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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
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106 畏神ーかんながらー

 いつものように行われる神議(かむはかり)の中で、今日はこの間『鍵』が偶然、『根の者』と接触した人の子によって害を受けた事は一切、話には上がらなかった。

 三柱と宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の配慮なのか、いらぬ混乱を天界に持ち込まない為だろう。

 神議が終わり、皆がそれぞれの住処に戻る中、僕は高御産巣日神(たかみむすびのかみ)と並び、神議の場を離れる。


「あくまでも、此度の事は()()()()()()()()()だし」


 思わずぽつりと呟くと、隣に居た高御産巣日神が僕を見た。


天之御中(あめのみなか)主神(ぬしのかみ)?」


 僕の呟きの内容までは聞き取れなかったようだ。聞き返す高御産巣日神に、僕はわざと不思議そうな顔を作って高御産巣日神を見る。


「いや、其方が何か言ったように思えてな」

「なにも」


 僕が考えていたのは、さっきまで行われていたつまらない神議の事ではなく、この神議で報告されなかった『次代の鍵』の身の上に起こったあの出来事。

 内親王が根の者と手を組み、呪詛を使い『鍵』である少女を呪い、挙句、怨霊と化した。

 三柱と宇迦之御魂神は、今回の出来事は内親王と呼ばれる人の子の、嫉妬と欲望に『鍵』が偶然巻き込まれた、と、思っているのだろう。

 それに元々、天界にいる者達はあくまでも傍観者。気まぐれに手を貸す事はあっても、一部の宇迦之御魂神や人の子を好む神々を除いては、関わろうとはしない。勿論、面倒事であれば猶更だ。

 だから、今回の出来事も敢えて議題としなかったのだろう。

 あの出来事を、水鏡でずっと見ていた僕は、くすりと笑う。

 元々、『鍵』については闇に住まう者達に狙われやすい存在だ。

 生命の大元である宇宙を造り、それを長く維持していく魂の持つ力は、宇宙の規模や維持の期間に関わらず、その生み出す力は強大で、ただそこに存在するだけの根之堅洲國(ねのかたすくに)に住まう闇の者たちには、魅力的な糧。

 人の子を攫い、食らうのも『鍵』の力を僅かにも持った魂を、我が身へと取り込み、より力を蓄える為。

 この天界に住まう皆が知っている事だ。

 天界と黄泉、根之堅洲國の三界だった頃は何かと気が乱れ、不安定だったものが葦原中国(あしはらのなかつくに)が出来た事によって安定した。

 僕からすれば、根之堅洲國の天界への襲撃が、葦原中国に移っただけだと思うけど、それも宇宙を造る為の理由だという。

 だから、ほんの少しだけ情報を根之堅洲國の者へと教えた。

 勿論、天之御中主神としてそんな事をすれば、天界の意に反する事になる。

 ただ一言「今までになく強大な次代の鍵が生まれた」とだけ、風に乗せ根之堅洲國に届けただけだ。

 あとは彼らが好きにすればいい事。

 僕の計画の為に、上手く踊ってくれればそれでいい。



 高御産巣日神から視線を外すと、僕はゆっくりと歩きはじめる。


「ねえ、高御産巣日神」


 僕は少し俯き、小さく浮かべた笑みを隠すようにして、高御産巣日神の名を呼ぶ。





 宇宙を造り変える為に必要なのは『鍵』と呼ばれる人の子の魂と、既に天界のはるか果てにあるという『中枢』。

 この二つが混ざり合い、一つになる事で新たな宇宙が生まれる。

『鍵』は都度代替わりを行うが、器である『中枢』と、僕達神々が呼ぶものは変わる事なく存在している。

 果てに()()()()が存在しているのではなく、『鍵』と同じく実態はないが存在するもの、それが『中枢』だ。


『鍵』に代替わりが有るのに『中枢』にはないのは何故だろう。


 その疑問を持ったのは、僕が先代から『天之御中主神』を継承して、暫くしての事。

 幾多の魂を『鍵』として()()()()()が、『中枢』に関しては先代から変わらない。


 それは何故?


