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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
25/235

25 東風

 課長に呼ばれて一緒に向かったミーティングルームには、部長と支店長がすでに座っていた。

 促されるまま、課長と並んで向かい側に座ると、一枚の印刷された紙を目の前に出される。


榴ヶ崎(つづじがさき)さん、君には四月からCOO(最高責任者)室付きになる事が決まってね」

「はい・・・」


 支店長の切り出した話に、思わず訳が分からず曖昧な返事をしてしまう。


「この通り、君に辞令が本社から出たんだ」


 とても怪訝な顔をしていたんだろう。支店長と部長が苦笑いを浮かべている。


「確認してくれるかい?」


 支店長の言葉に、目の前の机に置かれた用紙を手に取ると、そこには『辞令 四月一日付で総務部一課よりプロジェクトCOO室勤務とする』と印刷されていて、最後には『今後の活躍に期待します。』とまである。


「COO室付きとなっているが、COOには本社から秘書の成瀬(なるせ)氏がついてくるから、榴ヶ崎さんは、成瀬氏と七階のプロジェクトフロアの調整役となるだろうね」


 支店長の言葉に、思わず顔が引きつりそうになる。


「あの、何故私が・・・?」

「君は気がついていないみたいだけど、社内外において君の評判は凄く良いんだよ。うちの会社は取引先に定期的にアンケートをお願いしているのは知っているね? その結果、榴ヶ崎さんであれば、こちらに来るCOOと現場のサポートを、上手くできるのではないか?という事になった様でね。大変だと思うが、ぜひ頑張って欲しい」

「全体の辞令は三月二十日だ。他の社員は七階が管轄となるが、君の直属は七階ではなくCOOとなるからそのつもりで」


 支店長の後に続く部長の言葉に、やっぱりため息しか出なかった。




 私の移動は少し特殊な為、支店長たちの気遣いで早めに通知をしてくれたらしく、その数日後に、社内メールと張り出しによって辞令が公開された。

 転勤となる人達の為、総務が忙しくなるのは毎年の事だが、今年は入ってくる方が多いので仕事量も増えそうだ。


「わーっ! 吉野(よしの)さん七階に移動なのね!」

「おめでとう」


 総務二課の方から女性の弾む声がする。


「ありがとう。せっかくエリートが集まる部署だもの。前々からお願いしてたから、通って嬉しいわ」


 少し鼻にかかった甘い声が、ひと際響く。


「・・・『希望』じゃなく『お願い』っていう所がコネ使いましたって感じだよね」


 隣に座る香澄(かすみ)ちゃんが眉をしかめながら、ちらりと声の方を見て声を潜めて言う。その様子に、思わず私は苦笑いが出てしまう。

 吉野さんは二年先輩の社員で、おうちは地元で老舗と言われる会社を経営している。代々親族の誰かが県会議員を務めていて、いわゆるお嬢様だ。確か彼女の父親も現役の県議だったはず。

 見た目も華やかで、この会社に入ったのも父親のコネで、スペックの良い結婚相手探しという事を、隠す事もなく話している事もだけど、自分の興味のない仕事は、なんだかんだと別の人に押し付けてしまうらしく、一部の女性からは評判は良くない。

