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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第一章 面影
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2 何気ない、日常 1

「どうしたの、えり? 朝から元気ないね?」



 ロッカールームで自分の荷物をロッカーに入れ、扉を閉めた途端、後ろから声をかけられた。

 首から下げた社員証にはM.C.Co.Ltdの会社名と所属課と「榴ヶ崎(つつじがさき) えり」の名前と顔写真。

 大抵、この苗字は読めなくて「なんて読むんですか?」というのが定番のやりとりだ。

 M.C.Co.Ltdといえば、長い歴史のある大手デベロッパー会社で、全国に支社があり、数多くの社員が所属している筈なのに、この苗字を読める人はほとんどいない。


「あ、香澄(かすみ)ちゃん。おはよう」


 振り返ると、さらりとしたボブヘアの親友。鷹田香澄(たかだかすみ)ちゃんだ。

 サラサラのストレートの髪は、背筋の伸びたきりりとした雰囲気の彼女にはよく似合う。

 私は柔らかく緩いくせ毛の為、どんなにアイロンで伸ばしてもへにょりとしてしまうので、彼女の髪質は本当に羨ましい。


「で、朝からため息なんてついて、どうしたの?」

「ん? ちょっと夢見が悪かったというか・・・、目覚めが悪かったというか・・・」

「え、怖い夢でも見た?」

「怖い、って言う感じではなかったかな。でも目が覚めたら殆ど内容は覚えてなくて」



 そう。

 多分何度も見ている筈の夢。だけど今言ったように全く内容は覚えていない。

 決まって目が覚めると涙を流していて、胸が苦しいような感覚になる。

 何度も何度も繰り返せば、内容が分からなくても「同じ夢」を見ているんだと感じてしまう。


「あ、いつも言ってる、あの夢?」


 思い当たったように、香澄ちゃんが「あの夢」と指すのは、以前この感覚を話したことがあったから。


「うん、たぶん。夢の中で泣いちゃうせいかな。目が覚めると疲れちゃってて」


 困ったように笑って言うと、香澄ちゃんは納得したように頷く。


「そっかー。今日は出雲のガイドブック持ってきたから、お昼休みにそれでどこ行くか決めようかと思ったんだけど、少しでも気分があがるかな?」

「早速用意してくれたんだ!」


 社内で使うクリアバッグに荷物を移し替えながら、香澄ちゃんが通勤に使っているバッグから最新号のガイドブックを取り出し、笑顔付きで見せてくれる。




 元々一人旅の好きな彼女は、興味がある場所のガイドブックを集めては旅行の計画を立てている。

 ゴールデンウィークの連休前に、彼女の呟いた「出雲に行ってみたいんだよね」という一言から計画は始まった。

 あれだけ一人旅が好きなのに、なぜか出雲には行った事がないと言う。

 私は元々母方の実家が島根で、小さい頃から何度か連れて行ってもらった事がある場所だけど、高校を卒業する頃には祖父も亡くなって足を運ぶ事もなくなってしまった。


 その事を伝えると、二人で休みを合わせて行こうと話になり、どうせなら神様が集まる「神在月」に行ってみようという話になった。

 日本には旧暦で和風月名という月の和風の呼び名があるのを習ったのは学生の頃。

 一月は睦月、二月は如月という、今でもカレンダーによっては小さく書かれている呼び名だ。

 十月は「神無月」となっているが、その理由に「全国の神様たちが出雲大社に集まり、各地の神様が留守になる」という説がある。

 反対に出雲では神様が集まってくるから「神在月」と呼ばれている、と教えてくれたのは祖父だった。

 何度か出雲へ行ったけど、神在月には行った事がなかったのよね、と、そんな話をすると、香澄ちゃんから「じゃあ、行ってみよう!」と提案された。

 勿論、彼女とのお出かけや旅行も良く行く、から断る理由もない。

 折角なら私が車を出して「のんびりドライブ旅行だと気兼ねもないね」と提案すると、免許のない香澄ちゃんは、長時間運転を私一人がする事になる事を考え、遠慮をする。でもどうせ行くならいろいろ回りながら、時間に追われずに行ける方が楽しい。

 もとから車の運転は好きだし、たま一人でドライブで遠出もするし。実際、香澄ちゃんとも遠出は車が多い。

 そんな初期計画を立てていると、同じ総務部の後輩が手を挙げた。


「え―! そんな楽しい旅なら私も参加したいー! モチロン、私も運転しますよー」

「え、私も行った事ないんです、便乗してもいいですか?」


 先に手を上げたのは北原有華(きたはらゆか)ちゃん。後に続いたのは有華ちゃんの同期で営業部の笹井東子(ささいとうこ)ちゃんだった。

 二人は部署は違うけど、入社式で一緒になってから仲が良いらしく、慕ってくれる有華ちゃんとお昼を一緒に取るようになって、自然と仲良くなった。

 性格は違うのに楽しいと思う所や好きなものが似ていて、四人で一緒にお昼を食べたり、会社帰りに寄り道や、夕食に行ったりと楽しい時間を過ごしている。

 その日のランチも、私と香澄ちゃんの居るテーブルにやってきた二人は、私と香澄ちゃんの話す出雲旅行の話を聞いて、一緒に行きたいと目を輝かせた。

 それが初夏に入る前の五月の終わり。

 今はその夏も過ぎた初秋の九月終わりだ。

 旅行好きの香澄ちゃんが、随分と早くから宿を手配してくれおかげで、ゆっくりと計画が立てられる。

 香澄ちゃん曰く「思い立ったら即予約。時期によっては良いお宿は空きが無くなっちゃうから」という事らしい。

 昨日、そろそろ回りたい場所を決めなくちゃね、と、そんな話をしたので、早速香澄ちゃんが最新のガイドブックを持ってきてくれたらしい。

 こういう時の、香澄ちゃんのフットワークの軽さは本当にありがたいと思う。

 今度出かける時は、香澄ちゃんが行ってみたいって言っていたお店でランチをご馳走しよう、なんて思いながら、二人並んで所属フロアへと向かった。










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― 新着の感想 ―
[一言] この作品、ツイッターの挿絵が気になっていてずっと読みたかったけど時間が取れなくて諦めてました。 でも読まないと後悔すると思って、やっぱり読み始めたらプロローグから一転して、私の好きな雰囲気…
[一言] 改めまして!こんにちは!いつもありがとうございます!読ませていただきありがとうございます!これからも楽しませていただきますね!応援しております⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
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