24 桜若葉
「でもさ、あの時の美保神社といい、八重垣神社といい、えりのは流れが繋がってるみたいで不思議なおみくじだったよねぇ」
いつものように食堂兼休憩ルームでランチをとっていると、思い出したように香澄ちゃんが言う。
しっかりと三日間の旅行も楽しみ、無事帰宅してから一週間。
戻ってからの二、三日はうきうきとした気持ちが残っていたけど、今は四人ともすっかり通常モードだ。
「あ、和歌と鏡の池?」
向かいに座る香澄ちゃんの言葉に、私は首を傾ける。
今日は東子ちゃんと有華ちゃんは、抱えている仕事の関係で休憩は別だ。
「そう! もう、いかにも『これから恋愛スタンバイ!』って感じだったでしょ?」
前のめりなその言葉に、思わず苦笑いをしてしまう。
確かにそんな内容だったけど、全くもって恋の予兆なんてない状態だ。
「うーん。でも全然心当たりないよ」
そう言いながら、お茶を一口飲む。
「何が心当たりがないんだ?」
私の頭の上から、バリトンボイスが聞こえてきた。
「あ、司波さん、桐生さん。お疲れさまです」
「お疲れさまです、今からですか?」
香澄ちゃんと私の声に、自然な流れで私の隣に司波さんが座ると、向かいの香澄ちゃんの隣に桐生さんが座る。
「おう。そういや、笹井から土産貰ったぞ。旅行楽しかったみたいだな」
そう言い終わると、いつものように『いただきます』と二人共が手を合わせる。
「そう、今その話をしてたんですよ」
いつもながら、司波さんも桐生さんもお行儀が良いなぁと感心していたら、香澄ちゃんがさっきの話の続きを始めた。
食事を続ける司波さんが、先を促すように「で、なにが心当たりがないんだ?」と、こちらを見て言う。
「この間の出雲の旅行で、引いたおみくじの話をしてたんですよ」
「いい知らせでも出たのか?」
「いい知らせというか・・・」
香澄ちゃんの言葉に、司波さんが興味を持った様子でちらりと私を見てから楽しそうに小さく笑った。その好奇心旺盛な様子に、思わず言い淀むと桐生さんが首を傾げた。
「何だ?」
司波さんも不思議そうな顔をする。
「見せた方が早いんじゃない?」
香澄ちゃんも楽しそうに笑うので、思わずため息が出る。
「あー、嫌だったら無理に見せなくていいよ」
気遣ってくれたのか、桐生さんが言うので慌てて首を振って否定をする。
「嫌じゃないんですよ、ただ、香澄ちゃんが面白がるから」
そう言いながら、椅子の背もたれと身体の間にあった社内バッグから、手帳とスマートフォンを取り出す。
手帳の中から、美保神社で引いた歌占を取り出し、広げて隣の司波さんに見せると、向かい側の桐生さんも少しだけ身を乗り出して、同じ様に歌占いを覗き込んだ。
「・・・美保神社で出たのが、このおみくじです」
「へぇ。大伴坂上郎女の歌か」
「すごい、司波さん! よく知ってますね」
出したはいいけど、何となく居心地が悪い感じがて美保神社の名前を告げると、歌の内容にピンと来たのか、司波さんが歌の読み手の名前を口にする。
ほんの少し目を視野しただけで、すらすらと名前が出た司波さんに香澄ちゃんが目を丸くした。
「それで、次に行った八重垣神社の鏡の池で出たのが、これです」
そう言って、取り出したスマートフォンから鏡の池で撮った写真を表示して、テーブルの上に置く。
「これ、えりのだけ言葉が違ったんですよねぇ。他の三人は『縁あり』とか『開運』とか書いてあったのに」
香澄ちゃんの言葉に、司波さんと桐生さんが何とも言えない微妙な表情になる。
それはそうだろう。
美保神社が熱烈な恋焦がれられる歌で、八重垣神社は運命の人が来る担て出てきたら、私だって微妙に顔になってしまったのだから。
「こりゃあ・・・」
司波さんの呟きと共に、司波さんと桐生さんの視線が私に向けられる。
「それでですね、鏡の池の時はえりの占いだけ五分も経たず沈んじゃったんですよね」
香澄ちゃんは、二人の視線に気がついていないのか、楽しそうにその時の様子を語るけど、何故か私の顔を見る二人は、とても残念な子を見るような表情だ。
・・・そうですよね、そうなりますよね。
そう思って、私の中で悟り開いた気分になっていると、司波さんが笑いながら慰めてくれる。
「・・・まあ、あれだ。いいやつが現れるって事だな」
「そう言う事にしておいてください・・・」
司波さんの慰めに頷き、そう言いながら、私は歌占いとスマートフォンを社内バッグに片付ける。
「しかしあれだな、そうなるとかなり姫さんは相手に思われるって事だな」
笑いをこらえ、楽しそうに司波さんが言う。
「だよね。こうガッチガチな感じに?」
続く桐生さんの言葉は、かなり怖い。
「まあ、変な男だったら私も許しませんけどね」
香澄ちゃんがにっこりというと、司波さんが苦笑いを浮かべる。
「ほんとに鷹田と姫さんは仲いいな。まあ、その相手がこの先現れて、姫さんを困らすようだったら俺らに相談しろ。何とかしてやるから」
その言葉に桐生さんも頷く。
色々とツッコミたい事が沢山あったけど、とりあえず心強い援軍がいるって言うことで良いのかな、と、納得する事にした。
なんか、とても物騒な言葉が出てたような気がするけど。
その後、出雲で出たおみくじのような出会いは残念ながら訪れる事もなく、年末へと日にちが進んだ。
街の景色がクリスマスの雰囲気から、新年へと様変わりしていく。
年明けも去年と同じく四人で初詣に行ったり、のんびり過ごしているうちに、年始の休みが終わった。
今春から、本格的にプロジェクトが動くということもあって、社内では年始からその準備や対応に追われ、どの課も慌ただしく仕事をこなす毎日が続く。
七階のフロアは今まで倉庫として使っていたのを、去年一部改装してCOO室や、プロジェクト専用のフロアが作られた。
各支店からも人が集まるけど、うちの支店の各部署からも、選抜メンバーが何人かそちらに入る為、社内での移動や引継ぎ準備も、同時進行で行われている。
慌ただしいけど、みんながやる気に満ち活気があり、直接プロジェクトに関わらない私でも一緒に頑張ろうという気持ちになる毎日だった。
「榴ヶ崎さん、ちょっといいかな」
そんな毎日を過ごし、三月半ばに差し掛かる頃、仕事中に課長に呼ばれた。
「なんだろう? 何かミスしちゃったかな?」と、首をかしげながらフロア内にあるミーティングルームへ課長と向かうと、そこには部長と、何故か支店長の姿があった。