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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第一章 面影
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13 折衝

※宇迦之御魂神様視点

「単刀直入に言う、『鍵』を我らに託せ」


 いつ口を挟もうかとうずうずしていたのだろう。

 意気揚々と言う建御雷之(たけみかづちの)男神(おのかみ)の言葉に、思わず手にした扇で口元を隠す。それが当たり前だと言わんばかりに、後ろからも賛同する神々の声が続く。

 ここの所、神域では宇宙の代替わりについて騒がしい。天児屋命(あめのこやねのみこと)布刀玉命(ふとだまのみこと)の占術によって『時が近い』と告げられてからは顕著となった。

『鍵』を手に入れれば『中枢』も自然と手にする事が出来る。両方を手に入れる事は宇宙の覇権を握る事にもなる。

 千年前は阻止できたが、今回こそ邪悪なものに奪われた場合、神域も含めどうなってしまうのか。

 静観するもの、嘆くもの。そして今回のように力づくで神域で管理しようというものまで現れている。

 先代の天之御中(あめのみなか)主神(ぬしかみ)の起こした、あの暴走の後始末を彼らに任せ、今まで千年を過ぎる時間をも、自分たちは知らぬ存ぜぬで過ごしておいて、いざ代替わりとなると自分たちの権利と保身を主張する。


 ―人の世も、神の世も都合主義は変わらない事だ。


 そっと扇の後ろでため息とともに呟く。どうせ建御雷之男神も火之可迦具土神(ひのかぐつちのかみ)も、一部の神々に上手く乗せられた口だろう。


宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)よ。月白(げっぱく)殿に関しては心配いらぬが、御劔(みつるぎ)達に関してはどのぐらい持つか?」


 斜め向かいに座る天児屋命が、声を潜めて問う。

 彼らの能力が劣るか、という意味ではない。御劔達の冷静さが何処までもつか、という問いだ。


「心配はいらぬかと。婿()殿()も此度の茶番はよくわかっております。ぎりぎりの所で止めるでしょう」


 ただし、建御雷之男神達(あれら)の態度が今のままではどうなる事か・・・。

 そっと心の中で付け足しておく。

 天児屋命の心配は、先程から彼らを見下すように言葉を発する側へだ。建御雷之男神達(あれら)は未だ御劔達をただの仙弧と思い侮っているが、その能力はただ一人を守る為だけに、長きの時間蓄えてきたものだ。そして、その御劔達を婿()殿()は揺ぎ無い信頼を寄せている。

 そうと理解せず、大声で割り込んだ声の主の建御雷之男神へ、表情も変えず婿()殿()は冷えた声を返す。


「これは異なこと。我らが『鍵』を保護し、守り続ける事はあの日決まった事でございます」


 その答えに今度は火之可迦具土神がふん、と、鼻を鳴らす。


「いくら『中枢』となる身であっても、おぬしは元は人間。我らには適うまい」

「・・・ならばお聞きしたい。『鍵』をどのように保護するおつもりでしょうか? いくら『鍵』であっても、今は人の子として」

「多少の犠牲は致し方なき事」


 婿()殿()の言葉に被せるように、建御雷之男神が言う。


「・・・彼女の、今の生を終わらせるおつもりですか?」

「『鍵』として選ばれたのは運命、ならば、多少なりとも人の子の生が短くなろうと本望だろう。それによって宇宙の安定が図れるもの」

「ああ、なに、すぐに命を終わらせる訳ではない。時期が来るまで眠らせ、神域で保護すれば()()()()()


