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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第一章 面影
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22 八雲立つ・前

 ゆっくりと瞼を開けると、室内は薄暗い。


 ―あれ? 天井がいつもと違う・・・。ああ、そうだ。ホテルの天井だ・・・。


 ぼんやりと私は自分がどこにいるのかを思い出す。

 目覚めは良い方だけど、久々に昨夜は楽しくて夜更かしをしてしまい、寝たのは日付が変わった頃だった。いつもより睡眠時間が短い為か、中々意識が覚醒しない。


 ―なんだろ、夢見た気がする。


 そう思いながらゆっくりと瞬きをすると、左目から涙がこぼれていき、慌てて手の甲で拭う。


「あ・・・夢を見て泣いちゃったのか・・・」


 でも内容は思い出せない。心に残っているのは、切ないような温かいような不思議な感情だけ。

 ついぼうっとしてしまい、そのまま二度寝の態勢に入りかけたのを、慌てて意識を引っ張り上げた。昨日東子(とうこ)ちゃんとの「朝の散歩で大社に行こう」という約束がある。

 私は、まだ寝ているみんなを起こさないように、そっと枕もとのスマートフォンを手に取った。

 触れると画面が明るくなり、表示される時間は5時50分。

 いつも起きる時間だ。さすが社会人になってからの習慣だなと、変な所で自分に感心しながらゆっくりと体を起こす。

 隣の香澄かすみちゃんを起こさないように静かに布団を抜け出し、部屋に備え付けてある洗面所へと、ポーチを持って向かう。

 音を立てずドア開け、洗面所の明かりをつけて、壁一面にある鏡に写った自分の顔をまじまじと見ると、さっき拭いきれなかった涙の痕がある。

 幸い夢の中で号泣したわけでもなさそうだ。

 目元も赤くないのを確認すると、手早く身支度を整える。

 会社に向かう時はもう少しゆっくり整えるけど、今日明日は気心の知れた四人での旅行。手早く十五分程度でメイクと髪の毛まで整えると、みんなまだ寝てるかもしれないと思い、なるべく音を立てないようにと、そっと洗面所の扉を開けた。


 洗面所から忍び足で戻って、ポーチをバッグに入れようとしたところで、隣のベッドの香澄ちゃんがごそっと動く。

 布団にくるまったまま十五分前の私と同じように、枕もとのスマートフォンに手を伸ばし、その後、ぼんやりした様子でむくりと起き上がった。


「ごめん、起こしちゃった?」

「・・・ううん、だいじょぶ・・・。散歩に行くから起きないと」


 声を掛けると、前半はまだ目が覚めきってなかった為か、ゆっくりとした返しだったのが、後半にはいつもの香澄ちゃんの口調になる。

 両手でごしごしと目元を擦ると、視線をこちらに向けた。


「はやっ、もう準備したの?」

「ちょっと前に目が覚めちゃったから」

「そっか。二人は?」

「まだ寝てるよ。でも散歩行きたいって言ってたから起こすよ。香澄ちゃんは先に洗面所使ったら?」

「うん、そうするー」


 香澄ちゃんが洗面所に向かうのを「いってらっしゃい」と送り、私は手早く服を着替えると、まだ夢の中にいる東子ちゃんと有華ゆかちゃんを起こす為に、窓にかかったカーテンをゆっくりとあけていく。


「有華ちゃん、東子ちゃん。朝だよ」


 カーテンをあけると、きれいな青空が見える。

 今日もいい天気になりそうだ。


「おはよーございますぅ」

「おはよーございます。えりさん、はやーい」


 まだ寝ぼけた様子で、二人が同時にもそもそと起き上がると、朝の少し弱い有華ちゃんは今にも寝そうな口調で、寝起きの良い東子ちゃんはすっきりとした顔で、準備の出来ている私をみて驚く。


