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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第一章 面影
20/235

20 糸を引く(4)

 手紙が届いた十日後、浮島は少年たちを連れ盈時(みつとき)の屋敷へやってきた。

 浮島とは前回顔を合わせた者もいたが、少年達は初見。

 一番年長でまだ十歳、一番幼い者で自分達の仕える姫様と、さして変わらないと聞いていた。

 だが、実年齢よりもしっかりとした、大人びた風貌に屋敷の皆が驚く。


「一緒に来た子供達は、姫様と変わらないと聞いていたけど、随分大人びているね」

「なんでも、武芸をあの須佐様に習っているらしい」

「いずれは姫様の近衛に、という話だよ」


 侍女や家人が彼らの様子を見て、口々に言う言葉も気にも留めず、背筋を伸ばし浮島の後ろを歩く五人の姿は堂々とも感じる。


「さすが、地方官様の子息ですねぇ」

「お顔立ちも凛々しく、成長すれば皆麗しくなりそうだわ」


 比較的年若い侍女達が、ほうっとため息をつく。

 六人は案内役の者によって、まず盈時との対面する為母屋へと向かうと、その場にいた者達は遠巻きにその背中を見送った。


「・・・あんなガキどもが姫様の近衛だと?」


 浮足立つような家人と少し離れた場所で、藤原の屋敷を警備している大伴公毅(おおともきみたけ)が苦々しく呟く。

 元々正室の屋敷に仕えていた者が辞めた事により、一年前に、側室の実家からの伝手で雇われた者だ。

 智子さとしこの実家からの紹介であった事、実際それなりに強く腕もあった為、奉公となったが、隠しきれない野心が透けて見えてしまい、昔から居る者達とは折り合いが良くない。


「話が違うじゃないか。いや、大人と子供では実力が違う・・・今のうちに潰してしまえば」


 そんな不穏な言葉が、誰もいなくなった門前で呟かれた。




「よく参ってくれた」


 南廂(みなみびさし)(しとね)に座り、盈時は向かいに座り頭を下げる浮島と五人に微笑む。


「お言葉に甘えて参じました。こちらは先日話しました、地方官様方の子息達でございます」

「そう堅苦しくならず」


 頭を下げたまま浮島が答えると、穏やかな声で盈時が顔をあげるように言う。

 その言葉に浮島が伏せた顔をあげると続いて後ろに控えていた五人も続く。


「こちらより、大宰府、丹波、備後、近江、豊後の(かみ)を父に持ち、名は現在、須佐様より賜った迅雷(じんらい)宵闇(よいやみ)颯水(はやみ)封土(ふうど)不知火(しらぬい)と名乗っております。私の事も浮島とお呼びください」


 浮島に名を呼ばれ、五人が頭を下げ、順に名を告げる。

 はっきりと通る声でそれぞれが名を告げる度、盈時は満足そうに頷く。


「既に浮島から聞いておるだろうが、其方たちは我が娘咲子(えみこ)の近衛としての任を担って欲しい。其方らもまだ、指南を受けている身と聞いておる。姫は幼いゆえ、まずは姫と共に浮島殿から教育を受け、成人の暁には正式に近衛として名乗って貰う」


 盈時が告げると、五人はまっすぐな目で盈時を見つめ、揃って返事をする。


「さて、姫を呼んできてくれぬか?」


 盈時の言葉に、控えていた侍女が一礼と共に、北対へと向かう。


「これから姫と対面となるが・・・。親の欲目かもしれぬが聡く愛らしい子だ。ただ中々に好奇心旺盛な子でな。其方たちを困らす事もあるかもしれぬ。其方たちの事は『兄が増える』と喜んでおるので良くしてやって欲しい」