 建御雷之男神に続いて、火之可迦具土神も簡単な事とばかりに言うと、後ろに並ぶ神々からはそれが良いと合いの手のような言葉がかかった。


「・・・多少の犠牲、とは笑わせる」


 大きくはないが、想像以上に低い地を這うような婿()殿()の言葉は、ざわついた周囲がしんと静まり返るぐらいの怒気を含むものだった。


「あの時の『先代』が行った事をお忘れか? たかだか人の子と、勝手に躑躅(つつじ)の人生を終わらせたのは、あなた方のお仲間である神だ」





 そう。

 約千年前の大事件とは先代の天之御中主神の起こした愚行。

 混乱する神域と人の子の世。

 都には魑魅魍魎(ちみもうりょう)が溢れかえり、大地震に飲まれ、火の手が上がるあの凄惨な光景が、まるでつい先日に起った事のように思い出される。

 宇宙の代替わりの為に必要な『鍵』の選別は天之御中主神の管轄。

躑躅(つつじ)の姫』と呼ばれていた、我が手で育て上げる事となる姫が選ばれたのは、天之御中主神の意思か、それとももっと大きい何かだったのか。

 今となってはわからぬ事だが、その自分が選んだ『鍵』の可能性に気付いた天之御中主神が、策を練り、行動を起こしたのは狂気か、ただの好奇心か。

 通常であれば、自然に目覚めるはずの『鍵』の人生を無理やりその手で終わらせ、我らからすればほんのひと時の、穏やかに過ごす人の子の幸せを壊し、都を崩壊させた。

 その「鍵」として選ばれた躑躅の姫それでも妻に望み、穏やかな時間を過ごす筈だった目の前の男の幸せを、我らの仲間である神の一人が壊した。

 愛しい妻の命が抵抗できない力で奪われ、自分の腕の中で消えしまう事は、どれだけこの男の心の奥底にまで深い傷を負わせたのか。

 焦がれ、手に入れた妻と永遠に添い遂げたいが為に、人としての生を手放し、自分の転生の権利を放棄し、『鍵』と共にある為だけに、中枢という道を選んだこの男の中にあるのは、我が養い()の躑躅に向ける恋慕のみだ。

 閉ざされ、光のない絶望から逃れる為の唯一だったのか、それともそれも含めての、先代の策だったのか。



「『先代』の行なった愚行と我らは違う!」


 心外だとばかりに建御雷之男神が荒げた声で、過去の記憶から意識が戻る。


「天児屋命が申したではないか! 『襲撃の可能性もある』と! お主らの元よりも我らの庇護下の方が安全に決まっておるのだ!」

「そうだ! 我と建御雷之男神であれば、そうそう狙われる事もあるまい!」

「私の元より、そちら側が安心だと?」


 建御雷之男神と火之可迦具土神の言葉に、婿()殿()がすっと目を細めた。


「無論! いくら『中枢』といえども元は人! 力には限りがある! 御劔の輩にしてもたかだか仙弧せんこだ。我らほどの力はない!」

「では、なぜ、とお聞きいたします。神々はあの時、表に出る事がなかったのでしょうか。『先代』の捕縛時も、そしてこの千年の間にも。あなた方は誰一人、躑躅を守る事はなかったのはなぜでしょうか」


 声高々に言う建御雷之男神の声に相対する様に、婿()殿()の声が冷たい刃のように響く。


「それはっ・・・」


 言い澱む火之可迦具土神の声に、婿()殿()の薄く形の良い唇の端が微かに上がる。


「『先代』にも、我らから『鍵』を奪おうとする輩にも敵わぬ、と、思われたのでは? それを今になって寄こせとは虫が良い」

「おのれ! 我らを愚弄するのかっ!」

「愚弄するも何も、事実でありましょう」


 どんどん頭に血がのぼる二神とは対照的に、婿()殿()も御劔達も、冷めた目で二神とそれに同調する神々へと視線を向ける。


「あの時にも表に出てこなかった神々が、今になって躑躅を寄こせと言い出すとは。あの時、望まぬ形で躑躅を我が腕から奪った事を、私が何も思わないでいると? 先ほどの()()()()()といい、時期が来るまで等と、この期に及んで勝手な事を言う。あなた方の都合で躑躅を振り回すのはやめていただきたいものです」


 淡々と告げる婿()殿()の言葉に、後ろに控えた数多の神々がざわりと揺れる。


「それに、私と躑躅については『先代』と三柱の方々と交した契約。それを違えるといわれるのでしょうか」

「なっ! しかし『先代』に関してはすでに捕らわれの身! 神としての力も制約されておる! 今更契約などに縛られぬとも、反故にすればよいではないか! 『先代』が不在であれば反故には三柱とお主だけで事足りる」

「・・・そんなに名誉が欲しいのですか? ああ、それともあなた様方が宇宙の覇権を握ろうとお考えなのでしょうか」

「おのれ! 月白っ! 好き勝手言いおって!」

「元は人の子の分際で、無礼なっ!」


 怒りに震えた建御雷之男神からは激しい雷光が、火之可迦具土神からは燃え盛る炎が婿()殿()と御劔へと放たれた。










折衝せっしょう 利害が一致しない相手との話し合い


二神のお二方は、月白さんの地雷踏みまくりです。


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