「うん、いつも通り目が覚めちゃったからね。昨日言ってた散歩どうする? 今、香澄ちゃんが洗面所使ってるよ」

「行く、行きます。朝ごはんの前に行きたいです」


 すぐに反応したのは東子ちゃんだった。

 言葉と同時にベッドから勢いよく出ると、寝起きとは思えない動きで洗面所へと向かう。


「有華ちゃんはどうする?」

「行きますー」


 東子ちゃんとは対照的に、ゆったりとベッドから出ると、有華ちゃんも東子ちゃんの後を追うように向かった。



 よほど、早朝の出雲大社は魅力的だったんだろう。

 あのあと凄いスピードで全員が用意を終え、六時半になる前にはホテルのロビーを出ることができた。朝食は七時三十分とお願いしたから、一時間はゆっくりと出来る。

 昨日しっかりと回ったから、朝の散歩は拝殿のみ。

 その代わり、帰り道に松の参道に並んでいる白うさぎや杵那築森、浄の池と歩いていると、あっという間に一時間経ってしまった。

 機能と同じように、後ろ髪を引かれている東子ちゃんを宥めながらホテルに戻ると、豪華な朝食バイキングが待っていて、散歩効果か四人ともしっかりとお腹に収めた。

 荷物を纏め、チェックアウトを済ませると、荷物を車に乗せ運転席へと座る。

 運転の順番は昨日と同じ。これから一気に美保神社までノンストップだ。

 ホテルを出発して暫く走らせていると、宍道湖が右側に広がる。


「うわー!これが湖って信じられない」

「こりゃ大きいわ」


 日差しも暖かく、キラキラとした午前の日差しが湖面に映っている様子を見て、東子ちゃんが声をあげる。


「ほんと―。お天気よくて良かった」


 後部座席で、はしゃぎながら東子ちゃんと有華ちゃんが宍道湖の写真を撮っている様子に、香澄ちゃんが笑う。


 暫く進んで松江市内に入ると、城下町を意識してかあまり高い建物がなく、緑が多く感じる。

 今回は松江城は観光に入れてなかったから、せめてお堀だけでも見ようかと急遽車の中で決めた。

 松江城のそばを抜けると、一気に美保神社まで進む。

 美保神社は島根県の端っこ、事代主神(ことしろぬしのかみ)系えびす社の総本社だ。

 事代主といえば、父の大国主神(おおくにぬしのかみ)にかわって、国譲りの誓約をしたとういうエピソードが有名だ。

 これから向かう美保神社は香澄ちゃんの激推しパワースポットで、入り江をぐるりと進むと、小泉八雲ゆかりの公園もあるらしい。

 入り江にある駐車場に停めて、少し歩けば一の鳥居、その少し先に二の鳥居がある。その奥にある神門としめ縄が立派で、思わず四人とも立ち止まって眺める。

 しめ縄は出雲大社ほどではないけど、地元では見ない大きさだ。

 拝殿では金運アップや海上安全が有名だと香澄ちゃんが言ってたけど、今回の旅は事故なく楽しく終わりますように、と、手を合わせた。


「ねぇねぇ、おみくじ引きません?」


 参拝が終わり、御朱印をいただこうと社務所へ向かうと、珍しく東子ちゃんが言い出した。


「いいよ、折角だから引こっか」

「いいね」

「あ、歌占(うたうら)って言うのがあるよ」


 どれにしようかと眺めていると、社務所にいる装束を着た女性が説明してくれる。


「歌占とは、一般のおみくじのような吉凶の書かれたものではなくて、神様のお告げとしての和歌が書かれているものなんですよ。事代主神様は託宣の神様ですからね。それにあやかって吉凶ではなく、和歌でお告げを記しているんです。おみくじを引く前に、何について占うのか願って下さいね。もしなければ必要な託宣をと願ってみて下さい」


 丁寧な説明にお礼を言い、香澄ちゃんから始まり、東子ちゃん、私、有華ちゃんと一人ずつ箱の前で願いながら手を入れ、引いていく。


 ―必要なメッセージ、お願いします。


 心の中でそう願い、指に触れた一枚を取る。

 場所を有華ちゃんに譲って、引いたおみくじを丁寧に開いてみると、一首の和歌が書いてあった。




「恋ひ恋ひて ()へる時だに (うるは)しき 言尽(ことつく)してよ 長くと思はば」

 作者:大伴坂(おおとものさかの)上郎女(うえのいらつめ)

 訳:ひたすら恋い慕ってやっと逢えた時には、どうか優しい愛の言葉を沢山言って下さい。私をいつまでも愛する気持ち、この恋を長く続けようと思うのであれば。






歌占というおみくじは実在しますが、実際の美保神社にあるかは不明です。

事代主神様を祭っている神社という事で・・・


大伴坂上郎女は「万葉集」の女流歌人で、大伴安麻呂と石川内命婦の娘で恋多き女性。

作中の歌は万葉集巻四に載っています。

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