 盈時の言葉に五人は頷き答える。


「ああ、来たようだ」


 盈時が東廂(ひがしびさし)を向くと、先ほどの侍女を後ろに従え、小さな姫がゆっくりと歩いて来た。

 つややかな黒髪に、淡い藤の花の髪飾りが挿され、白く柔らかそうな頬はほんのりと赤みが差し、長いまつ毛に縁どられた琥珀色の瞳は、きらきらと輝いて見える。


「咲子、こちらへ」


 幼い頃より宮中に招かれ、常寧殿の方からの教えもあったのだろう。貴族の姫としての振る舞いを懸命にしている姿に、傍に控える侍女や家人の表情が緩む。その様子を見るだけで、この屋敷にとって幼き姫は自慢なのだと理解できる。

 ゆっくりと盈時の傍までやってくると、咲子は隣にある茵に腰を下ろした。


「こちらが我が娘、咲子だ」


 浮島とはすでに面識があるので、盈時の言葉は五人に向けたものだろう。咲子は少しはにかみながら笑顔を向けた。


「咲子、正式に浮島が、其方の家庭教師兼乳母となる。五人は今は浮島より学問を受けているが、いずれ其方を守る者達だよ」

「ちちうえがおっしゃった、あにうえさまたちですね」

「姫様、これからこの子たち共々宜しくお願いいたします。盈時様にもお伝えしましたが、わたくしの事は浮島とお呼びください。こちらの者達は迅雷、宵闇、颯水、封土、不知火と申します。そのまま名前でお呼びくださいませ」

「あにうえさまでは、いけないのですか?」

「兄のように慕って、甘えていただいて構いませんが、彼らは姫様に仕える者達。名前でお呼びくださいね」


 浮島の言葉にぱちぱちと目を瞬かせた後、咲子がこくんと頷く。


「咲子、父は浮島とこれからについて話がある。その間、五人に屋敷の中を案内してあげたらどうだろう?」


 本来は侍女が行う事だが、彼らと会う事を楽しみにしていた咲子が、早く彼らと打ち解けられるように、また彼らも大人が案内するよりも、咲子の案内の方が早く馴染むだろうと盈時は考え、提案した。


「ちちうえさま、いいのですか?」

「この屋敷の中は、誰よりも咲子が良く知っているだろう?」


 早く彼らと仲良くなりたい好奇心を抑えていたのだろう。咲子の顔が嬉しそうに綻ぶ。


「では、」


 盈時が「行っておいで」と言葉を告げようとした時だった。


「恐れながら」


 白砂で控えていた大伴公毅が、膝を折り物申す。


「なんだ、大伴。申してみよ」


 突然の声であったが、気分を害する風でもなく盈時が声の主へと答える。


「こちらの少年達が姫様の近衛となる事。いくら須佐様の指南が有っても早計なのではないでしょうか」

「あの須佐殿が才能を買っているという時点では、有望とみて問題はないと思うが?」

「まだ成人もしておらぬ子供。先はそうであれ、現時点で姫様を守るに値しないのであれば、そのような扱いは承服しかねます」

「ふむ・・・。浮島、実のところ其方はどう思う?」


 この五人をよく知っているのは、この中では誰よりも浮島だろう。そう考え盈時は浮島に問う。


「上三人の実力は、大人にも引けを取らないとだけ。ただ、実力が見えねば納得がいかぬというのであれば、実際大伴殿が手合わせを行ってみてはいかがでしょうか?」


 その言葉に、顔を伏せた大伴がにやりと笑う。


「わかった。では、誰が・・・」

「では、私が」


 先程の大伴の言葉を聞いても、五人とも動揺など見られない。寧ろその後の浮島の提案にすら余裕の表情にも見える中、盈時の言葉に素早く颯水が答えた。


「実力からすれば迅雷、宵闇よりも劣りますが、私と手合わせする事で、二人の実力も分かっていただけるかと思います」

「そうか。では用意を」


 盈時が了承すると、白砂での手合わせの為の準備がはじまった。









現在では成人は男女ともに二十歳ですが、当時は男子は十一歳から十五歳、女子は十二歳から十四歳とされていました。

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