 香澄ちゃん曰く『本人に選民意識があるから、下々の事は気にしないみたい』という理屈らしい。

 私達とは課が違うので、殆ど接点はないけど、聞く噂では周りが大変そうだなとは思う。

 そう言えば、司波(しば)さんがこちらに来て少しした時『あれ、何とかなんねぇか?』と疲れた顔をして、受付で愚痴を言っていたのを思い出した。

 多分、吉野さんからアプローチを受けてたんだろうなぁ・・・。

 あ、だから私、吉野さんからチクチク言われてたんだ。

 少し遠い目になりながら当時の事を思い出していると、香澄ちゃんの声で飛んでいた意識が戻る。


「えりも七階でしょ、わーん。寂しくなる―」

「大丈夫、お昼一緒に食べたり、帰りに寄り道したり今まで通りだよ」

「あら、榴ヶ崎さんも七階に移動なの?」


 香澄ちゃんの声に、吉野さんが反応して声を掛けてきた。


「あ、はい。その様です。四月から宜しくお願いします」


 私は慌てて立ち上がると、吉野さんへと笑顔で頭を下げる。


「ふぅん」


 顔をあげると、彼女が私の頭から足までさっと視線を動かしたあと、にこりと笑う。


「まあ、宜しくね」


 そう言いながら、彼女が私の耳元に顔を寄せる。


「わたし、COO狙いなのよね。あなたもそのつもりなら早めに諦めてね」


 予想外の言葉に思わず目が丸くなっていると、吉野さんは満足したのか自分の席へと戻って行った。


「なにあれ!」


 香澄ちゃんに、私が言われた言葉が聞こえたのだろう。

 吉野さんが自分の課に戻って、周りの女性たちと賑やかに話をした始めたのを見て、香澄ちゃんがムッとした顔で毒づく。



「嫌な感じ。というか、確かに綺麗だけど、会った事のないCOOを狙ってるなんてよく言うわぁ。知ってる? あの人、社外の人に対してもスペックで態度かえるからクレーム多いらしいよ」


 ぷんすか、という言葉がぴったりな様子の香澄ちゃんの様子に「気にしてないよ」と笑う。


「嫌な事が有ったら、我慢しなくていいからね!」

「大丈夫だよ。・・・たぶん?」


 首をかしげながら答えると、香澄ちゃんがぷっと噴き出す。

 根がポジティブなタイプなのか、実際何かあって落ち込んでも、感情のコントロールは上手くできる方だと思う。


「移動先も二人だけって事はないだろうし」

「まあ、そうだよね」

「という事で、帰りにカフェに寄る為にも、定時上がり目指して仕事しよう!」


 そう言うと、二人で今日の処理分の書類を分けて取り掛かった。





 辞令があってからの十日間はあっという間だった。

 今日から新しい部署になる為、いつもより少し早めに出社する。

 更衣室で支度をして七階に向かうと、パラパラと早めにフロアに出ている人もいる。見かけない人もいるので転勤組だろう。皆どことなくわくわくとした様子だ。


「おはよう、今日から同じ部署だな」


 ぼんやりと入口でフロアの様子を眺めていたら、後ろから聞きなれた声が聞こえて振り返る。


「おはようございます、司波(しば)さん、桐生(きりゅう)さん」


 元々、二人はこのプロジェクトの為に先発隊で来ていたのだから、ここにいるのは当たり前の事だ。今回のプロジェクトを発案し、形にしてきたのもCOOや司波さんや桐生さんと、今日こちらに来る三人の、併せて六人だというのは、社内では有名だ。

 司波さんや、桐生さんの営業力は数年見てきたけど、確かに群を抜いていたと思う。


「あそこが総務だ。机にネームプレートがあると思う。でも姫さんは俺達と同じで、こっち側にいる事は少ないとおもうぞ」

「え、なん」「あ、司波さん! お久しぶりです!」


 首をかしげ理由を聞こうとした時に、フロアの少し離れた場所から司波さんを呼ぶ声が掛かった。その声に振り返った司波さんは、「じゃあ、あとでな」とだけ残し、その人たちの方へと移動してしまった。

 とりあえず司波さんが言った場所、フロアの一番奥まで進むと、六つ程机が固まっている場所がある。その場所には、ストレートの長い髪を後ろでまとめた、落ち着いた雰囲気の細身の女性が座っていた。

 私はその人の傍に行くと、声を掛ける。


「よろしくお願いします。榴ヶ崎えりです」

「はじめまして。榴ヶ崎さんね。本社から来ました遠野瑞季(とおのみずき)です。よろしくね」


 経済関係の雑誌を読んでいたのを止め、遠野さんは立ちあがって笑顔で応えてくれた。

 ネームプレートを見ると「主任」と書かれているので、遠野さんが上司になるのかなと、思いながら返事をすると、穏やかな笑顔を向けられ安心する。

 何回経験しても、新しい場所や人間関係の一歩は緊張してしまう。

 その後、転勤してきたという男性三人がやってきて、それぞれと挨拶を交わし、和やかに自己紹介をしていると、始業五分前に吉野さんが入ってきた。







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