と合う年頃で言えば、やはり月影の家の源昭仁(みなもとのあきひと)様かしら。あの家であれば末席とはいえ、皇族に連なるし、公卿(くぎょう)の位があるから貴女が嫁いでも問題ないわ」


 圭子の言う月影の家。

 源家は代々皇族に連なりながらも、特殊な能力を持つ一族で「皇族の剣」と皇族や上級貴族からは呼ばれている。

 占いや天文学、呪術や魔を払うなどは一般的に陰陽寮が行うが、もっと複雑なものや、陰陽寮の手に負えないもの、皇族や高位貴族に向かう(のろ)いや妬み、嫉みなどをもとに行う呪詛や、(あやかし)による魔封じ等を行う。

 都全体を守っており、表向きには公卿として帝に仕えている一族だ。

 月影の家の他、星影の家というのもあるが、こちらは一般貴族や市井を相手にしており、格としては月影の名を掲げる源氏が上となる。

 現在当主は五十を半ばすぎた源倖仁(みなもとのゆきひと)

 昭仁の祖父だが、昭仁が元服する際に当主の座を譲るという話が出ていると聞く。

 昭仁は、幼い頃から次期当主となる為、内裏にも倖仁と共に通い、宮中行事にも参加していたので、圭子も欣子も面識はある。ただ、皇族としての勤めに興味のない二人は、源家の特殊さについてまでは知るところではなかった。

 二人の興味は、携わっている家の事よりも、家柄と昭仁自身の容姿の麗しさの他、文武に長け「月の公卿様」「月白の君」と呼ばれ、宮中の女人達の注目の的となってる事の方が重要だった。

 昭仁の年齢は、欣子の三つ上で、今年十五になるので問題もない。

 欣子自身、幼い頃より周りから顔も合わせていない昭仁との事を、自分達に仕える者や有力貴族達から「似合いだ」「嫁ぎ先最有力候補だ」と言われ続けていた。

 何よりも帝の寵愛を受け、蝶よ花よと言われている欣子には、有力貴族で見目麗しい昭仁は相応しい相手だと思っており、嫁ぐ事も既に決まった事と思っている。


「あなたはどの内親王よりも、良い所に嫁ぐことができるの。女の幸せは、苦労なく贅沢ができる家に嫁いで、愛される事。大丈夫、貴女は私の自慢の娘、帝の寵愛を最も受けている内親王よ。何を望んでも否という者はいないわ」


 そう言いながら、圭子は欣子の髪に珊瑚の飾りを挿す。


「では、帝にご挨拶に行ってきなさい。母は気分がすぐれない為、こちらで休んでいます」

「はい、母上様」


 出口付近に控えていた侍女が、足早に欣子へと近づき手を差し出す。


「内親王様、足元にお気を付け下さいませ」


 欣子はちらりと侍女の顔を見ると、そうする事が当たり前のように、尊大な態度でその手に自分の手を重ね、侍女と共に帝のいる清涼殿へと向かう。

 一時(二時間)ほど前に、帝より珍しいものが手に入ったと使いが来た為だ。

 圭子も一緒にとの知らせだったが、気分がすぐれないと言い、欣子のみを向かわせた。

 帝の元に向かった欣子から、自分の様子を聞いた帝が夜にはこちらに来るだろう。

 中宮ではなく、自分の方へと帝の興味を引く為の、圭子なりの策の一つだ。

 何時までも自分が帝の寵姫であれば、血を引く欣子の寵愛も続く。

 帝が欣子を特別扱いをすればするほど、欣子の内親王としての価値は上がるのだ。

 いずれ、東宮が即位をするその日までに、圭子自身の後ろ盾を作らなくてはならないのだから。


 可愛い私の欣子、貴女の行く末が私にも幸せをもたらすの。






裳着もぎは女性の成人の儀です。 十二歳から十四歳ごろ目安に公家の女子が成人したしるしに初めて裳をつける儀式で、これを行うと結婚できるようになります。


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