 ずっと疑問だった。

『鍵』は選ばれるのに、『中枢』は変わらない。宇宙を造り変えるのであれば、『鍵』だけではなく受け入れる器も、変えなければならないのではないだろうか。

 幾ら一見、問題が無いように見えても、見えないひび割れがあれば、その器からは注いだものが流れ落ちてしまう。

 許容量を超えれば、器からあふれ出してしまう。

 器に合わない量を注げば、最悪その器は受け止める事が出来ず、砕け散る。

『鍵』と『中枢』も同じではないのか。

 その『鍵』にぴたりと符合する『中枢』を見つける事が、長く僕達『天之御中主神』が抱え続けた空洞を、満たす事が出来るのではないか。


 そう思い至った時、僕の中で何かが噛み合った気がした。

 天界にいる者は、皆『中枢』は()()()()()()()と思っている。

 でも、()()()()()()()()のであれば?





「僕は宇宙の事には関われないけど、魂を選ぶ者として思うんだ。此度の『鍵』の持つ力は今までとは桁が違う。そんな『鍵』に対して、今の『中枢』は耐えきれるのかなって」


 僕の言葉を聞いた高御産巣日神は、少し考える様子を見せた。


「今回の『鍵』の力は天界の皆が知っているように、今までにない力を持っている。だけどその力を受け入れる『中枢』がそのままなら、受け入れきれない事になるんじゃないかって。それが気になるんだ」


 僕の言葉を黙って聞いていた高御産巣日神は、手を顎にあてながらふうむ、と考え込む。


「我らは其方の様に、明確な魂の力をはかり知る事は出来ぬ。其方の言葉と、三柱の占術のみだ。我らが知るのは、宇宙の代替わりが行われて初めて新たな宇宙が誕生した時。だが、既に三柱の占術でも其方の報告でも、次代の『鍵』は類を見ないものとて出いる・・・」

「・・・今までにない『鍵』受け入れる『中枢』が小さければ、その力は溢れ出て零れてしまう。そうなった時、宇宙はどうなってしまうんだろうって思うんだ」

「・・・確かに、天之御中主神の言う事も尤もだ」


 僕が俯きながら言うと、高御産巣日神は小さくため息をついた。


「ただ、『中枢』については簡単に触れる事が出来ぬ」


 予想通りの答えが高御産巣日神から返ってきた事に、僕は内心笑ってしまった。





『中枢』はただの鍵の収納箱とされ、そこに意思はないものとされてきた。

『鍵』を収める器に意思があれば、『中枢』が望む宇宙が出来上がってしまうからだ。

 宇宙の礎となる事に、「否」の気持ちがあれば、その宇宙は負の力を帯びたものとなってしまう。

 だけど、僕が考えるように『中枢』としての条件が揃い、次代の『鍵』の力を受け入れるだけの器が見つかれば、新たな宇宙を作る事が出来るかもしれない。

 それを阻止する為に、遥か昔の神々が()()()()()のであれば、『中枢』が変わらない事にも合点がいく。

 自分達の都合の為に、葦原中国という宇宙を造り続けている。


 そう考えた僕は、一人『中枢』のある果てへと向かう。

 古い神々によって決められた事を、()()()()として捉えているだけなのであれば、覆す事も出来るのではないかと。

『中枢』のある果ては遥か高く聳え立つ岩山があり、その麓には岩戸があり、その重く固く閉じられた岩戸の先に『中枢』があるという。

 この岩戸の先には、神々でも立ち入る事が出来ない。

 この場に足を運べるのは、創造主の力を持つ造化の三神と天之常立神(あめのとこたちのかみ)国之常立神(くにのとこたちのかみ)思金神(おもいかねのかみ)だけだ。

 宇宙の代替わりの際も、選ばれた光玉がこの果ての地にたどり着き、岩山へと吸い込まれるのを水鏡で見守るだけだ。

 新たな宇宙は、神々の見守る箱庭と呼ばれる中に生まれ出る。

 僕がそっと固く閉じられた岩戸を撫でると、指が岩戸に触れた瞬間にピリリとした痛みが走る。


「・・・『中枢』である君も、天之御中主神(僕達)と同じ」


 そこに意思はない筈なのに、伝わってくる感情は、あの時の先代と同じもの。


「・・・だったら、『中枢()』も僕の力になってくれるよね?」


 固く閉じられた岩戸からは、話は終わったとばかりに、もう何の感情も伝わってこなかった。




 その時の事を思い出しながら、僕は続ける。


「僕の気にしすぎかもしれないね」

「どちらにせよ、代替わりまではまだ先だ。暫く様子を見るとしても良いだろう」


 高御産巣日神の言葉に、僕は小さく頷いた。












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